2009年4月13日 (月)

TEQUILA SUNRISE

 Saxophones_wall_02l


 鈴鹿の出張部屋で暮らし始めて
二週間になりますが、最近
気づいたことがあります。

 周囲に本田技研やその関係会社が
多いからだろうけど、
ブラジリアンの人を結構ふつうに
見かけます。
 日系の人なのか、
様々な工場の名札に漢字の
苗字?のようなものを
つけて、近所のイオンなんかで
よくたむろっています。

 むかしは都会に多かった
外国人労働者も、
最近は暮らし易さと
その労働需要の種類により、
自動車産業の盛んな町に
やたら多く住んでいるのが
現状のようです。

 あと、自分が住んでいる部屋の
周囲が、最近になって
井戸汲みポンプで
ボコボコやっていて、
畑だと思っていたところが
なんと、稲作の田んぼでした。
 蛙の鳴き声がすげーんだろう
なと思っていたら、
最近の暖かさで蛙殿の
鳴き声がすごいのなんのって・・・

 静かな夕暮れ時には
西コースのクルマの音が
聞こえますが、最近は
蛙の方がすげーや。

 それと、20年越しの
アレでアルトサックスを始めました。

 テキーラサンライズと言う、
B級映画があって、
まぁ20年位前にサントラが
結構流行りました。
 その中で、
デイビット・サンボーンが
「ジョアンのうた」と言う
のをやってまして、
これが格好良いんだね。

 まぁそんなこんなで、
20年越しってのと、
今年はなにを始めようか と
思っていたので、
アルトを始めるギリギリかなと。

 毎年新しいものを
最低ひとつ始めるのが
人生の羅針盤になっていますからね。

 練習は近所の公園で、
ロングトーンなどから始めています。

 夜、散歩の人なんかが
前を通ると、練習をやめて
通り過ぎるのを待っていますが・・・
 
 部屋はやっぱり気がひけます。

 横浜の家に帰ったら
近所にカラオケの
シダックスがあるので、
そこでしようかと。

 サクソフォンはリコーダーと
同じような運指なので
とてもつっつきやすいです。
 いやとっつきやすいです。
 あと吹奏楽とかクラシックに
縁が無い筆者でも、
反逆のアルトなら
親しめるような気がしました。

 それで、楽器も
ヤマハ初のジャズ用ってことで。
 バイク時代から、この
三連音叉は外せないアイテムです。

 まぁ暇を見つけて
音符の読み方も
も一度勉強してですね、
やってみるべしってとこです。

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2009年1月26日 (月)

レースの町、鈴鹿。

 実は出張が明け、
年明けの本社に戻って勤務を数日
すごした後、次のJOBが
直ぐに決まった。

 今度もと言うか、
また三重県で、四日市の
隣町、鈴鹿市が今度の舞台。

 いまの世相から言って、
こうして直ぐに社会から
必要とされるのは
本当にありがたい話だ。と思う。

 少しの間、横浜にいそしむ
心積もりだったけれど、
上記のように次の舞台が
早々に決まった。

 なんだか少し落ち着かないなぁ
と言う精神状態などから、
この週末にかけてエントリー
していたスキーの大会は
キャンセルしました。
 全然練習も出来ていないし。
 今シーズンは、まだ蔵王での
はちゃめちゃな初滑りだけです。

 先週、鈴鹿に行ったけれど、
サーキットの近辺は何もかもが
変わっていた。
 初めて訪れたのが、高2の頃だから
かれこれ20数年前になる。

 あの頃は、サーキットの周辺には
殆ど何も無く、平田町の駅周辺に
ほんの少しお店があったくらい。
 駐車場も、サーキットのグランドスタンド
前のところにでも、
サーキットランド入り口ゲートの直ぐ脇にでも
クルマは置けた。ノスタルジー。

 今年はフォーミュラ1が
戻ってくるので、先週前を
通ったときも盛んに改修を
行っていた。

 筆者のお客さんのところは、
サーキットのすぐ北側にある。

 フォーミュラ1の時は、
もう仕事も済んでいるんだろうけど、
8H耐久の時は凄い混雑で
仕事にならないかも、そんな
ことを考えながら仕事ついでに
出張部屋を探していた。

 ある程度は予測できたが、
有期雇用の契約打ち切りなどで、
部屋はどんどん空きが出てきている
様子。中部地方の落込みは激しい。
(賃料はまだ下がっていないけど・・・)

 こうして旅打ちの博徒の様に
出張に次ぐ出張の暮らしは、
あと10歳も若ければなんの
気にもならない。
 人は「大変でしょう」と言う
けれど、たぶん「大変だ」とか
「苦しい」「そんなものは出来ない」と言う
マインドは、どんどん自分の行く先を
狭めてしまう。
 有期雇用の人達の一部も、
余りにも仕事を選んでい過ぎる
現状が指摘され、
「やっぱりな」と言う心象を
社会に与えてしまった。
 
 「オレはこれしか出来ない」
と言う、言える事は、実は
楽なんだと思う。

 企業がグローバル化を
進めていく中では、
昨日迄は技術系、今日からは人事
なんて言う配置や起用は
ごく当たり前にある。

 実はレースや競技と言う
ものを好んでするマインドには
理由がある。

 レースと言うのは、
もちろん競争相手がいることで
成立するものが殆どなのだけれど、
レースの本質は自分との
競争に他ならない。
 自分との競争に
勝つと言うことは、
Excuseを虱潰しに
していくことだ。
 
 自分の気持ちに素直で
自分に嘘をつかない。
 言葉にすると陳腐で
どうしようもない作業に
思えるようだが、
これは案外いちばんしんどい。

 最初の目標や志が
低くてもいい。
ただ一度それを
やり遂げると、
借り物で無い価値観や
自分だけの言葉を
発することが出来る。
 安易に迎合しなくなるし、
座標軸もぶれずに進める
ことが出来るだろう。

 長い長い2009年も、
ひと月目を過ぎようとしている。

 ララには申し訳ない
けれど、旅に付いて来て
もらうやに。(三重弁)

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2008年12月 1日 (月)

ラスト クリスマスナイト

 あと数日で1988年が終わろうとしている。

 少年は、品川から芝浦へ向かう車の中にいた。

 すでに陽は暮れて、辺りは猥雑なネオンサインに
包まれ。

 少年は、15分経っても信号一つ通過できない、
都心から少し離れた場所での渋滞に
苛立ちを隠せないでいた。

 この少し先に、猥雑で混沌を極めた
クラブがあった。

 多分、今夜はその場所で、
催しが有るんだろうなと、
少年は渋滞の理由に見当をつけた。

 「田舎モンばっかりだろう」

 少年は東京の北西部に
生まれ育った。

 そんな田舎モンが、都会で
渋滞にハマる自分を尻目に、
我が物顔で街を蹂躙している。

 彼ら、彼女らは通り過ぎ行くだけの存在。

 どうか俺の邪魔だけはしないでくれ。

 少年は心からそう思っていた。
 
 ダットサンのステレオに、
新しいカセットを入れた。

 ロイ・オービソンの
「オンリー・ザ・ロンリー」だ。

 「お前はただ孤独なだけ、ただそれだけ」
ロイは、楽しそうに狂おしいほどに、
よく通る、高音を車中に響かせていた。

 JDサウザーがロイにリスペクトされて、
この後「ユア・オンリー・ロンリー」を
出したんだ。
 

 少年はロイの唄を聴きながら、
JDのことを思い出していた。


 もう我慢が出来なくなっていた。

 本当なら東京の北西部へ右折する
レーンを、少年は乱暴に
左へハンドルを切った。

 橋を渡った。

 船員宿泊所の脇を通り抜けて、
少年のダットサンは通行止の
ゲートをパスした。

 ガントリークレーンの操作員が、
少年のダットサンを指差していた。

 出きるだけ埠頭の先へ。

 
 カセットを変えた。

 フリートウッド・マックの
「アズ・ロング・アズ・ユー・フォロー」

 スティーヴィー・ニックスの
物憂い声が、いたたまれない。

 少年はダットサンを降りて
埠頭に立った。

 東京にも海がある。

 東京は、海に抱かれた街なんだ。

 遠くかすむ房総半島の灯りを
望みながら、

 少年は改めて東京を思った。

 少年は、自分の人生を考え始めていた。

 

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2008年10月21日 (火)

悲しみの兵士Les Hommes シルヴィ・バルタン

 Lullaby_003


 ララララララーー
 ラーララララー
 ララララララーー
 ラーララララー

 部屋の壁に貼ったビラをご覧なさい
 失うものなどもう何もない
 そんな男たちの中の一人の姿を

 パンの種を蒔いたつもりなのに
 石ころしか生えて来なかった
 
 彼らの祈りは虚しく
 その拳を握りしめたのだった
 
 そして夜明け共に
 馬に股がり銃を手にとり
 旅立ったのだった
 
 失うものなどもう何もない男たち
 街へ下りてきて、すべてを破壊し
 焼き払うだろう
 
 魂を怒りで満たした男たちは
 戦いの歌、自由の歌を知る

 男は故郷の石の下に眠っている
 しかし彼の名前や顔は
 すべての人々の記憶に刻まれているのだ

 土埃のなか両手をくみ横たわる
 志半ばで倒れた者たち
 
 最期の朝を迎える者たち
 
 その死は決して虚しいものではない
 彼らの名前は銃よりも力強く
 国境を越え生き語り継がれてゆく
 
 失うものなどもう何もない男たち
 街へ下りてきてすべてを破壊し
 焼き払うだろう
 心を怒りで満たした男たちは
 戦いの歌、自由の歌のために

 今日も昨日と、明日も今日と同じ事なのだ

 失うものなど もう何もない男たち
 街へ下りてきてすべてを破壊し
 焼き払うだろう
 怒りが彼らを奮い立たせ
 戦の歌を、自由の歌に変える
 今日も昨日のように 
 明日も今日と同じように

 ララララララーー
 ラーララララー
 ララララララーー
 ラーララララー

 1970年8月フランス


 最初のララララララーの
出だしがなんとも言えない、
フレンチポップス。
 筆者の犬の名前もララです。

 当時人気絶頂で、
ウルトラマンの怪獣の名前にも
パクられたバルタンさんが
この手の歌を演るのが
なんともフランスらしいといえば
らしい。

 フランスも、
インドシナやアルジェでは
結果的に散々な目に
あった訳でして。

 でもこういう歌が、
国民的歌手が歌うって現実。
 まぁフランス革命が
背景にあるんでしょうが。

 日本もアメちゃんの
手先になることは
しっかりと「真相はかうだ」の
番組総括くらいから始めて
それからでも遅くはなかったか
知らん。

 思想がない。
 

 日本人は、民間の
企業からして公務員の
模倣に走るから、
思想=悪 と決め付ける。

 それで思想無しの
独走を許してきたから、
いまこんな有様なんですが。

 公務員の側も、
皆が模倣する我々が正義、
政権与党も、
それを制御してきて俺様が正義。
 政治家の側は、主にそんな
正義と呼ばれるものを、
大衆真理を利用して世襲しようとする。
 公務員の側は、世襲は
あからさまには出来ないけれど、
あってはならない既得権益を
守り抜こうとする。

 いま、それは正義じゃないことが
ようやく明らかにされてきた。

 日本人は惨い。

 おカミ意識とか、
治安維持法の呪縛などからも
いまだに逃れられきれていない。

 ちょっとフレンチポップスを
聞きながら、そんなことを
考えてしまいました。

 写真は三重に長期出張中の
筆者が撮影した伊勢神宮。
 ここのご朱印は、しょぼい。

 

 


 

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2008年10月17日 (金)

絶えず過去へと流されながらも、逆巻く波に向かい滑走する

― SO WE BEAT ON BOATS
  AGAINST THE CURRENT,
   BORNE BACK CEASELESSLY
   INTO THE PAST ―

 ロングアイランド海峡のイーストエッグ
にある いとこの家へ、ニックは招かれた。
 その時、小さなボートでブキャナン邸へ
上陸するのだが、金持ちが乗る
セーリングクルーザーのブームに
自分の頭をぶつけて
中折れ帽子を海へと落してしまう。

 上の英文はフィッツジェラルドとゼルダの
墓碑銘にある「グレート・ギャツビー」の
1文だが、映画の冒頭シーンが
印象的でヨットの滑走としました。
 村上春樹は「舟」としたけど・・・

 『株屋は簿給で大変だろ 
なんか仕事を世話するよ』

 ニックはいとこのデイジーの夫、
トム・ブキャナンからそんなことを
言われる。

 時はローリングトゥエンティの
終わりからロストジェネレーション只中。
 映画の中でギャツビーが、
親の財産が無くなったのは
「大恐慌で何もかも失くしたよ」と、
嘘をついていたシーンを思い出すと、
原作とは少し時代背景が違うような具合。

 浅尾大輔がふざけた雑誌名
「ロスジェネ」を創刊したら、
2008年は本モノの時代みたいな背景に
なっちゃった。

 浅尾の思惑とは正反対だとは
思うけど。

 そんな具合で、
筆者は中学生の頃、
「株屋は簿給」なんだと
勝手に思っていた。

 ハタチくらいの時、
バブル華やかりしき頃、
文系のそれは、
割合多くがこぞって
証券だの銀行だの投資だのの
金融関係の企業へ
競って入社していたものだ。

 そもそも、その
実体のない証券なんてものを
信じてしまうのは、アホが
することだと勝手に考えていた。
 人が幾らそれで儲けようが、
そんなものは天の配剤で
いったら悪の部類に入る訳で、
そのようなことで肥え太るものは
死んだら地獄へ行くものと
切望して止まなかった。

 映画「さらば友よ」の中でも
フランスの保険会社の証券を
バランやプロップは薪代わりに
して金庫の中で燃やし続けている。
 「株券は足が付くから持ち運びできねー」
とかなんとかうそぶきながら。
 つまり信用できるのは
「現ナマ」だけだと。
 人も組織も基本的には
信用しねーぞ と。

 だいたいにしろ、
数年先の儲けを見越して
株購入を勧めるような
株屋は皆無だと思うし。
 そんな先見の明があるなら
恐らくそんな人は株屋なんか
しなくても生活できるはず。

 株屋も金融商品をさばく
輩も、正直言って
経済活動の上では信用できない。
 いや信用したことがない。
 
 それは、言ってみれば、変わらない
持論なのである。

 株屋もバンカーも、
自己資金のうちで
自己完結できる有望株への
投資とかね、それぐらいなら
今みたいな問題は起きていない。

 問題は、
人と世間からかき集めた金が
その他の回収見込みのない
人へ大量に流れて行って
しまってること。
 逆マルチ商法みたいなものだ。

 あとやっぱり
一番惨いのは、
そんな先のことも
覚束ないチンピラどもが、
自分たちで会社や個人の
価値を決めて金をばら撒き、
それに則って集めた人の金を
あちらこちらで流用していたこと。
 こいつらは実体の無いものでの
金儲けは得意で好きなようだが、
人を見る目は全くないようだ。
 

 実体がないものを、
金儲けに目がくらんで
簡単に妄信してしまう。

 サブプライム問題なんてものを
仕組みづくりから始めたような奴は
とんでもない悪人だろう。

 有望株へ投資して、投資先が
見る目の通り発展していく。
 それが正常で、バンカーの栄誉に他ならない。
 でも件の彼奴らは、人を見る目がないから
そんなまっとうな商売なんか出来はしない。

 目的が方法優先に摩り替わった
商売は、いつの世も最後には
大義名分を失って崩壊していく。

 それで自己完結できればいいのだが、
巨悪は善人を巻き添えにする。

 分を知る、足るを知る。

 起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半

 日本古来の美学を、
この巨悪どもに叩きつけてやれ。
 

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2008年8月 4日 (月)

ヨットマン(仮)の憂鬱

 三重県は河芸、鳥羽、そして琵琶湖にも
行ってレーザーを探してきましたが、
取り扱ってなかったり、譲れるような
艇が無かったり・・・

 あっても、そこの管理置き場に
保管するのが条件で、そう言うとこは
艇はタダかタダ同然、保管料が少し高め。

 筆者が真鶴の岩港に、
ヤンマーFX24というボートを
置いていた時は、陸置きで
2万円/1フィートだった。
(年々値上がってて、最後は3万くらい)
 だから毎年最低でも60万弱はかかる訳で、
ディンギーのシングルハンド艇を
ロケットと呼ばれるラックに
葉山や逗子で12,3万払って置くのよりかは
だいぶ維持費がかかる。
 さらにボートは上げ下ろしにも、
幾らかの費用がかかる。

 港は基本的に漁師のもの。
 日本の海を取り巻く権利関係は、
入会(いりあい)権のあった江戸時代に
さかのぼって、殆ど進歩していない。
 漁師はお上に鑑札代を払っている。
 だからお上から許可を受けた、
海は漁師のもの らしい。

 

 ディンギーは、艤装からして
乗る人が出来てしまう範囲なので、
はっきり言って、売った後の
ショップに旨みは少ない。

 マリンショップやハーバーが、
30フィート楽々オーバーの
ボートやセーリングクルーザーを
扱いたがるのは、そりゃそっちのほうが
儲かるから。
 保管料と内燃機、ペラ等のメンテナンス。
 係留艇なら喫水部の防錆・防貝塗装。
 年に何回か乗る程度の人が殆ど。
 でも横浜ベイサイドマリーナなら、維持費で
中古の程度良いメルセデスSが買えてしまう。

 日本の海岸線は、走ってみれば
よく分かるけど、単調でつまらない。
 
 景勝地では岩がボコボコしていて、
気持ちよく走ることなんて出来はしない。

 それで最後は結局釣りに流れていく。
 釣りぐらいしかすることがない。

 のんびり派以外は、ウェイクボードなどに
挑戦している。でもこれだってそんなに
楽しい感じがするものでもない。

 やるなら、潮っ気のない湖でやったほうが
気持ちがいい。

 

 ディンギーはまだ少し可能性がある。

 三重に居るうちは津において、
横浜に帰ったら自宅に保管、
カートップで持ち込む。
 
 年に保管料だけで12,3万円も払うのは
気が引ける。

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2008年6月14日 (土)

蟹工船やロスジェネと、浅尾大輔

 このあいだテレビを見ていたら、
全労連オルグ・国公一般書記次長で(元?)
雑誌ロスジェネ編集長の浅尾大輔が
出演していた。
 この人は文士なのだと言う。

 最近は左翼も新左翼も、右傾化の
波に押されて全くと言ってよいほど
目立たなくダサい存在で、
浅尾某のことも、筆者は知らなかった。

 浅尾某は、世間の評価によると、
「現況の非正規雇用のありかた」について
舌鋒鋭く批判しているのだと言う。
 国公一般の労組専従らしかったので、
多くの恵まれない、公務員の中で
働く非正規雇用者を見てきたのだと
自負している。

 笑っちまいます。そして、

 ちょっと待てと言いたい。

 浅尾某が支援している対象者は、
ホワイトカラーや大企業で働くことに
固執したり、自己実現だかなんだか
知らないが、自分の好きな仕事に限定して、
職探しをしていまいかと。

 自分の能力や、来歴を顧みずに、 
無理、無茶な望みを持ってはいまいかと。

 職種さえ選ばなければ、
正規雇用の道は幾らでもある。
 
 その会社は大きなビルではない
かも知れない。
(そりゃ大きなビルに出社して、
夕暮れ時に大きなビルから出てきたほうが
格好がいい)
 いわゆる3K職場かも知れない。
 汚い作業着での業務執行を
強いられるかもしれない。
 搾取の色合いが濃い、
職場なのかもしれない。

 給料、福利厚生はそこそこだとか・・・

 だが、そこからしかスタートがきれない
身の上なのならば、
その場所から自己変革を試みて
日々挑戦の日々をおくれば良いのだ。

 朝日新聞含めこの新左翼のばか者どもは、
呪いのすべを若者に吹き込んでいるだけだ。
 まったく生産性がない。
 そもそも生産性の低さから、
アカの理論と国は崩壊した。
 その矛盾に気づけないのは、
もう愚の骨頂としか言いようがない。
 汗まみれ、泥まみれになって働き、
早朝と深夜に研鑽を積むものを尻目に、
集会だの交渉だのに執心ならば、
一生涯呪い節の無限ループから
抜け出ることなど出来はしまい。

 
 小林多喜二や日本共産党に対して
頭にくることは、自分らは綺麗な
服装で人前に出てきて、
労働者の親玉みたいに
振舞うことだ。
 人民服とまでは言わないが、
作業着でおおっぴらに
振舞えば良いではないか。

 小林多喜二の、想像の世界でしかない
蟹工船が売れていると言う。

 今のアカの手先どもは、
自分を危険の及ばない場所に
おいて交渉だのしているだけ。
 労働者の側にいても、
その実は労働者ではないから、
まったくこの手の人種を
信用することは出来ないな。

 交渉なんて甘っちょろいもの。
 すべて実現されなけば
意味がないとされる、
実業の世界で、交渉なんて
甘美なものは賞賛に値しない。

 小林は拷問死で自己完結した分、
まだ救われている。
 転向しなかったわけだ。

 
 蟹工船が流行っているとか、
新左翼陣営のアジに過ぎない。
 もうそれくらいしか、戦うすべが
無いと言うことでもある。
 これだけモノがあふれ、
豊かになった国に住むのだから、
現在ある労働の不幸を持って来ても
少数派でリアリティーがない。
 大衆に訴えかけるネタが
現在どこにも見当たらないから、
「蟹工船」なんて遺構を引っ張り出して
不幸な身の上ごっこを仕掛けているのだ。
 

 非正規雇用者たちよ、
今の職場に不満がありあり
と充ちてきたら、
 
 服は汚れ、体を濡らし、
穴を掘れ。山を削れ。
 水を貯め、流せ。
 火を燃やせ。
 魂を打ち込めて働け。
 口汚いジジイどもに
罵られ、殴られ、脅されても
けっして諦めないで行け。
 
 お前たちが不満なのは、
せいぜいが、その立場だけだ。
 だから周辺が騒がしいだけで、
真剣で真摯な活動自体と、
その広まりが見えてこない。
 
 本当に不満があって、
怒り心頭しているとは思えない。

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2008年5月30日 (金)

本牧ベイカーズストリート

 今週末は、4週間ぶりに横浜へ帰ります。
 こうして出張地や、転勤地で長々と
過ごすことも慣れました。
 慣れたのと、だからそれが良いのか
とでは意味が異なるけど。

 やっぱり仕事以外の知り合いが
いないのはきついなと感じる。
 仕事がきっかけでもいいから、
気の許せそうな損得・利益等抜きの
関係を築けそうな人も、今はいない。

 それでこの間、こちら三重の
エリアではじめて床屋に行きました。
 「ひろたこういちのカットハウス」とか
そんな名前の店だったのですが、
ここは広田民郎さんと言う
モータージャーナリストの実家だった
ようでした。
 あと、店長さんが、自分が車高調を
組んでもらった店の同級生だったりして、
クルマの話を床屋談義でしてました。
 だからどうしたってことも無いけど、
こちらで初めて地元の人と長いこと
話した気になりました。
 ここへは通いたいと思いましたね。

 会社からは、「もっと会社に来なさい」
(出張なんだから、どんどん帰着していいよ)って
内容の話を頂いているのですが、
いかんせん、ララを乗せて東名を
行ったり来たりするのも疲れるので、
一ヶ月に一回くらいかなー。
 あと、東名は事故多いしね。

 往復約800kmですが、
週末の短い間にやるのは
骨の折れることですバイ。

 バイクなんかも置きっぱだし、

本当は沢木竜一みたいに
本牧ふ頭をかっ飛んで、
マリンタワーの見える
どこかにバイクを置いて
タバコでもふかしてやりたい。
 やっぱり、横浜はバイクで
疾走したい街だよな。
 何の気なしに、プラっと
出かけて、そこいらにバイク置いて
気になったところ、店に
分け入って行く。
 
 バッテリー上がりで走れないけど。

 

 ルミオンを注文したものの、
いまいち心躍るようなクルマではないし、
仕方がないんだけど、ちょっと後悔
している。
 予定通り計画通り、ゴルフGTI程度に
しておけば・・・
 

 外車って、日本全国どこの
ディーラーに持って行っても
相手してくれる訳じゃないし、
前にメルセデスベンツの300TE
4MATICに乗っていたときは、
新潟で高い金払って、某店で
メンテしてもらってた。

 横浜にいた時は、
世田谷のはずれにある
溝畑さんというベンツの修理やさんで
面倒見てもらってた。
 ここは、もう安くなった同等品の
部品でメンテしてくれるので、
プアリルボーイな筆者には
頼もしい存在だったのです。

 当たり前なんだけど、
ベンツは重たく出来ていて、
それで乗用車のベースで
言ったらそりゃ国産なんか
全く比較にならないほど
剛性感がある。
 音も、乗ってると
とても静かだし。

 シトローエンは・・・
さんざん乗ったけど、
味わい深い車種は、
完全に趣味の世界に
入っていて実用向きじゃない。
 カローラが一台あって、
それでシトローエンの
CX-turboとかDSあたりの
を乗っているなら良いかな。
 とにかく一台足クルマがないと
正直しんどい。
 あと、クルマがないと
やっていけない車社会の
街なんかには、それに乗って
出張だの転勤だのは出来やしない。

 まぁ今は仕方がないけど、
次は絶対に趣味のクルマを
一台買おうと思っている。
 今乗ってる、CF4アコードを
いじり倒す手もあるけど。
 
 そんな具合で、クルマしか
楽しみがない、田舎の青年みたいな
生活を送っている日々です。↓

 まぁあと、最近ホントに
事件が多いですよね。
 常軌を逸脱してバラバラに
してしまうやつ。
 よくそんなことが出来るよな と。
 

 

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2008年5月15日 (木)

ルシファーの話①

 神話の解釈から

 ルシファーは神から人間に従属するように
言われたのに反発して戦いを挑 み、
破れて地獄に堕とされ、
悪魔たちの王になったと言われます。


 彼は実 は太陽の天使・ミカエルと
双子の兄弟である、
というのも信じる人の多い 話です。

 このルシファーは金星の象徴で
あることも知られています。
それ は夜が明けて朝になる時、
最後までそれに抵抗して
光を放っている星、
-明けの明星-であるからです。
その姿が神と戦う
ルシファーというイメージに似合っています。

しかし、このルシファーについては、
神に負けたからではなく自ら何かの
使命を持って地獄に行き、
その王になったのだという説もあります。
ここ に「金星の神が地獄へ行く」という
モチーフがあります。<


 筆者も、会議などのときに、
或る一方へ急激な流れを
みるときに「悪魔の声」を
挙げるほうなので、
ルシファーのことが
好きなのです。

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2007年6月 4日 (月)

人の死に行く道

 坂井泉水さんが亡くなって、ずいぶんと
落ち込んでしまった人も多いと思う。
 
 考えてみると、彼女は筆者とほぼ同年代で、
或る時代の象徴として駆け抜けていった。

 期待に応えられなくなったとき、
命は終わる。
 そんな風に
 彼女は考えていたのかな。

 考えてみると悲しい。

 期待に応える使命。

 末梢的でもなく、

 矮小でもなく、

 本質に迫った生き方。

 語られることの無かった
プライベートが、
最後に語られるなんて皮肉だ。

 その清冽で潔癖な様は、
彼女が唄う歌そのままで余計に悲しい。

 

 人の死に行く道

 ロス・マクドナルドが描く
私立探偵が、やっとの思いで探し当てた
看護士だった娘。
 
 なんの後ろ盾も無い娘が行く道。
 
 坂井泉水さんが亡くなって、
「人の死に行く道」を再び読んだ。

 
 「失われた10年の遺構」

 そんなん放っておいたらええやん

 好きにさせとったらええねん

 そんな言葉を聞く代わりに、
世相はなんだか皮相的で、
チマチマと他人の粗探しを
まるで趣味にしているかのようにし、
狙いを定め、
全体主義的皮相攻撃を繰り返す。

 彼はなぜそうなったのか分からないと、
そういった。

 わたしは彼に、
「君がその代表なんだから、分かる訳がないんだよ」
と言い掛けた。

 同じ水の中に住む魚は、
他ではもう生きていけない


とか、

そんな程度の低い話、
するつもりは無い。

 「三菱見てから」って
最近やたらと流れるCF。

 気配がする。

 「みそぎは済んだ」

 軽々しく、しかも自分から言う阿呆が多くなった。

 いつからそんな流れになったのか、
思い出せないでいて、

 最近、そのことをずっと考えている。

 最近は、ややこしい、かしこい、

この二つの言葉しか耳にしない。

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