2009年11月 8日 (日)

夜の16号線

 5日から本社での勤務が始まり、
またぞろ電車に乗って
通勤サラリーマン生活。

 電車は、不景気だろうが
なんだろうが、基本的に
乗車率もさして変わらないまま、
運行されていく。

 でも朝の時間のグリーン車は
最近利用率が落ちたのか
座って行ける様になりました。

 

 昨夜はZZRを引っ張り出して
横横道路を失踪、いや疾走。

 ZZR1100は、もう一台の
CB1300SBに比べると
やっぱりフロントの剛性が
少し足りないような気がする。

 コーナーではスッと倒れるけど、
バンク角の調整が?
 そんな感じで、CB基準でZZRの
癖を感じながら走る。

 出来立ての馬堀海岸まで
いかずにクラシックな衣笠で降り、
夜道に目を慣らしながら
イエローライトな16号線を走る。

 0時も過ぎているので、
クルマもまばら。
 この時間は賃走車の天下。

 タクシーがかっ飛んでいる。

 横須賀辺り、 
16号線のトンネルを幾つか
超えたところで、ヤクザっぽい
クラウンが横道から入ってきた。

 関わりたくないので、
信号が青になった瞬間、
スッと前に出ると
ゼロクラもぴったり加速で
付いてくる。
 こっちはゆっくり気味とはいえ、
ZZRに付いてくるんだから
相当踏んでいるに違いない。

 おいおいなんだい?
 煽ってくるのかい?

 そう思ってたら、
なんとこの方々ヤクザではなく
取締り中の警官。

 ゼロクラは覆面車両でした。

 うーーーーーと鳴らされ、
赤色灯もピカピカ。うひゃ。

 まぁ今回はすんなりと
脇に寄りました。

 威嚇行為はまずいじゃないですか。

 誰だってそんないかつい
車両でぴったりこられたら、
脅迫観念でアクセル開けますよ。
 

 そんな問答をしましたよ。
 
 警官さんも、切符切る
つもりで止めたのではないのが
なんとなく分かったので、
話がひと段落ついたとこで
今回はすんなり免許証を提示。

 16号の追浜駅までは40km/hが
制限速度だと。
 で、自分は何キロ出してたか
聞かれたので、シチハチじゃないですかと。

 車載記録には69キロと出てました。


 いやはや、覆面車に
止められたのが、これで6回。

 でも不当な取締りを追及し、
切符は切られたことが無い。

 今回のも少し狙いを
定めていた感じ。

 だってタクシーはお構いなしで
先に走って行ってんだから。


 警官さん方も、
バイクが好きなのか
ゼロクラの加速を試したか
暇なのか分からないが、
ちょっと心臓に悪いんで
そう言う取り締まりは
やめてくらはい。

 その日は朝比奈と言う
ところの山道を、帰りに
5往復くらいして帰途に
付きました。

 高速ではそれ風の
車両の脇では減速する
癖が付いていますが、
一般道、夜中の16号線で
ゼロクラの覆面が出没するとか・・・

 夜の道では色々ありますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 2日 (月)

横浜へ帰ります 陽はまた昇る

 三重県鈴鹿市でのJOBが
終わり、明日か明後日には
横浜へ帰れることになりました。

 考えてみると、ここ6,7年は
横浜と地方を行ったり来たり
行ったきり。

 2003年には新潟県妙高市(旧新井市)の
事業場へ転勤、ここで4年弱。
 ここでの転勤生活は、とても
辛いものでした。
 それがゆえ、その後の社会人生活や
会社の中での一企業人としての
考え方に大きな影響を与えた。
 大抵のものには驚かないぞ と。
 
 その後、兵庫県尼崎市で6ヶ月。
 これも転勤。転勤は会社の言いなり、
横浜に住居を持つ身にとって
完全な二重生活。余禄もない。
 最後は経済的な理由が一番大きく
転職を志し、東京に本社がある会社へ移る。

 2007年の11月から三重県の四日市、
2009年の1月まで滞在。
 2009年の3月から現在の11月初旬まで
三重県鈴鹿市で出張勤務。
 出張であるが故、手当てが厚い。
 ほんとうにありがたい。
 感謝しきりだ。
 結局のところ、言葉よりそう言った
経済的側面でのサポートが
働く側のモチベーションを向上させる。

 現在の会社は、穏健で、
とても仕事がしやすい。
 これと言って大きな不満も無い。
 人が大切だと言って、
そのように接してくれる。
 言うまでも無く、
筆者はそれらの人たちに
発掘されたのだ。

 転職をしたのが2007年だから、
先を見越して動いたのは正解だった。
 サブプライムの関係で、
ここまで景気が落ち込むとは
思わなかったが、転職を志す時には
すでに、ものづくりの側は飽和状態近し
の兆しは目に見えていた。

 アクセスログで、このブログを
以前勤務していた企業の何人かも
読んでくれているみたいだ。

 問題提起をしたり、
以前は人が耳障りに感じることも
構わず書いてきたし、言ってきた。
 もちろん解決の糸口に
なることもだ。

 耳障りに感じることと言うのは
大概が的を射ていて、
ならばそれを足がかりに
革新を試みれば良いはずなのだ。

 でも人は動くこともせず、
ただその耳障りさを、または
それらを発信するものを
黙殺したり、貶めたり、
あと少しで終わるであろう
経済活動期間での安寧さを
求めたがる。

 歳相応な対応なら
分かるけれど、
なに大物ぶってんだってくらい
似たような年代で権威付けに
躍起になっているような輩が
徘徊していた。

 それらすべてに見切りをつけ
正解だったと思う。

 汗で体はぐっしょり濡れていくけれど
心までは濡れない。

 沈まぬ太陽にあらず、
陽はまた昇る。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月18日 (金)

シルバーなの?プラチナなの?

 週はじめに、PP&Mのことを書いたら、
マリーさんが17日に亡くなられたとの
訃報が入って参りました。
 何の因果かはたまた奇妙な偶然か
分かりませんが、なにか通ずるものが
あったのかも知れません。
 ご冥福をお祈りいたします。

 ところで世は9月の大型連休ってことで
浮かれ気分な感じがしています。

 筆者の出張地鈴鹿は、その後の
グランプリ開催を間近に控え、
街路や公園での草刈や剪定が
毎日のように行われています。

 先週もモンツァでのグランプリを
テレビで観ていましたが、
自動車レースではグランプリ以外
観るべきところが少ないなと、
改めて感じた次第です。
 やっぱりスピード感が全然違う。

 国内で国際格式のレースも
あるにはありますけれど、
所詮極東の一国で開かれている
マイナーカテゴリー。
 遊びだったり興行だったりする訳で。

 言われてみれば確かに、
おいおいそんなに肩肘張るなよ。
 観ているこっちが疲れるじゃないか。
 所詮遊びのレースだろ。って
そんなアドバイスのひとつも
日本でだけ走っているレーサーには
必要かも知れない。

 

 筆者のほうは、今のJOBが
追い込みなので休みはあんましない。

 高速込むんだろうなぁ、と
思うとまぁ仕事でも良いかなとも感じられる。

 あとやっぱり、出張地で一人きりなので
基本的にどこへ行くのか、目的を
定めない限りはどこへも行けやしない。

 冷たい雨の一節のように

 こんな気持ちのままじゃ
どこへも行けやしない♪

 倉田まり子さんのが一番おすすめ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月14日 (月)

500マイルも離れて

 001


 

 


 古びた駅のホームに一人 
君の見送りもないまま

 500マイル離れた見知らぬ街へ 
僕は出てゆく 
500マイルも列車にゆられ 
窓の外には 流れ去っていく故郷
小さなカバン片手にさげて 
僕は出てゆく 500マイルも

君が一人で淋しいときは 
風の音に耳をすませば 君は聞くだろう 
遥か彼方の 僕の口笛を 

500マイルも 500マイルも離れた
見知らぬ街へ 僕は出てゆく 500マイルも

              ピーター・ポール&マリー(PPM) 


 うー歌声喫茶風、若しくは反戦ヒッピーの集会。
 中学の英語授業で、学生運動をかじっていたらしい
先生が教えてくれた歌でもある。
 これよりも「花はどこへ行った」のほうが良い。
 ベトナムの反戦歌になっていたらしいけど、
募集、徴兵された兵は、列車に乗って赴任地になど行かない。
 募集員が入り口に立つバスに乗って、黒と白を分けて
練兵場へいくのが常道。なんかちょっと背景が
こじつけで、こう言うのいらつきます。

 バスの唄なら、

 秋の 風が吹いて 街はコスモス色
 あなたからの便り 風に聞くの
 落ち葉積もる道は 夏の想いで道
 今日も 私一人 バスを(バスを)待つの(待つの)

 冬がくる前に もう一度あの人と
   めぐり会いたい
 冬がくる前に もう一度あの人と
   めぐり会いたい


 紙風船の「冬がくるまえに」のほうが
感じがいい。

 今夏は「我が名はバイク乗り」で
疾走する生活を送っており、
信号無視のクルマにぶつかりそうになりながらも
その間隙を縫ってレーザーも乗りに行っています。

 体がガタガタ言っていますが、
楽しいですね。

 画像のクルマは、東名で無敵のCF4アコード。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月24日 (月)

パールロード、16兆の運用損

 090823_173308_2


090823_173222_2

 

 


 昨日は暑いさなか、鳥羽方面まで
足を伸ばし、パールロードと言う
ワインディングロードを愛機CB1300で
走り抜けてきました。

 ちょうど鈴鹿ではポッカ1000km
改め700kmを改造の箱車で走ろうと言う
国内マイナーなイベントがありました。

 自分がやっているレーザー級のヨットや
スキー競技などに比べると、
鈴鹿で昨日やっていたそれは
世界に直結していない分遊びとか
マイナーローカルな競技と目されても
仕方が無いと思えるし、世間も
さして注視していないから、
どうやらサーキットよりプールや
遊園地のほうが賑わっていたらしい
鈴鹿の彼の地でした。

 終わった日本の自動車レースには
目もくれず、昨日はパールロードへ
向けて発進したのですが、
やはり遅い車に行く手を阻まれる
パターンでそれなりの感じで
楽しむまでのレベルでした。

 

 ところで話題の年金積立金。
年金積立金管理運用独立行政法人
と言う特殊法人がまさに運用しているようですが、
2007年と2008年の両年で、
なんと16兆円もの運用損をおこしているから
びっくりしましたよ。

 今までの累積運用差益は、
約-2兆ほどなんで、
まぁ今まではそれなりに
儲けてはいたようですが・・・

 しかし、2年で16兆もの損を
ブッこいて、しかも2007年には
すでに6兆弱の損をしていたのだから、
昨年度はもう少し考えて
運用すべきだっただろうとは、
誰しもが考え得ることなんだろう。

 ちなみに筆者の場合、
厚生年金で毎月46,000円ほど
収めている。いや源泉徴収ですが・・・
 住民税は48,000円ほど、
源泉徴収で総額約160,000円ほど
黙って持っていかれるのには泣ける。

 上段の特殊法人は、そうした
会社員の間違いの無い源泉から
金を集めて、なにをしているのかと
思いきや、2年で16兆も大損
ぶっこいちゃってるよ。

 いったいぜんたい
何を考えているのやら。

 やっぱり源泉徴収ってのは、
まったくありがたみを持って
迎えられていない。

 青色なんかだと、わざわざ
芸能人なんかを広告屋に呼ばせて
「確定申告、ちゃんとやりましょう!」とか
なんとか毎年やっているけれど、
しがない会社員の銭を、お上の
作った特上の仕組み「源泉徴収」では
そんなことしなくたって
会社がしっかりと代わりを
果たしてくれるからありがたい。
 
 16兆の損を2年で被っても、
基本的に件の法人の中の人は
責任など取りはしないし、
そのうえに立つ厚生労働省も、
まったく関係の無い官僚機構の
よく出来た仕組みの中で胡坐を
かいて行くのだろう。

 そしてやがて退官だよと。

 心情的には、少なくとも
「あんまりだ」と思う人が多いだろう
ことは容易に想像がつくけれど、
件の法人の中の人がテレビで
謝罪会見と銘を打って出てくることも無い。

 基本に立ち返ると
話は簡単で、責任を取らない人、
責任を持たない人、または
組織には、国家の大切な
お金を扱う(運用する)ような
業務を委託してはいけないと言う
ことだ。

 このような組織が、国家の
三年分ほどの予算にあたる
金額を一手に扱っているのだから、
随分と気楽な省庁でその下の
特殊法人もこの体たらくだ。

 「お前なにやってんだー!!」とか、
中で言う人はいないんだろうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月22日 (水)

Dead on money.藤原和博と大久保浩の金は全能か

 筆者のブログに大久保浩容疑者での
検索で来る人が多いので色々調べてました。

 すると、筆者の知り合いの数名も
卒業した、杉並区立和田中前校長の
藤原和博氏との関係を表記する
ブログエントリーを発見。

 以下、和田中の夜スペ(夜間塾)裁判での
原告側意見陳述より【2009年7月9日】
 引用開始-

 和田中では夜スペ以外に漢字能力検定コースを行っているが、漢字能力検定協会は文部科学省(生涯学習政策局生涯学習推進課)所管の公益法人でありながら、巨額の利益を得、大久保前理事長や長男の浩前副理事長、親族らに多額の役員報酬などが支払われていた。

 和田中前校長藤原和博氏は漢字能力検定協会が企画した学習ソフトであるニンテンドーDS漢検公式ソフト『200万人の漢検』、改定版『250万人の漢検』の監修者であり、藤原氏が授業でDSの使用を勧めているのは自分の利益のためであるということがわかる。
 さらに藤原氏は「小学生には一人一台の学習用DSを持たせる」と提唱しているので、ニンテンドーからのリベートは大きいであろう

 -以上 引用終わり

 筆者が端的に感じたのは、
類は友を呼ぶ、と言うことと
どちらも既にお辞めになった
立場で提訴や起訴を受けているな、
と言うこと。

 任天堂とは京都にあるそれに
違いなく、またしても京都コネクションの
奥ゆかしさを感じた次第です。

 お二人ともリクルート出身で、
繫げるものは元々あったにしても、
その商魂や金への執着心、
結果的に罷免されたり
裁判沙汰になったりし
共通項が多い。

 藤原氏を提訴している側は、
「新しい歴史教科書をつくる会」に
批判的な杉並に巣食う人々の
側なので、多少斜めに見なくて
いけないが、
やはり公教育をビジネスと
捉えるやり方は、
公教育の現場で長年を
過ごした側からの信任を
得られることが出来なかったようだ。

 この藤原氏は、和田中校長の
職を辞した後、
大阪府知事に請われて
特別顧問に就任している。

 同じ時期同顧問に就任した
蔭山氏も、前述の抜粋に
あるよう、ニンテンドーDSソフトの
監修者である。

唐突だが、
世の中には色々な
考えの人がいて、
教科書をつくるにも色々な
考えがあって正常と考える。
 だから、杉並憎しの陣営と
同じように、藤原某を闇雲に
批判するのは差し控えたい。

 ただ、金欠の大阪府で思うように
ビジネスが出来るかどうか
大いに疑問が残るけれど、
よくもまぁ似たような面々が
集まったものだなぁとの
印象は拭い去れない。

 今の時代は、公教育の
荒廃が叫ばれているらしく
(子どもがいないんで実態を判断できない)
国や地域からも割合と
予算がつき易いような
状況にある。
 荒廃を認識・容認している側は
自らの立場を危ぶみ、
ふつう、いや以前なら考えられない
公教育の場への私塾の参入が
安易に受け容れられた。

 漢検も藤原某も、
言って見れば目のつけどころが
シャープだね。と。

 ただ、このような面々は
人よりも欲の皮の突っ張った
貪りに長けていて、
三毒に犯されているから、
ちょうど良い頃合と言う
ものを兆しとして感ずることが出来ない。

 だから、平気で人々の気持ちを
ないがしろにして豪奢な
遊びに走るし、すこし
景気が上向いて、豪奢さが
平均的に希薄される時まで
己の欲を抑制し待つことも出来ない。

 金儲けのセンスがあって、
その金自体、使い道さえ
間違っていなければ
その金(money)は
全く正しいものなのかも知れないな

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年7月21日 (火)

友としての名を呼べ

 052


 

  


 先週末の金曜日、
社で職業訓練の機会があり、
それに併せて海の日絡みの
三連休って事で、一ヶ月ぶりに
横浜へ帰郷しました。

 金曜日に研修が終わったあと、
東京の南に位置する蒲田で、
ふた月ぶりに友人と飲み交わす。

 蒲田は筆者が19歳から
24歳まで暮らした街です。
 
 住んでいる時は、
その猥雑とした雰囲気が
地元の石神井と言う良環境の
住宅街とはかけ離れていて
好きになれませんでした。

 少し経って、離れてみてから
その街の良さは伝わるものです。

 世話になった人の居る、
恩ある街って事ですね。

 ただ、横浜市の住民になって以降、
どうしても途中下車と言う感覚で
不便さを感じずにはいられず、
縁遠いと言えばその通りの
街になっていました。
 実際、夜の京浜東北線は
蒲田止まりの電車をやり過ごしたり、
沿線沿いの猥雑さそのままの
人々が車内の雰囲気を
悪くしたりと、特別な用事でも
なければ乗りたくない電車の一つです。

 山の手線も、ある地域、ある時間帯を
境に乗りたくない電車になりますね。

 今は友の勤め先が蒲田の
環八側にあって、横浜と蒲田の
持ち回りで、今回は蒲田の番でした。

 くいだおれ横丁にある
鳥屋さんで飲み始めました。

 ほんとうはその友、
人工透析をしている
正真正銘の一級身障。

 かれこれ10年ほど前に、
それまで行っていた
東洋医学・食餌療法を諦め、
透析を始めたのでした。

 それ以前は、有楽町・渋谷付近の
飲み屋と言う飲み屋を二人で荒らしまくり、
出入り禁止・自主規制の店を
たくさんこしらえていた。

 彼が一級~になった時、
言って見れば一つの時代が
終わったような、そんな気がした。

 彼は、呑めない体になりつつも
平気の平左で俺よりも速いペースで
飲み、そして
「あと10年持つか持たないか」なんて
ことをうそぶいたりする。

 「ふざけたこと言ってんじゃねーよ」
 「その間に医学も進歩していくし法改正もあるだろうよ」
なんてことを、俺は彼に返したりする。

 数十年後の、年老いた自分の姿が
克明に脳裏に浮かんでは消え、
自分がこの世からいなくなる瞬間、
人がこの世に生を受け、死に、
自分がこの世にはもう無いと言う
その意味を考える。
 10年前には全く考えなかった、
現実的な自分の死を、
今では老いた両親とともに
居ると、時々考える。

 俺は彼に、
友としての名を呼び、
そして人生は余りにも短いが、
まだまだ長い旅路は続いていく、
飲み代は嵩むが、
全然酔いの足りない不憫な
二人に乾杯していた。
 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 4日 (土)

その名はCB

  Cb1300sb
   

 

 

 筆者が現住の鈴鹿市周辺は、
空梅雨のごとく少雨で、
業務執行とその間隙を縫って
教習所へ通い、
めでたく卒検も無事通り
晴れて大型自動二輪の免許を
取得しました。

 CB1300Super-BOL D’ORを、
近所のバイクショップ
HONDAドリーム鈴鹿で購入。

 最後までKawasakiのZZR1400と
悩みましたが、やはり世界のHONDA、
地元鈴鹿と言うことで、
CBにしました。

 画像の通りの、青色っぽい
感じのCBです。

 いろいろありますが、
長いこと大事にしてあげたいな
と思っています。

 世間では毎日のように
嫌な事件、ふざけたオヤジども、
様々な問題や事象が
垣間見れ、その度に
憤怒の河を渡るのも
どうかと思い、バイクや
レーザー(ディンギー)で
楽しい生活を送りたいと画策しています。 

 あとは神奈川の試験場
二俣川へ免許の申請に行き、
納車をして頂くということで。

 鈴鹿は当たり前と言えば
当たり前の感じがしますけど、
バイク屋さんが多いですね。

 生きていく中で、
縁は異なもの味なもの、と
改めて思う今日この頃ですわ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月16日 (火)

雨のイマトラ

月イチ恒例の如く
週末横浜へ帰り、
明けて数日したら出張地へ移動。

東名では毎度毎度ラップの繰り返し。
尼崎在の時から、いつものこの道を、
何度繰り返し走って来たのだろう。

最近鈴鹿生活でしていること。
時間を見つけて、バイクの大型を取りに
教習所へ通っています。
それで今、何に乗ろうか思案中です。

我が名はキリン 、バイク乗り。

バイクには色々な思いがある。
高校出てからレースへチャレンジしていた自分。
今考えると、経験もなく、よくもまぁあんな無謀で危険なことを
していたものだ。

レーサーなら誰もが目指す鈴鹿で
いま自分は自分の仕事をしている。

輝きを放棄したら駄目だよね。
あくまでこだわるべきものを捨てる生など、
許容するには短すぎる。
むかし失っていたと思っていたものに、
ちょっとしたきっかけで再会する。
またそこから始めていけば、知らない自分とまた対峙できるさ。

突き抜けて行きたい。

その先が、予想通りではない闇夜でも。

血潮で明るく染めてやれ。

魂を焦がし、一直線に走り抜け。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 7日 (木)

なかなか暖かくならないですね 

038
036
034
048
051

 連休は南紀の帰りに
奈良の東大寺などに寄りつつ
静かに鈴鹿へ戻りました。

 帰りは阪和自動車道から
西名阪、名阪国道経由で、
松原あたりのクチャクチャした
ところから少しだけ渋滞しました。

 奈良はなんだかよく
分かりませんが、駐車場が
空いていなくて困りました。
 基本的に奈良公園付近に
観光客が集中するようで、
駐車場へ入れるのに2時間
ほどかかり、親に車の運転を
任せてその間にチャチャっと
大仏殿や二月堂などを見てきました。

 鎌倉にも大仏はありますが、
奈良のはデカイです。
 役人の側が作るものは
いつの時代もデカイんですね。
 鎌倉の大仏は、
言ってみれば武士団と言う
民間に実質的な政権が
降りて来てからのものなので、
比較になりません。

 そんなこんなで
連休を過ごしましたが、
鈴鹿に戻ってからは
天気が優れずに、
雨ばかりの日が続きました。

 よってどこにも出かけず、
ほとんど目立った動きはせずに
過ごしました。

 琵琶湖もまだ
水温が低く、ちょっと
元気を出さないと
ディンギーは厳しいです。

 色々と良くなるように、
そういう風な思い込みも
重要なファクターだなと。

 熊野那智大社や
奈良での祈りから
感じました。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 5日 (火)

美しいお馬鹿さん

 The Great Gatsby の中で、
ギャツビー氏が死ぬまで恋焦がれた
デイジーの台詞です。

 デイジーは自分の娘を、
「美しいお馬鹿さんに育てるわ」
「女はそのほうが幸せなんだもの」と
自嘲気味にギャツビーへ語ります。

 なんでも知らない振りして
生きて行けるのが幸せなのか
どうなのか。

 最近、違法行為だとか、
脱法行為だとか。
 法すれすれでも、
いちおう問題なければOK
と言うような風潮が目に付きます。

 知らないと言うことは、
善意無過失に相当するか
どうかとか。

 筆者が思うに、
後々のコメントで
「法は犯していない」と言う
コメントが出てきた時点で、
当人は事前に知り得べき
なにものかを確信していたのでは
ないのかなと思ってしまう。
 つまり誤魔化しなんじゃないかと。

 自分や他人を一緒くたに
誤魔化してしまうのは、
やっぱり最低最悪。

 最低最悪なものに
常に介在するものが、
お金や権力への欲望と言うこと。
 そう言った、
「法ギリギリのところ」へ
近寄ったり、片棒を担いだり
するものも、行為者としての
差異は無いに等しい。

 今の時代と言うのは、
目には目を、とか
無礼打ちとか、
一揆や果し合い、
なんてものは存在しない
世の中なので、
「法には触れていない」と言う
正義がある限り、
どこまでもすれすれまで
突き進んでしまう。

 日本で法定されたものとは、
人間が守るべき
ほぼ最低限のレベルにあるもので、
「法は犯していない」とコメントする
局面で胸を張って言うべきものではないはず。

 


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 4日 (月)

どこにでもある社会正義について

 037


 長期出張や転勤生活で、
もう長い間、地方での生活が
続いている。

 以前、東京生まれ東京育ちの
人から、
「東京以外はどこも地方だ」と
少し乱暴な言葉を聞いた。
(筆者も東京生まれ育ちだが・・・)
 地方と言う言葉の中には、
侮蔑の意味合いが滲み出ていたから、
乱暴な言葉のように感じたのだ。

 地方が侮蔑の対象かどうかは別にして、
社会正義は随分と疲弊している
ように感じてしまうことがよくある。

 ほんとうによく見かけるのが、
交差点脇にある店舗やコンビニを
活用してのショートカット。
 公道でもなんでもない
ところを、しかも渋滞らしい
渋滞もない地方道であるにも
関わらず、私有地を横切って
右左折を繰り返す車。

 また、無余地駐車でない
ことを良いことに、自分の家の前の
公道へ青空駐車する人々。

 休日に知人宅へ遊びに
来たからと、
全く関係のない未契約な
駐車場へ身勝手にクルマを
止める人々。

 散歩はリードつきで、の
掲示看板を無視して
犬を放して公園で遊ぶ人たち。
 うんちも放置。
 
 無人野菜売り場からの
かっぱらい(窃盗)。

 大麻の自家栽培及び吸引。

 ごみの違法廃棄。

 うんぬんかんぬん・・・
基本的に他愛ないことが
ものすごく気になる。

 筆者が育った東京北西部や
現住の横浜市ではあまり
見かけない光景が、
彼の地では繰り返される。

 人に見られていると言う
感覚が希薄だから、
地方では成立してしまう。

 よく「地方の人は素朴だから」と
聞くけれど、本当にそうか?
ただそれだけかと疑問に感じる。

 もちろん、社会背景が
都会のそれと同じような
ところに居る人々は、
モラルに関しても
同じようなものだと思う。

 東京のような都会だと、
上記のような暮らしぶりが
大勢を占めると
社会生活が機能しなくなる。
 また多くの人間の視線が
あるから、基本的には
成し得にくい。
 東京は、そう言う事から
すると息苦しいし、
みな少し短気だし、
地方から来たニューカマーは
暮らすのをしんどく思うかも知れない。

 視線が多いせいで、
男性女性ともに洗練されていく。
 これは良い事だ。

 郷に入れば郷に従え
と言う言葉があるけれど、
あまりよろしくない慣習に
従うことはない。

 それは地方だろうが
東京だろうが同じこと。

 地方の若者に
上のような話をする。
 ネットや高度情報化社会で
自分たちが置かれている立場を
彼らは認識しているから、
上の年代がしていることを
恥ずかしく思っているような
場合が多いのだ。

 地方で目に見えての違法行為は、
官憲の絶対数が少ないから、
見逃されている場合が多い。
 官憲も、そう言う事実を
よいことに、諦めているか
黙認してしまっていることもある。

 だから最近意外に大きな
事件や事故は地方に
多発している傾向がある。

 業務執行などで
地方に暮らしていて、
顕在化してからでは遅いと
思うことが色々ある。
 
 耳障りなことの羅列。

 でも、書かずにいられない。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月16日 (木)

漢字能力検定協会とレース界

 税金や年金を平気の平左で納めない、
そんな輩が筆者の住む世間を闊歩して
辟易としていたところでした。

 そこへ来て、今度は件の事案が明るみに
なり、問題化していました。

 結局4/15夕刻、公益法人であるはずの財団が、
やくざまがいのその有り様を指摘され、
大久保父子は逃げ場を失ったか理事の職を辞しました。

 

 童夢の林社長が、
「僕たちの近くにあるGrayishな世界」
の中で、副理事職だった大久保浩氏のことを
ずいぶんと庇っていたのが印象的でした。

 京都人特有の身びいきとも取れるし、
レース界にわんさと(童夢にだけと言う意味でなく)
お金を落してくれるパトロンが消えたのが
誠に残念で仕方がないとも取れる。

 ただ、大久保某については、
無限創始者の本田博俊氏と
同列で括るほどの人物とは思えないが、
「二代目やジュニア」と言う意味では
異論を唱えようがない。


 JIM GAINER(事務から金をぶん取る)と言うチームがあって、
ここは筆者の出張先の鈴鹿にガレージなんかも
ある。(オフは荒れ放題だけど)
 まず最近10年の話、スーパーGTと言うカテゴリーの
レースがあり、ここのフェラーリを製作したのが
コンストラクターの童夢社でした。
 JIMの田中慶治氏と言うのは、
童夢林社長が豪奢な遊びに執心な
今と比較すると、まさに行き倒れしそうだった
頃に製作した「マクランサ」で出走していた
らしいから、かれこれ半世紀を迎える
実懇の仲。

 日本のレース界と言うのは狭小で
裾野も同じようなものだから、
「昔からやってるのがエライ」。
 結果、レース界の全世界感的な意義や
モータースポーツへの寄与の度合いからすると
殆ど無意味な活動振りでも
「大物になれちゃう」。
マイナーな盛上がりの世界では、ありがちな話。
 この酷くマイナーで趣味の世界では、
殆どの人が
「モータースポーツへの寄与」なんて
ものを、発展なんてものも望んじゃいない。

 要はどれだけ効率よく
「世の中からお金をぶん取る(Gain)」のか
と言うのと、
時々ある局面で「自己の正当性」が
論じられば良いのである。
 正しいかどうか別にして、
明日の生き死にを考えなくても
よく、京都で言うなら先斗町で
飲み食いできさえすれば
それで満足なのだ。

 かくかくしかじか、
ややこしいが、
「(事務センター)JIM CENTER」と言う
ステッカーをこさえて
「JIM GAINER」チームの
サポートに執心だったのが
前段からの大久保浩氏であったのだ。

 その金が、戦前からの財閥で
金の使い道に困った
大倉喜七郎氏のごとくの振る舞いで
レースに打って出るならまだしもなのだが。
 公益法人と言う、目的を達成すれば
その役目を終えて解散する前提で
非課税なのを良いことに、
その立場を最大限に悪用して
レースへ金を垂れ流すとは。

 昔からレースカーの
スポンサーといえば、
パチンコ屋、サラ金が最大手で
そのどちらもが世間ではよろしくない
とされる陣営ばかり。
 レース界なんて元暴走族の
集まりだよ、そんな風説のまま。
 結局今回も、公益法人の
皮をかぶったカルト教団みたいな
輩から恵んでもらっていただけの話。

 もっとまともなスポンサーは
つかないのかね。
 中の人が謙虚で慎ましやか
じゃないと無理なんでしょうが。
 
 林社長は、件の公益法人が
問題視されるのは、要約すると
天下りを受け入れなくて、お上が
頭に来たからとコメントしている。
 
筆者のようにレース界では門外漢で
金持ちのスノッブにも興味ない人間からすると、
天下りを受け入れられない理由は、
行き過ぎた私物化が存在したから
と言うことだろう。

 
 レースと言うのは、
自分の金でやれば良いのだと思う。
 走ったり、作ったり色々だけど。

 遅すぎたアプローチだけれど、
童夢社は、実業であげた利益を
趣味のレースへ転換すると言う、
新たな手法で林氏個人の夢を実現してきた。
 
 その林氏が老いぼれたのか、
情けないが、公益法人の本来の
あり方を民法典などで学び
それからコメントすべきだった。

 「天下りを受け入れなくて、お上が
頭に来たから」なんてものは
単なる感情論に過ぎず、
法治国家、全世界を否定しているとしか
思えない。
 
 強いて言えば、
「出る杭は打たれる」のであって、
戦前生まれらしい翁に
若造がどうこう言うものでも
ないだろうに。
 つまりは調子に乗って
「やり過ぎた」と言う、
堀江や村上と同列に
語られるべき事象なのである。

 林氏は、
「日本自動車レース工業会」の
会長と言う立場で居られるらしいが、
或る意味では公人ともされる方が
件のようなコメントをしているようでは、
「まとも」な陣営からのサポートなど
これから先に増大することなど望めないし、
ましてや「モータスポーツの発展」なども
有り得べからず話だと言えよう。
 子供や孫には何も残さない、
よく居る爺と同じと言うことだ。
 
 ところで、「JIM GAINER」は
この週末に開催されるクラシックな
イベント「鈴鹿2&4」にもエントリーしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

税金 年金を納める 社会契約

 我々、会社員と言う人種の大概は、
黙ってても国や地方へ税金も年金も
自動的に納める仕組みの中に組み込まれている。
 
 給与賞与と言う、お金の源泉から
徴収するから、源泉徴収と呼ばれている。
 本当に良く出来た仕組みだと思う。

 せっかく汗水たらして働いて、
筆者の場合、控除の項目が少ないから
賞与なんかだと本当にドバーって引かれる。
 年間だと、軽の新車が変えそうなくらいの勢い。

 いい加減にしろと言いたくもなるけど、
これが人間としての社会契約なんだと思う。

 税金も年金も、収入なりに納める。
 それが可能なのに、恣意的に納めない連中。

 誰だって、一度手にしたお金を
大嫌いなお上に献上したくなんか無い。
 でもそれによってのみ、社会生活へ
参加することが認められているのが
多くの法治国家の有り様だから、
税金・年金未納、特に悪意と過失を持って
未納の人々は、ほぼ人間じゃないと言えよう。
 若しくは不適格な人間と言うことで、
このような輩は人を批判したり、
一人前に幸せを享受することに資さない。

 最近はお上のほうも一生懸命だから、
差し押さえや強制執行を割合容易に行うようで
それは良い事だと思う。

 一番ひどいのは、自営業者が
従業員から源泉徴収分差し引いておきながら、
脱税するパターン。これ最悪。

 まさしく、人でなし以外の何者でもないだろう。

 税金、年金を納めない輩は、人間じゃない。
 納められない特段の事情が無い限り。

 また多くの会社員は、
被源泉徴収人である自分たちが
社会の多くを形成していることに
誇りをもって生きていこう。

 いま、国民年金の納付率が
65%を切ったのだと言う。

 納付者が、その場の感情論で
未納に踏み切った人でなしを
養っていく矛盾。

 感情論で社会全体を
混乱に陥れるマスコミ。

 もらえるか分からないから
払わないと、易々口にする愚かさ。

 酷い人が増え続けて、
嫌な世の中になったものだと思う。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月13日 (月)

TEQUILA SUNRISE

 Saxophones_wall_02l


 鈴鹿の出張部屋で暮らし始めて
二週間になりますが、最近
気づいたことがあります。

 周囲に本田技研やその関係会社が
多いからだろうけど、
ブラジリアンの人を結構ふつうに
見かけます。
 日系の人なのか、
様々な工場の名札に漢字の
苗字?のようなものを
つけて、近所のイオンなんかで
よくたむろっています。

 むかしは都会に多かった
外国人労働者も、
最近は暮らし易さと
その労働需要の種類により、
自動車産業の盛んな町に
やたら多く住んでいるのが
現状のようです。

 あと、自分が住んでいる部屋の
周囲が、最近になって
井戸汲みポンプで
ボコボコやっていて、
畑だと思っていたところが
なんと、稲作の田んぼでした。
 蛙の鳴き声がすげーんだろう
なと思っていたら、
最近の暖かさで蛙殿の
鳴き声がすごいのなんのって・・・

 静かな夕暮れ時には
西コースのクルマの音が
聞こえますが、最近は
蛙の方がすげーや。

 それと、20年越しの
アレでアルトサックスを始めました。

 テキーラサンライズと言う、
B級映画があって、
まぁ20年位前にサントラが
結構流行りました。
 その中で、
デイビット・サンボーンが
「ジョアンのうた」と言う
のをやってまして、
これが格好良いんだね。

 まぁそんなこんなで、
20年越しってのと、
今年はなにを始めようか と
思っていたので、
アルトを始めるギリギリかなと。

 毎年新しいものを
最低ひとつ始めるのが
人生の羅針盤になっていますからね。

 練習は近所の公園で、
ロングトーンなどから始めています。

 夜、散歩の人なんかが
前を通ると、練習をやめて
通り過ぎるのを待っていますが・・・
 
 部屋はやっぱり気がひけます。

 横浜の家に帰ったら
近所にカラオケの
シダックスがあるので、
そこでしようかと。

 サクソフォンはリコーダーと
同じような運指なので
とてもつっつきやすいです。
 いやとっつきやすいです。
 あと吹奏楽とかクラシックに
縁が無い筆者でも、
反逆のアルトなら
親しめるような気がしました。

 それで、楽器も
ヤマハ初のジャズ用ってことで。
 バイク時代から、この
三連音叉は外せないアイテムです。

 まぁ暇を見つけて
音符の読み方も
も一度勉強してですね、
やってみるべしってとこです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 6日 (月)

春に生まれ

 春眠暁をおぼえず、の故事に
あるように、春はついつい寝過ごしがち。

 この世に生を受けた
この日々は、出張地の
鈴鹿で過ごしています。

 振り返れば、あのとき
こうしていたら、
こうなっていたら今の自分は
ないなと、考えてしまう。

 前よりも、今の自分のほうが
幸せだから、その大概が
「あの時そうなってなくて良かった」
ということが殆ど。

 例えば、悪気は無いけど・・・
「あの時あの女とくっついてなくて良かった」
とか。
 その女性と懇ろになっていたら、
いまの地点に自分はいなかったんだろうなと、
そう考えるとホッとする自分が居る。

 男女ともに一緒になって
成長していけるのが、やっぱり
理想かなと。
 お互いがブレーキになったり、
枷になったりするのは
瞬間に自己陶酔はできるかも
知れないけれど、長い目で
見るとお互いか片方が
結果的に不幸になるパターンが多い。

 男女の関係だけではなくて、
これは人間同士の付き合いの
基本なのかも知れないなと。

 当たりのよい甘言や
印象を残す人から、
人は離れづらい。

 居心地が良い場所は、
人に何も残さない。
 
 誰だって、アカの他人の
おまはんには粗を指摘する
ことなんてしたくはないだろう。

 でも、本来自分が視線を逸らしがちな
ところに本質は見え隠れしている。

 人に苦言を呈されて、逃げずに
 苦手なところを克服したりするのが
人生の副題と言うか醍醐味なんじゃないかと。

 しかしまぁ、今年度は
まさしく荒波の中でのスタートだね。

 鈍感か、そう言ったものに
今まで無影響な人々にも、
この低調さはやがて行き渡る。

 今自分が住むこの世界の
背景を感じ表現し生きて行くことが
できるかどうか。
 
 その成否でこの先の
有る無しが決まるんじゃないかとか。
 

 
 
 

 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月30日 (月)

レース界 チンピラ

 3月も後半までは東京の本社で過ごし、
二十日過ぎに出張部屋へ入りました。
 鈴鹿市にあるサーキットに程近く、
毎日ここのパーキングゲートの脇を走って
職場へ通っています。

 おそらくフォーミュラ1が来るようになってから
町の様子もだいぶ変わったのだろうから、
すでに15年を経過し、その頃新しかった
ものもすでに古くなってる。

 石垣池公園のそばに住んでいるけれど、
肝心の公園は犬の散歩が禁止。
 近畿では多い光景だけれど、
きっと飼い主のモラルが酷くて
こういう結果になったのだろう。
 と言うことが容易に想像つく。

 4月18日のオープンに向けて、
鈴鹿サーキットも工事だけは
進んでいる。


 日本のモータースポーツも、
文化となる前に既に終わりに
近づいてしまっているようだ。

 一言で言えば、庶民が
手を出すには効率が悪すぎる。
 
 そして日本には欧州のような
貴族もいなければ、
欧米のような安定感ある成金もいない。

 日本では、人の金をむしりとったり、
掠め取ったりしない限り、
犯罪に近いようなことも含めて
易々と出来るようなタフさが無いと
長年モータースポーツに
関わることなど出来はしない。
 
 あとは効率が良さそうなときに
メーカーが熱心になるだけであって、
それも長続きしない。

 夢や可能性から最も
と言っていいくらい離れてしまい、
最低最悪なスポーツに
なりつつある。
 だからマニアックな若者を
除き、若者からも敬遠されがち。

 あとやっぱり問題なのは、
実際にやっている側の人の
趣味性が高いから、
ビジネスとして真面目に
踏み込もうとすると、
誰もが躊躇してしまう。
 
 つまりそれは趣味の延長なんだと。

 ガキんちょのヒロイズムとか
やっている側の自己実現に
数億の金を出すほど、
日本のビジネスマンは甘くない。

 それで最後には、
勝手にやってろってなる。

 日本のまともな側からは
全く相手にされなくなってしまったのが
モータースポーツやレース界の人々
なんだと思うと悲しい。

 でも日本のレース界の人たちは、
ほとほと皮算用が好きなんだなぁと
感心してしまう。

 やっぱり趣味の延長じゃないと
やりきれない世界だ。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 2日 (月)

リアル 自動車絶望工場の夢と希望

001_3

002_2

 

 筆者のブログで相変わらず
検索ワードランキング1位の、
鎌田慧さんの著述「自動車絶望工場」。

 労働実態と言うより、
いま「働かせないぞ」と言う
意味で絶望工場になっちゃった。

 先週は鈴鹿某所へ打ち合わせに
行っていたのですが、
本田技研鈴鹿製作所の前では
労働者切りを反対する、組合関係者の
デモが行われていました。

 南コースの音らしい、
レースカーのエキゾーストノートが
サーキットの周辺に響く中。

 いま鈴鹿サーキットは、スタンドや
ピット改修の真っ最中。
 計画が決まったのは二、三年は
前の話だろうから、ホンダがフォーミュラ1を
止めて二度と出ないらしいことも、
HRCで一時代を築いた後に社長に
なったレース屋の福井さん辞任も、
基本的には無関係に工事は
進んで行く。

 でも、「主のいなくなった館」の
ようで、鈴鹿サーキットも泪で曇りがち。

 

 アメリカの自動車メーカーが、
どんな経営危機に陥っても
労働者のクビを切らない。
 
 これは自動車の夢と希望かな と。
 理屈抜きに。

 
 自動車産業によって立国された
アメリカの最初で最後の希望、自動車。
 アメリカの自動車メーカーの
労働者がバタバタクビ切りに
合うようじゃ、まさに世界の終わりかも
知れない。
 そう言う意味では、経営効率とか
度外視して雇用継続するアメリカの
自動車メーカーは、通常では量りきれない
ロマンに彩られていると言える。
 アメリカらしくない。アメリカらしい。

 土建国家日本では、差し詰め
土建屋(ゼネコン)さんがその位置に
あったのか知らないが、
雇用の環境や条件が違うから、
アメリカの自動車とは同義にならない。
 違う会社(下請けさん)が現場で
儲かろうが、潰れようが徹底放置
徹底無視な姿勢がゼネコン。
 夢も無いし、尊敬も無い。
 階層区分の歴然としたゼネコンと
下請けの関係に雇用継続性なんて
誰が考えると言うのだろう。
 むしろ、
絶望的なのは、この業界では。

 
 日本の自動車メーカー
云々と言うより、やっぱり社会全体に
夢とか希望と言う陳腐化されたものが
生きていく土壌が無くなりつつある。

 いつもの訳知り顔のジャーナリストが、
上記のようなアメリカの
自動車メーカーの姿勢を
批判したりするけれど、
そんなん放っておいたらいいのにね
と思ってしまう。
 向こうにだって考えがあるんだから と。

 何も考えないで、クビ切りを
する人のほうが、自動車と言う
機械に負けてるんじゃないかとか。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

欲望系と、ブランク

 とうとう二月は一回のエントリーも無く
終わってしまいました。
 終わらせたのですが。

 二月は、姫路に行ったり滋賀に行ったり
三重に行ったりし、でも大部分は
本社のある東京と横浜を行ったり来たり。

 未曾有の大危機と騒いでは見ても、
朝夕に、かったるいと思ったときに
利用するグリーン車は、朝はもう満席ですし、
電車も朝のラッシュは相変わらず。
 危機感が加速するのか、
停滞するのか鈍重な自分には
分からないが、実態的な危機を
味わうのは年度が替わった4月からに
なるのだと思う。

 筆者も危機感が抜けず、今年の冬は
楽しみを遠ざけた。
 スキーには、年末の蔵王以来
行っていない。ラディウス27の新型
スキーの感じも全然分かっていないし、
せっかく京都の店(カンダハー)で買った
のもはっきりいって無駄になってしまった。
 楽しみを遠ざけるのは、ストレスも
並大抵ではないし、辛い。
 ストイックなどとは思わないが、
どうも社会全体の感覚が暗くて
仕方が無いので、暢気にスキーへ
行って楽しむと言う感じでもないわ。

 筆者はこのブログでもずっと
綴ってきたけれど、
結局不必要なモノは売れない。
 飽和状態になりつつあるところへ、
似たような大した付加価値の無いものを
毎年投入しても、売れない。
 クルマもデジタル家電も。

 来年度のモノつくりは、
今までネガティブと言うより
地味にやってきたエネルギー系が
脚光を浴びることだろう。

 キーワードは「貯める」。

 
 話し変わって、信販系が惨い。
 カードの初期、無条件に繰越して、
金利や手数料で儲ける仕組みが
悪性の感冒のように流行している。

 横浜に帰ってきて、
皆も持っているし、よく
見かけるのでTSUTAYAの
Wカードなるものを作ったけど、
それがまさしくビンゴだった。
 初期条件が3,000円以上の
支払いは繰越で金利がつく仕組み。
 ファミマクレジット万歳。
 
 TSUTAYAって媒体を考えると、
お金をあまり持っていない
学生も、利用いや使用者に含まれる。
 もっと言えば、引退後の余生を
送るお年寄りも利用が結構
見込める。

 例えば10,000円の月利用額が
あって、翌月3,000円支払っても
残債は7,000円あるってことになる。
(TSUTAYAカードはあちらこちらでポイント付くし)
  それで、翌月も利用するだろうから、
毎月の支払額が3,000円以上
繰越のままだと、条件を変えない限り
一生手数料と金利を支払うってことになる。

 リボルビング払いを、いま色んな
呼び名で美化しようとして、
信販会社も必死だ。
 要はプー太郎をニートと呼んだり、
出戻りをバツイチ、いったい中身に
変化が起こるのだろうか。

 そう言った、悪意満々のカードを
バイトのニイチャンやネエチャンに
店頭で勧誘させる。
 「年会費無料ですよ」と。
 それで初期設定の条件なんて
説明しないし、大概の人は
カードの契約条項なんて読まないから、
最初の数ヶ月の金利で
年会費なんて挽回できてしまう。

 こう言う日常に潜む欺瞞に、
最近はやりきれない思いで
一杯の日々を送っている。
 
 そう言ういて欲しくない側に、
自分の大切だと思う人だったり
知り合いがいたりすると
余計やりきれなくなる。

 もう少し、善良な市民が
迷い道に入らないような、
期待権に沿ったような信販会社で
あって欲しいと思います。

 需要と供給とか色んな
筋が有るのかも知れないけれど、
事あるごとに税金で補填されているような
親玉がバックにいるクセに、
しらばっくれてんじゃねーぞと。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月26日 (月)

レースの町、鈴鹿。

 実は出張が明け、
年明けの本社に戻って勤務を数日
すごした後、次のJOBが
直ぐに決まった。

 今度もと言うか、
また三重県で、四日市の
隣町、鈴鹿市が今度の舞台。

 いまの世相から言って、
こうして直ぐに社会から
必要とされるのは
本当にありがたい話だ。と思う。

 少しの間、横浜にいそしむ
心積もりだったけれど、
上記のように次の舞台が
早々に決まった。

 なんだか少し落ち着かないなぁ
と言う精神状態などから、
この週末にかけてエントリー
していたスキーの大会は
キャンセルしました。
 全然練習も出来ていないし。
 今シーズンは、まだ蔵王での
はちゃめちゃな初滑りだけです。

 先週、鈴鹿に行ったけれど、
サーキットの近辺は何もかもが
変わっていた。
 初めて訪れたのが、高2の頃だから
かれこれ20数年前になる。

 あの頃は、サーキットの周辺には
殆ど何も無く、平田町の駅周辺に
ほんの少しお店があったくらい。
 駐車場も、サーキットのグランドスタンド
前のところにでも、
サーキットランド入り口ゲートの直ぐ脇にでも
クルマは置けた。ノスタルジー。

 今年はフォーミュラ1が
戻ってくるので、先週前を
通ったときも盛んに改修を
行っていた。

 筆者のお客さんのところは、
サーキットのすぐ北側にある。

 フォーミュラ1の時は、
もう仕事も済んでいるんだろうけど、
8H耐久の時は凄い混雑で
仕事にならないかも、そんな
ことを考えながら仕事ついでに
出張部屋を探していた。

 ある程度は予測できたが、
有期雇用の契約打ち切りなどで、
部屋はどんどん空きが出てきている
様子。中部地方の落込みは激しい。
(賃料はまだ下がっていないけど・・・)

 こうして旅打ちの博徒の様に
出張に次ぐ出張の暮らしは、
あと10歳も若ければなんの
気にもならない。
 人は「大変でしょう」と言う
けれど、たぶん「大変だ」とか
「苦しい」「そんなものは出来ない」と言う
マインドは、どんどん自分の行く先を
狭めてしまう。
 有期雇用の人達の一部も、
余りにも仕事を選んでい過ぎる
現状が指摘され、
「やっぱりな」と言う心象を
社会に与えてしまった。
 
 「オレはこれしか出来ない」
と言う、言える事は、実は
楽なんだと思う。

 企業がグローバル化を
進めていく中では、
昨日迄は技術系、今日からは人事
なんて言う配置や起用は
ごく当たり前にある。

 実はレースや競技と言う
ものを好んでするマインドには
理由がある。

 レースと言うのは、
もちろん競争相手がいることで
成立するものが殆どなのだけれど、
レースの本質は自分との
競争に他ならない。
 自分との競争に
勝つと言うことは、
Excuseを虱潰しに
していくことだ。
 
 自分の気持ちに素直で
自分に嘘をつかない。
 言葉にすると陳腐で
どうしようもない作業に
思えるようだが、
これは案外いちばんしんどい。

 最初の目標や志が
低くてもいい。
ただ一度それを
やり遂げると、
借り物で無い価値観や
自分だけの言葉を
発することが出来る。
 安易に迎合しなくなるし、
座標軸もぶれずに進める
ことが出来るだろう。

 長い長い2009年も、
ひと月目を過ぎようとしている。

 ララには申し訳ない
けれど、旅に付いて来て
もらうやに。(三重弁)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月11日 (日)

横浜たそがれへ戻ってきました社会派

 2


 三重県での業務がひとまず終了したので、
横浜の自宅へ戻ってきました。

 1年間と言う期間を長期出張と言う形で過ごし、
三重の部屋にはそれなりの荷物があって、
最初マイカーで済んだ部屋入りも、
結局荷物出しは業者さん頼みになりました。

 横浜は、三重に比べて暖かいなぁと。
 三重は昨年の12月26日に雪が降って、
鈴鹿山脈や滋賀県境の山々の頂は
白くなっています。

 これから少しずつ、横浜での暮らしを
充実させて行こうと思っていますが、
もうあまりモノを増やすのはよして行こうと
考えているわけでして。

 業務執行については、
新年明けて、来年度に向かっていく訳ですが、
来年度の下期まで、まず回復の見通しは
社会全体として立たないであろうと。
(今の政府のスピード感では・・・)
 
 個人的に思うのは、
これだけ人を切り捨てていく中で、
この先景気が回復し、投資が活発化しよう
と言う段になっても、先に雇用を
なんとかしないとね、と言う感情論が
地域でも優先してしまうような気がします。

 派遣・有期雇用は元来から高リスク

 派遣と言うか、全体的な有期雇用の形態で
雇われている側は、この金融危機に乗じて
契約解除が大々的に行われているのだと言う認識は
改めたほうが良いと考える。

 12月で雇用期間満了だから契約解除に
なった訳であり、「便乗」それのみと言うことで
有期雇用の本来の意味合いを、
他の因子と摩り替えるのはどうか、と言う
気がしている。

 あと、会社の寮を契約満了に伴って
退寮後、住む所が無いって言うのは
「貯蓄」が全くないってことなのでしょうか。
 給与がたいそう安いからと言うのは、
余り理由にならない。
 給料が安かったら安いなりの生活をし、
月2、3万の貯金をすることが不可能とは
考えにくい。要は飲んで食って遊んでしまった。

 派遣と言う有期雇用の労働形態は、
正規雇用者に比べれは生活のリスクは
高い訳であって、むしろその働き方の
あり様は個人商店主に近いなと自分などは
考えている。
 ゆえ、そのリスクと引き換えに
正規雇用者とは違ったメンタリティーも
保証されているかどうか分からないが、
そうした働き方を新しいものだとして
少し前のマスコミも随分と肯定的に
報道もし、ドラマの主人公に据えたりも
していた。

 あの「年越し派遣村」に
集ったうちの何人かは徴集が
かかったプロの左派陣営の
茶番であったにせよ、
リアルな人達は少し情けない、
「大人」とはちょっと呼べない
呼びにくい。

 社会に背を向けて、
敢えて派遣の道、有期雇用の
道を選んだのならば、
最後に人の情けや彼らの
大嫌いなお上の施しを受ける様は
男一匹見るに忍びない。

 あと親は居ないのか
と言う話。
 親兄弟その他、世話になる、
厄介になるというのは無理なんだろうか。

 東京なら山谷、大阪なら釜ヶ崎、
そのどちらもが報道するには不向きで
馴染まないけど、結局つまるところは
日比谷公園だってそんなに変わらない。

 自己責任原則とかじゃなく、
そこに居るのはその人の自由なんだと言うこと。

 反面として、ああいう風には
なりたくないと言う作用が
通常の人には働く。

 だからマスコミの乱稚気な報道も
全く社会の害悪と言う訳では無いかも知れない。 

 でも「経済難民」とか
言葉を飾るのはやめたほうがいい。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 4日 (土)

しばらく帰っていない時は

 9/12に横浜へ帰ってから、しばらく
横浜の自宅へも行っていない。

 10/6と12,13日は業務の関係と用事があるので
帰りますが。
 新潟へ転勤してた四年は、
人に貸していた。
 家賃収入もあって、
人が住んでいたほうが
家が傷まなくて良いとか、
そんなことを言われたけど。

 あれは全くのでたらめだ。

 やっぱり、人は自分のものと
思えばこそ、ものを大切にする。
 
 家に帰って、
ひとしきり隠れたところも
見たけど、想像以上に
傷みがあって落胆した。

 

 3週間くらいたって、
自宅に帰ると、
玄関を開ける。

 あって良かったと思う。
 ものなんだけど、
居てくれて良かったなと
考えてしまう。

 人というのは、
自分の望まない
境遇に身を置くのが
常なのかも知れない。

 そういう風に思うのも、
自分にまだ、ちんけな自負心が
あったり、なにものかを
実現できると信じているからだろう。

 充足しきるのは
ほんの一瞬で、
そこからまた新しい何かを
始めていく。

 キリがないのだけれど、
充足して、時が経つのが
平気になってしまうのは
それが老いなのかも
知れないなと、最近よく思う。

 明日は天気がどうあれ
琵琶湖に行ってみます。

 国道306が通行止め。
 なんか解除になったみたいです。
 鞍掛トンネルのとこで、
土砂崩れがあったんだと思うけど。

 冬にはまた通行止め。
 滋賀との県境は
雪に閉ざされる。

 休みの日の306号は、
鞍掛峠の道に入ると
ほとんど車が走っていない。
 筆者のように、ディンギーに
乗るためなどと特別な
事情がない限り、
使う人もいないのかも。

 道路って不思議だ。
 
 1日の経済効果が、
2,3万なら、やっぱり
トンネルなんて作るものじゃない。
 
 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 2日 (土)

蜘蛛の糸を、身にまとい

 道や公園を、ララと
一緒に歩いていると、
必ずと言ってよいほど
蜘蛛の糸の洗礼を受ける。

 新潟は上越にいたときも
そのようなことは度々有った。

 湿気がすごいから、
道の真ん中を歩いていても、
そこには蜘蛛の歩道橋が
かかっていたりする。

 ここ三重県は菰野エリアも、
例外なく蜘蛛の巣がそこかしこに
発達している。
 
 頭とか顔に、蜘蛛の糸が
からまって気持ちの良い人って
いないよね。
 いつもいつも「うわ゛わーーー」って感じ。

 この蜘蛛の糸にからかわれ始めると、
田舎に来たな~と思うし、
都会への郷愁に襲われる。

 そんなに蚊がいないのが、
せめてもの救いだ。

 ただ、コガネムシやら毛虫、
カミキリムシ、セミ、蛾、かとんぼ、
ありんこ、筆者が住む、マンションの
廊下にある外灯めがけて、
夜には集まってくる。

 最近は近所からの苦情で、
この外灯は外してしまったみたい。

 都会のそれのように、
ブラックライトの外灯に
変えればいいのに。
 そう単純に思うけれど、 
田舎の人は、
そう言うのがあることを知らない。

 あと、基本的に涼しくなれば
虫たちも居なくなるだろうから、
外灯の問題は、
いずれ時間が解決してくれる。

 地方都市に住むと、
こういう「時間が解決」みたいのが
非常に多い。

 これは基本的理念が
変化を望んでおらず、
ゆえ、50年以上も長きに渡って
保守政党の一党体制を支持してきた。

 民衆のマインドがあるからこそだ。

 でも、既に役人が散在して、
使って無くなってしまったお金や、
どうしようもない少子化問題、
暮らしやすくなろうと、或いはしようとする
積極性に欠けることは問題だ。

 それなりの施政で満足することに
慣れきり、どうしようもない状態でも
変化を望もうとする強い心は生まれてこない。

 なぜかなと。
 たぶんそれを成すには、
すごい摩擦が生じて疲れるから。

 ものすごい数の言い訳と、
虫たちの累々たる死骸。

 印象的。
 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月14日 (土)

蟹工船やロスジェネと、浅尾大輔

 このあいだテレビを見ていたら、
全労連オルグ・国公一般書記次長で(元?)
雑誌ロスジェネ編集長の浅尾大輔が
出演していた。
 この人は文士なのだと言う。

 最近は左翼も新左翼も、右傾化の
波に押されて全くと言ってよいほど
目立たなくダサい存在で、
浅尾某のことも、筆者は知らなかった。

 浅尾某は、世間の評価によると、
「現況の非正規雇用のありかた」について
舌鋒鋭く批判しているのだと言う。
 国公一般の労組専従らしかったので、
多くの恵まれない、公務員の中で
働く非正規雇用者を見てきたのだと
自負している。

 笑っちまいます。そして、

 ちょっと待てと言いたい。

 浅尾某が支援している対象者は、
ホワイトカラーや大企業で働くことに
固執したり、自己実現だかなんだか
知らないが、自分の好きな仕事に限定して、
職探しをしていまいかと。

 自分の能力や、来歴を顧みずに、 
無理、無茶な望みを持ってはいまいかと。

 職種さえ選ばなければ、
正規雇用の道は幾らでもある。
 
 その会社は大きなビルではない
かも知れない。
(そりゃ大きなビルに出社して、
夕暮れ時に大きなビルから出てきたほうが
格好がいい)
 いわゆる3K職場かも知れない。
 汚い作業着での業務執行を
強いられるかもしれない。
 搾取の色合いが濃い、
職場なのかもしれない。

 給料、福利厚生はそこそこだとか・・・

 だが、そこからしかスタートがきれない
身の上なのならば、
その場所から自己変革を試みて
日々挑戦の日々をおくれば良いのだ。

 朝日新聞含めこの新左翼のばか者どもは、
呪いのすべを若者に吹き込んでいるだけだ。
 まったく生産性がない。
 そもそも生産性の低さから、
アカの理論と国は崩壊した。
 その矛盾に気づけないのは、
もう愚の骨頂としか言いようがない。
 汗まみれ、泥まみれになって働き、
早朝と深夜に研鑽を積むものを尻目に、
集会だの交渉だのに執心ならば、
一生涯呪い節の無限ループから
抜け出ることなど出来はしまい。

 
 小林多喜二や日本共産党に対して
頭にくることは、自分らは綺麗な
服装で人前に出てきて、
労働者の親玉みたいに
振舞うことだ。
 人民服とまでは言わないが、
作業着でおおっぴらに
振舞えば良いではないか。

 小林多喜二の、想像の世界でしかない
蟹工船が売れていると言う。

 今のアカの手先どもは、
自分を危険の及ばない場所に
おいて交渉だのしているだけ。
 労働者の側にいても、
その実は労働者ではないから、
まったくこの手の人種を
信用することは出来ないな。

 交渉なんて甘っちょろいもの。
 すべて実現されなけば
意味がないとされる、
実業の世界で、交渉なんて
甘美なものは賞賛に値しない。

 小林は拷問死で自己完結した分、
まだ救われている。
 転向しなかったわけだ。

 
 蟹工船が流行っているとか、
新左翼陣営のアジに過ぎない。
 もうそれくらいしか、戦うすべが
無いと言うことでもある。
 これだけモノがあふれ、
豊かになった国に住むのだから、
現在ある労働の不幸を持って来ても
少数派でリアリティーがない。
 大衆に訴えかけるネタが
現在どこにも見当たらないから、
「蟹工船」なんて遺構を引っ張り出して
不幸な身の上ごっこを仕掛けているのだ。
 

 非正規雇用者たちよ、
今の職場に不満がありあり
と充ちてきたら、
 
 服は汚れ、体を濡らし、
穴を掘れ。山を削れ。
 水を貯め、流せ。
 火を燃やせ。
 魂を打ち込めて働け。
 口汚いジジイどもに
罵られ、殴られ、脅されても
けっして諦めないで行け。
 
 お前たちが不満なのは、
せいぜいが、その立場だけだ。
 だから周辺が騒がしいだけで、
真剣で真摯な活動自体と、
その広まりが見えてこない。
 
 本当に不満があって、
怒り心頭しているとは思えない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月11日 (水)

考えさせられる、絶望工場

 前々からこの記事には検索履歴が多かった。

 ここへ来てまた増えているので、
なんでかな?と考えるまでも無く、
関東自動車工業へ派遣されていた
ワーカーが起こした秋葉原での殺傷事件が
思い起こされた。

 自動車絶望工場・・・

 なんて凄い、
キャッチーな題名なんだろう。
 鎌田さんは、この部分は天才的だ。

 言うまでも無く、関東自動車工業は
トヨタの車両を製造している企業だ。
 カイゼンだの、かんばんだのが、
工場内をそこいらじゅう闊歩しているに
違いない。

 季節工ではなく、派遣形態。

 でも、事件を起こした男が言う
ところの「6月でクビ」のくだりを
考えると、本当に派遣なのかと言う
疑問も沸いてくる。

 もともと一人勝ちの構図を
作り出している時点で、
富む側と貧する側との格差が
どんどん開いて行く様な
ストーリー仕立てのトヨタ関係の話。

 企業の購買と納品メーカーとの
戦いを、正当にクローズアップしたような
記事が少しでもこの世に出たことが
有っただろうか。
 広告代の問題もあって、
マスコミ各社も二の足を
踏んでいる状態が、ここ
30年余続いている。

 正当だったら良いのに、と
何度思ったことだろう。
 実際は正当でないから、
記事になりにくい。
 全く世の中の仕組みとは
逆行する仕組みづくり。
 世の中のクリーン調達などの
流れとも相反する仕組み。

 工場のワーカーがどんな
仕打ちを工場の側から受けようが、
起こしてはならない事件であることを
前提に考える。

 言ってはなんだが、
工場での仕事は、きっと
非人道的なワークが日々年々
継続されて来たに違いない。

 だって今も絶望工場のままだから。

 有産者と無産者の縮図が
今の自動車工場や自動車産業と
言って差し支えない。

 モノ一つの値段が高いから、
このような構図は利権の塊のようで、
容易に格差が浮き彫りになってくる。

 底辺の側から見たことがない。
 筆者も。

 だから底辺と呼ばれる側からの視点や
ものの考え方は出来やしないが、
上流の側が何を考え、何をしているのかは
だいたい想像がつく。

 我慢できない何かを、
これら自動車工場のワーカーは
潜在的に持っている。
 そうやって安い賃金の労働力に
特化してこだわるリスクは、
本来なら自動車産業にはないはずなのだが、
絶望工場の時代と相変わらず、
続けてきている。

 労務管理の側も、
ほとんど人道的なケアなんて
出来ているはずがない。

 極めて断定的で、
推測じみたエントリーだけど、
自動車業界は、クルマを作らないで
殺人者を製造してしまった。

 クルマを作る前に人を作れと言いたい。

 これらの経営陣に松下幸之助翁の
ようになれとは言わないが、
少しばかり人材育成や人道的なケアを
精力的に行うべきと考える。

 あまり金儲けに執心だと、
人心の荒廃が著しくなる。
 
 単価の高い、今の自動車業界は、
ひどい。そう括ってもいい。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 4日 (水)

それ、それ、駅前のモアーズで買っただろ?

 横浜に帰り、そして四日市に出張です。
 土曜の仕事を終えて、PM11:00頃に
東名阪四日市IC→伊勢湾岸道
→東名豊田→横浜町田→保土ヶ谷バイパス
うんぬんかんぬんうんぬんかんぬん・・・
 AM2:00過ぎには自宅前に着きました。
 ご近所迷惑ですが、マニュアル車
なりのブリッピングをかましつつ入庫。
 
 ふえーー疲れた。
 途中道を譲ったのは、たぶん玄人の
34Z、1台のみ。こちらはCF4アコード。
 ほとんどこの方と150くらいで抜けてきた。
 たぶん最速ペースだったと思う。
 一度尼崎から4時間半で横浜と言うのは
あったけど、VOXYでそんなことするのは
まったく筋道が合っていると思えない。

 日曜日はルミオンの納車だった。
 なんやかや350くらいの高い
クルマに仕上がっていたけど、
VOXYの下取りがあるので、そんな
感じでも無かった。
 当たり前だけど、ルミオンは遅い。
 刺激なんかも全く無く、
それなりに走っていさえすれば良い、
そんなクルマ。
 
 その前に、横浜駅付近で、
筆者親友氏と約半年振りに会う。
 京料理なんかをランチコースで
頂く。やっぱり幸さんの地元である
京の都の風情は、オフ時には
欠かせない。
 そんなことを知る由も無い
親友氏と、酒抜きでしゃべりまくる。

 でもなにを話したか、あんまし
覚えていない。
 言説に責任持たないでもいい、
気の置けない親友氏が相手だったか、
好きに話していると、何も考えないで
結果なにも覚えていない。
 ただ、あいつの顔だけが
思い浮かんでくる。

 夕方、ルミオンを取りに行って、
少し乗り回す。
 うへ って感じ。
 仕方ない。


 夜は、遊びに来てた両親と、
焼肉を食べに行きました。
 自分が親友氏と会っている間は、
お小遣いをあげて、家の片付けなんかを
お願いしちゃっていた
トンデモな坊っちゃんです。

 こうして書くだけでも
地元に戻ればそれなりに
予定があったり、行くとこ
あったりするのですが、
出張地だと外出=飲み会。
 なんて言うか最悪でしょう。
 健康に悪いこと請け合い。

 いやいや、最近思っているのは
ホタルでも観にいこう。
 そう考えている。

 もうあまり何も考えないで、
とりあえずHAPPYな生活を
追求しよう。

 愛するものと、
そうではない他の人は違う。

 そうではない、他の人の
なにかを考えたり、
巻き込まれたりすることはやめよう。

 自分はつくづく人に甘い。
 愛し愛される人以外に、
甘くするのはよして行こうと、
最近つくづく考えるようになった。
 
 情けは人の為ならず 
巡り巡って己が(自分の)為
 って言葉があるけど、
自分の解釈は少し違う。

 情けをかけて、それで
酔いしれてんじゃねーぞ
馬鹿野郎  と。
 情けをかけるほど、
お前はそんなに上等な
もんか。
 
 はい、
まず自分の幸せを考えて
行きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月30日 (金)

本牧ベイカーズストリート

 今週末は、4週間ぶりに横浜へ帰ります。
 こうして出張地や、転勤地で長々と
過ごすことも慣れました。
 慣れたのと、だからそれが良いのか
とでは意味が異なるけど。

 やっぱり仕事以外の知り合いが
いないのはきついなと感じる。
 仕事がきっかけでもいいから、
気の許せそうな損得・利益等抜きの
関係を築けそうな人も、今はいない。

 それでこの間、こちら三重の
エリアではじめて床屋に行きました。
 「ひろたこういちのカットハウス」とか
そんな名前の店だったのですが、
ここは広田民郎さんと言う
モータージャーナリストの実家だった
ようでした。
 あと、店長さんが、自分が車高調を
組んでもらった店の同級生だったりして、
クルマの話を床屋談義でしてました。
 だからどうしたってことも無いけど、
こちらで初めて地元の人と長いこと
話した気になりました。
 ここへは通いたいと思いましたね。

 会社からは、「もっと会社に来なさい」
(出張なんだから、どんどん帰着していいよ)って
内容の話を頂いているのですが、
いかんせん、ララを乗せて東名を
行ったり来たりするのも疲れるので、
一ヶ月に一回くらいかなー。
 あと、東名は事故多いしね。

 往復約800kmですが、
週末の短い間にやるのは
骨の折れることですバイ。

 バイクなんかも置きっぱだし、

本当は沢木竜一みたいに
本牧ふ頭をかっ飛んで、
マリンタワーの見える
どこかにバイクを置いて
タバコでもふかしてやりたい。
 やっぱり、横浜はバイクで
疾走したい街だよな。
 何の気なしに、プラっと
出かけて、そこいらにバイク置いて
気になったところ、店に
分け入って行く。
 
 バッテリー上がりで走れないけど。

 

 ルミオンを注文したものの、
いまいち心躍るようなクルマではないし、
仕方がないんだけど、ちょっと後悔
している。
 予定通り計画通り、ゴルフGTI程度に
しておけば・・・
 

 外車って、日本全国どこの
ディーラーに持って行っても
相手してくれる訳じゃないし、
前にメルセデスベンツの300TE
4MATICに乗っていたときは、
新潟で高い金払って、某店で
メンテしてもらってた。

 横浜にいた時は、
世田谷のはずれにある
溝畑さんというベンツの修理やさんで
面倒見てもらってた。
 ここは、もう安くなった同等品の
部品でメンテしてくれるので、
プアリルボーイな筆者には
頼もしい存在だったのです。

 当たり前なんだけど、
ベンツは重たく出来ていて、
それで乗用車のベースで
言ったらそりゃ国産なんか
全く比較にならないほど
剛性感がある。
 音も、乗ってると
とても静かだし。

 シトローエンは・・・
さんざん乗ったけど、
味わい深い車種は、
完全に趣味の世界に
入っていて実用向きじゃない。
 カローラが一台あって、
それでシトローエンの
CX-turboとかDSあたりの
を乗っているなら良いかな。
 とにかく一台足クルマがないと
正直しんどい。
 あと、クルマがないと
やっていけない車社会の
街なんかには、それに乗って
出張だの転勤だのは出来やしない。

 まぁ今は仕方がないけど、
次は絶対に趣味のクルマを
一台買おうと思っている。
 今乗ってる、CF4アコードを
いじり倒す手もあるけど。
 
 そんな具合で、クルマしか
楽しみがない、田舎の青年みたいな
生活を送っている日々です。↓

 まぁあと、最近ホントに
事件が多いですよね。
 常軌を逸脱してバラバラに
してしまうやつ。
 よくそんなことが出来るよな と。
 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月26日 (月)

ブラインドコーナー

 幸さんハイの幸さんですが、
最近はめっきりエントリーの
数も減り、いろいろと心配されて
いる方もいるのだと思います。
 まぁそうは言っても、
ああして逆転ゴールを
かます、涼しげな浴衣姿で
溜飲を下げた方が大多数かと
筆者は推察するのですが、
いかがでしょうか。

 しかし、せっかくなので、
流行のサンダルではなく、
下駄か草履にしてほしかったぞ。と。
 清坂亭でサンダルは、
ちょっとさびしい。
 赤い鼻緒でいって
欲しかったね。と。
 他が隙なしだっただけに。

 


 話し変わって、
 5/23、先週の金曜、
およそ9ヶ月ぶりに、筆者に
多くの影響を与えた方と、
久方ぶりに再会した。

 わざわざ筆者が出張地の
四日市まで来てくださり、
感謝の念が絶えない
夜となりました。

 仕事の話もいろいろ
したにはしたのですが、
いわく「早く嫁さんもらえ」と、
「四日市の女とこっちで暮らせ」
などと言うアドバイスを
いつもながらに頂戴しました。
 
 新潟にいた時は、
「新潟の女と~」で、
尼崎にいた時は、
「兵庫(関西)の女と~」と、
筆者の転勤地や出張地の
主語が違うだけで、
まぁとにかく早く、
結婚せえやと言うことでした。

 お互いが電車の時間を
ある程度気にしながらの
飲食だったので、この方と
飲るペースにしては、
非常に穏やかな感じの
会合でした。

 いろいろあるにはせよ、
早いとこ奥さんになる人を
みつけて仲良くならなければ
いけないのは毎度毎度の
課題なんですが、
どうにも旅の街では
上手い具合に口説けないのも
事実。

 流れ者気取って見たところで、
そりゃ岡林信康の唄みたいに
「現場終わったその日のうちに
俺もいないさこの町に」と、
うそぶくのは格好良いけど、
それじゃあ、あんまりだし。

 とにかく、この方をはじめ、
親以外に心配とご面倒を
方々にかけているのは
事実な様なので、
今後は一日でも早く
社会性を帯びて、
年齢不詳のあぶない
ことをする人と言う
定評も返上したいと
思うのであります。

 会社での、メンタルヘルスの
テスト結果が返ってきました。

 内容的には、
これまさに「オレの事」で、
どう言う傾向でこういう
結果になったのか、
それはテストを考えた人のみぞ
知る由と言いたいところなのだが、
テスト内容から推察するに、
同じような設問に同じように
答えていくと、そうなるんだろうなぁ
と言う感じがしたのでした。

 つまり、同じような設問に
同じように律儀に答えると言う
ことは、それだけ外せない
何かがあり、偏執でもあり、
律儀に答えると言うことは、
それだけマメで完璧主義者
なのだと、このテストでは
決め付けたいらしい。

 完璧主義者の傾向あり、
と結果が出てみても
別に驚きはしなかったけど。

 ただ、
「仕事も家事も必要最小限にとどめる」
ことをお奨めされたって、
そりゃ困りますよ。
 オレだってそうしたいしさ。
 むしろ、会社が催す
メンヘルのテストにしちゃ
至極公明正大なような
気もしないでもないけど。

 必要最小限にとどめて、
それが高効率で素晴らしい
成果を挙げるのなら、
べつに問題はないんだろうけど。

 無駄な動きもして
みたいじゃないですか。

 むしろ、無駄な動きを
忙しいさなかに
出来るのが、生活に潤いを
もたらすものだとも思うし。

 まぁ限度問題なんだろうけど。

 社会性帯びたいね。
 是非とも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月14日 (水)

技術という人生

 昔から機械いじりが好きで、
気がつけば工学を学びに
学校へ通い、そのまま業界に
なだれ込んでいった・・・

 と言うわけでは全く無くて、
気がつけば「技術」と言われる
世界にいる。

 「技術者か」と問われれば
「技術者では無い」と
答えるようにしているが、
まさしく技術を用いて糧を得ている
だけだから、忍者とか医者と
同じようなレベルで「技術者」などと
簡単に括られては堪ったものではない。

 技術が有るか無いか と、
技術者か、技術者ではないのと
では観念からしても意味が違う。

 脱皮のようなものを
繰り返し行える耐性がないと、
今は、技術を研鑽していくことは
難しい。
 ましてそれを営業品目に
挙げている会社のようなもの
ならば、何をかいわんやでは
ないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月13日 (火)

「インディアン嘘つかない」

6日の晩に、地元横浜から
出張地の四日市へ戻りました。

 横浜にいる間は、
はっきり言えばどこにも
出かけないで、家の周囲を
散策するに留まりました。

 新しい車は、ルミオンを
試乗してみたら新型の
プラットフォームを使用している
せいもあって剛性感が
フィールダーより優れていたから、
無理を言ってルミオンに
注文し直してもらいました。

 ルミオンは評判が芳しく
無いようだけど、およそ20台以上の
クルマを乗り継いだ筆者の
経験からしても、なかなか良く出来た
面白味は少ないながらも
良いクルマなんじゃないかと思う。

 


 


 最近、色々な人に、「頑張り過ぎないように」
と、釘を刺されたので、
意識してペースを落とすように
することにしました。

 頑張っているとか、あまり
自分では意識してはいないのですが、
周りの人が息苦しくなるほど
気配を発散していて、
まるで「座頭市」みたいだ、
とも、ある先生から言われました。

 自分は盲目かもしれないけど、
周りの気配や兆しを感じることは
出来る。
 だから、余計に始末に終えないのだ。

 自分を抱えている、会社のことを
考えてみれば、ひょっとしたら
爆弾だったり、よく切れる刃物を
内包しているかのようで
恐れられているのか とも。

 こう考えると、忍ぶという
ことの意味がよく分かってきた。

 いや、今このエントリーを
書いている最中に。

 なるほど、心に刃かと。
 心に刃が乗っかっている。

 まったく相反するようだが、
忍ぶとはそういう意味だったのかと、
ひとしきり感心、そして
自分の向きが分かってきた。

 ただ、自分で下した判断は
後々に決して覆るようなことは
無いから、だからぎりぎりまで
忍ぶことが必要なのかも知れない。

 最近はいろいろ考えている。
 
 和親一致の精神とは、
和を持って貴し と言う言葉の
意味とは少し違うな とか。

 和親一致とは、10年間毎日のように
唱えてきた言葉。

 MS日本の竹内さんの
著書を、また少し読み始めた。

 人が数年掛けていろいろと
感じることがあって、
それを昇華させることに
制限は無いなと感じている。

 むかし、大田区の蒲田エリア
蓮沼にあるインディアンカレーの
旦那さんともいろいろ話した。

 出張地だと、こう言う指針だとかを
考えるきっかけになる話し相手が
いないのがきつい。

 仕事だけの結びつきってのは
案外脆いものでもある。
 
 人が抱えている機微は、
非常に微妙なものだから、
憎しみなどの激しい
感情の先に、尊敬や畏怖が
生まれてくるものだ。

 ほんとうはその場で冷静に
過ごして、すべてを見渡せる
能力があれば問題ないのだろうけど、
どこをどう転んでもそのような域に
達することが出来ない。

 相手方がすっかり忘れてしまった
ようなことでも、あとで振り返って
省みる。

 頑張るのを少し控えて、
そんなふうに考える時間が有っても
悪くはない。


 インディアンカレーを4年も食べていない。
 カレー好きに、わるい人間はいない。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 4日 (日)

雨の中の帰郷

 昨夜、2日の晩、10時頃に横浜へ向かって
クルマを発進させる。
 
 事前の渋滞予測は全く問題ない
範囲で、大したことのないような
予測しかされていなかった。

 走り出してみると、伊勢湾岸道の
終点豊田から、浜松の先まで渋滞していた。

 静岡を過ぎた頃から本降りになって、
御殿場の山道はけっこうビビリながら
それでもアクセルを抜かずに、
全てのクルマを追い越して帰ってきた。
 いつもならとってもうざい、
大型のトラック達も、昨夜の雨では
機先をそがれ、おとなしく左側を走っていた。

 筆者の最近のアシ車は、CF4アコードの
SIR-Tと言う、MT5速のクルマで、
それにタナベの車高調を組んでいる。
 なんて言うか、このクルマのパフォーマンスを
出し切って走れるのならば、このクルマ
以上の性能はどの場面でも必要ないんじゃないか、
と思えるほど、低速も高速の伸びも、そしてコーナーでの
粘りもなかなか素晴らしい。
 
 そして、やっぱり、タイヤは少し高くても、
いいやつを選んで履いたほうがいい。
 雨の日に飛ばすと、実感する。

 16年型のVOXYは、最近になって
新車のフィールダーに乗り換えるため、
ディーラーに預けてしまった。
 スキークルマがフィールダーで、
高速の足がアコードと言う、
二台体勢でしばらくは行こうと、
そう考えている。

 まだ911なんかには、
乗れそうにないな、と
色々感じ入っている。

 最後の最後、保土ヶ谷バイパスでは
ハイドロプレーニングが続発していて、
クラウンのアスリートで飛ばしていたらしい
オジさんが中央のコンクリートウォールへ
激突し、停車状態だった。
 当然右車線を走っており、その
先頭だった筆者は真っ先にその
黒い停止物体を察知して、
左の車線へ除けたが、
筆者のアコードを必死で追いかける
アリストは、回避虚しく、その
クラウンと接触してしまっていた。
 クラウンが事故って、おそらく直ぐの
出来事で、クラウンの運転手もまだ
車内にいる様子だった。

 保土ヶ谷バイパスは、一般国道並みの
整備状況だから、その轍はなかなか酷く、
雨の日には、120km/h以上での走行は
大変危険だ。

 クルマでもなんでもそうだが、
自分の腕と相談しながら、
段々と限界を高めていく。

 これが基本。

 10時過ぎに四日市を出て、着いたのは
3時近かった。
 
 今朝起きたら昼の12時で、
しばらくぶりのマイベッドに安心して、
バカみたいに熟睡してしまったようです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年4月24日 (木)

本当にこれで良いのか、と言うマインド

 なんのことはない、最近の
自分も、お金のためだから
ある程度は仕方がないなと、
あきらめとも開き直りとも
取られるような心境になって
しまうことがある。

 つくづく歳は取りたくねー、
社会性帯びるのは嫌だねーと、
へろへろなキモチになってしまう。

 童夢の林社長が、自身の
webで数々のコメントを残して
いるが、それはもう愛してやまない
世界への苦言を延々と述べられており、
それと同じようなスタンスで
自分が言説を繰り出したとしても
今は実力が不足していて、どうしようもない
壁を実感してしまう。

 林社長の存在を知ったのは、自分が
熱烈なTojiファンであったに他ならない。

 Tojiは、
マドンナの宝石にあらず 
俺様の宝石さ、と
叫んで、ビッグアップルで
ある時期を過ごした。

 俺様の宝石とはなんなのかと
考えてしまうけれど、
でもほんとうはそれが
なんなのか自分では分かっている。

 
 積極的に、何も考えずに、
リラックスと言うより脱力して、
人に対しても、
誰にでも優しく、
誰にでも平等に優しくない
と言うような生き方。
 如才ない人と、
呼称される生き方。

 

 それで自分は充足できるのか
ということ。


 愛していればこそ、感情を
ぶつけられると言うモノ。


 日本の経済は、あらためて
最近よく考えるけど、
おかしいよなーと。
 自分なんかは上流側の
人間じゃないんで、
まぁデリカシーなく書きますが、

 メリット=お金
 失敗=極悪
  
 今はこれしかない。

 だから休みと言う概念は
殊更に忌み嫌われて、
休みの概念がないものだから、
メリット=お金の
無限ループに延々と
引き込まれる。

 自分はだいたい、人間の
能力の限界を心得ている側だから、
そのような状態で優れた
ものが産み出される訳がないと
考えてしまう、

非効率主義の仇敵でもある。


 日本の経営陣が、そうした
疲弊した現場の実情をどこまで
理解しているかと言うと、
明日の戦略ももたず、
勝負はいつでも一年限りの
スタンスだから、現場のものは
そこそこ与えられて、そして
消費されていく。

 既得権益側の人間は、
そりゃもう目線を変えることが
出来ないから、
(餌を横取りされちゃうから)
少ない餌を、いや段々少なくなってくる
(構造的に、やがて飽和状態になる)
その少量の餌を奪い合って、
先を争って激しく闘う。

 自分は目先を変えたと言うより、
下放したけど。

 それで誰もが皆、
誰かが失敗するのを固唾を
飲んで見守っている。

 誰かが失敗すると、
極悪人に仕立て上げて、
上や下への大騒ぎ。
 生贄か貢物ってくらいに。

 今ではもう、失敗した人を
誰が一番先に探すのかとか、
恐ろしいほど末梢的な話にまで
乗れなければ社会人失格と
言い出す人もいる。

 日本自体、一時改革路線に転じて、
だいぶん活性を遂げたように
実感も出来たけど、
最近はまた保守への回帰が始まっている
ように思えてならないな。

 俺様の宝石確立には、
リテラシーを高めていく
マインドが必要なんではないかな

 ブレない心とともに。
 難しいけれど。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月22日 (火)

一代の流儀

 Photo


 創造性が欠落しかけて
いるのか、書くことが
あまり無い。

 週末は横浜へ帰っていました。
 ちょっとトラブルがあって、
なんのために仕事をしているのか
よく分からなくなったり。

 気持ち的には、もう
どこにも行きたくはないけど、
それが自分の流儀だから、
またどこかへ出かけていく。

 その場限りの戦術。

 先を考えての戦略。

 先を考えると、
忍ぶ心が必要になってくる。
 忍ぶのは、やってみると
分かるけど、結構しんどい。

 即興的な天才JAZZプレーヤーに
憧れてしまう。

 でもそれはネタが尽きたときの 
恐怖感を知らないからだ。

 もっと怖いのは、即興的な
仕事をしていて、それが延々と
続いていくものだと思っている人々。
 
 10年先はこうありたい、
こうあるべきと考えているのと
なにも考えずに毎日の餌を
貪るのとではだいぶ違うんだよなぁ
と、体験している分よくわかる。
 
 女性が、
「結婚したらそう言うの関係なくなるから」とか
言って、即興ネタを繰り出さなかったり、
10年先のことを考えないで生きる必要が
ないかのように刹那な感情のみに
支配されている所作は

 全然、男女同権でもないし、
平等でもないよなと思っている。

 そういう逃げ口上をアリバイに
用意しているような女性は、
やはり全く理性的にも魅力的にも
映らない。

 今の女性に、自分の母親くらいの
世代の女性が求められてきた、
貞淑やなにかを求めても
しかたがないとは思うけれど、
なら、うえに書いてあるような
あるべきの話を捨てずに、
信念をもって欲しいものだと
感じずにはいられない。

 やっぱり甘やかされて、
いい男もいい女も育たない。

 ちやほやされる分、
女性のほうが問題が深刻だけれど、
楽しいとかお金とか、刹那に流されてしまう。

 最近は仕事のことばっかり
考えていたけど、
 ふと女性のことを見渡すと
そんなのばっかりが増えた。
 
 男が甘やかすからいけないのだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月14日 (金)

誕生ゆえの苦しみ よろこび

 もうすぐ生まれ月の四月になる。
 
 ここ日本では、学校も会社生活も区切りの
スタートとなるから、その少し前のこの時期には
自ずと自分の生まれ月と重ね合わせ、
なにか年度の総括じみたことをするような癖が
ついてしまった。

 総括とか言うとなにやら仰々しいが、
やっていることの多くはひたすら反省。

 あとは新しい何かが生まれるように、
どういう風に仕掛けたら良いか、
いろいろ施策を練ったりしている。

 毎年いろいろあるな と思っている。
 時間も歳を重ねるごとに、
一年が段々と長く感じるようになってきている。

 いろいろあるように仕向けているように
しか思えないのだが、
自分では至極平穏な暮らししか望んでいない。
 
 望んではいないのだけど、折り合いが悪く、
あきらめも悪いので、だいたい平穏さが
にじみ出る頃に「オレのハートがノーと言う」とか
なんとか若気のいったりきたりで、
遠回りになろうがどうだろうがお構いなしに
自分の道と信念を貫いてきたのだ。

 「信念」なんて、なんだか陳腐で、出来るだけ
使うのを避けてきたけど、自分を評して
そう言う方々が増えてきているので、
あえて使う。
 言ってみれば、それがどうしようもない
自分への評価なのだということだ。

 必ず勝つ。
 絶対に負けない。負けるわけがない。
 
 変えられない。変えられないさ。
 変える必要がない。

 いつもそうやって生きているので、
自分を変節に導いた人への恩は
一生忘れないでいる。

 次の一年は、いったいなにが
待っているのだろうか。
 
 第一印象が悪いので、そこは改善したい
と思っている。
 第一印象最悪だと、あとは良いようにしか
見えないから、得だよねって言う人もいる。

 

 新しい価値を創出していくのは、難しい。

 静かな川面に石を投げ、
さざなみを起こすものに
拒否反応を示す人は多い。

 人はなぜこの世に生まれた

 生まれたときは誰もが新しい

 生まれたときの苦しみと

 はかないよろこびを

 忘れない限り

 新しいものへ向かうことができる。

 

 その行き先を暗示するかのように、

 わたしも泣きながら生まれた。

 いまは泣くことは出来ないから

 無明を破って進んでいくのだ。

 

 


 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月23日 (土)

自分の向きが分かる話

 四日市は毎日のように雪が舞っています。

 まるで雪国のようですが、
本当の雪国はクリスマスの頃に
降って以降、遅い春まで
根雪となって、生活に
影響を与えます。

 最近は自分の分を考えています。

 私は私です。
 仕事や世間を完全に
離れた、まったくの
プライベートの中での私。

 仕事では、私ではなく
自分。

 自分と言う意味の中では、
役者やのう、
と言われるべく
演じ切れれば良いのですが、
なかなか自我も捨てきれず
ついつい私が顔を出して
しまいます。

 自分の分、本分とは
いったい何なんだろうと。
 自分の役割を考えます。

 だから最近は、
役者を特別な職業と
思わなくなりました。
 

 誰もが皆、役者に
ならざるを得ないのが、
効率重視の世間の
慣わしです。

 4,5年前から
転勤や出張を繰り返していて、
「私」のほうは低調です。

 転勤や長期出張は、
その行為自体が分を
求められる事ですから、
私は軽んじられ、論じられることも
あまり無い。

 少し前は、うえに
あるようなことは
まったく意識したことなど
有りませんでした。

 なぜ今、考えるのだろうか と。
 
 とか何とか書いていますが、
基本的に鈍感なので、
誰がなにをしようと語ろうと、
何も感じない動じない
自分で行きたいと
心から思っています。

 私になったとき
ふと思いをめぐらすことは
あるかも知れませんが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 1日 (火)

訳ありのあうん

 2008年が明けました。

 朝生見ながら、少し
シュールな面持ちで
おめでとうございます。

 今年の目標は、
はっきりと最後まで
言わずとも、
語られなくとも、
色々なことが理解
出来る人になることです。

 一対の阿吽です。

 KYとか流行語で
言われるように
なったのは、

 本来日本人が持っていた
鋭敏さが薄れてしまった
からかとも思います。

 ああ なるほど
そう言うことだったのか、
とあとで気づいても
面白くないので、
すぐ分かる人間に
なりたいものです。

 今年もよろしく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月30日 (日)

2007年回想

 2007年の新年は、まだ横浜の家を
人に貸していた関係で、ひっそりと
東京の実家で過ごし、勤務地新潟は上越に
新年4日には帰ったのだった。

 それからほどなくして、
兵庫県は尼崎への転勤が決まった。
 何も隠すつもりはないが、
プラズマディスプレイを製造する、
工場建設の仕事だった。
 旨く行っていると思っている人が
少数ならば、しょっぱい思いをしている
人が残りを占めている。
 そんなことが日常的に感じられる場所だった。

 人から、耐えろ と言われたが、
もう3年の月日を、社内的には不毛の地、
上越で過ごしてきた。
 能力が無いとか、そう言う事なら
上越で少々お茶を濁して、それで
東京に帰る算段も有ったはず。 
 だから尼崎へ赴いた筆者に 耐えろ 
と言う言葉は、
「地獄へ堕ちろ」とか「死ね」と同義だった。
 少なくともその時はそう感じていた。

 それから、どんなに遠くに仕事で
赴くことがあっても、基点は東京本社で、
いつかは基点の場所へ帰ることが出来る
企業へ移ることを模索したのだった。
 自分の帰属する場所がどこなのか、
もう一度考える必要があったから。

 それで、8月退職し、1ヶ月のアイドリングの
後、新天地へ。
 新天地といっても、古参の方々も大勢いるわけで
いろいろ有りますです。
 でも前よりは幸せで、前のめりです。
 
 普通だったら移籍できないような
環境に移籍できて、筆者は発掘されたんだと
思う。発掘した人はエライ。

 今年は、空間移動がとても多い年でした。
 重たい荷物を文字通り背負いながら。

 いま、軽井沢に両親と来ていて、
万平なんかに泊まっています。

 遅い初滑りでしたが、軽井沢プリンスと言う
通い慣れない場所で済ましました。

 なぜか全然体が動かないなぁ、
と思いながら飛ばすのですが、
軽井沢の雪は、降雪機の雪と
新雪のミックスで結構難しい
コンディションになりました。

  明日帰ります。
 フランスベーカリーのパンは
美味しいですね。

 新年5日までは横浜や、
群馬県と日光の境あたりを
うろちょろし、また四日市へ
赴きます。

 今年は途中から、
神農幸さんを
応援していたと言うか、
闇雲にトラバを打っていました。
 考えてみれば、尼崎転勤で
おけいはんを知らなかったら、
一生知る由もないとは大げさかも
ですが、興味を持つことも
無かったのかな と。
 あったことも無いし、
話をしたことも無いのですが、
なにかを託すってHAPPYだなと。

 なにを託していたのでしょうか。

 答えは来年には出るかも知れないし、
墓場まで持っていく羽目になるのかも
知れない。

 ひとつだけはっきりしていることは、
おけいはんこと神農幸さんに、
救われたことがあると言うこと。
 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年12月11日 (火)

汚れた顔の天使

 いままで特に意識してはいませんでしたが、
考えてみると筆者の今年に入ってからの
動きを見ると公害ロードの旅。

 1月頃から尼崎へ。
 そしてまた年をまたいで
四日市へと移動しました。

 筆者の仕事は、それら公害を
無くすために行っている側面のものも
あるのだから、必然といえばそう言えるし、
皮肉といえばあまりにも皮肉な結果だ。

 あまり深く考えて、
相当因果関係説をたどる旅路に
悩むよりも、新しい何かを
見つけるように最大限の努力を
払っている今日この頃。

 筆者の仮住まいの場所は、
御在所の山々がすぐ近くに
あり、たいへん空気のよいところです。

 ただ、町で凍えんばかりの雨の夜は、
山では雪が降りしきっているのでしょう。

 四日市。寒いです。

 寒いところの常ですが、
エアコンがガス焚きです。
 上越は灯油焚きでした。

 エアコン燃料の液化石油ガスは、
原油を精製するときに発生する
副産物です。
 ですから、いいように値段が
上がっています。
 
 寒いから、欲望を満たすため
人間は物質を燃やして
寒さをしのぎます。
 CO2をガンガン出します。
 
 自分とはいったい何なのだろう
と考えるとき、人間とは
許されざるものだと常に意識しています。

 電気だけ使っているただの
エアコンのほうがクリーンなの
でしょうが、寒冷地エアコンの多くは
地下燃料を追い焚きに用います。

 そう言った燃料の使い方を
抑えるためにも、
冬は暖かい格好で過ごしたほうが、
やはり良いと思います。
 お洒落は先取りです。
 春暦、三月になったら、
 いつまでもコートを着ていないで、
いち早く足を出してスカートを
ひらひらさせて街に繰り出す。
 ふらふらっと、おびき出される男。
 
 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 4日 (火)

夜の青梅街道トバシテタラ

 Image032


 今夜もまた、例によって例のごとく
四日市で宿がとれず
県庁脇の津のホテル。

 写すものがないので、
筆者の持ち物なぞ いやっほーい。

 とりあえずホテルに匂い
ブン撒いておけってことで、
GIVENCHYのultramarine、
Windsurfなぞ、いつも持参。
 他、時々お香炊いたりしている。
次の人、すまん。
 
 ゼノール 最強 肩が凝って、いけない世情。
 もうなんていうか肩に力が入りすぎ。
 もう少しリラックスすればって感じです。

 出張は大概私服なので、
銀関係のアクセをジャラジャラ。
 ジャラジャラでもないか。

 COACHのキーホルダー。
 写真立てのタイプ。
 
 時計 オメガ 
 ムーブメントが新しいタイプのもので
向こう5年間はオーバーホールが
必要ないってやつ。
 ROLEXは権威的で・・・
 いいんです自分はB級で。
と言い聞かせている。

 夜の青梅街道 とばしてたら

 いきなり あのこの姿が見えた

 どこへ行くとも 聞かないまま

 ぼくのクルマは 走り始めた

 青梅街道 uh

 
 杉真理&レッド・ストライプスさんの
楽曲です。

 夜のドライブに行きたくなる
クルマに乗り換えたいな と思う
今日この頃。
 いや思っているだけです。
 このあいだモーターショーで見た、
 シトローエンのC4 byLOEBとか、良かったなぁ。
 と思っているだけです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 3日 (月)

吾亦紅 灰色の世の中の赤い薔薇

 まだ東京にいたのですか?
 と言うのは、毎度毎度の
外に出れば出くわす、筆者の七人の敵たち。

 四日市での住まいも決まり、
明日辺りから本格的にと
行きたいところだったのですが、
年内は他の仕事もあり
東京と行ったり来たりって感じです。

 住まいは四日市と書いたのですが、
正確には三重郡菰野町と言う
湯の山温泉のそば。
 訳あり。ララも一緒でやむなく・・・

 別に湯の山温泉の芸者とよろしく
やろうとか、大店の婿はんを狙っているとか
そう言う訳ではないですよ。

 このあいだ行ったときは、
吾亦紅が野原にあった。
 谷川さんの詩にもある、われもこう。

 似つかわしくなく、バラ科の背の高い花。

 われもこう。

 われもまたあかい色した花なり。

 われもこうは、自分が薔薇の仲間だと
知っているのだろうか。

 自分がなにものか分からずに、
ただ夢中になってやれるほうが
幸せだよな と。

 蛙よ  勇ましく鳴くときがきた

 頭蓋の窪地に緑の野砲をひっぱりあげろ

 てな具合に。


 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 9日 (金)

あの頃みたいにハの字でさ

 Ski44


 普通の人よりだいぶあと。
 筆者がスキーを始めたのは
25歳の頃。

 むかしは道具もプアーで、
サッカーをやっていた頃は
冬休みになると多くのチームメイトが
山に行って、それで運動神経に
モノを言わせて無茶して、
骨折かなんかしてシーズンを
棒に振ったりしていた。
 プアーと言うより、不安全な用具と
不確かな要素で
楽しまざるを得なかったのが
昔のスキーだったんだと思う。

 それでなかなかスキーが
優先順位の高いところには無かったから、
ハタチの前半では始める気になれなかった。

 始めたばかりの頃は、
ふつうにプルークボーゲンから
教わって、内側のエッジで
山を削りまくっていた。
 今考えると無性に馬鹿馬鹿しいが、
昔の板の性能だと、やはり
谷足重視でスピードコントロールを
しながらターンを習得するしか
方法が無かったのだろうと思う。

 今は谷足加重を重視しつつも、
比較的早めに山側の足の
抜重動作を覚えることが安易に
なってきた。
 むしろ両足加重が当たり前なトレンドでもある。
 用具の進化は素晴らしい。

 分からなくなったとき、基本に返れるかどうか。

 これは結構難しい。
 
 今はスキーもそうだけど、
色々なシェルターに守られて
人は生活しているから、
そもそも失敗と言う概念から
遠くなってしまっている。

 それで失敗を失敗と感じなく
なってしまい、プライドの高さと
疑似体験だけは一丁前の
頭でっかちが出来上がってしまうのだろう。

 自分で見たものしか信用しない。
 
 戦争があった時代は、皆生活の
知恵として保持していたポリシー。

 戦争はアレだけれども、
失敗して立ち上がり直す術を
知っているかいないかは
動作に大きく影響する。

 失敗したことが無いということは、
(または自覚が無い)
失敗から立ち上がる術も
知らないということ。

 だから失敗を殊更に嫌い、
チャレンジできない。

 いまのハタチ台の若者は
理論や知識は素晴らしいけれども
物凄い保守的なように思う。

 彼らの思想では世代間抗争なんかも皆無で、
結構安易に上の世代を迎合しちゃったり
している。
 だから、
 オレはお前さんらのことは知らない。
 失敗したくないことが優先順位のTOPにある
お前さんらを面倒見る気は無い。

 あの頃のみたいにハの字でさ、って
振り返ることができるのは結構幸せ。

 今は時代が流れるのが早いから、
基本を飛ばしていきなり各論に入って行ったりする。

 そしてそれを何年も成長の実感が無いまま
繰り返すことになる不幸。
 
 俺たちより少し上の世代の
下への教育の功罪は計り知れないな、と。

| | コメント (0) | トラックバック (0)