利休にたずねよ
遅ればせながら、山本兼一氏の
著書「利休にたずねよ」を読んでいる。
この本は、筆者が時々購入していた
「歴史街道」と言う雑誌の中で連載されていたもので、
書店で平積みにされていたのを
見たときは既に直木賞をとっていた。
出版元のPHP研究所とは、
幸之助翁が創設した。
縁とは不思議なものだと思う。
この著書は、利休と言う
茶人が、美と言うものを
司って、時の権力者である
太閤関白秀吉といかに
戦ったかを記していて
まことに興味深い。
金や権力、すべてを
手にしながらも、
利休と言う美の施政者には
ついぞ敵わないと判断した
秀吉は、利休に理不尽な
咎を含めて腹を切らせます。
秀吉の忠臣、石田三成も
利休には怒りを覚えていて、
その心の動きが詳細に
記されています。
家康は、美を意のままに
操り、歴戦の勇者を茶で
打ち負かす利休に
「余の軍師にならぬか」と
誘う。
この本の言わんとしている
本当の意味は愚鈍な筆者には
理解することは難しい。
ただ、日本人の美意識には
金を出しても買えないもの、
だがそれでは手に入れられないから、
他のものに譲るくらいなら
金子は幾らでも積むと言った
具合の矛盾が描かれています。
そして宣教師などを登場させ、
やはり「理解不能な東国の不思議」
として茶道や茶の道具などについて
語らせている。
人間とは、自分に備えのないものを
ついつい欲してしまう。
秀吉は、関白となり天下統一をし、
世の全てを欲しいままにして
いろいろのもの手に入れ蹂躙した。
ただ、美のみぞ手に入れられなかった。
少なくとも利休を茶頭にした時点で、
秀吉は利休を隷属させることに
成功したと思われた。
ただ服属しただけならば、
利休もあまたの茶坊主と
同じように語られて終いだったか
も分からない。
利休の行いは、いわば
「上のものを上手く使え」と言う
会社員的なハウツー本にも
よく載るようなものとも言える。
しかし、命を賭けているか、
また命と引き換えになるほど
あるものを追求しているか、
この辺りが現代の我々の
思考とは大きく異なる。
利休が生きた時代は
合戦もそこかしこで行われ、
七哲と呼ばれた高弟の多くは
勇猛な武将であったから、
死は割合身近に実感できたのか
も知れない。
この本の中にある、
道理を知っているから
無理無駄な動きがなく、
流れるように美しい
作法が生まれる・・・
そんなようなことが
真似できたら良いと
思う人間に、
利休は「独創であれ」と説く。
この本は物凄く深い。
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