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2009年11月 8日 (日)

夜の16号線

 5日から本社での勤務が始まり、
またぞろ電車に乗って
通勤サラリーマン生活。

 電車は、不景気だろうが
なんだろうが、基本的に
乗車率もさして変わらないまま、
運行されていく。

 でも朝の時間のグリーン車は
最近利用率が落ちたのか
座って行ける様になりました。

 

 昨夜はZZRを引っ張り出して
横横道路を失踪、いや疾走。

 ZZR1100は、もう一台の
CB1300SBに比べると
やっぱりフロントの剛性が
少し足りないような気がする。

 コーナーではスッと倒れるけど、
バンク角の調整が?
 そんな感じで、CB基準でZZRの
癖を感じながら走る。

 出来立ての馬堀海岸まで
いかずにクラシックな衣笠で降り、
夜道に目を慣らしながら
イエローライトな16号線を走る。

 0時も過ぎているので、
クルマもまばら。
 この時間は賃走車の天下。

 タクシーがかっ飛んでいる。

 横須賀辺り、 
16号線のトンネルを幾つか
超えたところで、ヤクザっぽい
クラウンが横道から入ってきた。

 関わりたくないので、
信号が青になった瞬間、
スッと前に出ると
ゼロクラもぴったり加速で
付いてくる。
 こっちはゆっくり気味とはいえ、
ZZRに付いてくるんだから
相当踏んでいるに違いない。

 おいおいなんだい?
 煽ってくるのかい?

 そう思ってたら、
なんとこの方々ヤクザではなく
取締り中の警官。

 ゼロクラは覆面車両でした。

 うーーーーーと鳴らされ、
赤色灯もピカピカ。うひゃ。

 まぁ今回はすんなりと
脇に寄りました。

 威嚇行為はまずいじゃないですか。

 誰だってそんないかつい
車両でぴったりこられたら、
脅迫観念でアクセル開けますよ。
 

 そんな問答をしましたよ。
 
 警官さんも、切符切る
つもりで止めたのではないのが
なんとなく分かったので、
話がひと段落ついたとこで
今回はすんなり免許証を提示。

 16号の追浜駅までは40km/hが
制限速度だと。
 で、自分は何キロ出してたか
聞かれたので、シチハチじゃないですかと。

 車載記録には69キロと出てました。


 いやはや、覆面車に
止められたのが、これで6回。

 でも不当な取締りを追及し、
切符は切られたことが無い。

 今回のも少し狙いを
定めていた感じ。

 だってタクシーはお構いなしで
先に走って行ってんだから。


 警官さん方も、
バイクが好きなのか
ゼロクラの加速を試したか
暇なのか分からないが、
ちょっと心臓に悪いんで
そう言う取り締まりは
やめてくらはい。

 その日は朝比奈と言う
ところの山道を、帰りに
5往復くらいして帰途に
付きました。

 高速ではそれ風の
車両の脇では減速する
癖が付いていますが、
一般道、夜中の16号線で
ゼロクラの覆面が出没するとか・・・

 夜の道では色々ありますね。

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2009年11月 2日 (月)

横浜へ帰ります 陽はまた昇る

 三重県鈴鹿市でのJOBが
終わり、明日か明後日には
横浜へ帰れることになりました。

 考えてみると、ここ6,7年は
横浜と地方を行ったり来たり
行ったきり。

 2003年には新潟県妙高市(旧新井市)の
事業場へ転勤、ここで4年弱。
 ここでの転勤生活は、とても
辛いものでした。
 それがゆえ、その後の社会人生活や
会社の中での一企業人としての
考え方に大きな影響を与えた。
 大抵のものには驚かないぞ と。
 
 その後、兵庫県尼崎市で6ヶ月。
 これも転勤。転勤は会社の言いなり、
横浜に住居を持つ身にとって
完全な二重生活。余禄もない。
 最後は経済的な理由が一番大きく
転職を志し、東京に本社がある会社へ移る。

 2007年の11月から三重県の四日市、
2009年の1月まで滞在。
 2009年の3月から現在の11月初旬まで
三重県鈴鹿市で出張勤務。
 出張であるが故、手当てが厚い。
 ほんとうにありがたい。
 感謝しきりだ。
 結局のところ、言葉よりそう言った
経済的側面でのサポートが
働く側のモチベーションを向上させる。

 現在の会社は、穏健で、
とても仕事がしやすい。
 これと言って大きな不満も無い。
 人が大切だと言って、
そのように接してくれる。
 言うまでも無く、
筆者はそれらの人たちに
発掘されたのだ。

 転職をしたのが2007年だから、
先を見越して動いたのは正解だった。
 サブプライムの関係で、
ここまで景気が落ち込むとは
思わなかったが、転職を志す時には
すでに、ものづくりの側は飽和状態近し
の兆しは目に見えていた。

 アクセスログで、このブログを
以前勤務していた企業の何人かも
読んでくれているみたいだ。

 問題提起をしたり、
以前は人が耳障りに感じることも
構わず書いてきたし、言ってきた。
 もちろん解決の糸口に
なることもだ。

 耳障りに感じることと言うのは
大概が的を射ていて、
ならばそれを足がかりに
革新を試みれば良いはずなのだ。

 でも人は動くこともせず、
ただその耳障りさを、または
それらを発信するものを
黙殺したり、貶めたり、
あと少しで終わるであろう
経済活動期間での安寧さを
求めたがる。

 歳相応な対応なら
分かるけれど、
なに大物ぶってんだってくらい
似たような年代で権威付けに
躍起になっているような輩が
徘徊していた。

 それらすべてに見切りをつけ
正解だったと思う。

 汗で体はぐっしょり濡れていくけれど
心までは濡れない。

 沈まぬ太陽にあらず、
陽はまた昇る。
 

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