2009年8月19日 (水)

帰れない二人

思ったよりも 夜露は冷たく
二人の声もふるえていました
「僕は君を」と言いかけた時
街の灯が消えました
もう星は帰ろうとしてる
帰れない二人を残して

街は静かに眠り続けて
口ぐせの様な夢を見ている
結んだ手と手のぬくもりだけが
とてもたしかに見えたのに
もう夢は急がされている
帰れない二人を残して

もう星は帰ろうとしてる
帰れない二人を残して

井上陽水/忌野清志郎


 8月に入ってもしばらくは
雨が続き、仕事にも影響するし、
嫌な雰囲気が鈴鹿を覆っていた。

 少しのあいだの休みには、
帰郷の途上である大地が崩落し、
道を失っていた。

 帰ることはあきらめて、
実弟と袋井で落ち合い、
寸又峡までバイクを走らす。

 夏休みで途中の道は
混雑していたから高速では
最高速チャレンジを止め、
せいぜいが180km/hの少し
回ったところ、リミッターが
カットされているのを確認したまで。

 前日にクシタニ名古屋で、
レザーメッシュのライディングジャケットを
購入した。
 数々の栄光に彩られたクシタニの
ウェアは、やはり素晴らしい。
 むかし若いときは、高くて
手の届かなかったものを
恩讐の大人買いでやり過ごす。

 寸又峡は行き止まりの場所にある。

 夏休み中でも人波まばらで、
温泉にもゆっくり浸かる事が出来た。

 でも夏の往復400kmツーリングは
かなり堪えた。

 その後、テクニカルスポーツで
フルチタンのエキゾーストを購入。

 出張現地に工具を持ち込んでいたから、
自分で足りない工具をまた少し買い足して、
自分で脱着、組んで装着。

 バイクは自分で触るに限る。

 もう体のあちらこちらが痛い。

 懲りるほど物分りがよければ
バイクになんか乗らないって!
 
 そんな好きなフレーズがある。

 確かにクルマがあれば
事足りることが多い。

 10代はクルマがないからこそ
一生懸命だったけど、
今は違う。
 だから、わざわざ乗り出すって
感じに成らざるを得ない。

 バイクに乗ると、
それが可能かどうかは別にして、
「絶対に負けない、負けるわけがない」って
気になってしまう。

 あと、「今しかない、ここしかない」とか。

 純粋自己表現文学。
 そう純文学に近い。

 バイクはバックギアがない
 だから好き

 むかし富樫ヨーコさんが
そんな当たり前のことを言っていた。

 今このフレーズの意味が
だいぶ分かるようになった。

 歳なのかなとも思うし、
まだまだ全然と思う。

 剥き出しの意思と現実、
その葛藤こそが生きていくと
言うことなんだと思う。

 人それぞれに。

 この夏休みは、バイクに関わる
様々なものを大人買いしてしまった。

 お金があればなんでも出来ると言う
人がいるけれど、
それが人の金だとすると、当てにする
となると全く話が違ってくる。

 自分で稼げるようになって、
いろいろ出来るようになれば、
それは社会の豊かさや自身の
成長にほぼ比例しているものであって
喜びと言う感情が生まれるのだと思う。

 けど、人の金を当てにして
上手く引き出すことに成功し、
よしんば何ものかを成し遂げても、
そこに快感はあるか知らないが、
果たして人の金で成し遂げた
ものに喜びはあるのだろうか。

 ましてそれが、自分の夢に
関わることなら、そんなものは
到底受け入れようが無く
陰惨たる感情にやがては
支配されてしまうのだと考える。

 夢と実業は、
すべからく一対なんだなと、
最近はぼんやりと思うようになった。

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2009年7月13日 (月)

ボーイ、伊賀上野へ行く

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 週末ははっきりしない天気で、
仕事を早上がりして伊賀へ向かいました。

 163号線で、伊賀上野へ。

 伊賀上野はそのむかし
約20年前に仲村トオルさん主演の
NHKドラマ「夢紀行」で叙情あふれた
地方都市として描かれていたのが
印象的で、いちどゆっくり
訪れてみたいと思っていました。

 我が愛機CB1300ボルドールは
快調に山道を走り、バイクの
醍醐味であるヒラリングを堪能した。

 向かった先は上野公園と言う、
上野の城址で、ここには
昭和10年に復興された
伊賀上野産業城と言ういかめしい
名前の模擬天主がそびえている。

 写真の五枚目にある
天守台の下には、飛礫(つぶて)と
呼ばれる石ころがおびただしいほど
転がっていて、西方から豊家(豊臣方)の
軍勢が攻めてきたら、
高石垣から投げ込む算段であったという。

 築城普請の名手であった
藤堂高虎による石垣は、
日ノ本一と呼ばれるものらしい。
 ただ、30mほどの高さの高石垣には、
柵もなく、行く手を阻むフェンスも無いから、
へりぎわまで行って下を覗くと
かなり怖い思いをする。
 自治が行き届いているのか、
飛び込む人は居ないのか、
すこし良からぬ事が脳裏を走った。

 伊賀上野は、彦根と並び
西片からの防備に関する要衝で、
城山からは案の定、西側の様子が
よく分かる。

 地方都市には違いないが、
誇るべきものがある街は
筆者のようなMetsから見ても
やはり魅力的に写る。

 地方で住むなら、
どちらかと言えば
門前町より城下町のほうが良い。
 ただなんとなくそう感じてしまう。


 上野城址を出て、
次に向かったのは
偶然看板を見つけた
鍵屋の辻である。

 荒木又右エ門が加勢した
仇討ち事件の有った場所である。

 村上弘明さんなんかの
主演でドラマ化されたりしている。

 太秦の映画村のような
風情は残されては居ないけど、
鍵屋の辻の、辻の感じは
どんよりとした曇り空の下で
なおいっそう不気味な雰囲気を
漂わせていた。

 ここで恩讐にかられた
いにしえ人が、斬り合いをして
どちらかが果てた。

 間違いなくこの場所で、
何人かの男が死んでいるのだな、
そんなことを何とはなしに
考えていました。


 帰りは夕闇が迫っていたので、
峠超えは避けて名阪国道で
帰途につきました。

 覆面パトに気づいて
2○0km/hへのチャレンジは
止めておきました。

 名阪国道は、覆面が多いですね。

 伊賀の忍者さながら、
とつぜん豹変しますから
皆様も追い越しをかけるときは
くれぐれもお気をつけください。

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2009年5月 1日 (金)

南紀田辺リゾート

 5月連休と言うことで、
またまた両親を伴って
和歌山は田辺へ来ました。

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 もちろんララも一緒ですが。

 基点は出張地の鈴鹿で、
紀勢道を走り、大阪側からではなく
三重を抜けて和歌山へ入りました。

 道中、父親と替わり番こで
クルマを走らせ、ほとんど
クルマの中に居ましたが、
時々は降りて名所旧跡めぐり。

 着いたところはなかなか
ゆっくりできそうなところでした。

 明日また一泊し、
3日にはいったん鈴鹿へ
帰りますが。

 5月連休は1,000円の
ありがたみで道が込みそうなので、
横浜への帰郷はやめようと
思っています。
 琵琶湖へ行って
レーザーを出すか、
鈴鹿で洗濯をしているか、
すこしのんびりしていようと
考えています。

 1,000円のありがたみは、
この不況で萎みがちな感じです。

 マスコミが煽るかもしれませんが、
それは局に広告料が入らないと
まずいので、無理矢理にでも
世論操作していると言って
差し支えないでしょう。

 実際、人では少なめです。
 29日に鈴鹿へやってきた
両親も、東京から主だった
渋滞は無かったと言っていました。

 一部マスコミと芸能界、
もう少しギャラの面を下げて
一から出直したほうが
世の中全体の為になりそうです。

 自分たちの生活を
護るために、ウソの情報を
垂れ流すのは良くないと思います。

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2009年4月13日 (月)

TEQUILA SUNRISE

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 鈴鹿の出張部屋で暮らし始めて
二週間になりますが、最近
気づいたことがあります。

 周囲に本田技研やその関係会社が
多いからだろうけど、
ブラジリアンの人を結構ふつうに
見かけます。
 日系の人なのか、
様々な工場の名札に漢字の
苗字?のようなものを
つけて、近所のイオンなんかで
よくたむろっています。

 むかしは都会に多かった
外国人労働者も、
最近は暮らし易さと
その労働需要の種類により、
自動車産業の盛んな町に
やたら多く住んでいるのが
現状のようです。

 あと、自分が住んでいる部屋の
周囲が、最近になって
井戸汲みポンプで
ボコボコやっていて、
畑だと思っていたところが
なんと、稲作の田んぼでした。
 蛙の鳴き声がすげーんだろう
なと思っていたら、
最近の暖かさで蛙殿の
鳴き声がすごいのなんのって・・・

 静かな夕暮れ時には
西コースのクルマの音が
聞こえますが、最近は
蛙の方がすげーや。

 それと、20年越しの
アレでアルトサックスを始めました。

 テキーラサンライズと言う、
B級映画があって、
まぁ20年位前にサントラが
結構流行りました。
 その中で、
デイビット・サンボーンが
「ジョアンのうた」と言う
のをやってまして、
これが格好良いんだね。

 まぁそんなこんなで、
20年越しってのと、
今年はなにを始めようか と
思っていたので、
アルトを始めるギリギリかなと。

 毎年新しいものを
最低ひとつ始めるのが
人生の羅針盤になっていますからね。

 練習は近所の公園で、
ロングトーンなどから始めています。

 夜、散歩の人なんかが
前を通ると、練習をやめて
通り過ぎるのを待っていますが・・・
 
 部屋はやっぱり気がひけます。

 横浜の家に帰ったら
近所にカラオケの
シダックスがあるので、
そこでしようかと。

 サクソフォンはリコーダーと
同じような運指なので
とてもつっつきやすいです。
 いやとっつきやすいです。
 あと吹奏楽とかクラシックに
縁が無い筆者でも、
反逆のアルトなら
親しめるような気がしました。

 それで、楽器も
ヤマハ初のジャズ用ってことで。
 バイク時代から、この
三連音叉は外せないアイテムです。

 まぁ暇を見つけて
音符の読み方も
も一度勉強してですね、
やってみるべしってとこです。

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2009年3月30日 (月)

レース界 チンピラ

 3月も後半までは東京の本社で過ごし、
二十日過ぎに出張部屋へ入りました。
 鈴鹿市にあるサーキットに程近く、
毎日ここのパーキングゲートの脇を走って
職場へ通っています。

 おそらくフォーミュラ1が来るようになってから
町の様子もだいぶ変わったのだろうから、
すでに15年を経過し、その頃新しかった
ものもすでに古くなってる。

 石垣池公園のそばに住んでいるけれど、
肝心の公園は犬の散歩が禁止。
 近畿では多い光景だけれど、
きっと飼い主のモラルが酷くて
こういう結果になったのだろう。
 と言うことが容易に想像つく。

 4月18日のオープンに向けて、
鈴鹿サーキットも工事だけは
進んでいる。


 日本のモータースポーツも、
文化となる前に既に終わりに
近づいてしまっているようだ。

 一言で言えば、庶民が
手を出すには効率が悪すぎる。
 
 そして日本には欧州のような
貴族もいなければ、
欧米のような安定感ある成金もいない。

 日本では、人の金をむしりとったり、
掠め取ったりしない限り、
犯罪に近いようなことも含めて
易々と出来るようなタフさが無いと
長年モータースポーツに
関わることなど出来はしない。
 
 あとは効率が良さそうなときに
メーカーが熱心になるだけであって、
それも長続きしない。

 夢や可能性から最も
と言っていいくらい離れてしまい、
最低最悪なスポーツに
なりつつある。
 だからマニアックな若者を
除き、若者からも敬遠されがち。

 あとやっぱり問題なのは、
実際にやっている側の人の
趣味性が高いから、
ビジネスとして真面目に
踏み込もうとすると、
誰もが躊躇してしまう。
 
 つまりそれは趣味の延長なんだと。

 ガキんちょのヒロイズムとか
やっている側の自己実現に
数億の金を出すほど、
日本のビジネスマンは甘くない。

 それで最後には、
勝手にやってろってなる。

 日本のまともな側からは
全く相手にされなくなってしまったのが
モータースポーツやレース界の人々
なんだと思うと悲しい。

 でも日本のレース界の人たちは、
ほとほと皮算用が好きなんだなぁと
感心してしまう。

 やっぱり趣味の延長じゃないと
やりきれない世界だ。
 

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2009年3月 2日 (月)

リアル 自動車絶望工場の夢と希望

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 筆者のブログで相変わらず
検索ワードランキング1位の、
鎌田慧さんの著述「自動車絶望工場」。

 労働実態と言うより、
いま「働かせないぞ」と言う
意味で絶望工場になっちゃった。

 先週は鈴鹿某所へ打ち合わせに
行っていたのですが、
本田技研鈴鹿製作所の前では
労働者切りを反対する、組合関係者の
デモが行われていました。

 南コースの音らしい、
レースカーのエキゾーストノートが
サーキットの周辺に響く中。

 いま鈴鹿サーキットは、スタンドや
ピット改修の真っ最中。
 計画が決まったのは二、三年は
前の話だろうから、ホンダがフォーミュラ1を
止めて二度と出ないらしいことも、
HRCで一時代を築いた後に社長に
なったレース屋の福井さん辞任も、
基本的には無関係に工事は
進んで行く。

 でも、「主のいなくなった館」の
ようで、鈴鹿サーキットも泪で曇りがち。

 

 アメリカの自動車メーカーが、
どんな経営危機に陥っても
労働者のクビを切らない。
 
 これは自動車の夢と希望かな と。
 理屈抜きに。

 
 自動車産業によって立国された
アメリカの最初で最後の希望、自動車。
 アメリカの自動車メーカーの
労働者がバタバタクビ切りに
合うようじゃ、まさに世界の終わりかも
知れない。
 そう言う意味では、経営効率とか
度外視して雇用継続するアメリカの
自動車メーカーは、通常では量りきれない
ロマンに彩られていると言える。
 アメリカらしくない。アメリカらしい。

 土建国家日本では、差し詰め
土建屋(ゼネコン)さんがその位置に
あったのか知らないが、
雇用の環境や条件が違うから、
アメリカの自動車とは同義にならない。
 違う会社(下請けさん)が現場で
儲かろうが、潰れようが徹底放置
徹底無視な姿勢がゼネコン。
 夢も無いし、尊敬も無い。
 階層区分の歴然としたゼネコンと
下請けの関係に雇用継続性なんて
誰が考えると言うのだろう。
 むしろ、
絶望的なのは、この業界では。

 
 日本の自動車メーカー
云々と言うより、やっぱり社会全体に
夢とか希望と言う陳腐化されたものが
生きていく土壌が無くなりつつある。

 いつもの訳知り顔のジャーナリストが、
上記のようなアメリカの
自動車メーカーの姿勢を
批判したりするけれど、
そんなん放っておいたらいいのにね
と思ってしまう。
 向こうにだって考えがあるんだから と。

 何も考えないで、クビ切りを
する人のほうが、自動車と言う
機械に負けてるんじゃないかとか。


 

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2009年1月26日 (月)

レースの町、鈴鹿。

 実は出張が明け、
年明けの本社に戻って勤務を数日
すごした後、次のJOBが
直ぐに決まった。

 今度もと言うか、
また三重県で、四日市の
隣町、鈴鹿市が今度の舞台。

 いまの世相から言って、
こうして直ぐに社会から
必要とされるのは
本当にありがたい話だ。と思う。

 少しの間、横浜にいそしむ
心積もりだったけれど、
上記のように次の舞台が
早々に決まった。

 なんだか少し落ち着かないなぁ
と言う精神状態などから、
この週末にかけてエントリー
していたスキーの大会は
キャンセルしました。
 全然練習も出来ていないし。
 今シーズンは、まだ蔵王での
はちゃめちゃな初滑りだけです。

 先週、鈴鹿に行ったけれど、
サーキットの近辺は何もかもが
変わっていた。
 初めて訪れたのが、高2の頃だから
かれこれ20数年前になる。

 あの頃は、サーキットの周辺には
殆ど何も無く、平田町の駅周辺に
ほんの少しお店があったくらい。
 駐車場も、サーキットのグランドスタンド
前のところにでも、
サーキットランド入り口ゲートの直ぐ脇にでも
クルマは置けた。ノスタルジー。

 今年はフォーミュラ1が
戻ってくるので、先週前を
通ったときも盛んに改修を
行っていた。

 筆者のお客さんのところは、
サーキットのすぐ北側にある。

 フォーミュラ1の時は、
もう仕事も済んでいるんだろうけど、
8H耐久の時は凄い混雑で
仕事にならないかも、そんな
ことを考えながら仕事ついでに
出張部屋を探していた。

 ある程度は予測できたが、
有期雇用の契約打ち切りなどで、
部屋はどんどん空きが出てきている
様子。中部地方の落込みは激しい。
(賃料はまだ下がっていないけど・・・)

 こうして旅打ちの博徒の様に
出張に次ぐ出張の暮らしは、
あと10歳も若ければなんの
気にもならない。
 人は「大変でしょう」と言う
けれど、たぶん「大変だ」とか
「苦しい」「そんなものは出来ない」と言う
マインドは、どんどん自分の行く先を
狭めてしまう。
 有期雇用の人達の一部も、
余りにも仕事を選んでい過ぎる
現状が指摘され、
「やっぱりな」と言う心象を
社会に与えてしまった。
 
 「オレはこれしか出来ない」
と言う、言える事は、実は
楽なんだと思う。

 企業がグローバル化を
進めていく中では、
昨日迄は技術系、今日からは人事
なんて言う配置や起用は
ごく当たり前にある。

 実はレースや競技と言う
ものを好んでするマインドには
理由がある。

 レースと言うのは、
もちろん競争相手がいることで
成立するものが殆どなのだけれど、
レースの本質は自分との
競争に他ならない。
 自分との競争に
勝つと言うことは、
Excuseを虱潰しに
していくことだ。
 
 自分の気持ちに素直で
自分に嘘をつかない。
 言葉にすると陳腐で
どうしようもない作業に
思えるようだが、
これは案外いちばんしんどい。

 最初の目標や志が
低くてもいい。
ただ一度それを
やり遂げると、
借り物で無い価値観や
自分だけの言葉を
発することが出来る。
 安易に迎合しなくなるし、
座標軸もぶれずに進める
ことが出来るだろう。

 長い長い2009年も、
ひと月目を過ぎようとしている。

 ララには申し訳ない
けれど、旅に付いて来て
もらうやに。(三重弁)

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2009年1月21日 (水)

ダウンタウンボーイ プアリルボーイ

 今日は実弟に誘われて、
町屋にある正泰苑 本店と言う
店で焼肉を食べてきました。

 率直に言って、美味い。
 そしてこれは東京の良い
ところだが、値段は価値が高い。

 松坂でも神戸でも、
高くて美味い肉は幾らでも
あるが、そんなのはなんだか
当たり前で有り難味が薄い。

 この店は、評判が非常に
高いのだけれど、
「ああせえ こうせえ」と、
その食べ方までも強要するかのような
有名店とは違い、
「放っておいて」くれる、
少々くたびれ気味の都会人には
そんな無関心さが
なんとも言えず心地よい。

 店に入るには、
必ず事前の予約が必要で、
あれもこれもこれも美味しいから、
財布はちゃんと準備して
行った方が良い。

 荒川区町屋。
 都電が走る町。

 東京は深い。

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2009年1月11日 (日)

横浜たそがれへ戻ってきました社会派

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 三重県での業務がひとまず終了したので、
横浜の自宅へ戻ってきました。

 1年間と言う期間を長期出張と言う形で過ごし、
三重の部屋にはそれなりの荷物があって、
最初マイカーで済んだ部屋入りも、
結局荷物出しは業者さん頼みになりました。

 横浜は、三重に比べて暖かいなぁと。
 三重は昨年の12月26日に雪が降って、
鈴鹿山脈や滋賀県境の山々の頂は
白くなっています。

 これから少しずつ、横浜での暮らしを
充実させて行こうと思っていますが、
もうあまりモノを増やすのはよして行こうと
考えているわけでして。

 業務執行については、
新年明けて、来年度に向かっていく訳ですが、
来年度の下期まで、まず回復の見通しは
社会全体として立たないであろうと。
(今の政府のスピード感では・・・)
 
 個人的に思うのは、
これだけ人を切り捨てていく中で、
この先景気が回復し、投資が活発化しよう
と言う段になっても、先に雇用を
なんとかしないとね、と言う感情論が
地域でも優先してしまうような気がします。

 派遣・有期雇用は元来から高リスク

 派遣と言うか、全体的な有期雇用の形態で
雇われている側は、この金融危機に乗じて
契約解除が大々的に行われているのだと言う認識は
改めたほうが良いと考える。

 12月で雇用期間満了だから契約解除に
なった訳であり、「便乗」それのみと言うことで
有期雇用の本来の意味合いを、
他の因子と摩り替えるのはどうか、と言う
気がしている。

 あと、会社の寮を契約満了に伴って
退寮後、住む所が無いって言うのは
「貯蓄」が全くないってことなのでしょうか。
 給与がたいそう安いからと言うのは、
余り理由にならない。
 給料が安かったら安いなりの生活をし、
月2、3万の貯金をすることが不可能とは
考えにくい。要は飲んで食って遊んでしまった。

 派遣と言う有期雇用の労働形態は、
正規雇用者に比べれは生活のリスクは
高い訳であって、むしろその働き方の
あり様は個人商店主に近いなと自分などは
考えている。
 ゆえ、そのリスクと引き換えに
正規雇用者とは違ったメンタリティーも
保証されているかどうか分からないが、
そうした働き方を新しいものだとして
少し前のマスコミも随分と肯定的に
報道もし、ドラマの主人公に据えたりも
していた。

 あの「年越し派遣村」に
集ったうちの何人かは徴集が
かかったプロの左派陣営の
茶番であったにせよ、
リアルな人達は少し情けない、
「大人」とはちょっと呼べない
呼びにくい。

 社会に背を向けて、
敢えて派遣の道、有期雇用の
道を選んだのならば、
最後に人の情けや彼らの
大嫌いなお上の施しを受ける様は
男一匹見るに忍びない。

 あと親は居ないのか
と言う話。
 親兄弟その他、世話になる、
厄介になるというのは無理なんだろうか。

 東京なら山谷、大阪なら釜ヶ崎、
そのどちらもが報道するには不向きで
馴染まないけど、結局つまるところは
日比谷公園だってそんなに変わらない。

 自己責任原則とかじゃなく、
そこに居るのはその人の自由なんだと言うこと。

 反面として、ああいう風には
なりたくないと言う作用が
通常の人には働く。

 だからマスコミの乱稚気な報道も
全く社会の害悪と言う訳では無いかも知れない。 

 でも「経済難民」とか
言葉を飾るのはやめたほうがいい。 

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2008年11月 3日 (月)

クルーザーレースは、ちょっとハイソ

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 昨日は、予定通り計画通り5:00には起きて
琵琶湖へ行って来ました。

 

 レースは琵琶湖セーリングクルーザー協会、
(略してBSCAビスカ)が主催する、
オータムレガッタと言う草レースです。

 30ftオーバーのクルーザーが
沢山出ており、三連休と言うことも
あってクルーも大勢集まったようでした。
(自分が乗った艇は4名)

 メルゲス24は純粋なレース艇
なので、キャビンやなにかもなく、
はっきり言ってそれなりの風が
吹けばクルーザーに負ける訳がないな、
と考えていた。

 結果は、下りでジェネカーの
威力を発揮して他艇をごぼう抜き。
 一時トップに立つものの、
レースは水物。
 ゴール地点の変更(コース短縮)があり、
気づいた時には賢い他の艇が
新たなゴールマークへ
向かっている時でした・・・

負けレースと分かり
最後、フィニッシュの時は
スキッパーを交代させて
下さりました。

 全体的に微風域の
レースで、神経が磨り減る
じりじりしたレースとなりましたが、
まぁ仕事の間隙を縫って
こんな遊びが出来るんだから
万歳三唱ですわ。
 


 しかしまぁ考えてみれば、
琵琶湖は近畿圏でも指折りの
プレイスポットと言うこともあり、
金持ちと思しき方がうようよ。

 ああいう場所って、
 外車がほとんどなんだよね。

 自分にはレーザーの
ほうが、合っているような感じです。

 ただ、冬は滅多なことで
沈(Capsize)しないクルーザーは
水の中に入らなくて済むので、
体には優しいな、と思いました。

 冬はスキー選手になるので、
どこかで頭を切り替えなくては
いけませんが・・・
 


 

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2008年11月 1日 (土)

初レガッタ

 明日は琵琶湖のワニ浜と言うところで
セーリングクルーザーのレースがあります。

 乗艇するのはメルゲス24と言う船で、
同じレーザー彦根Fのメンバーの方から
お誘いを受けました。
 クルーとしてレースデビューです。

 自艇のレーザー193841ではなく、
メルゲス24だったと言うのは、
考えてみればラッキー。

 あまりプレッシャーが
かからないレースと言うことなので、
明日早起きして出かけます。

 メルゲス24は、
レーシングキールボートであり、
ジェネカーですっ飛んでいく
速い船です。

 今日こちら北勢エリアでも
木枯らしと思しき風が吹いていました。
 明日はそんなに吹かないで欲しいぞ と。

 この連休は、仕事の都合で
明日だけのお休みです。

 暦どおり休めませんが、
絶対に趣味は捨てねーぞっと。

 趣味を楽しめないこと。
 それを仕事の所為には
したくない。
 「趣味が仕事」「仕事が趣味」なんて奴、
アマチュアだと思いますし。

 明日に備えて、早寝しますわ。
 lullabyいらずって事で。

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2008年10月21日 (火)

休みの日

 このあいだの19日の
休みは、約一月ぶりに
レーザーに乗ってきました。
 なにやかや、彦根通いを
空けてしまいましたが、
この日は松原海岸で他の
方々と練習。
 
 場所はちょうど、
鳥人間コンテストの
スタート台の出来るとこです。

 そして帰りには京都に寄って、
スキーを予約してきました。

 京都市中京区河原町
二条上ル清水町と言う
ところにあるのですが、
ナビでも分かりづらい。

 なになに上ル
 なになに下ル

 多分御所を見て
 そう言うんでしょうが・・・

 ちょっと一方通行が多い
京都の街中で迷いました。

 今年からラディウス27mと言う
規格になったので、多分
板も大きく変わると思い、
久々のマテリアルチェンジです。
 エランの板にしました。


 先週は12,13日と
横浜の自宅でのんびり
過ごしていましたよ。
 母親が遊びに来て、
ちょうど誕生日でしたので、
赤い靴じゃないけど
リーガルのアウトレットで
靴を買ってあげました。
 いや、女性モノの靴は、
ああいう系統の店だと
安いですね。
 もうちょっと店を
選んであげれば良かったのですが、
普段履きということでしたので・・・

 いろいろ忙しい奴だな、
と言うご貴兄もいるには
いますが、
「大統領のように働き 王様のように遊ぶ」が
モットー(ぜんぜん最近は違いますが・・・)
 
 早く高速が無料になって、
ガソリンが昨年並みに戻れば
良いのですが。

 それだけでなく、上の
二つが実現されれば、
新幹線も旅客機も安くなるような、
そんな気がします。

 それにしても、
東名高速の90kmしか
出せない貨物輸送トラックの
右側追い越し車線で
安住するあの運転、
なんとかならないのでしょうか。

 90km/hしか出ない車両が
えんえん10kmも
80km/hの車両を追い越すのに
右側車線を占拠します。
 マナー悪すぎですし、
道交法違反でもあります。
 そもそも彼らは追い越し車線を
走ってはいけないはず。

 ララと一身同体でクルマで帰るしか
帰着の方法はないのですが、
毎回毎回東名高速を走るたびに、
この一部の最悪マナー
貨物輸送トラック群には
イライライライラします。
 ある意味彼らは愉快犯です。

 あと、上記に書いたように、
貨物列車による輸送手段が
廃れて来た理由が、運賃の
高騰なんでしょうが、
高速が無料になって、
列車の運行費用が安価に
ならない場合、さらなる
高速道路でのマナー低下が
加速するような気がして危惧しています。

 まぁこんなうすのろ間抜けは
考えないようにして、

 レーザーとかスキーのことを
休みの日は考えていたいですね。
 
 

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2008年8月 4日 (月)

ヨットマン(仮)の憂鬱

 三重県は河芸、鳥羽、そして琵琶湖にも
行ってレーザーを探してきましたが、
取り扱ってなかったり、譲れるような
艇が無かったり・・・

 あっても、そこの管理置き場に
保管するのが条件で、そう言うとこは
艇はタダかタダ同然、保管料が少し高め。

 筆者が真鶴の岩港に、
ヤンマーFX24というボートを
置いていた時は、陸置きで
2万円/1フィートだった。
(年々値上がってて、最後は3万くらい)
 だから毎年最低でも60万弱はかかる訳で、
ディンギーのシングルハンド艇を
ロケットと呼ばれるラックに
葉山や逗子で12,3万払って置くのよりかは
だいぶ維持費がかかる。
 さらにボートは上げ下ろしにも、
幾らかの費用がかかる。

 港は基本的に漁師のもの。
 日本の海を取り巻く権利関係は、
入会(いりあい)権のあった江戸時代に
さかのぼって、殆ど進歩していない。
 漁師はお上に鑑札代を払っている。
 だからお上から許可を受けた、
海は漁師のもの らしい。

 

 ディンギーは、艤装からして
乗る人が出来てしまう範囲なので、
はっきり言って、売った後の
ショップに旨みは少ない。

 マリンショップやハーバーが、
30フィート楽々オーバーの
ボートやセーリングクルーザーを
扱いたがるのは、そりゃそっちのほうが
儲かるから。
 保管料と内燃機、ペラ等のメンテナンス。
 係留艇なら喫水部の防錆・防貝塗装。
 年に何回か乗る程度の人が殆ど。
 でも横浜ベイサイドマリーナなら、維持費で
中古の程度良いメルセデスSが買えてしまう。

 日本の海岸線は、走ってみれば
よく分かるけど、単調でつまらない。
 
 景勝地では岩がボコボコしていて、
気持ちよく走ることなんて出来はしない。

 それで最後は結局釣りに流れていく。
 釣りぐらいしかすることがない。

 のんびり派以外は、ウェイクボードなどに
挑戦している。でもこれだってそんなに
楽しい感じがするものでもない。

 やるなら、潮っ気のない湖でやったほうが
気持ちがいい。

 

 ディンギーはまだ少し可能性がある。

 三重に居るうちは津において、
横浜に帰ったら自宅に保管、
カートップで持ち込む。
 
 年に保管料だけで12,3万円も払うのは
気が引ける。

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2008年8月 2日 (土)

蜘蛛の糸を、身にまとい

 道や公園を、ララと
一緒に歩いていると、
必ずと言ってよいほど
蜘蛛の糸の洗礼を受ける。

 新潟は上越にいたときも
そのようなことは度々有った。

 湿気がすごいから、
道の真ん中を歩いていても、
そこには蜘蛛の歩道橋が
かかっていたりする。

 ここ三重県は菰野エリアも、
例外なく蜘蛛の巣がそこかしこに
発達している。
 
 頭とか顔に、蜘蛛の糸が
からまって気持ちの良い人って
いないよね。
 いつもいつも「うわ゛わーーー」って感じ。

 この蜘蛛の糸にからかわれ始めると、
田舎に来たな~と思うし、
都会への郷愁に襲われる。

 そんなに蚊がいないのが、
せめてもの救いだ。

 ただ、コガネムシやら毛虫、
カミキリムシ、セミ、蛾、かとんぼ、
ありんこ、筆者が住む、マンションの
廊下にある外灯めがけて、
夜には集まってくる。

 最近は近所からの苦情で、
この外灯は外してしまったみたい。

 都会のそれのように、
ブラックライトの外灯に
変えればいいのに。
 そう単純に思うけれど、 
田舎の人は、
そう言うのがあることを知らない。

 あと、基本的に涼しくなれば
虫たちも居なくなるだろうから、
外灯の問題は、
いずれ時間が解決してくれる。

 地方都市に住むと、
こういう「時間が解決」みたいのが
非常に多い。

 これは基本的理念が
変化を望んでおらず、
ゆえ、50年以上も長きに渡って
保守政党の一党体制を支持してきた。

 民衆のマインドがあるからこそだ。

 でも、既に役人が散在して、
使って無くなってしまったお金や、
どうしようもない少子化問題、
暮らしやすくなろうと、或いはしようとする
積極性に欠けることは問題だ。

 それなりの施政で満足することに
慣れきり、どうしようもない状態でも
変化を望もうとする強い心は生まれてこない。

 なぜかなと。
 たぶんそれを成すには、
すごい摩擦が生じて疲れるから。

 ものすごい数の言い訳と、
虫たちの累々たる死骸。

 印象的。
 

 

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2008年7月21日 (月)

日光を見ずして、けっこーと言わず

 この連休は日光方面に行ってました。
 
 毎度おなじみ、両親とララと一緒に。

 ちょうど三重や東京・神奈川が
暑くなって仕方がない時期だったので、
丁度良い避暑になりました。

 最近は寺社仏閣に行っては
朱印記帳してもらっています。

 東照宮手前の寺院で厄払い。

 1時間近く。長くてとっても
ありがたい感じがしました。

 あとで写真を載せますんで。

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2008年5月30日 (金)

本牧ベイカーズストリート

 今週末は、4週間ぶりに横浜へ帰ります。
 こうして出張地や、転勤地で長々と
過ごすことも慣れました。
 慣れたのと、だからそれが良いのか
とでは意味が異なるけど。

 やっぱり仕事以外の知り合いが
いないのはきついなと感じる。
 仕事がきっかけでもいいから、
気の許せそうな損得・利益等抜きの
関係を築けそうな人も、今はいない。

 それでこの間、こちら三重の
エリアではじめて床屋に行きました。
 「ひろたこういちのカットハウス」とか
そんな名前の店だったのですが、
ここは広田民郎さんと言う
モータージャーナリストの実家だった
ようでした。
 あと、店長さんが、自分が車高調を
組んでもらった店の同級生だったりして、
クルマの話を床屋談義でしてました。
 だからどうしたってことも無いけど、
こちらで初めて地元の人と長いこと
話した気になりました。
 ここへは通いたいと思いましたね。

 会社からは、「もっと会社に来なさい」
(出張なんだから、どんどん帰着していいよ)って
内容の話を頂いているのですが、
いかんせん、ララを乗せて東名を
行ったり来たりするのも疲れるので、
一ヶ月に一回くらいかなー。
 あと、東名は事故多いしね。

 往復約800kmですが、
週末の短い間にやるのは
骨の折れることですバイ。

 バイクなんかも置きっぱだし、

本当は沢木竜一みたいに
本牧ふ頭をかっ飛んで、
マリンタワーの見える
どこかにバイクを置いて
タバコでもふかしてやりたい。
 やっぱり、横浜はバイクで
疾走したい街だよな。
 何の気なしに、プラっと
出かけて、そこいらにバイク置いて
気になったところ、店に
分け入って行く。
 
 バッテリー上がりで走れないけど。

 

 ルミオンを注文したものの、
いまいち心躍るようなクルマではないし、
仕方がないんだけど、ちょっと後悔
している。
 予定通り計画通り、ゴルフGTI程度に
しておけば・・・
 

 外車って、日本全国どこの
ディーラーに持って行っても
相手してくれる訳じゃないし、
前にメルセデスベンツの300TE
4MATICに乗っていたときは、
新潟で高い金払って、某店で
メンテしてもらってた。

 横浜にいた時は、
世田谷のはずれにある
溝畑さんというベンツの修理やさんで
面倒見てもらってた。
 ここは、もう安くなった同等品の
部品でメンテしてくれるので、
プアリルボーイな筆者には
頼もしい存在だったのです。

 当たり前なんだけど、
ベンツは重たく出来ていて、
それで乗用車のベースで
言ったらそりゃ国産なんか
全く比較にならないほど
剛性感がある。
 音も、乗ってると
とても静かだし。

 シトローエンは・・・
さんざん乗ったけど、
味わい深い車種は、
完全に趣味の世界に
入っていて実用向きじゃない。
 カローラが一台あって、
それでシトローエンの
CX-turboとかDSあたりの
を乗っているなら良いかな。
 とにかく一台足クルマがないと
正直しんどい。
 あと、クルマがないと
やっていけない車社会の
街なんかには、それに乗って
出張だの転勤だのは出来やしない。

 まぁ今は仕方がないけど、
次は絶対に趣味のクルマを
一台買おうと思っている。
 今乗ってる、CF4アコードを
いじり倒す手もあるけど。
 
 そんな具合で、クルマしか
楽しみがない、田舎の青年みたいな
生活を送っている日々です。↓

 まぁあと、最近ホントに
事件が多いですよね。
 常軌を逸脱してバラバラに
してしまうやつ。
 よくそんなことが出来るよな と。
 

 

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2008年5月26日 (月)

ブラインドコーナー

 幸さんハイの幸さんですが、
最近はめっきりエントリーの
数も減り、いろいろと心配されて
いる方もいるのだと思います。
 まぁそうは言っても、
ああして逆転ゴールを
かます、涼しげな浴衣姿で
溜飲を下げた方が大多数かと
筆者は推察するのですが、
いかがでしょうか。

 しかし、せっかくなので、
流行のサンダルではなく、
下駄か草履にしてほしかったぞ。と。
 清坂亭でサンダルは、
ちょっとさびしい。
 赤い鼻緒でいって
欲しかったね。と。
 他が隙なしだっただけに。

 


 話し変わって、
 5/23、先週の金曜、
およそ9ヶ月ぶりに、筆者に
多くの影響を与えた方と、
久方ぶりに再会した。

 わざわざ筆者が出張地の
四日市まで来てくださり、
感謝の念が絶えない
夜となりました。

 仕事の話もいろいろ
したにはしたのですが、
いわく「早く嫁さんもらえ」と、
「四日市の女とこっちで暮らせ」
などと言うアドバイスを
いつもながらに頂戴しました。
 
 新潟にいた時は、
「新潟の女と~」で、
尼崎にいた時は、
「兵庫(関西)の女と~」と、
筆者の転勤地や出張地の
主語が違うだけで、
まぁとにかく早く、
結婚せえやと言うことでした。

 お互いが電車の時間を
ある程度気にしながらの
飲食だったので、この方と
飲るペースにしては、
非常に穏やかな感じの
会合でした。

 いろいろあるにはせよ、
早いとこ奥さんになる人を
みつけて仲良くならなければ
いけないのは毎度毎度の
課題なんですが、
どうにも旅の街では
上手い具合に口説けないのも
事実。

 流れ者気取って見たところで、
そりゃ岡林信康の唄みたいに
「現場終わったその日のうちに
俺もいないさこの町に」と、
うそぶくのは格好良いけど、
それじゃあ、あんまりだし。

 とにかく、この方をはじめ、
親以外に心配とご面倒を
方々にかけているのは
事実な様なので、
今後は一日でも早く
社会性を帯びて、
年齢不詳のあぶない
ことをする人と言う
定評も返上したいと
思うのであります。

 会社での、メンタルヘルスの
テスト結果が返ってきました。

 内容的には、
これまさに「オレの事」で、
どう言う傾向でこういう
結果になったのか、
それはテストを考えた人のみぞ
知る由と言いたいところなのだが、
テスト内容から推察するに、
同じような設問に同じように
答えていくと、そうなるんだろうなぁ
と言う感じがしたのでした。

 つまり、同じような設問に
同じように律儀に答えると言う
ことは、それだけ外せない
何かがあり、偏執でもあり、
律儀に答えると言うことは、
それだけマメで完璧主義者
なのだと、このテストでは
決め付けたいらしい。

 完璧主義者の傾向あり、
と結果が出てみても
別に驚きはしなかったけど。

 ただ、
「仕事も家事も必要最小限にとどめる」
ことをお奨めされたって、
そりゃ困りますよ。
 オレだってそうしたいしさ。
 むしろ、会社が催す
メンヘルのテストにしちゃ
至極公明正大なような
気もしないでもないけど。

 必要最小限にとどめて、
それが高効率で素晴らしい
成果を挙げるのなら、
べつに問題はないんだろうけど。

 無駄な動きもして
みたいじゃないですか。

 むしろ、無駄な動きを
忙しいさなかに
出来るのが、生活に潤いを
もたらすものだとも思うし。

 まぁ限度問題なんだろうけど。

 社会性帯びたいね。
 是非とも。

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2008年5月 4日 (日)

雨の中の帰郷

 昨夜、2日の晩、10時頃に横浜へ向かって
クルマを発進させる。
 
 事前の渋滞予測は全く問題ない
範囲で、大したことのないような
予測しかされていなかった。

 走り出してみると、伊勢湾岸道の
終点豊田から、浜松の先まで渋滞していた。

 静岡を過ぎた頃から本降りになって、
御殿場の山道はけっこうビビリながら
それでもアクセルを抜かずに、
全てのクルマを追い越して帰ってきた。
 いつもならとってもうざい、
大型のトラック達も、昨夜の雨では
機先をそがれ、おとなしく左側を走っていた。

 筆者の最近のアシ車は、CF4アコードの
SIR-Tと言う、MT5速のクルマで、
それにタナベの車高調を組んでいる。
 なんて言うか、このクルマのパフォーマンスを
出し切って走れるのならば、このクルマ
以上の性能はどの場面でも必要ないんじゃないか、
と思えるほど、低速も高速の伸びも、そしてコーナーでの
粘りもなかなか素晴らしい。
 
 そして、やっぱり、タイヤは少し高くても、
いいやつを選んで履いたほうがいい。
 雨の日に飛ばすと、実感する。

 16年型のVOXYは、最近になって
新車のフィールダーに乗り換えるため、
ディーラーに預けてしまった。
 スキークルマがフィールダーで、
高速の足がアコードと言う、
二台体勢でしばらくは行こうと、
そう考えている。

 まだ911なんかには、
乗れそうにないな、と
色々感じ入っている。

 最後の最後、保土ヶ谷バイパスでは
ハイドロプレーニングが続発していて、
クラウンのアスリートで飛ばしていたらしい
オジさんが中央のコンクリートウォールへ
激突し、停車状態だった。
 当然右車線を走っており、その
先頭だった筆者は真っ先にその
黒い停止物体を察知して、
左の車線へ除けたが、
筆者のアコードを必死で追いかける
アリストは、回避虚しく、その
クラウンと接触してしまっていた。
 クラウンが事故って、おそらく直ぐの
出来事で、クラウンの運転手もまだ
車内にいる様子だった。

 保土ヶ谷バイパスは、一般国道並みの
整備状況だから、その轍はなかなか酷く、
雨の日には、120km/h以上での走行は
大変危険だ。

 クルマでもなんでもそうだが、
自分の腕と相談しながら、
段々と限界を高めていく。

 これが基本。

 10時過ぎに四日市を出て、着いたのは
3時近かった。
 
 今朝起きたら昼の12時で、
しばらくぶりのマイベッドに安心して、
バカみたいに熟睡してしまったようです。

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2008年4月 8日 (火)

雨のホッケンハイムリンク

 昨日は22:00頃に横浜を出たのですが、
果たして夜の東名は、行けども行けども
雨あられ、時々雷光。
 もういい加減にせーやーーーって感じ。
 こんな雨の中、平均140で巡航することは
難しかったけど、とりあえず
キープライトで誰にも追いすがられることなく
逃げ切ってきた(誰から?)
 やはりヘリカルLSDの威力は
素晴らしい。
 定期便のトラックドライバーも、筆者の
クルマには呆れていることだろう。

 思うに、こんな雨の中を
走ったのは、17,8年前に
ハートランド岩手で開かれた、
モトクロス全日本選手権の帰り以来。
 観戦しに行っただけなんだけど、
この日はガッツ秀明の引退レースだった。

 タイトルは、むかし高校生の頃、
バイクで雨の中を爆走することを、
「雨のホッケンハイム、クリスチャン・サロンばりの走り」
とかなんとか言って仲間と悦に入っていたことを
思い出して。

 天気いいなーと思ってると、
悪天が続いたり、春はやはり不安定な
天候が続きますね。

 マイペでいきましょう。
 遅かったり速かったり、
変幻自在に。
 

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2008年4月 7日 (月)

桜 葉桜 初鰹

 とかなんとか、小林旭ソングを
口ずさみながら横浜へ
帰ってきました。happy02

 トラックの人達は、
相変わらず140の車線に
100km/hくらいで切込んでくる。
 あまり記憶は定かではないが、
むかしはこんなにマナー悪かったかなとか
考えながら、四日市から約三時間無停車の旅。

 筆者の誕生日と言うことで、実家から
親父様が遊びに来て居られました。
 一緒にご飯を食べて、・・・
それだけなんですが。

 筆者が仮住まいの、御在所岳麓の桜は、
ようやく満開を迎えるところ。
 寒いからか、花見見物の人も
酒宴の一行も見かけない。
 それが何故なのかは、
本当のところは知る由もないけど。

 上越の高田公園に咲く
夜桜は、それはもう見事で、
待ちわびた春を祝うかのように
皆集い酔いしれる。
 都会の花見とは、実感の
こもり方が違う。
 雪に埋もれていた木々から
奇跡のように花が開いていくのだ。
 官憲も大目に見て、公共のエリアでの
飲食もOKと言うことになっている。
 

 途中、浜名湖沿いの道では、
葉桜から花びらが舞い散っていました。
 桜は散り際が美しい。

 横浜の桜は、すっかり葉桜で、
後はもう散り逝くのみ。
 何年かぶりに横浜の桜が
見れたのだから、まぁ良いかと。

 この4年間、転勤が続いていた。
 それも一般的な地方都市とは
かけ離れた規模の小都市への
転勤もあり、「旅の人」と揶揄されながら。

 今は、長期出張。
 色々あるにはあるが、片道切符じゃ
ないぶん全然気持ちが違う。
 文字通り「旅の人」でオーケー。
 地域社会に貢献しようとか、
大それたことも考えずに、
ただ出会った方々の気持ちを、
大切にして過ごそうね と。
 
 
 ここ5年ほどで、社会構造は
大きく変わっていった。
 速度が全く違っている。
 付加価値アリのものは、
全部が鮮度命の生ものばかり。

 でも、いろいろ先回りして、
策を打とうと、小癪(笑)な手を
使おうとする人がいるけど、
そんなん無理だよと。
 そんなに先のことが予測つく
ようなお人なら、あんさん
こんなところにおりゃしまへんやろ
と。

 混沌とし、速度を増していく世の中で、
いかに対応できるか、それも、
新しい価値を創出していくような
やり方で。
 常に準備しておけよ、と。

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2008年3月31日 (月)

伊吹おろし と言う

29日の土曜の続き    今夜も嵐のような風が吹き荒れています。御在所の麓の町では桜もほんの蕾で、まだまだ寒さの厳しい朝夕が日課ですたい。(なぜ九州弁)このあいだ、ウインドストッパーをこちらのアウトレットで来冬用に買ったけど、いやーすげー活躍しとりますけん、ばってんそげなこつ。とっとっとーって意味不明。寒いづら、さみーぞなもし、しばれるべ、すんばれるない、思わず方言がバリバリ出てくるぜよ。なめとったらいかんぜよ。ふざけてはるわ、こん人。

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真珠は困りもの

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 いきなりレイモンド・チャンドラーの短編ですが。

 こちらに来て、行こう行こうと
思っていた場所にようやく昨日、
行って参りました。

 

 出張先の四日市から
クルマで1時間半ほどの
「ミキモト真珠島」です。

 ここは、高2のときに修学旅行で
訪れた場所で、およそ20年ぶりの
再訪となりました。

 何もかもが変わってたぜ・・・
とは言いませんが、パールショップは
すこし変わっていました。

 なにか、ようやく一つのものに
訣別できたような気がします。

 訣別しなくてはいけないものが
他に色々ありすぎて、
ひとつそうなったからと言って
解決した訳ではないけどね。

 あと、昨日クルマで走って
ほほぅと思っていましたが、
新名神使えば京都まで行くのと
伊勢・鳥羽方面行くのとで
四日市からだと変わりがないってこと。

 今年はGWに京都御所そばの
宿が取れたのでまたまた両親を
連れて出かける予定が既に立っています。

 思えば、20年前も伊勢・志摩・鳥羽のあとに
奈良へ行って、そのあと
京の都に血の雨を降らせたのだっけ・・・
いや降らせてない降らせてない。

 しかしアコヤ貝の真珠は美しい。
 8.25玉のペンダントトップを買いました。
 ピンク系の玉ひとつだけの、
とてもシンプルなTOPです。
 
 普段使いで黒蝶貝のペンダントを買いました。

 帰りには、夕暮れ時の夫婦岩へ。

 ひとり遊びだとは言え、
いつでも出足が遅いのです。

 昨日は雨だったので、
今度は晴れた日に
合歓の郷と言う
 御木本幸吉翁が心血注いで
開いたと言う真珠養殖の祖を
観に行きたいと思います。

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2008年2月 1日 (金)

バレンタイン-フィヨルドの少女

 少し前のことですが、1/26.27と
行ってまいりました、上越国際。
 南関マスターズ・・・

 00012

 参戦を始めたのは4年前に新潟へ
転勤になってからなので、
この間の3年間は、2連戦のさなか
わざわざ2時間かけて上越から
通っていました。
 今回はそうは行かず、ララを
実家の両親にまかせて
クラブの常宿へ世話になりました。

 まったく雪が2日間とも降りやがって、
筆者の嫌いなバーンコンディション。
 ちょっとラインを外れると、
新雪があっておっかないったら
ありゃしない。

 まぁでも、やはりスタート前の
緊張感はやめられないの一言。
 結果はどうあれ、主役は自分自身。
 人は誰のために生きることも、
誰かのために生きることも難しい。
 
 疲れた体を引きずって、
四日市に戻る。
 
 実は四日市に来てからほどなく、
身の上が恵まれない女の子に
お金を貸してしまったりしている。
 いや複数人、複数回じゃないんですが。

 なんか怪しい事件に巻き込まれるのは
こりごりなので、色恋とかではないけど。

 こんな行為に及んでしまうのは、
深い悔恨の思い出が
関係しているのかな と、
後になって気づいた。

 バレンタインにチョコレートをくれた女の子。
 友達と一緒で、なんだか必死だった。

 それでオレは、その子はとても
可愛くてふつーにモテるようなタイプの
女の子だったから、他に好きな女が
いるにも関わらずチョコを受け取って、
その場で付き合う約束までしてしまった。

 その後が最悪だった。
 いやオレが。オレの行為自体が、
人間として最悪レベル。

 詳しくは書かないが、結果的に
振ってしまい、とても傷つけてしまった。

 女はピリオドが打てる生き物だから と、
そう簡単に割り切ることは出来ない。

 その子はもう忘れているよ、そんなことは・・・
 人からも言われ、本にも色々書いてはいるが、
やっぱりそう言うのは人間として最低なんだと。
 手も握ってはいない。でも心を深く傷つけて
しまった。

 その子も恵まれない身の上だった。
 詳しくは書かないが。
 思い上がりでもなんでもないが、
親が貧乏だったりして選択肢が狭まる
生き様は恵まれない身の上としか
表現できないし、その子弟のせいでも
なんでもない。ただ せつない。
 能力が発揮できるか、
能力を発掘してくれる人が
身の回りにいるかいないか。
 チャンスは紙一重だ。
 身の上が災いして、
引っ込み思案気味の女の子に、
チャンスをモノにできない不幸を
誰が責められると言うのだろうか。

 そんなトラウマを抱えての
今回の行為だったが、たぶん
お金は返ってこない。
 べつにそれでいいと思っている。

 そのお金は、彼女が言う
出来すぎた人情モノののような
美談に使われなくても、
彼女がそれで服でも買って、
チャンスが広がるように
なればいいのさ と。

 
 四日市で、ふとしたきっかけで退官した
先生と知り合って、この話をしたら、
筆者の人となりを即座に見抜く
この慧眼の先生は泣いてしまっていた。
 仕事の相談にもちょこちょこ乗って
頂いたりしていた。
 それで少し流れが変わったり、
いいほうへ変えようと考えるように
なるきっかけを与えてくれたりした。

 ストレスが生まれそうな相談を持ちかける、
この先生はそんな馬鹿な男が好きみたいだ。

 この人はオレを前にして泣けるんだな。

 この歳で、もう新しい何かと出会うなんて
思いもよらなかったよ。
 あんたが居たとはな・・・

 先生はそう言った。

 

 この台詞を言われるのは、
生きてきて二回目だ。
 前に言われたのは、19歳の頃だった。
 
 オレは誰かのために生きようなんて
思わないが、誰かの心を動かせる、
馬鹿な男のままでいたい。

 

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2008年1月24日 (木)

弁当忘れても 傘忘れるな

 ええ そのままなんですが。
 そのまま幸さんへ伝えておいて
くださいまし。
 
 新潟にいた時は、ぴたりと
あてはまる言葉だった。
 いきなり降ってくる雨や雪。
 傘だけじゃなく、できれば長靴も。
 
 たまに降ればうれしいというか
風流なようにも感じられますが、
実際雪害の地方から帰還した
筆者にとって、あの辛さは忘れられない。
 大雪だとか、暴風雪って天気予報で
流れれば、わざわざ東京からスキーに行こうとか
思わないし。
 でもそこに住んでいると、暴風雪からも
大雪からも逃げようがない。
 ただ黙って春を待ち望むのみ。
 だってイエティと呼ばれた筆者でさえ、
プチ引きこもりになり、おいおい今更かよ
ってな具合でPS2を買って生まれて初めて
テレビゲームの類をしていたくらい。
 今はテレビゲームなんてやろうと
まったく思わないから、よほどひつまぶし、
いやもとい、暇つぶしの手段に困って
いたし天気が悪くて外に出る気も
どこにも行く気が起きなかったということ。

 

 横浜へ二週間ぶりに帰ってきた筆者。
 懐かしい方々お世話になった方からの年賀状。
 やっと読めました。

 都会のそれで、ヘンなものを貰ってしまい
現在のどが痛い状態です。
 風邪かなと。

 皮肉にも昨日の夜、撮りダメしていた
映画「アビエーター」を見ていました。
 強迫性障害の主人公ハワード・ヒューズが
細菌汚染を極端に嫌う描写がなんとも迫真。
 これくらい気をつけていれば、風邪なんかを
貰う羽目にはならなかったぞと。


 それにしても横浜関内のランチは最高。
 
 四日市では周囲に食べ物やさんが
あるにはあるけど貧相で、
仕方なくコンビニのあまり美味しくない、
いやはっきり言えば紙を食べているような
虚しさにかられるものを食べていた。

 そこへ洋食屋さんの宝庫、
関内でランチを食べているのだから、
雲泥の差、若しくは天国と地獄。

 グラタンなんかが、今の時期最高に
美味しい。時間があったらじっくり焼いた
焦げ目の少し多いのを毎日でも
食べていたいくらい。
 
 洋食屋のランチ。
 メインの料理と、オレンジ色した
ケチャップ味のスパゲッティー。
 マカロニサラダか、ポテトサラダの
乗ったレタス&キャベツの野菜類。
 ライス、皿盛り。
 これをナイフとフォークでいただく。
 汁物は味噌汁でもスープでも
なんでもいいが、今の時期なら
豆がいっぱいのミネストローネなんかが
最高にうれしい。

 外食系和食は・・・
 はっきりいって、高級ぶっていながら
偽装なんかに手を染める輩がいるし、
気取るんじゃねーと言いたい。
 うんちく垂れの寿司屋とか、
食い方に注文つける
ラーメン屋も大嫌いです。

 食い物でガタガタ言うのは
男じゃねーと。
 結論は洋食屋さんのランチって
ことになりました。

 

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2007年11月14日 (水)

ムーンリバー

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 今夜は弟のお誘いで、会社の仲間も誘って
ベースボールマスターズリーグ、
東京ドリームス対大阪ロマンスの試合を観に
東京ドームまで足を運びました。
 プロモーターと同級生と言う弟が
用意した席は、ベンチ裏の1列目と言う
なかなか素晴らしい席でした。
 兄も家族で来てたので、少し驚きましたよ。

 昨日は三重県四日市へ。
 11月から群馬の話は無くなって、
12月から来年6月末まで四日市に
飛ぶこととなりました。
 まぁ幸さんの住む京都とも意外と
近いようだし、これを機会に
京都でのイベントはフォローして
いくこととします。(何故か断言)
 晴れて「華麗なるギャツビー」のように
ストーカーチックに幸さんを追い掛け回したい
ものです。
 
四日市行きは出張扱いなので、手当てなんかも
しっかり貰えるし、時々は帰ってきて
山さに分け入ったり、中華街や
煤けたガス灯なんかも見てまわれるでしょう。

 ところで「幸さんハイ」のテンション高めの
幸さんですが、なんと風邪を召されていたようです。

 あそこはいつも女らしいエントリーでいいですね。
 
 月の話って言うと、
窓辺に座ってギターを弾きながら
「ムーンリバー」を唄うヘップバーンが最高。
 そうティファニーで朝食を。
 ジョージ・ペパードが真面目そうな
作家志望の男を演じているのもグー。
 景品かなんかの指輪をティファニーへ
持ち込んで名前を入れてもらうところなんて
なかなか喜びも悲しみも幾歳月ですよね。

 おっと手が黄色くなったって、
幸さん。

 面白い。

 最近お酒を飲んではいますが、
グレープフルーツジュースとは
縁が遠くなっていますので、
幸さんハイを見習って
健康コンシャスに行きたいなと。

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2007年11月 1日 (木)

これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関

 11月になり、めっきり朝夕の涼しさが増しました。

 女王陛下のお勤めをする身分には、
辛い季節がやってきたということです。
(少し意味不明 イギリスから来た男 参照)

 ところでと言おうか。
 またもやとでものたまおうか・・・

 われらが幸さんが、
出身地である京の都、美化活動に
参加されるということです。
 幸さんのエントリー

 日時は11月4日の朝10時から。
 首都圏の人は、新幹線に乗って、日帰りOKです。
 京阪、阪神の方は振るって参加すべきでしょう。
 (筆者は不参加なのですが)
 晩秋の京の都を背景に、
すこしストーカーチックに幸さんに
つきまとうなんて、最高のシチュエーション
なんじゃないでしょうか?

 って本当に実行しないでくださいよ・・・


 京都市と言うと、寺園さんが
追求していた、同和奨学金返済肩代わり訴訟で、
不名誉にも有名になってしまいました。
 まさに期待はずれのニュースってとこですね。

 こんな幸さんの、京都を思う気持ちを
大切にして、京都市自体も自浄の路を
歩んでいって欲しいものです。
 
 愛すべきものの住む街は、
いつまでも大切にしたいものです。

 愛すべきもの
 愛すべき街
 君住む街
 
 どこにも行かないで

 どこにも行かない

 でも今は東京に住む

 この風景

 少しだけあの街に似ている

 すこしだけ

 ほんの少しだけ

 君住む街を

 思い出していた


 作詞:lullaby なんちて

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2007年7月22日 (日)

四国に行って来ました

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 先週、台風の過ぎた四国を廻ってきました。
 東京から両親を呼び寄せて。

 通行止めの解けた明石大橋を渡り

 松山城を登城。

 泊まりは道後温泉でした。

 帰りの道すがら、
 森の石松代参で有名な
 金毘羅山へ

 やめておけばいいものを

 汗だくに なりながら奥社へ。

 ここではせっかくだからと
帳面を買って記帳してもらいました。

 瀬戸大橋を渡って、本州岡山側へ。

 姫路城の大きさに驚きました。

 帰りは名物ともいえる渋滞にハマって

 現在の居住地尼崎へ
帰って参りました。

 どこもかしこも
観光地然としておりましたが、
久しぶりに両親と旅が出来て
なかなか良かったです。

 皆さんも、両親が健在のうちに
親孝行してください。

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2007年6月24日 (日)

南紀 串本町にいってきました

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 和歌山県は南紀串本町へ、筏釣りに行ってきました。

 写真は46cmと48cmの真鯛です。
 ロッドは30号負荷程度、リールも小物用と、
大物狙いには似つかわしくないライトタックルでした。
 しかし、ライトタックルで大物を狙うのは自分のセオリー。

 餌は頭を取ったオキアミ。

 最後の最後に置き竿して、ボーっとしてたら
大きな当たりとともに海に持ってかれてしまいました。

 天気は良かったのですが、前日ほとんど寝ないで
車中泊でしたので、とても疲れました。

 30mたちで真鯛が釣れるなんて、
南紀はやはり魚影が濃いのですね。

 久々に沖合いに出ましたが、
やはり釣りは釣りで面白いものだと
再認識した次第です。

 愛犬のララは暑くて暑くて
少々気の毒でした。

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2007年1月25日 (木)

「ありがとう」と言えず施しを受ける心 『格差社会の素』

 最近の筆者は手を変え品を変え、現住地である上越を批判し続けている。

 『捨て子の少女の死と、脱・格差社会のもと』と言う宋文洲氏の傍目八目 のコラムにインスパイアされて、今度は違った側面から「地方 上越」に斬り込みをかけたい。

 『格差社会』と言う言葉は、以前にも書いたが何も真新しい言葉ではない。意味合いが同じだとすれば以前から「下層社会」「中流」「上流」と言う区別や、あるいは無産者と有産者の階級闘争などがあったのだから。

 先の敗戦以降、近代日本における中央集権化は、施す側である中央=東京と、施しを受ける側である地方との格差を、無残にも浮き彫りにした。かつてあった、人が人に施す階級社会から、国から地方へ、という構図に塗り替えられたのである。

 筆者の住む地方はかくも有名な田中角栄氏の出身地であり選挙区であるから、施しの数は他県の比ではなく、より顕著な『土建王国新潟』と言う形で今もそこかしこにその爪あとは残る。新潟のどこの地域を歩いても分かることだが、とにかく道路は立派なものが出来ている。雪国ゆえの生活効率と言う考えから、雪との戦いは「クルマ社会」の利便性=道路やその道路に付随した融雪などの設備に費やされてきた。雪と戦ってきたのはその地方の「人」ではなく「クルマ社会」で、主戦は道路公団や道路建設事務所の名も無き人々だった。
 
 しかも何故なのか分からないが、建物群でこれと言って雪との戦いを考慮して新しく開発されたものが見当たらない。「雁木」や「高基礎住宅」は昔からの手法であるが、それ以外のものは見当たらないのだ。
 まるでそこへ訪れるものへの配慮が感じられない。自分たちさえ、普段そこで生活しているものさえ良ければ良いと言う自己満足がそこかしこで闊歩している。
 しかも、冬場になると「建設系労働者」の多くは積雪を理由に一時失業の手当て給付を見込む有様。手当ては新潟でもっとも隆盛な産業と言えるパチンコ業界に流れるのが大半との印象すら受ける。
 毎日毎日、あれほど大量の、2分おきにパチンコCMを流せば、度を過ぎたパチンコ通いにも罪悪感など覚えないのであろう。子どもの頃からそうやってテレビと言う媒体から刷り込まれてきた。

 こちらへ来て筆者が残念に思ったのは、選挙におけるその投票率の低さだった。筆者が住んでいた東京特別区の西側や横浜中心部の少し西南エリアの住民の方がまだまだ全然マシなほうだから驚いた。
 なんて言ったら良いか、選挙や議員、ひいては国に依存している姿がまざまざと感じられた。
 「今までもこれからも、国から大量に施しを受け続けます。なにか問題あります?」と言った地方の考えを目の当たりにしたのだった。
 
 そしてそれら、新潟県民の特徴を筆者は捉えた。 時の権勢者や国から無条件に施しを受けてきたから、「施し不感症」に陥っているということを。別に何がどうと言うことはないが、こちらで「ありがとう」と言う言葉を聞く機会は非常に少ない。なんでか分からない。別に期待しているわけではないけど、「施されて当たり前」とでもいった風情すら感じさせる。「ありがとう」と言う言葉の代わりに「また来ないや」とは言われる。でももう行きたくない。
 
 礼儀正しいかどうかと言えば、全然礼儀などなっていない。「田舎の人はシャイだから」などと言い訳する人も中にはいるが、言い訳にもなっていない屁理屈だ。
 「施し不感症」不感症だから痛みは伴わない。むしろ多少の感謝を期待する側が馬鹿を見てしまう。
 彼らが中央へ施してきた「稲作」の誇りはとうの昔になくなってしまったから、感謝もせず、感謝もされず、一方的に国や地方行政にぶら下がり施しを受けるにとどまる。

 なにが問題か、端的に言えば「新潟に杉と男と女も育たない」と言う言葉に集約される。
 新しい家族、核家族化を志すものが少なすぎる。
 
 基本的には、親の家の土地に家を建てればそれで済むと考えている。
 だから一向に街の広がりが見えてこない。いつまで経っても「ムラ」のままなのだ。

 泉田さんも最近やる気をなくしているように見えて心配。
 
 
 
 
 

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