春に生まれ
春眠暁をおぼえず、の故事に
あるように、春はついつい寝過ごしがち。
この世に生を受けた
この日々は、出張地の
鈴鹿で過ごしています。
振り返れば、あのとき
こうしていたら、
こうなっていたら今の自分は
ないなと、考えてしまう。
前よりも、今の自分のほうが
幸せだから、その大概が
「あの時そうなってなくて良かった」
ということが殆ど。
例えば、悪気は無いけど・・・
「あの時あの女とくっついてなくて良かった」
とか。
その女性と懇ろになっていたら、
いまの地点に自分はいなかったんだろうなと、
そう考えるとホッとする自分が居る。
男女ともに一緒になって
成長していけるのが、やっぱり
理想かなと。
お互いがブレーキになったり、
枷になったりするのは
瞬間に自己陶酔はできるかも
知れないけれど、長い目で
見るとお互いか片方が
結果的に不幸になるパターンが多い。
男女の関係だけではなくて、
これは人間同士の付き合いの
基本なのかも知れないなと。
当たりのよい甘言や
印象を残す人から、
人は離れづらい。
居心地が良い場所は、
人に何も残さない。
誰だって、アカの他人の
おまはんには粗を指摘する
ことなんてしたくはないだろう。
でも、本来自分が視線を逸らしがちな
ところに本質は見え隠れしている。
人に苦言を呈されて、逃げずに
苦手なところを克服したりするのが
人生の副題と言うか醍醐味なんじゃないかと。
しかしまぁ、今年度は
まさしく荒波の中でのスタートだね。
鈍感か、そう言ったものに
今まで無影響な人々にも、
この低調さはやがて行き渡る。
今自分が住むこの世界の
背景を感じ表現し生きて行くことが
できるかどうか。
その成否でこの先の
有る無しが決まるんじゃないかとか。
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