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2008年3月14日 (金)

誕生ゆえの苦しみ よろこび

 もうすぐ生まれ月の四月になる。
 
 ここ日本では、学校も会社生活も区切りの
スタートとなるから、その少し前のこの時期には
自ずと自分の生まれ月と重ね合わせ、
なにか年度の総括じみたことをするような癖が
ついてしまった。

 総括とか言うとなにやら仰々しいが、
やっていることの多くはひたすら反省。

 あとは新しい何かが生まれるように、
どういう風に仕掛けたら良いか、
いろいろ施策を練ったりしている。

 毎年いろいろあるな と思っている。
 時間も歳を重ねるごとに、
一年が段々と長く感じるようになってきている。

 いろいろあるように仕向けているように
しか思えないのだが、
自分では至極平穏な暮らししか望んでいない。
 
 望んではいないのだけど、折り合いが悪く、
あきらめも悪いので、だいたい平穏さが
にじみ出る頃に「オレのハートがノーと言う」とか
なんとか若気のいったりきたりで、
遠回りになろうがどうだろうがお構いなしに
自分の道と信念を貫いてきたのだ。

 「信念」なんて、なんだか陳腐で、出来るだけ
使うのを避けてきたけど、自分を評して
そう言う方々が増えてきているので、
あえて使う。
 言ってみれば、それがどうしようもない
自分への評価なのだということだ。

 必ず勝つ。
 絶対に負けない。負けるわけがない。
 
 変えられない。変えられないさ。
 変える必要がない。

 いつもそうやって生きているので、
自分を変節に導いた人への恩は
一生忘れないでいる。

 次の一年は、いったいなにが
待っているのだろうか。
 
 第一印象が悪いので、そこは改善したい
と思っている。
 第一印象最悪だと、あとは良いようにしか
見えないから、得だよねって言う人もいる。

 

 新しい価値を創出していくのは、難しい。

 静かな川面に石を投げ、
さざなみを起こすものに
拒否反応を示す人は多い。

 人はなぜこの世に生まれた

 生まれたときは誰もが新しい

 生まれたときの苦しみと

 はかないよろこびを

 忘れない限り

 新しいものへ向かうことができる。

 

 その行き先を暗示するかのように、

 わたしも泣きながら生まれた。

 いまは泣くことは出来ないから

 無明を破って進んでいくのだ。

 

 


 

 

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