2009年4月21日 (火)

1,000円は、ありがたい

 会社の健康診断で帰郷。

 先週は土曜日の夜に鈴鹿から横浜へ
帰りました。

 土曜日の夜は物流の
貨物車もまばらで、
1,000円の恩恵を被りつつ
帰宅しました。

 なかなか暖かくならない
昨今、こんな時は
地球温暖化と騒ぐ
環境ビジネスを食い物にする
輩もマスコミには登場してこないものだ。

 それにしても土曜の夜は
冷え冷えとしていた。

 月曜の夜に鈴鹿へ戻るのに、
また東名を使ったけれど、
新しい年度が始まって、
すこし貨物車の交通量が
減ったように感じた。

 たまたまそう言うタイミング
だったのだろうけど。
 90km/hで右車線をノロノロ
走るトラックを強引にパッシング
することが数回程度。

 昨年度末は数十回じゃきかない
レベルだったから、だいぶん
ストレスが目減したのだった。

 でも後ろを確認しないで
右車線に切れ込んでくる
トラックは相変わらず。

 白ナンバーだろうが、
緑だろうが、大手の物流会社だろうが
そんなものは基本的に
無法な所作を身に着けた
雲助まがいのトラック運転手には
関係が無い。


 乗用車だけ恩恵を
享受できる、土日の夜が
長距離移動には良い。

 前にも書いたけど、
トラックにもその恩恵を
与えたら、陸上輸送がますます
増えて、道路が必要だよって
議論になりかねない。

 それだけは避けたい。


 
 前段で書いた、
漢字能力検定協会の大久保浩氏。

 この方は、レース界では
「JIM GAINER」の人そのもので
通るのだという話。
(ホントはJIM CENTERの人だけど)
 件の童夢HP、F20シェイクダウンに
「JIM GAINERの大久保」との記述が
あり、なるほどなと。

 90年代の後半頃から
手始めにフェラーリのカップレースに
(金だけ馬鹿みたいにかかる金持ちの草レース)
出て、その後レーサーとしては遅くて
仕方がないので、
(レース用語で言うウンコ)
レースチームの運営と、時々の
スポーツ走行くらいで止めておいて
いたようだ。

 レースや自動車が好きなのは
分かるのだけれど、
好きなものに食い物にされ、最後は
大恥かいたって感じの風評が
レース界にはありあり。

 

 同義的にも、ああやって
テレビで謝罪に及んだのも、
それが公益法人であるからに
他ならないわけで。

 個人経営から初めて、
いま儲けに儲けて
好きなレースにその金を
投入しても誰も何も
嫉妬はすれど文句なんか
言える様な筋合いじゃないわけでして。

 あと、やっぱり
オヤジの後にのほほん
とくっついて、
美味しいところを持って行く
手法が男として情けが無いと、
個人的には思う。

 京都老舗呉服屋の若旦はんみたい。
 

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2009年1月26日 (月)

レースの町、鈴鹿。

 実は出張が明け、
年明けの本社に戻って勤務を数日
すごした後、次のJOBが
直ぐに決まった。

 今度もと言うか、
また三重県で、四日市の
隣町、鈴鹿市が今度の舞台。

 いまの世相から言って、
こうして直ぐに社会から
必要とされるのは
本当にありがたい話だ。と思う。

 少しの間、横浜にいそしむ
心積もりだったけれど、
上記のように次の舞台が
早々に決まった。

 なんだか少し落ち着かないなぁ
と言う精神状態などから、
この週末にかけてエントリー
していたスキーの大会は
キャンセルしました。
 全然練習も出来ていないし。
 今シーズンは、まだ蔵王での
はちゃめちゃな初滑りだけです。

 先週、鈴鹿に行ったけれど、
サーキットの近辺は何もかもが
変わっていた。
 初めて訪れたのが、高2の頃だから
かれこれ20数年前になる。

 あの頃は、サーキットの周辺には
殆ど何も無く、平田町の駅周辺に
ほんの少しお店があったくらい。
 駐車場も、サーキットのグランドスタンド
前のところにでも、
サーキットランド入り口ゲートの直ぐ脇にでも
クルマは置けた。ノスタルジー。

 今年はフォーミュラ1が
戻ってくるので、先週前を
通ったときも盛んに改修を
行っていた。

 筆者のお客さんのところは、
サーキットのすぐ北側にある。

 フォーミュラ1の時は、
もう仕事も済んでいるんだろうけど、
8H耐久の時は凄い混雑で
仕事にならないかも、そんな
ことを考えながら仕事ついでに
出張部屋を探していた。

 ある程度は予測できたが、
有期雇用の契約打ち切りなどで、
部屋はどんどん空きが出てきている
様子。中部地方の落込みは激しい。
(賃料はまだ下がっていないけど・・・)

 こうして旅打ちの博徒の様に
出張に次ぐ出張の暮らしは、
あと10歳も若ければなんの
気にもならない。
 人は「大変でしょう」と言う
けれど、たぶん「大変だ」とか
「苦しい」「そんなものは出来ない」と言う
マインドは、どんどん自分の行く先を
狭めてしまう。
 有期雇用の人達の一部も、
余りにも仕事を選んでい過ぎる
現状が指摘され、
「やっぱりな」と言う心象を
社会に与えてしまった。
 
 「オレはこれしか出来ない」
と言う、言える事は、実は
楽なんだと思う。

 企業がグローバル化を
進めていく中では、
昨日迄は技術系、今日からは人事
なんて言う配置や起用は
ごく当たり前にある。

 実はレースや競技と言う
ものを好んでするマインドには
理由がある。

 レースと言うのは、
もちろん競争相手がいることで
成立するものが殆どなのだけれど、
レースの本質は自分との
競争に他ならない。
 自分との競争に
勝つと言うことは、
Excuseを虱潰しに
していくことだ。
 
 自分の気持ちに素直で
自分に嘘をつかない。
 言葉にすると陳腐で
どうしようもない作業に
思えるようだが、
これは案外いちばんしんどい。

 最初の目標や志が
低くてもいい。
ただ一度それを
やり遂げると、
借り物で無い価値観や
自分だけの言葉を
発することが出来る。
 安易に迎合しなくなるし、
座標軸もぶれずに進める
ことが出来るだろう。

 長い長い2009年も、
ひと月目を過ぎようとしている。

 ララには申し訳ない
けれど、旅に付いて来て
もらうやに。(三重弁)

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2008年8月 4日 (月)

ヨットマン(仮)の憂鬱

 三重県は河芸、鳥羽、そして琵琶湖にも
行ってレーザーを探してきましたが、
取り扱ってなかったり、譲れるような
艇が無かったり・・・

 あっても、そこの管理置き場に
保管するのが条件で、そう言うとこは
艇はタダかタダ同然、保管料が少し高め。

 筆者が真鶴の岩港に、
ヤンマーFX24というボートを
置いていた時は、陸置きで
2万円/1フィートだった。
(年々値上がってて、最後は3万くらい)
 だから毎年最低でも60万弱はかかる訳で、
ディンギーのシングルハンド艇を
ロケットと呼ばれるラックに
葉山や逗子で12,3万払って置くのよりかは
だいぶ維持費がかかる。
 さらにボートは上げ下ろしにも、
幾らかの費用がかかる。

 港は基本的に漁師のもの。
 日本の海を取り巻く権利関係は、
入会(いりあい)権のあった江戸時代に
さかのぼって、殆ど進歩していない。
 漁師はお上に鑑札代を払っている。
 だからお上から許可を受けた、
海は漁師のもの らしい。

 

 ディンギーは、艤装からして
乗る人が出来てしまう範囲なので、
はっきり言って、売った後の
ショップに旨みは少ない。

 マリンショップやハーバーが、
30フィート楽々オーバーの
ボートやセーリングクルーザーを
扱いたがるのは、そりゃそっちのほうが
儲かるから。
 保管料と内燃機、ペラ等のメンテナンス。
 係留艇なら喫水部の防錆・防貝塗装。
 年に何回か乗る程度の人が殆ど。
 でも横浜ベイサイドマリーナなら、維持費で
中古の程度良いメルセデスSが買えてしまう。

 日本の海岸線は、走ってみれば
よく分かるけど、単調でつまらない。
 
 景勝地では岩がボコボコしていて、
気持ちよく走ることなんて出来はしない。

 それで最後は結局釣りに流れていく。
 釣りぐらいしかすることがない。

 のんびり派以外は、ウェイクボードなどに
挑戦している。でもこれだってそんなに
楽しい感じがするものでもない。

 やるなら、潮っ気のない湖でやったほうが
気持ちがいい。

 

 ディンギーはまだ少し可能性がある。

 三重に居るうちは津において、
横浜に帰ったら自宅に保管、
カートップで持ち込む。
 
 年に保管料だけで12,3万円も払うのは
気が引ける。

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2008年8月 2日 (土)

蜘蛛の糸を、身にまとい

 道や公園を、ララと
一緒に歩いていると、
必ずと言ってよいほど
蜘蛛の糸の洗礼を受ける。

 新潟は上越にいたときも
そのようなことは度々有った。

 湿気がすごいから、
道の真ん中を歩いていても、
そこには蜘蛛の歩道橋が
かかっていたりする。

 ここ三重県は菰野エリアも、
例外なく蜘蛛の巣がそこかしこに
発達している。
 
 頭とか顔に、蜘蛛の糸が
からまって気持ちの良い人って
いないよね。
 いつもいつも「うわ゛わーーー」って感じ。

 この蜘蛛の糸にからかわれ始めると、
田舎に来たな~と思うし、
都会への郷愁に襲われる。

 そんなに蚊がいないのが、
せめてもの救いだ。

 ただ、コガネムシやら毛虫、
カミキリムシ、セミ、蛾、かとんぼ、
ありんこ、筆者が住む、マンションの
廊下にある外灯めがけて、
夜には集まってくる。

 最近は近所からの苦情で、
この外灯は外してしまったみたい。

 都会のそれのように、
ブラックライトの外灯に
変えればいいのに。
 そう単純に思うけれど、 
田舎の人は、
そう言うのがあることを知らない。

 あと、基本的に涼しくなれば
虫たちも居なくなるだろうから、
外灯の問題は、
いずれ時間が解決してくれる。

 地方都市に住むと、
こういう「時間が解決」みたいのが
非常に多い。

 これは基本的理念が
変化を望んでおらず、
ゆえ、50年以上も長きに渡って
保守政党の一党体制を支持してきた。

 民衆のマインドがあるからこそだ。

 でも、既に役人が散在して、
使って無くなってしまったお金や、
どうしようもない少子化問題、
暮らしやすくなろうと、或いはしようとする
積極性に欠けることは問題だ。

 それなりの施政で満足することに
慣れきり、どうしようもない状態でも
変化を望もうとする強い心は生まれてこない。

 なぜかなと。
 たぶんそれを成すには、
すごい摩擦が生じて疲れるから。

 ものすごい数の言い訳と、
虫たちの累々たる死骸。

 印象的。
 

 

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2008年6月14日 (土)

蟹工船やロスジェネと、浅尾大輔

 このあいだテレビを見ていたら、
全労連オルグ・国公一般書記次長で(元?)
雑誌ロスジェネ編集長の浅尾大輔が
出演していた。
 この人は文士なのだと言う。

 最近は左翼も新左翼も、右傾化の
波に押されて全くと言ってよいほど
目立たなくダサい存在で、
浅尾某のことも、筆者は知らなかった。

 浅尾某は、世間の評価によると、
「現況の非正規雇用のありかた」について
舌鋒鋭く批判しているのだと言う。
 国公一般の労組専従らしかったので、
多くの恵まれない、公務員の中で
働く非正規雇用者を見てきたのだと
自負している。

 笑っちまいます。そして、

 ちょっと待てと言いたい。

 浅尾某が支援している対象者は、
ホワイトカラーや大企業で働くことに
固執したり、自己実現だかなんだか
知らないが、自分の好きな仕事に限定して、
職探しをしていまいかと。

 自分の能力や、来歴を顧みずに、 
無理、無茶な望みを持ってはいまいかと。

 職種さえ選ばなければ、
正規雇用の道は幾らでもある。
 
 その会社は大きなビルではない
かも知れない。
(そりゃ大きなビルに出社して、
夕暮れ時に大きなビルから出てきたほうが
格好がいい)
 いわゆる3K職場かも知れない。
 汚い作業着での業務執行を
強いられるかもしれない。
 搾取の色合いが濃い、
職場なのかもしれない。

 給料、福利厚生はそこそこだとか・・・

 だが、そこからしかスタートがきれない
身の上なのならば、
その場所から自己変革を試みて
日々挑戦の日々をおくれば良いのだ。

 朝日新聞含めこの新左翼のばか者どもは、
呪いのすべを若者に吹き込んでいるだけだ。
 まったく生産性がない。
 そもそも生産性の低さから、
アカの理論と国は崩壊した。
 その矛盾に気づけないのは、
もう愚の骨頂としか言いようがない。
 汗まみれ、泥まみれになって働き、
早朝と深夜に研鑽を積むものを尻目に、
集会だの交渉だのに執心ならば、
一生涯呪い節の無限ループから
抜け出ることなど出来はしまい。

 
 小林多喜二や日本共産党に対して
頭にくることは、自分らは綺麗な
服装で人前に出てきて、
労働者の親玉みたいに
振舞うことだ。
 人民服とまでは言わないが、
作業着でおおっぴらに
振舞えば良いではないか。

 小林多喜二の、想像の世界でしかない
蟹工船が売れていると言う。

 今のアカの手先どもは、
自分を危険の及ばない場所に
おいて交渉だのしているだけ。
 労働者の側にいても、
その実は労働者ではないから、
まったくこの手の人種を
信用することは出来ないな。

 交渉なんて甘っちょろいもの。
 すべて実現されなけば
意味がないとされる、
実業の世界で、交渉なんて
甘美なものは賞賛に値しない。

 小林は拷問死で自己完結した分、
まだ救われている。
 転向しなかったわけだ。

 
 蟹工船が流行っているとか、
新左翼陣営のアジに過ぎない。
 もうそれくらいしか、戦うすべが
無いと言うことでもある。
 これだけモノがあふれ、
豊かになった国に住むのだから、
現在ある労働の不幸を持って来ても
少数派でリアリティーがない。
 大衆に訴えかけるネタが
現在どこにも見当たらないから、
「蟹工船」なんて遺構を引っ張り出して
不幸な身の上ごっこを仕掛けているのだ。
 

 非正規雇用者たちよ、
今の職場に不満がありあり
と充ちてきたら、
 
 服は汚れ、体を濡らし、
穴を掘れ。山を削れ。
 水を貯め、流せ。
 火を燃やせ。
 魂を打ち込めて働け。
 口汚いジジイどもに
罵られ、殴られ、脅されても
けっして諦めないで行け。
 
 お前たちが不満なのは、
せいぜいが、その立場だけだ。
 だから周辺が騒がしいだけで、
真剣で真摯な活動自体と、
その広まりが見えてこない。
 
 本当に不満があって、
怒り心頭しているとは思えない。

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2008年5月30日 (金)

本牧ベイカーズストリート

 今週末は、4週間ぶりに横浜へ帰ります。
 こうして出張地や、転勤地で長々と
過ごすことも慣れました。
 慣れたのと、だからそれが良いのか
とでは意味が異なるけど。

 やっぱり仕事以外の知り合いが
いないのはきついなと感じる。
 仕事がきっかけでもいいから、
気の許せそうな損得・利益等抜きの
関係を築けそうな人も、今はいない。

 それでこの間、こちら三重の
エリアではじめて床屋に行きました。
 「ひろたこういちのカットハウス」とか
そんな名前の店だったのですが、
ここは広田民郎さんと言う
モータージャーナリストの実家だった
ようでした。
 あと、店長さんが、自分が車高調を
組んでもらった店の同級生だったりして、
クルマの話を床屋談義でしてました。
 だからどうしたってことも無いけど、
こちらで初めて地元の人と長いこと
話した気になりました。
 ここへは通いたいと思いましたね。

 会社からは、「もっと会社に来なさい」
(出張なんだから、どんどん帰着していいよ)って
内容の話を頂いているのですが、
いかんせん、ララを乗せて東名を
行ったり来たりするのも疲れるので、
一ヶ月に一回くらいかなー。
 あと、東名は事故多いしね。

 往復約800kmですが、
週末の短い間にやるのは
骨の折れることですバイ。

 バイクなんかも置きっぱだし、

本当は沢木竜一みたいに
本牧ふ頭をかっ飛んで、
マリンタワーの見える
どこかにバイクを置いて
タバコでもふかしてやりたい。
 やっぱり、横浜はバイクで
疾走したい街だよな。
 何の気なしに、プラっと
出かけて、そこいらにバイク置いて
気になったところ、店に
分け入って行く。
 
 バッテリー上がりで走れないけど。

 

 ルミオンを注文したものの、
いまいち心躍るようなクルマではないし、
仕方がないんだけど、ちょっと後悔
している。
 予定通り計画通り、ゴルフGTI程度に
しておけば・・・
 

 外車って、日本全国どこの
ディーラーに持って行っても
相手してくれる訳じゃないし、
前にメルセデスベンツの300TE
4MATICに乗っていたときは、
新潟で高い金払って、某店で
メンテしてもらってた。

 横浜にいた時は、
世田谷のはずれにある
溝畑さんというベンツの修理やさんで
面倒見てもらってた。
 ここは、もう安くなった同等品の
部品でメンテしてくれるので、
プアリルボーイな筆者には
頼もしい存在だったのです。

 当たり前なんだけど、
ベンツは重たく出来ていて、
それで乗用車のベースで
言ったらそりゃ国産なんか
全く比較にならないほど
剛性感がある。
 音も、乗ってると
とても静かだし。

 シトローエンは・・・
さんざん乗ったけど、
味わい深い車種は、
完全に趣味の世界に
入っていて実用向きじゃない。
 カローラが一台あって、
それでシトローエンの
CX-turboとかDSあたりの
を乗っているなら良いかな。
 とにかく一台足クルマがないと
正直しんどい。
 あと、クルマがないと
やっていけない車社会の
街なんかには、それに乗って
出張だの転勤だのは出来やしない。

 まぁ今は仕方がないけど、
次は絶対に趣味のクルマを
一台買おうと思っている。
 今乗ってる、CF4アコードを
いじり倒す手もあるけど。
 
 そんな具合で、クルマしか
楽しみがない、田舎の青年みたいな
生活を送っている日々です。↓

 まぁあと、最近ホントに
事件が多いですよね。
 常軌を逸脱してバラバラに
してしまうやつ。
 よくそんなことが出来るよな と。
 

 

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2008年5月26日 (月)

ブラインドコーナー

 幸さんハイの幸さんですが、
最近はめっきりエントリーの
数も減り、いろいろと心配されて
いる方もいるのだと思います。
 まぁそうは言っても、
ああして逆転ゴールを
かます、涼しげな浴衣姿で
溜飲を下げた方が大多数かと
筆者は推察するのですが、
いかがでしょうか。

 しかし、せっかくなので、
流行のサンダルではなく、
下駄か草履にしてほしかったぞ。と。
 清坂亭でサンダルは、
ちょっとさびしい。
 赤い鼻緒でいって
欲しかったね。と。
 他が隙なしだっただけに。

 


 話し変わって、
 5/23、先週の金曜、
およそ9ヶ月ぶりに、筆者に
多くの影響を与えた方と、
久方ぶりに再会した。

 わざわざ筆者が出張地の
四日市まで来てくださり、
感謝の念が絶えない
夜となりました。

 仕事の話もいろいろ
したにはしたのですが、
いわく「早く嫁さんもらえ」と、
「四日市の女とこっちで暮らせ」
などと言うアドバイスを
いつもながらに頂戴しました。
 
 新潟にいた時は、
「新潟の女と~」で、
尼崎にいた時は、
「兵庫(関西)の女と~」と、
筆者の転勤地や出張地の
主語が違うだけで、
まぁとにかく早く、
結婚せえやと言うことでした。

 お互いが電車の時間を
ある程度気にしながらの
飲食だったので、この方と
飲るペースにしては、
非常に穏やかな感じの
会合でした。

 いろいろあるにはせよ、
早いとこ奥さんになる人を
みつけて仲良くならなければ
いけないのは毎度毎度の
課題なんですが、
どうにも旅の街では
上手い具合に口説けないのも
事実。

 流れ者気取って見たところで、
そりゃ岡林信康の唄みたいに
「現場終わったその日のうちに
俺もいないさこの町に」と、
うそぶくのは格好良いけど、
それじゃあ、あんまりだし。

 とにかく、この方をはじめ、
親以外に心配とご面倒を
方々にかけているのは
事実な様なので、
今後は一日でも早く
社会性を帯びて、
年齢不詳のあぶない
ことをする人と言う
定評も返上したいと
思うのであります。

 会社での、メンタルヘルスの
テスト結果が返ってきました。

 内容的には、
これまさに「オレの事」で、
どう言う傾向でこういう
結果になったのか、
それはテストを考えた人のみぞ
知る由と言いたいところなのだが、
テスト内容から推察するに、
同じような設問に同じように
答えていくと、そうなるんだろうなぁ
と言う感じがしたのでした。

 つまり、同じような設問に
同じように律儀に答えると言う
ことは、それだけ外せない
何かがあり、偏執でもあり、
律儀に答えると言うことは、
それだけマメで完璧主義者
なのだと、このテストでは
決め付けたいらしい。

 完璧主義者の傾向あり、
と結果が出てみても
別に驚きはしなかったけど。

 ただ、
「仕事も家事も必要最小限にとどめる」
ことをお奨めされたって、
そりゃ困りますよ。
 オレだってそうしたいしさ。
 むしろ、会社が催す
メンヘルのテストにしちゃ
至極公明正大なような
気もしないでもないけど。

 必要最小限にとどめて、
それが高効率で素晴らしい
成果を挙げるのなら、
べつに問題はないんだろうけど。

 無駄な動きもして
みたいじゃないですか。

 むしろ、無駄な動きを
忙しいさなかに
出来るのが、生活に潤いを
もたらすものだとも思うし。

 まぁ限度問題なんだろうけど。

 社会性帯びたいね。
 是非とも。

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2008年5月19日 (月)

ルシファーの話②

 なぜ今ルシファーなのかと言うと、
楠みちはるさんが連載している、
劇画「湾岸ミッドナイト」の中で、
これら一連のルシファー話が、
言及されているから。
 つい触発されてしまいました。

 悪魔のZと言うクルマが、
このルシファーをモチーフに
描かれていて、その考え方の
向きが興味深い。

 神に逆らって天国を
追放された堕天使ルシファーは、
東の空にたったひとり輝く
と言う、くだりがいい。

 楠木みちはるさんは、
かつて「あいつとララバイ」と言う
ラブコメ風のバイク漫画を
連載していて、この時期に
多感な高校時代を過ごした
筆者は、無駄に熱中していた。

 筆者が出身地の東京を
離れ、横浜に居を構えた理由も、
「あいつとララバイ」の舞台が
横浜の西部であったからに
他ならないし、
「lullaby」と言うHNも相当期間
使っていて、犬の名前も
「ララ」だったりする訳です。

 目に見えないもの、
いいえ見たままそれが全て
って言うのは、なんとも
即物的でやりきれない。

 見たものから、咄嗟に
想起できるようなイマジネーションを
いつまでも保持していたいものだ。

 


 

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2008年4月 7日 (月)

桜 葉桜 初鰹

 とかなんとか、小林旭ソングを
口ずさみながら横浜へ
帰ってきました。happy02

 トラックの人達は、
相変わらず140の車線に
100km/hくらいで切込んでくる。
 あまり記憶は定かではないが、
むかしはこんなにマナー悪かったかなとか
考えながら、四日市から約三時間無停車の旅。

 筆者の誕生日と言うことで、実家から
親父様が遊びに来て居られました。
 一緒にご飯を食べて、・・・
それだけなんですが。

 筆者が仮住まいの、御在所岳麓の桜は、
ようやく満開を迎えるところ。
 寒いからか、花見見物の人も
酒宴の一行も見かけない。
 それが何故なのかは、
本当のところは知る由もないけど。

 上越の高田公園に咲く
夜桜は、それはもう見事で、
待ちわびた春を祝うかのように
皆集い酔いしれる。
 都会の花見とは、実感の
こもり方が違う。
 雪に埋もれていた木々から
奇跡のように花が開いていくのだ。
 官憲も大目に見て、公共のエリアでの
飲食もOKと言うことになっている。
 

 途中、浜名湖沿いの道では、
葉桜から花びらが舞い散っていました。
 桜は散り際が美しい。

 横浜の桜は、すっかり葉桜で、
後はもう散り逝くのみ。
 何年かぶりに横浜の桜が
見れたのだから、まぁ良いかと。

 この4年間、転勤が続いていた。
 それも一般的な地方都市とは
かけ離れた規模の小都市への
転勤もあり、「旅の人」と揶揄されながら。

 今は、長期出張。
 色々あるにはあるが、片道切符じゃ
ないぶん全然気持ちが違う。
 文字通り「旅の人」でオーケー。
 地域社会に貢献しようとか、
大それたことも考えずに、
ただ出会った方々の気持ちを、
大切にして過ごそうね と。
 
 
 ここ5年ほどで、社会構造は
大きく変わっていった。
 速度が全く違っている。
 付加価値アリのものは、
全部が鮮度命の生ものばかり。

 でも、いろいろ先回りして、
策を打とうと、小癪(笑)な手を
使おうとする人がいるけど、
そんなん無理だよと。
 そんなに先のことが予測つく
ようなお人なら、あんさん
こんなところにおりゃしまへんやろ
と。

 混沌とし、速度を増していく世の中で、
いかに対応できるか、それも、
新しい価値を創出していくような
やり方で。
 常に準備しておけよ、と。

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2008年1月12日 (土)

HAPPY&BLUE

 幸さんはケイト・モスばりのヘアチェンジを目論んで、
髪をお切りになったそうです。
 本人いわく「微妙」ヘアチェンジらしいのですが、
そのお姿を是非見たかったなと、悔恨。
(悔恨って、そんな大げさな・・・)

 手帳はどんなでしょうか。
 筆者の出張地三重県では、
よく「手帳は高橋」のCFが流れています。
 今年は薄いBlueの表装になっている
のを買い求めました。 Image091
 もちろん「高橋」のです。うひゃ
 一緒にペン先の細いぺんてるハイブリッドの青も
買います。いつもの通り、進歩なし。

 幸さんは、HAPPYなオーラをまとい、
HAPPYを引き寄せる
と、書かれておりますが、
まぁなんと愛くるしい言葉なんでしょうか。

 考えるに、筆者の場合は男なので、
HAPPYなことがあっても人前では
下を向いてニヤニヤしていることのほうが
多いですね。
 あとまぁ男女問わず、HAPPY人でない人から
思わぬ攻撃を受けることもあるので、
HAPPYな時ほど慎ましやかに
気をつけて行動するようにします。
 それで、都会の雑踏に紛れ込んだときや、
夜眠る前にHAPPYなことを思い浮かべて
ニヤニヤしながら眠りにつく。
 これは最強最高なんじゃないでしょうか。
 こうゆうときは、お酒なんかで希釈せずに、
目一杯幸福に浸るのがお洒落ってものです。
 お酒なんかに紛らわされたら、
もったいないじゃないですか。
 
 基本、他人は人の不幸が好きですからね。
 まったく少しばかり嫌な世の中です。

 
 筆者の前に所属していたところが、
90年の長きに渡って貫いてきたポリシーを
捨てるそうです。
 ドメスティックに言及すると、分社やなにかの
組織名が長くなりそうなので少し気の毒に
思いました。
 人は進んで不幸を望んでいるわけではないのに、
不幸な身の上の人もいる。
 ならばHAPPYな人が、余力のあるうちに
そのHAPPYを伝道してまわれば良いのです。
 思うのではなく、行為をしてまわる
ことが大切です。
 そういう事が出来る人は、
自然と特別な存在になれるし、
身にまとっているものも、
単なるHAPPYではなく、
一歩進んだ「充足」になれるのでは
ないでしょうか。
 人様の価値観・尺度とは関係なく、
充ち足りるを知る。
 
 幸さんのにプラスして、
笑いながらHAPPYなことばを口にする。
 
 辛い時ほど笑っておけ と。
 座右の銘だったりします。
 
 
 
 

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