2009年12月15日 (火)

お客様は神様です 特例会見に思う

宮内庁の「1カ月ルール」の慣例を守らない特例となった天皇陛下と中国の習近平国家副主席の会見。陛下の「政治利用」を否定し、今回の会見を「天皇陛下の国事行為」と主張した民主党の小沢一郎幹事長の発言がさらに波紋を広げている。

 静岡福祉大学の高橋紘教授(現代史皇室研究)は「外国要人との会見は、憲法が定める天皇陛下の国事行為に含まれていない。小沢幹事長の発言は『入り口論』から問題」と指摘。「内閣の助言と承認で行われるなら、勝手に何でもできてしまう」と批判した。また「天皇陛下のお体が優れないなら、優位性の低い行事はお休みになればいい」との発言に対しては、「順番付けを行うもので、まさしく政治利用だ」と話している。

 一方、法政大の永井憲一名誉教授(憲法学)は「憲法7条には外国の大使、公使を接受することが国事行為として明記されており、外国の要人との会見を内閣が要請し天皇陛下が認めたならば問題はない。宮内庁長官が1カ月ルールという内規から『いけない』と言うのももっともだが、その上位にある憲法上の問題はなく、内閣の判断を尊重すべきだ」と話している。

毎日新聞 2009年12月15日 東京夕刊

宮内庁が陛下との会見は一カ月前までに申請するよう求めていることについては「三十日ルールって、だれがつくったのか。宮内庁の役人がつくったから金科玉条で絶対なんて、そんなばかな話があるか」と批判した。

民主党、小沢一郎幹事長 十四日午後の記者会見


 世の中いろいろあるにはある。
 ただ、自身の勤務先もそうだし、
ほかの多くの企業だって、
いま中国へ仕事を取りに行っている。
 日本にとっても、世界の多くの企業に
とっても巨大な市場だ。

 やっぱり日本という小さな国、
価値観だけで新聞記事を書いている
記者は、なんだかとっても馬鹿っぽい。

 そのような政府批判や小沢さんの批判を
している側は、天皇を盾にして、
ことさらに忌み嫌い、
中国を批判しているようにしか
感じられない。

 戦後、神国日本の理想の
国体護持は成らなかった訳ですし、
自身や他の多くの若者も
心の拠り所は他にある訳ですから、
こんな面倒な話になるのなら
いっそのこと天皇制廃止論なんて
ものも出て来て不思議じゃない。

 テレビに出て来て、
櫻井よし子さんあたりと
丁々発止やっている
反日感情丸出しの人が
中国にたくさんいる訳じゃない。
 あんなもの人口比率では
ごく少数で、まさしくプロ市民。

 いま揺れに揺れている
沖縄の基地問題に、
昭和天皇の発言が大きく関与して
いたのも事実だ。
 それは許されていて、
今回のようなことは
まかりならんとは、
どうにもこうにも納得がいかない。

 「一ヶ月ルール」の問題は、
法的な問題ではなく、
宮内庁と天皇の感情面での
やりとりが取り上げられたに
過ぎない。
 あと、それだけに留まらず
「内規」が憲法下の如く
語る役人体質は言語道断最低最悪。

 宮内庁にとっての客が
偶像「現人神」の天皇であって、
我々の側にとっての客は
中国であってなぜ悪いのか。

 国内の景気が非常に悪いのだから、
中国と仲良くして活路を見出して行こう、
そういう発想がごく自然なありようだと
考える。
 「亡国政権」だとか言ってる
外務省の木っ端役人は、
気楽で仕方がない。

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2009年7月15日 (水)

総選挙2009(1)

 先回の総選挙は2005年で、
その頃は新潟県上越市へ
転勤中の身であり、住所を移していたから
県立高田高校での投票になった。

 上越は前島密の地元で
近代郵政の父が地元の上越では
どうなのかと思っていたが、
郵政民営化を正義?の旗印にした
自民の圧勝だった。


 郵政民営化になって、
郵便物の転送届出が
ネット上で行うことが
可能になったりして、
官のままならままならなかった
様々なことが、民間なりの
スピードでイノベーションされてきている。

 西川さんの問題は
なにも今に始まった
ことじゃなく、メガバンクの
頭取で在らせられた頃から
公的資金投入で我々の
血税を毟り取った側にいた
訳で、最初から適任だった
はずが無い。

 西川さんを評して、
「他の誰も引き受け手がないから
貧乏くじを引いた」とかうんぬんかんぬん。
 西川さんほどの人が、
貧乏くじなど引くものか。
 血税でマイナスを帳消しに
してもらうのになんの躊躇も無い
人が、進んで貧乏くじなど引くものか。

 ゆうちょ銀行の潤沢な資産で、
 米国資本と丁々発止やりたいように
やりたい欲望にかられているから、
西川さんにとってみれば
かんぽの宿問題など取るに
足らない話で、こんなもので
幕引きなど考えられる訳が無かった。
 
 間違っても西川氏は、
郵政民営化の功労者でも
なければ日本有数の
経営者でもない。
 行員時代のやり残しを、
国民の財産でやろうと
しているだけのペテン師。

 いま、地方分権と言って騒がしい。

 筆者は地方暮らしの経験から、
以前より地方の「施しを受ける心」を
指弾してきた。
 要は中央から無手勝流に
施しを受けることのみに心血を
注ぎ、ありがたみもなにもかもなく、
福祉を軽んじ、身の丈に合わない
道路や箱物ばかりを
作ってきたのが地方ではないのか。
 大阪は箱物行政が最も惨い都市で
あった訳で、3セクにその実態を
放り投げても破綻がひきもきらない。
 国や地域には過去と言う歴史が
あるのだから、大阪の現知事は、
過去を総懺悔し、総括をし、
それから地方分権に話を移すべきだ。
 そうでなければ首都圏生活者からの
賛同や理解を得ることは難しい。

 郵政民営化になって、
地方での郵便事業にサービスの
低下が見られたのは、
身の丈に応じたサービス提供で
あるに他ならない。

 押し並べて公平や平均化なんてものは、
官僚機構が残してきた負の遺産に
過ぎない。
 人が生活していくうえで
魅力に乏しい地域のものに、
見た目上の格差や行政サービスの
格差を「郵政民営化」と言う
分かりやすいやり方で
突然露見させた価値は大きい。
 郵政民営化の肝は、
ここにあったのかと思える。

 地方分権とは言うけれど、
それを実行するロジックを持ち合わせた
人間を首長として選んでいるのかどうか
はなはだ疑問に感じてしまう。
 東国原などというのは愚の骨頂で、
地方分権は無理だろうから
中央から施すと言う旧来型の
思考に変換しちゃった。

 また、首長の下の地方公務員に、
そんなものを考えたり行う能力が
あるかどうか、またトレーニングされて
いるかどうかも疑問だ。

 地方は、なぜ首都圏と
呼ばれるエリアに人が集まるのかを
よく考えなくていけない。

 前回のエントリーで、
伊賀上野を書いたけれど、
べつに全ての地方を否定的に
感じているわけじゃない。

 この道路は俺たちが作った。
 このトンネルもだ。

 そう胸を張れるなら、
道路だって箱物だってアリだ。

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2009年3月30日 (月)

2008年度の終わりに

 先日、と言っても数週間前のこと、
三菱総研のチーフエコノミスト後藤康雄さんの
セミナーへ行ってきました。

 筆者の勤務しているところが、
海外事業協力協会の会員で、
そこが主催していて会員なら無料のセミナーだった。

 2009年度は悪いぞ悪いぞと
散々っぱら言われている中で、
敢えて言えばダメを押して頂くために
行った様な、そんなものだった。

 冒頭から後藤さんは、
最近外れてばかりで、でかいことは
言えないが・・・のような前置きを
しながらも、数値に基づいたマクロ経済の
分析をしっかりと二時間程度
説いてくださりました。

 内容としては経済成長率が
2020年頃までマイナスから1%台の
低調さで推移していくこと。

 アメリカ発の経済危機からの脱却は
その真因であった不動産価格の安定が
不可欠であり、そして不動産バブルが
成熟するまで要した年数と同じだけの
期間を必要となるであろうこと。
 
 それが4年だから、2007年度に
バブル崩壊で問題になったところを
起算点にすると2011年までには
アメリカの不動産価格は
安定する見込みらしい。

 兎にも角にも2009年度は
経済成長率がマイナス4%以上の見込み。

 日本は戦後、ほぼ2%台の成長率で、
それでもなお800兆を越す借金が
あるのだから相当きつい。
 政府はどこが政権取っても、きつい。

 国債の日銀引き受けとか、
30兆あまりの色々な施策を打っていくにせよ、
まだまだ2011年への道のりは長い。

 アメリカを抜きにして日本の事が
考えられるのかと言うと、
アメリカならまだマシで、
アメリカが衰退していくなら
日本にとって都合のよくない
国が今後台頭するであろうから、
今後も一蓮托生でやっていくしか
方法が無い。
 これは筆者が数点質問したところで、
後藤さんが愚問に答えてくれた。

 今思うと、二年前の年度に転職を
考えたのは、筆者が以前属していた陣営が
先が見えないながらも行け行けドンドン
やっていたからに他ならない。

 数年前から賢い人は、そう遠くない将来、
ものづくりの曲がり角が来ることを
予想していながらも、
今のうちに実績を作るしか
仕方が無いという刹那に
憤懣やるかたなしの有様であったのだ。

 πが大きければ大きいほど
その反動は緩やかに巨大な
円弧を描いていくわけで、
ただ誰もが予測できなかった
国内での危機がこの2日先には
白日の元に4年もの間
晒され続けて行く。

 後藤さんの話を聞きながら
思ったのは、我々ものづくりを
志す側も、もう少し経済へ目を
向けていくべきだと言うこと。

 感情論で言った者勝ちみたいな
ところが、今の日本には多過ぎる。

 数値を大切にすべきところは
して行かなければならないし、
理屈じゃない部分でのものづくり
スピリットも時には蛮勇で
必要とされるときがあるという事だ。

 少し前まで、
「勝ち組、負け組み」騒いでいたけれど、
今はみんな同じような場所に立っていて、
そのチェーンは切っても切れないような
ところで皆が皆、蠢いている。

 本当は、そう言ったシンクタンクの人が、
「数年先までダメなのが目に見えているから
地力をつけることや技術開発に励まれてみては」と
言ったようなことをものづくり側に提言しても
良いんじゃないかと思う。

 でもやっぱり1年1年が勝負の実業界に
甘言は通用しない訳で、もしかして大物の
経営者が上のようなことを思っていても
恐らく立場上言い出すことなど出来はしない。

 水を扱っているところなら、
あとは海外で勝負するしかないかも知れない。
 市場は巨大で隙間狙いでも
日本の市場の数十倍の規模があるにはある。
 考え方によってはそちらのほうが
シンプルで良いのかも知れない。

 そんなことを考えていますたい。
(なぜ博多弁)

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レース界 チンピラ

 3月も後半までは東京の本社で過ごし、
二十日過ぎに出張部屋へ入りました。
 鈴鹿市にあるサーキットに程近く、
毎日ここのパーキングゲートの脇を走って
職場へ通っています。

 おそらくフォーミュラ1が来るようになってから
町の様子もだいぶ変わったのだろうから、
すでに15年を経過し、その頃新しかった
ものもすでに古くなってる。

 石垣池公園のそばに住んでいるけれど、
肝心の公園は犬の散歩が禁止。
 近畿では多い光景だけれど、
きっと飼い主のモラルが酷くて
こういう結果になったのだろう。
 と言うことが容易に想像つく。

 4月18日のオープンに向けて、
鈴鹿サーキットも工事だけは
進んでいる。


 日本のモータースポーツも、
文化となる前に既に終わりに
近づいてしまっているようだ。

 一言で言えば、庶民が
手を出すには効率が悪すぎる。
 
 そして日本には欧州のような
貴族もいなければ、
欧米のような安定感ある成金もいない。

 日本では、人の金をむしりとったり、
掠め取ったりしない限り、
犯罪に近いようなことも含めて
易々と出来るようなタフさが無いと
長年モータースポーツに
関わることなど出来はしない。
 
 あとは効率が良さそうなときに
メーカーが熱心になるだけであって、
それも長続きしない。

 夢や可能性から最も
と言っていいくらい離れてしまい、
最低最悪なスポーツに
なりつつある。
 だからマニアックな若者を
除き、若者からも敬遠されがち。

 あとやっぱり問題なのは、
実際にやっている側の人の
趣味性が高いから、
ビジネスとして真面目に
踏み込もうとすると、
誰もが躊躇してしまう。
 
 つまりそれは趣味の延長なんだと。

 ガキんちょのヒロイズムとか
やっている側の自己実現に
数億の金を出すほど、
日本のビジネスマンは甘くない。

 それで最後には、
勝手にやってろってなる。

 日本のまともな側からは
全く相手にされなくなってしまったのが
モータースポーツやレース界の人々
なんだと思うと悲しい。

 でも日本のレース界の人たちは、
ほとほと皮算用が好きなんだなぁと
感心してしまう。

 やっぱり趣味の延長じゃないと
やりきれない世界だ。
 

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2009年3月 2日 (月)

リアル 自動車絶望工場の夢と希望

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 筆者のブログで相変わらず
検索ワードランキング1位の、
鎌田慧さんの著述「自動車絶望工場」。

 労働実態と言うより、
いま「働かせないぞ」と言う
意味で絶望工場になっちゃった。

 先週は鈴鹿某所へ打ち合わせに
行っていたのですが、
本田技研鈴鹿製作所の前では
労働者切りを反対する、組合関係者の
デモが行われていました。

 南コースの音らしい、
レースカーのエキゾーストノートが
サーキットの周辺に響く中。

 いま鈴鹿サーキットは、スタンドや
ピット改修の真っ最中。
 計画が決まったのは二、三年は
前の話だろうから、ホンダがフォーミュラ1を
止めて二度と出ないらしいことも、
HRCで一時代を築いた後に社長に
なったレース屋の福井さん辞任も、
基本的には無関係に工事は
進んで行く。

 でも、「主のいなくなった館」の
ようで、鈴鹿サーキットも泪で曇りがち。

 

 アメリカの自動車メーカーが、
どんな経営危機に陥っても
労働者のクビを切らない。
 
 これは自動車の夢と希望かな と。
 理屈抜きに。

 
 自動車産業によって立国された
アメリカの最初で最後の希望、自動車。
 アメリカの自動車メーカーの
労働者がバタバタクビ切りに
合うようじゃ、まさに世界の終わりかも
知れない。
 そう言う意味では、経営効率とか
度外視して雇用継続するアメリカの
自動車メーカーは、通常では量りきれない
ロマンに彩られていると言える。
 アメリカらしくない。アメリカらしい。

 土建国家日本では、差し詰め
土建屋(ゼネコン)さんがその位置に
あったのか知らないが、
雇用の環境や条件が違うから、
アメリカの自動車とは同義にならない。
 違う会社(下請けさん)が現場で
儲かろうが、潰れようが徹底放置
徹底無視な姿勢がゼネコン。
 夢も無いし、尊敬も無い。
 階層区分の歴然としたゼネコンと
下請けの関係に雇用継続性なんて
誰が考えると言うのだろう。
 むしろ、
絶望的なのは、この業界では。

 
 日本の自動車メーカー
云々と言うより、やっぱり社会全体に
夢とか希望と言う陳腐化されたものが
生きていく土壌が無くなりつつある。

 いつもの訳知り顔のジャーナリストが、
上記のようなアメリカの
自動車メーカーの姿勢を
批判したりするけれど、
そんなん放っておいたらいいのにね
と思ってしまう。
 向こうにだって考えがあるんだから と。

 何も考えないで、クビ切りを
する人のほうが、自動車と言う
機械に負けてるんじゃないかとか。


 

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2009年1月26日 (月)

レースの町、鈴鹿。

 実は出張が明け、
年明けの本社に戻って勤務を数日
すごした後、次のJOBが
直ぐに決まった。

 今度もと言うか、
また三重県で、四日市の
隣町、鈴鹿市が今度の舞台。

 いまの世相から言って、
こうして直ぐに社会から
必要とされるのは
本当にありがたい話だ。と思う。

 少しの間、横浜にいそしむ
心積もりだったけれど、
上記のように次の舞台が
早々に決まった。

 なんだか少し落ち着かないなぁ
と言う精神状態などから、
この週末にかけてエントリー
していたスキーの大会は
キャンセルしました。
 全然練習も出来ていないし。
 今シーズンは、まだ蔵王での
はちゃめちゃな初滑りだけです。

 先週、鈴鹿に行ったけれど、
サーキットの近辺は何もかもが
変わっていた。
 初めて訪れたのが、高2の頃だから
かれこれ20数年前になる。

 あの頃は、サーキットの周辺には
殆ど何も無く、平田町の駅周辺に
ほんの少しお店があったくらい。
 駐車場も、サーキットのグランドスタンド
前のところにでも、
サーキットランド入り口ゲートの直ぐ脇にでも
クルマは置けた。ノスタルジー。

 今年はフォーミュラ1が
戻ってくるので、先週前を
通ったときも盛んに改修を
行っていた。

 筆者のお客さんのところは、
サーキットのすぐ北側にある。

 フォーミュラ1の時は、
もう仕事も済んでいるんだろうけど、
8H耐久の時は凄い混雑で
仕事にならないかも、そんな
ことを考えながら仕事ついでに
出張部屋を探していた。

 ある程度は予測できたが、
有期雇用の契約打ち切りなどで、
部屋はどんどん空きが出てきている
様子。中部地方の落込みは激しい。
(賃料はまだ下がっていないけど・・・)

 こうして旅打ちの博徒の様に
出張に次ぐ出張の暮らしは、
あと10歳も若ければなんの
気にもならない。
 人は「大変でしょう」と言う
けれど、たぶん「大変だ」とか
「苦しい」「そんなものは出来ない」と言う
マインドは、どんどん自分の行く先を
狭めてしまう。
 有期雇用の人達の一部も、
余りにも仕事を選んでい過ぎる
現状が指摘され、
「やっぱりな」と言う心象を
社会に与えてしまった。
 
 「オレはこれしか出来ない」
と言う、言える事は、実は
楽なんだと思う。

 企業がグローバル化を
進めていく中では、
昨日迄は技術系、今日からは人事
なんて言う配置や起用は
ごく当たり前にある。

 実はレースや競技と言う
ものを好んでするマインドには
理由がある。

 レースと言うのは、
もちろん競争相手がいることで
成立するものが殆どなのだけれど、
レースの本質は自分との
競争に他ならない。
 自分との競争に
勝つと言うことは、
Excuseを虱潰しに
していくことだ。
 
 自分の気持ちに素直で
自分に嘘をつかない。
 言葉にすると陳腐で
どうしようもない作業に
思えるようだが、
これは案外いちばんしんどい。

 最初の目標や志が
低くてもいい。
ただ一度それを
やり遂げると、
借り物で無い価値観や
自分だけの言葉を
発することが出来る。
 安易に迎合しなくなるし、
座標軸もぶれずに進める
ことが出来るだろう。

 長い長い2009年も、
ひと月目を過ぎようとしている。

 ララには申し訳ない
けれど、旅に付いて来て
もらうやに。(三重弁)

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2009年1月11日 (日)

横浜たそがれへ戻ってきました社会派

 2


 三重県での業務がひとまず終了したので、
横浜の自宅へ戻ってきました。

 1年間と言う期間を長期出張と言う形で過ごし、
三重の部屋にはそれなりの荷物があって、
最初マイカーで済んだ部屋入りも、
結局荷物出しは業者さん頼みになりました。

 横浜は、三重に比べて暖かいなぁと。
 三重は昨年の12月26日に雪が降って、
鈴鹿山脈や滋賀県境の山々の頂は
白くなっています。

 これから少しずつ、横浜での暮らしを
充実させて行こうと思っていますが、
もうあまりモノを増やすのはよして行こうと
考えているわけでして。

 業務執行については、
新年明けて、来年度に向かっていく訳ですが、
来年度の下期まで、まず回復の見通しは
社会全体として立たないであろうと。
(今の政府のスピード感では・・・)
 
 個人的に思うのは、
これだけ人を切り捨てていく中で、
この先景気が回復し、投資が活発化しよう
と言う段になっても、先に雇用を
なんとかしないとね、と言う感情論が
地域でも優先してしまうような気がします。

 派遣・有期雇用は元来から高リスク

 派遣と言うか、全体的な有期雇用の形態で
雇われている側は、この金融危機に乗じて
契約解除が大々的に行われているのだと言う認識は
改めたほうが良いと考える。

 12月で雇用期間満了だから契約解除に
なった訳であり、「便乗」それのみと言うことで
有期雇用の本来の意味合いを、
他の因子と摩り替えるのはどうか、と言う
気がしている。

 あと、会社の寮を契約満了に伴って
退寮後、住む所が無いって言うのは
「貯蓄」が全くないってことなのでしょうか。
 給与がたいそう安いからと言うのは、
余り理由にならない。
 給料が安かったら安いなりの生活をし、
月2、3万の貯金をすることが不可能とは
考えにくい。要は飲んで食って遊んでしまった。

 派遣と言う有期雇用の労働形態は、
正規雇用者に比べれは生活のリスクは
高い訳であって、むしろその働き方の
あり様は個人商店主に近いなと自分などは
考えている。
 ゆえ、そのリスクと引き換えに
正規雇用者とは違ったメンタリティーも
保証されているかどうか分からないが、
そうした働き方を新しいものだとして
少し前のマスコミも随分と肯定的に
報道もし、ドラマの主人公に据えたりも
していた。

 あの「年越し派遣村」に
集ったうちの何人かは徴集が
かかったプロの左派陣営の
茶番であったにせよ、
リアルな人達は少し情けない、
「大人」とはちょっと呼べない
呼びにくい。

 社会に背を向けて、
敢えて派遣の道、有期雇用の
道を選んだのならば、
最後に人の情けや彼らの
大嫌いなお上の施しを受ける様は
男一匹見るに忍びない。

 あと親は居ないのか
と言う話。
 親兄弟その他、世話になる、
厄介になるというのは無理なんだろうか。

 東京なら山谷、大阪なら釜ヶ崎、
そのどちらもが報道するには不向きで
馴染まないけど、結局つまるところは
日比谷公園だってそんなに変わらない。

 自己責任原則とかじゃなく、
そこに居るのはその人の自由なんだと言うこと。

 反面として、ああいう風には
なりたくないと言う作用が
通常の人には働く。

 だからマスコミの乱稚気な報道も
全く社会の害悪と言う訳では無いかも知れない。 

 でも「経済難民」とか
言葉を飾るのはやめたほうがいい。 

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2008年9月30日 (火)

会社員的に、上期(第二四半期)が終わろうとしています

 明日から10月1日です。
 
 思えば昨年のその日は、
転職して初出社の日でした。

 その後1年間の試用期間的な
ものを経て、明日から
「名前のある馬」的な日々が
始まります。
 いや、なんか真っ当で適切な
比喩表現ではないですね。
 アメリカの「名前のない馬」が
好きなんで。つい。

 1年間の試用期間的な
雇用は長いなと正直
思いましたが、
でも途中で辞めて行く
同じようにキャリア採用で
入った同年代の人が多いこと・・・

 生え抜きのプロパーに
出来ないことを期待されている訳ですから、
やっぱりここは異端で行くしかないなと。
 まぁでも極力摩擦は避けていくと。

 本論に入る前に消耗しないようにと。
 まぁ色々考えている訳で。

 エコロジカリークリーンを
コンセプトに、社会貢献していきます。
 マズローが唱えたものの先にある、
自己超越を目指していきます。
 
 かけがえのない地球のために。

 

 しかし麻生さんの施政方針演説・・・
 泣けてくるね。
 みすみす下野を前提に、
小沢さんに話しかけているかのよう。
 
 中山さんも、すでに死に体の
日教組を祭り上げてしまうかのような
醜態。寝た子を起こすなんとやら。

 むかし愛国党の赤尾敏さんなんかが
盛んに「撲滅日教組!」なんてやっていたから、
自分たちのように特定のセクトに
属していない輩でも、日教組が
いったいぜんたいなんなのか、
大体は分かっていた。
 
 今の中学生に「日教組」なんて
聞いてみても何も知らないと思う。

 学生運動崩れの先生方が、
よく分からないカタカナ言葉の
羅列でアジっていたけど、
その実、酒飲み会と大して
変わらない内容で、
自分などは仲間と結託して
カシオのインクリボン式
ワープロを買って、
ビラを刷り、全校に
日教組教諭の悪行を
ばら撒いて糾弾していたものだ。

 別にそれが功を奏した
訳じゃないが、特に都市部での
「日教組」なんて完全に
死に体で弱体化していた。

 ゆとり教育なんてものを
推進している時点で終わっている。
「日教組」は理想を捨て
私欲に走ったのである。

 自分たちが教育出来得ない
未履修分を、生徒もちの費用で
塾へ外注化したということだ。

 それで、本来なら
こんな役立たずの組合は
支持母体を早々に失って
壊滅寸前の打撃を被るべき
ところを、そうならなかった。

 何故って親方日の丸ですから。
 すごい矛盾。
 税金でサボタージュ。
 最悪でしょう。

 基本的には組合活動の範囲で
いくら狼藉を働いたところで
クビになんかならない。
 公務員の暴走に他ならない。

 つまり、革新野党は
日教組からの支持は厚いが、
しかしその実その暴走を
許してきたのは、政権与党である
自公だったということ。

 根幹となる責任の所在を
論旨ずらしで野党へ振るなど、
とんでもない所業ではないか。 

 「日教組」は確かに惨い。
 聖職なんてものとは
かけ離れた組織でもある。

 しかしそんなことは
とうのむかしに分かっていたこと。

 長年、公務員制度改革に取り組まなかったのは
政権与党の緩手ではないのか。
 

 そんな「ゾンビみたいな日教組」の
名前を公共電波で復活させた
中山某。それだけで失職に値するでしょう。

 てな具合でまた脱線しました。

 選挙に行きましょう。

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2008年6月14日 (土)

蟹工船やロスジェネと、浅尾大輔

 このあいだテレビを見ていたら、
全労連オルグ・国公一般書記次長で(元?)
雑誌ロスジェネ編集長の浅尾大輔が
出演していた。
 この人は文士なのだと言う。

 最近は左翼も新左翼も、右傾化の
波に押されて全くと言ってよいほど
目立たなくダサい存在で、
浅尾某のことも、筆者は知らなかった。

 浅尾某は、世間の評価によると、
「現況の非正規雇用のありかた」について
舌鋒鋭く批判しているのだと言う。
 国公一般の労組専従らしかったので、
多くの恵まれない、公務員の中で
働く非正規雇用者を見てきたのだと
自負している。

 笑っちまいます。そして、

 ちょっと待てと言いたい。

 浅尾某が支援している対象者は、
ホワイトカラーや大企業で働くことに
固執したり、自己実現だかなんだか
知らないが、自分の好きな仕事に限定して、
職探しをしていまいかと。

 自分の能力や、来歴を顧みずに、 
無理、無茶な望みを持ってはいまいかと。

 職種さえ選ばなければ、
正規雇用の道は幾らでもある。
 
 その会社は大きなビルではない
かも知れない。
(そりゃ大きなビルに出社して、
夕暮れ時に大きなビルから出てきたほうが
格好がいい)
 いわゆる3K職場かも知れない。
 汚い作業着での業務執行を
強いられるかもしれない。
 搾取の色合いが濃い、
職場なのかもしれない。

 給料、福利厚生はそこそこだとか・・・

 だが、そこからしかスタートがきれない
身の上なのならば、
その場所から自己変革を試みて
日々挑戦の日々をおくれば良いのだ。

 朝日新聞含めこの新左翼のばか者どもは、
呪いのすべを若者に吹き込んでいるだけだ。
 まったく生産性がない。
 そもそも生産性の低さから、
アカの理論と国は崩壊した。
 その矛盾に気づけないのは、
もう愚の骨頂としか言いようがない。
 汗まみれ、泥まみれになって働き、
早朝と深夜に研鑽を積むものを尻目に、
集会だの交渉だのに執心ならば、
一生涯呪い節の無限ループから
抜け出ることなど出来はしまい。

 
 小林多喜二や日本共産党に対して
頭にくることは、自分らは綺麗な
服装で人前に出てきて、
労働者の親玉みたいに
振舞うことだ。
 人民服とまでは言わないが、
作業着でおおっぴらに
振舞えば良いではないか。

 小林多喜二の、想像の世界でしかない
蟹工船が売れていると言う。

 今のアカの手先どもは、
自分を危険の及ばない場所に
おいて交渉だのしているだけ。
 労働者の側にいても、
その実は労働者ではないから、
まったくこの手の人種を
信用することは出来ないな。

 交渉なんて甘っちょろいもの。
 すべて実現されなけば
意味がないとされる、
実業の世界で、交渉なんて
甘美なものは賞賛に値しない。

 小林は拷問死で自己完結した分、
まだ救われている。
 転向しなかったわけだ。

 
 蟹工船が流行っているとか、
新左翼陣営のアジに過ぎない。
 もうそれくらいしか、戦うすべが
無いと言うことでもある。
 これだけモノがあふれ、
豊かになった国に住むのだから、
現在ある労働の不幸を持って来ても
少数派でリアリティーがない。
 大衆に訴えかけるネタが
現在どこにも見当たらないから、
「蟹工船」なんて遺構を引っ張り出して
不幸な身の上ごっこを仕掛けているのだ。
 

 非正規雇用者たちよ、
今の職場に不満がありあり
と充ちてきたら、
 
 服は汚れ、体を濡らし、
穴を掘れ。山を削れ。
 水を貯め、流せ。
 火を燃やせ。
 魂を打ち込めて働け。
 口汚いジジイどもに
罵られ、殴られ、脅されても
けっして諦めないで行け。
 
 お前たちが不満なのは、
せいぜいが、その立場だけだ。
 だから周辺が騒がしいだけで、
真剣で真摯な活動自体と、
その広まりが見えてこない。
 
 本当に不満があって、
怒り心頭しているとは思えない。

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2008年4月11日 (金)

「アンフェアなロジック」と言う記事

 タイトルは、宋 文洲さんのメルマガから、
引用しています。

 記事の内容を要約すると、
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
変わり者の友人が多いと言う
宋さんが言うには、

変わり者であれば、
なんでもいいと思いませんが、
皆と違うだけの理由で相手
を非難したり、仲間から排除したりする
思考パターンは、自分にとっても他人
にとってもよくないと思います。


たまたまの事情や
タイミングによって、
その時に行うことが他と違うことが、
どこの誰にもよくあります。
判断基準も示さず、
「他にそういう人がいないから」という
ロジックはアンフェアだと思います。

・・・するのは○○だけだ」という
批判方法は明らかに基準を示さない、
幼い群集心理を利用した乱暴な方法です。
このロジックで議論に勝てるならば、
その議論は本質について行われてない証拠です。
このロジックに納得するなら
ば、人生も社会も羅針盤を失うでしょう。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
 そして最後に、

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
世界に一人しかいない個人、
一つしか存在しない国。
多くの共通項を持ちなが
らも我々は皆、偶然の産物であり、
特殊な存在であります。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 これはもう、中国人宋さんの
日本社会への警鐘に他ならない
のだけど、
「他と違うことは悪だ」
「異質なものは排除」とする
伝統的な日本思想に対する
アンチテーゼ。

 上のことを同じように考える日本人は、
筆者を含め大勢いるが、
全体主義や一党独裁国家と
称される中国人の側の宋さんに
正論をのべられてしまうのが
日本の現実なのかも知れない。

 まぁ至珠の言説に、国は関係ないけど。

 良いものは良い
 正しいものは正しい と

その場の雰囲気に流されずに
していくことの難しさを「KY」って
言葉が表している。

 KYって言葉は、実は現代言葉で
一番惨いのかも知れない。

 本当は、そこでしか言えないような
内容の話を敢えてしてみて袋叩きに
あっても、KYなんて言う軽い言葉で
流されてしまうと勇気だって
しぼんでしまう。

 しかもアンフェアな側に
従属しなくてはならない
屈辱に耐えなくてはならない。

 いまKYから続き、連綿と新しい言葉が
出てき始めている。

 よくよく分析すると、
KYと発する側には、
言われたくない言葉、
聞きたくない言葉の
羅列に対する
都合の悪さがあって、それで
出てくる場合が多いんじゃないかと
感じている。

 流すんじゃないよと言いたい。

 言う方だって、命を削っているんだぜ と。

 とまぁそんな局面が多い現代、
筆者はKYな人を応援してやまない。

 筆者は、アンフェアなロジックには
フェアで正面突破を図ろうと もがくし、
空気なんか読まないよ、
お前ら相手になんか と、
思う人間です。

 

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