« 2008年12月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年1月29日 (木)

甲賀

 今日、いや正確には昨日
滋賀県は甲賀に行っていました。

 仕事の関係で、最近ちょこちょこと
出かけています。
 「こうか」って読むのが正しいみたいです。

 帰り、1号線を亀山まで
上って(道は下り)行ったのですが、
土本宿、関宿と宿場町が
在って、オレはいったいこれから
どこへ進んでいくんだろう、とか
ぼんやり考えてしまいましたよ。

 滋賀の辺りを走っていると、
やっぱり京に向かっているのが
上りって感覚がぴったりする。

 むかし江戸の庶民は
東海道を上って
運良く一生に一度
お伊勢参りが出来たかどうか。
 京の都にも、一度行けるか
どうかと言う一生。

 現代は、ものすごいスピードで
何もかもが過ぎて行って、
価値観も心模様も移ろいやすい
けれど、それが果たして
人の一生で幸運と呼べる
ものなのかどうかとか。

 古くから人の往来が
あった地域を往くと、
そんなことばかりを考えてしまう。

 ゆっくりと、歩ききれない。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月26日 (月)

レースの町、鈴鹿。

 実は出張が明け、
年明けの本社に戻って勤務を数日
すごした後、次のJOBが
直ぐに決まった。

 今度もと言うか、
また三重県で、四日市の
隣町、鈴鹿市が今度の舞台。

 いまの世相から言って、
こうして直ぐに社会から
必要とされるのは
本当にありがたい話だ。と思う。

 少しの間、横浜にいそしむ
心積もりだったけれど、
上記のように次の舞台が
早々に決まった。

 なんだか少し落ち着かないなぁ
と言う精神状態などから、
この週末にかけてエントリー
していたスキーの大会は
キャンセルしました。
 全然練習も出来ていないし。
 今シーズンは、まだ蔵王での
はちゃめちゃな初滑りだけです。

 先週、鈴鹿に行ったけれど、
サーキットの近辺は何もかもが
変わっていた。
 初めて訪れたのが、高2の頃だから
かれこれ20数年前になる。

 あの頃は、サーキットの周辺には
殆ど何も無く、平田町の駅周辺に
ほんの少しお店があったくらい。
 駐車場も、サーキットのグランドスタンド
前のところにでも、
サーキットランド入り口ゲートの直ぐ脇にでも
クルマは置けた。ノスタルジー。

 今年はフォーミュラ1が
戻ってくるので、先週前を
通ったときも盛んに改修を
行っていた。

 筆者のお客さんのところは、
サーキットのすぐ北側にある。

 フォーミュラ1の時は、
もう仕事も済んでいるんだろうけど、
8H耐久の時は凄い混雑で
仕事にならないかも、そんな
ことを考えながら仕事ついでに
出張部屋を探していた。

 ある程度は予測できたが、
有期雇用の契約打ち切りなどで、
部屋はどんどん空きが出てきている
様子。中部地方の落込みは激しい。
(賃料はまだ下がっていないけど・・・)

 こうして旅打ちの博徒の様に
出張に次ぐ出張の暮らしは、
あと10歳も若ければなんの
気にもならない。
 人は「大変でしょう」と言う
けれど、たぶん「大変だ」とか
「苦しい」「そんなものは出来ない」と言う
マインドは、どんどん自分の行く先を
狭めてしまう。
 有期雇用の人達の一部も、
余りにも仕事を選んでい過ぎる
現状が指摘され、
「やっぱりな」と言う心象を
社会に与えてしまった。
 
 「オレはこれしか出来ない」
と言う、言える事は、実は
楽なんだと思う。

 企業がグローバル化を
進めていく中では、
昨日迄は技術系、今日からは人事
なんて言う配置や起用は
ごく当たり前にある。

 実はレースや競技と言う
ものを好んでするマインドには
理由がある。

 レースと言うのは、
もちろん競争相手がいることで
成立するものが殆どなのだけれど、
レースの本質は自分との
競争に他ならない。
 自分との競争に
勝つと言うことは、
Excuseを虱潰しに
していくことだ。
 
 自分の気持ちに素直で
自分に嘘をつかない。
 言葉にすると陳腐で
どうしようもない作業に
思えるようだが、
これは案外いちばんしんどい。

 最初の目標や志が
低くてもいい。
ただ一度それを
やり遂げると、
借り物で無い価値観や
自分だけの言葉を
発することが出来る。
 安易に迎合しなくなるし、
座標軸もぶれずに進める
ことが出来るだろう。

 長い長い2009年も、
ひと月目を過ぎようとしている。

 ララには申し訳ない
けれど、旅に付いて来て
もらうやに。(三重弁)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月21日 (水)

ダウンタウンボーイ プアリルボーイ

 今日は実弟に誘われて、
町屋にある正泰苑 本店と言う
店で焼肉を食べてきました。

 率直に言って、美味い。
 そしてこれは東京の良い
ところだが、値段は価値が高い。

 松坂でも神戸でも、
高くて美味い肉は幾らでも
あるが、そんなのはなんだか
当たり前で有り難味が薄い。

 この店は、評判が非常に
高いのだけれど、
「ああせえ こうせえ」と、
その食べ方までも強要するかのような
有名店とは違い、
「放っておいて」くれる、
少々くたびれ気味の都会人には
そんな無関心さが
なんとも言えず心地よい。

 店に入るには、
必ず事前の予約が必要で、
あれもこれもこれも美味しいから、
財布はちゃんと準備して
行った方が良い。

 荒川区町屋。
 都電が走る町。

 東京は深い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月11日 (日)

横浜たそがれへ戻ってきました社会派

 2


 三重県での業務がひとまず終了したので、
横浜の自宅へ戻ってきました。

 1年間と言う期間を長期出張と言う形で過ごし、
三重の部屋にはそれなりの荷物があって、
最初マイカーで済んだ部屋入りも、
結局荷物出しは業者さん頼みになりました。

 横浜は、三重に比べて暖かいなぁと。
 三重は昨年の12月26日に雪が降って、
鈴鹿山脈や滋賀県境の山々の頂は
白くなっています。

 これから少しずつ、横浜での暮らしを
充実させて行こうと思っていますが、
もうあまりモノを増やすのはよして行こうと
考えているわけでして。

 業務執行については、
新年明けて、来年度に向かっていく訳ですが、
来年度の下期まで、まず回復の見通しは
社会全体として立たないであろうと。
(今の政府のスピード感では・・・)
 
 個人的に思うのは、
これだけ人を切り捨てていく中で、
この先景気が回復し、投資が活発化しよう
と言う段になっても、先に雇用を
なんとかしないとね、と言う感情論が
地域でも優先してしまうような気がします。

 派遣・有期雇用は元来から高リスク

 派遣と言うか、全体的な有期雇用の形態で
雇われている側は、この金融危機に乗じて
契約解除が大々的に行われているのだと言う認識は
改めたほうが良いと考える。

 12月で雇用期間満了だから契約解除に
なった訳であり、「便乗」それのみと言うことで
有期雇用の本来の意味合いを、
他の因子と摩り替えるのはどうか、と言う
気がしている。

 あと、会社の寮を契約満了に伴って
退寮後、住む所が無いって言うのは
「貯蓄」が全くないってことなのでしょうか。
 給与がたいそう安いからと言うのは、
余り理由にならない。
 給料が安かったら安いなりの生活をし、
月2、3万の貯金をすることが不可能とは
考えにくい。要は飲んで食って遊んでしまった。

 派遣と言う有期雇用の労働形態は、
正規雇用者に比べれは生活のリスクは
高い訳であって、むしろその働き方の
あり様は個人商店主に近いなと自分などは
考えている。
 ゆえ、そのリスクと引き換えに
正規雇用者とは違ったメンタリティーも
保証されているかどうか分からないが、
そうした働き方を新しいものだとして
少し前のマスコミも随分と肯定的に
報道もし、ドラマの主人公に据えたりも
していた。

 あの「年越し派遣村」に
集ったうちの何人かは徴集が
かかったプロの左派陣営の
茶番であったにせよ、
リアルな人達は少し情けない、
「大人」とはちょっと呼べない
呼びにくい。

 社会に背を向けて、
敢えて派遣の道、有期雇用の
道を選んだのならば、
最後に人の情けや彼らの
大嫌いなお上の施しを受ける様は
男一匹見るに忍びない。

 あと親は居ないのか
と言う話。
 親兄弟その他、世話になる、
厄介になるというのは無理なんだろうか。

 東京なら山谷、大阪なら釜ヶ崎、
そのどちらもが報道するには不向きで
馴染まないけど、結局つまるところは
日比谷公園だってそんなに変わらない。

 自己責任原則とかじゃなく、
そこに居るのはその人の自由なんだと言うこと。

 反面として、ああいう風には
なりたくないと言う作用が
通常の人には働く。

 だからマスコミの乱稚気な報道も
全く社会の害悪と言う訳では無いかも知れない。 

 でも「経済難民」とか
言葉を飾るのはやめたほうがいい。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 3日 (土)

上品と言う価値のあるもの

 3日の今日は昼近くまで
寝てました。すみません。

 起きて直ぐ、
具合が良さそうだったので、
東京特別区の北西部の
実家そばにある洋食屋へ
ランチに行きました。

 チキンソテーの
マスタードソース和えと言う
のを食べました。

 ここの洋食屋の旦那と
話すのが、ここ数年実家へ帰って
来た時の決まっての流儀になっており、
この日も接客の合間を縫って
旦那が色々と話してくれました。

 この昨今の不景気ネタについては、

 食べ物も、安けりゃ客が残る
って訳じゃなくて、高くても
その値段よりも価値のあるものを
間違いなく出す店は絶対に
客は途絶えないんですよ・・・

 ってな具合で、
職業人がなすべき事の
真理を突いていた。

 やっぱり最近の日本の
悪いのは、マスコミがやたらと
若くてお金を少し稼ぐと
それが最良の善だ みたいな
風潮でもてはやすから。
 皆訳もわからず憧れたりしてね。
 
 で、金の亡者みたいな
訳の分からない脱法や犯罪を
繰り返して、最後は途方も無い
額の保釈金や裁判費用を使って
争う、これが最近の主流。

 いちばん不味いのは、
これらは即席ラーメンのような
ものだから、理念が希薄なんだよね。
 最初は皆も即席の理念に従って
手伝いも悪事の片棒も担ぐんだけど、
そのうちついていけなくなるわけ。
 何でかと言うと、企業理念と言うのは
言ってみれば起業したときの
「青春の夢」であり、ひじょうに
高潔で清冽なものの筈だから。
 これが大した裏付けも無い
ものだと、物差しが「青春の夢」から
金のほうへ移行してしまうわけ。
 
 で、最悪の内部告発若しくは
外部告発で発覚するパターン化。

 筆者などは、10年と言う短い期間
では有ったけれど、
やっぱり幸之助翁の教義を真面目に
考えてきたから、
職業人ないしは経済活動者としては
幸運で有ったように思う。
 迷ったときは、も一度
企業の経営理念に立ち返って
みると言うことが出来ると言うこと。
 これが出来るのか出来ないのかは、
社会の中に常にある企業にとって
結果大きな違いとなる。

 やっぱり人間は弱いものだから、
足場がぐらついてしまうと、
その場その場での対応に終始してしまう。
 当事者である相手へ安易に迎合したり、
「金」とか「楽」「利潤の追求」に
走ってしまう。
 企業だろうが個人商店だろうが、
「儲け」がないと成り立たなくなるのは
当然として、儲けを追求するから
理念を曲げてブレまくっても
良いのか、と言う訳ではない。
 理念と儲けを両立できないのなら、
早晩その事業自体が成り立たなくなる。
 
 両立して初めて上品と言う。

 やっぱり物差しが「お金」だけってのは、
一時は様々なものを凌駕して
短期では勝ちを収めることが出来る
かも知れないけどね。でもね、
 日本人の美学ってのは複雑だから、
そう言うのは「下品」だろってなる訳ですよ。
 
 せっかくお金を掴んだんだから、
そのお金は、
上品に様々な価値あるものへ
再分配して、
下品さから脱却しないと
ダメですよと思うのですが。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 2日 (金)

入間の今

 007

008


 

 


 2日の今日は、
ここのところ毎年お参り
している青梅の塩船観音寺へ
初詣に出かけました。

 父親のクルマの後部座席に
乗って、まぁ正月くらいは
自分で運転しない日が
あっても良いかなと。
 あと、やはり具合が
本調子ではないし。

 塩船観音は、なんてことは無い
観音寺なんですが、
毎年こうして無事でいられるだけ、
ありがたいってもの。

 その後は入間市に
あるらしい、アウトレットへ
またまた出かけて
AVIREXの革ジャンなんぞを
購入しました。

 やっぱり入間といえば
むかしからブルーインパルスの
模範飛行なんかをする
ところですし、これは
フライトジャケットは
はずせないだろうなとか
なんとか、そんな思惑から
AVIREXの店も入間に
ある訳で、ついつい・・・

 しかし羊革でとても
軽く、縫製もしっかりしており
着ていく程に馴染んで
行くような、具合の良い
ものです。

 それにしても入間も
だいぶ変わったなと。
 むかしは小3で芋掘り遠足へ
来るような田舎だったけれど、
いまや完全に東京、首都圏の
サテライト。凄い、人とクルマ。

 夜はこいつを着込んで、
この6月に結婚した友人を
囲んで、地元の仲間と
飲みました。
 やはり調子が悪いので
あまり大げさには飲めませんでしたが。

 この友人は一生懸命
働く真面目な男で、
社会人になってからは
金のかかる健全な遊びを
随分と一緒にしました。

 筆者が未だに蔵王に
こだわって出かけるのも、
この友人と二人ででかけた蔵王が
何となく思い出されるからかも
知れないし とか。
 ウインドサーフィンを始めた頃は
結構真面目に西湖へ通って
対岸へ流されたりし、過ごしていた。

 その後は彼が先に大阪や
名古屋へ流され、その後
自分が新潟へ流され、
彼も富山へ来たりし、
二人して日本海同盟を結成して
高田や富山で時々は飲んで
遊んでいた。

 そんなことを思い出しながら、
最後はウーロン茶を啜っていた
筆者なのである。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 1日 (木)

日に新た

 001


005

 


あけましておめでとうございます。

 昨年12月のエントリーは、
なんとたったの一つだった訳ですが、
年の瀬の大須に行って買い物したりと、
仕事を六日間し、週末はそれなりの
感じで過ごしていました。

 仕事関係が例によって
バタバタしていて落ち着き無く
年末を迎え、横浜に帰省後そのままの
勢いで30日、31日泊で予約していた
山形蔵王のリゾートへ出かけました。

 両親とララを連れて出かけ、
自分はスキーをちゃんと真面目に
滑らないと、大会への出場も
危ぶまれるコンディションだったのですが、
なんと胃腸炎感冒に罹ってしまってました。

 31日スキー場へ送ってもらい、
そろりとではなく、いつも通り
ガンガン滑り始めたのですが、
吐き気がしてきてペースダウン。
 時々ゲレンデの脇で吐きながら、
堪えながら滑っていたけど、
とうとうやばくなってサンライズ観光の
リフトハウスで休ませてもらいました。

 感冒すなわち風邪なのですが、
31日は2時間弱であがり、
その後は美味しいと評判の
年末年始特別ディナーも食べれずに
横になっていました。

 年末に風邪で寝込むなんて、
土光敏光さんみたいだな、
とかなんとか悦に入って(ウソ)
 
 だいぶくたびれていたんだろうなと。

 明けて正月は父親に
自分のクルマの運転を任せ、
佐野のアウトレットに寄って
何も買わずにラーメンだけ
途中で食べて東京の
実家に帰ってきました。
 
 具合が悪いと、
購買意欲、消費欲も
希薄になっていくのだなと。

 正月に具合が悪くなったのは、
ちょっと記憶に無いので、
とてもシュールな正月になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年3月 »