「或る光栄」を始めるにあたって

 ノンカテゴリーの、主義主張も希薄なブログを始めます
 
 人は制約がなければ無意義になる下賎な生き物なのか?
 或いは生かされることと生き抜くことの違いを表現していきたいと思います

 まずは谷川雁さんの、或る光栄


 おれは村を知り 道を知り
 
 灰色の時を知った
 
 明るくもなく 暗くもない

 ふりつむ雪の宵のような光のなかで

 おのれを断罪し 処刑することを知った

 焔のなかに炎を構成する

 もえない一本の糸があるように

 おれはさまざまな心をあつめて

 自ら終わろうとする本能のまわりで焚いた

 世のありとある色彩と

 みおぼえのある瞳がみんな

 苦悩の色に燃え上がったとき

 おれは長い腕を垂れた

 無明の時のしるしを

 額に流しながら おれはあるきだす

 歩いてゆくおれに

 なにか奇妙な光栄が

 つきまといでもするというのか  ....

 最後の、詩の三行がなんともいえない。生を欲するものの苦悩が感じられます。それでもなお人は贖うことに執着せざるを得ないのか とか

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2009年11月 8日 (日)

夜の16号線

 5日から本社での勤務が始まり、
またぞろ電車に乗って
通勤サラリーマン生活。

 電車は、不景気だろうが
なんだろうが、基本的に
乗車率もさして変わらないまま、
運行されていく。

 でも朝の時間のグリーン車は
最近利用率が落ちたのか
座って行ける様になりました。

 

 昨夜はZZRを引っ張り出して
横横道路を失踪、いや疾走。

 ZZR1100は、もう一台の
CB1300SBに比べると
やっぱりフロントの剛性が
少し足りないような気がする。

 コーナーではスッと倒れるけど、
バンク角の調整が?
 そんな感じで、CB基準でZZRの
癖を感じながら走る。

 出来立ての馬堀海岸まで
いかずにクラシックな衣笠で降り、
夜道に目を慣らしながら
イエローライトな16号線を走る。

 0時も過ぎているので、
クルマもまばら。
 この時間は賃走車の天下。

 タクシーがかっ飛んでいる。

 横須賀辺り、 
16号線のトンネルを幾つか
超えたところで、ヤクザっぽい
クラウンが横道から入ってきた。

 関わりたくないので、
信号が青になった瞬間、
スッと前に出ると
ゼロクラもぴったり加速で
付いてくる。
 こっちはゆっくり気味とはいえ、
ZZRに付いてくるんだから
相当踏んでいるに違いない。

 おいおいなんだい?
 煽ってくるのかい?

 そう思ってたら、
なんとこの方々ヤクザではなく
取締り中の警官。

 ゼロクラは覆面車両でした。

 うーーーーーと鳴らされ、
赤色灯もピカピカ。うひゃ。

 まぁ今回はすんなりと
脇に寄りました。

 威嚇行為はまずいじゃないですか。

 誰だってそんないかつい
車両でぴったりこられたら、
脅迫観念でアクセル開けますよ。
 

 そんな問答をしましたよ。
 
 警官さんも、切符切る
つもりで止めたのではないのが
なんとなく分かったので、
話がひと段落ついたとこで
今回はすんなり免許証を提示。

 16号の追浜駅までは40km/hが
制限速度だと。
 で、自分は何キロ出してたか
聞かれたので、シチハチじゃないですかと。

 車載記録には69キロと出てました。


 いやはや、覆面車に
止められたのが、これで6回。

 でも不当な取締りを追及し、
切符は切られたことが無い。

 今回のも少し狙いを
定めていた感じ。

 だってタクシーはお構いなしで
先に走って行ってんだから。


 警官さん方も、
バイクが好きなのか
ゼロクラの加速を試したか
暇なのか分からないが、
ちょっと心臓に悪いんで
そう言う取り締まりは
やめてくらはい。

 その日は朝比奈と言う
ところの山道を、帰りに
5往復くらいして帰途に
付きました。

 高速ではそれ風の
車両の脇では減速する
癖が付いていますが、
一般道、夜中の16号線で
ゼロクラの覆面が出没するとか・・・

 夜の道では色々ありますね。

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2009年11月 2日 (月)

横浜へ帰ります 陽はまた昇る

 三重県鈴鹿市でのJOBが
終わり、明日か明後日には
横浜へ帰れることになりました。

 考えてみると、ここ6,7年は
横浜と地方を行ったり来たり
行ったきり。

 2003年には新潟県妙高市(旧新井市)の
事業場へ転勤、ここで4年弱。
 ここでの転勤生活は、とても
辛いものでした。
 それがゆえ、その後の社会人生活や
会社の中での一企業人としての
考え方に大きな影響を与えた。
 大抵のものには驚かないぞ と。
 
 その後、兵庫県尼崎市で6ヶ月。
 これも転勤。転勤は会社の言いなり、
横浜に住居を持つ身にとって
完全な二重生活。余禄もない。
 最後は経済的な理由が一番大きく
転職を志し、東京に本社がある会社へ移る。

 2007年の11月から三重県の四日市、
2009年の1月まで滞在。
 2009年の3月から現在の11月初旬まで
三重県鈴鹿市で出張勤務。
 出張であるが故、手当てが厚い。
 ほんとうにありがたい。
 感謝しきりだ。
 結局のところ、言葉よりそう言った
経済的側面でのサポートが
働く側のモチベーションを向上させる。

 現在の会社は、穏健で、
とても仕事がしやすい。
 これと言って大きな不満も無い。
 人が大切だと言って、
そのように接してくれる。
 言うまでも無く、
筆者はそれらの人たちに
発掘されたのだ。

 転職をしたのが2007年だから、
先を見越して動いたのは正解だった。
 サブプライムの関係で、
ここまで景気が落ち込むとは
思わなかったが、転職を志す時には
すでに、ものづくりの側は飽和状態近し
の兆しは目に見えていた。

 アクセスログで、このブログを
以前勤務していた企業の何人かも
読んでくれているみたいだ。

 問題提起をしたり、
以前は人が耳障りに感じることも
構わず書いてきたし、言ってきた。
 もちろん解決の糸口に
なることもだ。

 耳障りに感じることと言うのは
大概が的を射ていて、
ならばそれを足がかりに
革新を試みれば良いはずなのだ。

 でも人は動くこともせず、
ただその耳障りさを、または
それらを発信するものを
黙殺したり、貶めたり、
あと少しで終わるであろう
経済活動期間での安寧さを
求めたがる。

 歳相応な対応なら
分かるけれど、
なに大物ぶってんだってくらい
似たような年代で権威付けに
躍起になっているような輩が
徘徊していた。

 それらすべてに見切りをつけ
正解だったと思う。

 汗で体はぐっしょり濡れていくけれど
心までは濡れない。

 沈まぬ太陽にあらず、
陽はまた昇る。
 

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2009年10月26日 (月)

びわ湖選手権

Laser


レーザー級のデビュー戦、
びわ湖選手権に出場してきました。
 
 筆者が所属する彦根フリートが
主催だったのですが、選手として
出場しました。結果は・・・
 まぁ惨憺たる結果。
 当然とも言えるビリ。
 時間切れでDNF。

 今年は4回くらいちょろっと
乗っただけで大した練習も
してなかった。
 昨日は5時間ほど琵琶湖の
海面にいて、そんなに
長い間海面で揺られていたのも
初めて。
 レース形式の練習も殆ど
していないので、どこがマークだか
最初は分からず、人の後ろを
たらたらと回航。
 300℃設定とかボードに
出てもちんぷんかんぷん。

 その割りに案外乗れたかなと。
 あと三回くらい実戦経験すれば
なんとか格好は付くかなと。

 しかし微風域で腕の差が
モロに出てしまった。
 それとやっぱりタクティクス。

 上とか下とか、疲れてくると
振れる風とともに分からなく
なってくる。

 悔しい悔しい。
 体はめちゃくちゃ疲れて
心も折れそうだったけど悔しい。

 思い通りにいかない
ならないモノを相手に
一日中狭いデッキの上で過ごす。

 またもや自分の小ささに
気づかされました。
 
 とにかく練習だなと。
 気づいたころには
琵琶湖は水温低下で
そろそろシーズン終了。

 最近は、マゾでもないけど
自分の思うとおりにならないものに
心惹かれる日常です。

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2009年10月19日 (月)

世界最速と呼ばれたZZR1100

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Zzr1100_003

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Zzr1100_001

 

 


 約一ヶ月ぶりのエントリーと言うことで、
巷では死亡説まで流れていた筆者。

 実際のところ、現在のJOBが大詰めを
迎えていたのと、画像のZZRを弄くって
いたのでブログを書いたりする気に
なれませんでした。

 ZZR1100は落札者が圧倒的不利と
言われるヤフオクにて出品者から購入。

 世界には隼やZZR1400と言った
最新の最速マシンがあるけれど、
二台とも自分に合う気がしなかった。

 
 こいつ、なにしろ16年前の車両なので、
もう一台所有しているCB1300SC54の
08モデルと比較すると乗りにくさが
際立っている。
 いま、ブレーキなどの制動関係と
タイヤを整備したとこで一応様子見です。

 JOBのほうはひとまず完了の目処がたち、
実は先週も横浜の自宅へ帰り、
東京本社へ出社していました。

 11月からはしばらく、
横浜-東京の暮らしが続くのだと
思われる。

 バイクに乗っていると、
季節の移り変わりそのものや、
その日その日の湿度や匂いまでも
敏感に感じることが出来る。

 あと、自分の歳とか、
夕方近くになると眼がしょぼついて
クルマのライトが滲んだり(爆)

 ZZR1100は、メーターが320km/hまで
刻んであって、川崎重工業が300オーバーを
身近にしたエポックメイキングなバイクだ。

 でもだからと言って、よほどの
条件が揃わない限り、300km/hを
目指そうなんて全く思わない。

 怖さがある。

 高速でバイクに乗っていると、
クルマやトラックと言った
強大な力の前に、自分は
弱い側にいる人間だなと意識する。

 人生の縮図だ。

 そうやって弱い自分を
意識しつつ、勇気を振り絞って
前へ進めて行けたらいいな とか。
 

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2009年9月18日 (金)

シルバーなの?プラチナなの?

 週はじめに、PP&Mのことを書いたら、
マリーさんが17日に亡くなられたとの
訃報が入って参りました。
 何の因果かはたまた奇妙な偶然か
分かりませんが、なにか通ずるものが
あったのかも知れません。
 ご冥福をお祈りいたします。

 ところで世は9月の大型連休ってことで
浮かれ気分な感じがしています。

 筆者の出張地鈴鹿は、その後の
グランプリ開催を間近に控え、
街路や公園での草刈や剪定が
毎日のように行われています。

 先週もモンツァでのグランプリを
テレビで観ていましたが、
自動車レースではグランプリ以外
観るべきところが少ないなと、
改めて感じた次第です。
 やっぱりスピード感が全然違う。

 国内で国際格式のレースも
あるにはありますけれど、
所詮極東の一国で開かれている
マイナーカテゴリー。
 遊びだったり興行だったりする訳で。

 言われてみれば確かに、
おいおいそんなに肩肘張るなよ。
 観ているこっちが疲れるじゃないか。
 所詮遊びのレースだろ。って
そんなアドバイスのひとつも
日本でだけ走っているレーサーには
必要かも知れない。

 

 筆者のほうは、今のJOBが
追い込みなので休みはあんましない。

 高速込むんだろうなぁ、と
思うとまぁ仕事でも良いかなとも感じられる。

 あとやっぱり、出張地で一人きりなので
基本的にどこへ行くのか、目的を
定めない限りはどこへも行けやしない。

 冷たい雨の一節のように

 こんな気持ちのままじゃ
どこへも行けやしない♪

 倉田まり子さんのが一番おすすめ。

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2009年9月14日 (月)

500マイルも離れて

 001


 

 


 古びた駅のホームに一人 
君の見送りもないまま

 500マイル離れた見知らぬ街へ 
僕は出てゆく 
500マイルも列車にゆられ 
窓の外には 流れ去っていく故郷
小さなカバン片手にさげて 
僕は出てゆく 500マイルも

君が一人で淋しいときは 
風の音に耳をすませば 君は聞くだろう 
遥か彼方の 僕の口笛を 

500マイルも 500マイルも離れた
見知らぬ街へ 僕は出てゆく 500マイルも

              ピーター・ポール&マリー(PPM) 


 うー歌声喫茶風、若しくは反戦ヒッピーの集会。
 中学の英語授業で、学生運動をかじっていたらしい
先生が教えてくれた歌でもある。
 これよりも「花はどこへ行った」のほうが良い。
 ベトナムの反戦歌になっていたらしいけど、
募集、徴兵された兵は、列車に乗って赴任地になど行かない。
 募集員が入り口に立つバスに乗って、黒と白を分けて
練兵場へいくのが常道。なんかちょっと背景が
こじつけで、こう言うのいらつきます。

 バスの唄なら、

 秋の 風が吹いて 街はコスモス色
 あなたからの便り 風に聞くの
 落ち葉積もる道は 夏の想いで道
 今日も 私一人 バスを(バスを)待つの(待つの)

 冬がくる前に もう一度あの人と
   めぐり会いたい
 冬がくる前に もう一度あの人と
   めぐり会いたい


 紙風船の「冬がくるまえに」のほうが
感じがいい。

 今夏は「我が名はバイク乗り」で
疾走する生活を送っており、
信号無視のクルマにぶつかりそうになりながらも
その間隙を縫ってレーザーも乗りに行っています。

 体がガタガタ言っていますが、
楽しいですね。

 画像のクルマは、東名で無敵のCF4アコード。

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2009年9月13日 (日)

泣きたい夜もある

作曲:伊勢正三
作詞:伊勢正三

ほんの短い夏

都会に星屑を  ちりばめた
街の灯も   いつかはにじむ時を
恐れていたよ
今夜の「おやすみ」は
いつもとは違うみたい
君は振り向かずに 人波に消えてく

ほんの短い夏 ささいなこと
分かり合えなくて
こんなになるはずじゃ ないのにどうして
いつものように 送ってとは言わないの

どこかに意地悪な
もう一人の 君がいて
ほんとの気持ちだけを 隠してしまうよ
最後の地下鉄が 街の下くぐり抜けて
君が僕の時計 遅らせたと知った

ほんの5分だけの 君の願い
ずっと気付かずに
君が言葉には 出来なかったこと
僕は知らずに 季節は過ぎてゆくよ

ほんの短い夏
風を少し 冷たく感じた
こんなに好きなのは 分かってるくせに
いつものように 送ってとは言わないの

にじんだ夜を ひとり抱きしめたままで


 ドラマ「泣きたい夜もある」の主題歌
 そして筆者の十八番(オハコ)

 伊勢正三さんの楽曲は、
昨日悲別で、でも流れてた
わたしの誕生日に22本のローソクを立て とか。
 これも十八番。

 あとグレン・フライのトゥルー・ラヴ(TRUE LOVE)
ロイ・オービソンのOhプリティーウーマン、オンリー・ザ・ロンリー
エディー・マネー「テイク・ミー・ホーム・トゥナイト」
ビーマイリルベイベー~♪これは中でロネッツがハモってたり

カモンベイベライトマイファイヤー♪のハートに火をつけてなどなど(ウソ)
十八番を列挙

 筆者は、ロニー・ジェームス・ディオや沢田研二の声に
よく似ていると言われる。

 プロコル・ハルム「青い影」
 内藤やすこ「六本木ララバイ」
 ジャンスマ「同じ星」
 これなどはシチュエーションによっては泣ける

 映画「8月のクリスマス」は佳作だ。

 
 父親が突如として肺がん切除で手術を受けたのが8月31日。

 筆者は出張生活なので、余りたいしたことも出来ずに
実弟がよく面倒を見ていてくれた。

 術後に集中治療室へ見舞ったときはさすがに泣けた。
  

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2009年8月24日 (月)

パールロード、16兆の運用損

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 昨日は暑いさなか、鳥羽方面まで
足を伸ばし、パールロードと言う
ワインディングロードを愛機CB1300で
走り抜けてきました。

 ちょうど鈴鹿ではポッカ1000km
改め700kmを改造の箱車で走ろうと言う
国内マイナーなイベントがありました。

 自分がやっているレーザー級のヨットや
スキー競技などに比べると、
鈴鹿で昨日やっていたそれは
世界に直結していない分遊びとか
マイナーローカルな競技と目されても
仕方が無いと思えるし、世間も
さして注視していないから、
どうやらサーキットよりプールや
遊園地のほうが賑わっていたらしい
鈴鹿の彼の地でした。

 終わった日本の自動車レースには
目もくれず、昨日はパールロードへ
向けて発進したのですが、
やはり遅い車に行く手を阻まれる
パターンでそれなりの感じで
楽しむまでのレベルでした。

 

 ところで話題の年金積立金。
年金積立金管理運用独立行政法人
と言う特殊法人がまさに運用しているようですが、
2007年と2008年の両年で、
なんと16兆円もの運用損をおこしているから
びっくりしましたよ。

 今までの累積運用差益は、
約-2兆ほどなんで、
まぁ今まではそれなりに
儲けてはいたようですが・・・

 しかし、2年で16兆もの損を
ブッこいて、しかも2007年には
すでに6兆弱の損をしていたのだから、
昨年度はもう少し考えて
運用すべきだっただろうとは、
誰しもが考え得ることなんだろう。

 ちなみに筆者の場合、
厚生年金で毎月46,000円ほど
収めている。いや源泉徴収ですが・・・
 住民税は48,000円ほど、
源泉徴収で総額約160,000円ほど
黙って持っていかれるのには泣ける。

 上段の特殊法人は、そうした
会社員の間違いの無い源泉から
金を集めて、なにをしているのかと
思いきや、2年で16兆も大損
ぶっこいちゃってるよ。

 いったいぜんたい
何を考えているのやら。

 やっぱり源泉徴収ってのは、
まったくありがたみを持って
迎えられていない。

 青色なんかだと、わざわざ
芸能人なんかを広告屋に呼ばせて
「確定申告、ちゃんとやりましょう!」とか
なんとか毎年やっているけれど、
しがない会社員の銭を、お上の
作った特上の仕組み「源泉徴収」では
そんなことしなくたって
会社がしっかりと代わりを
果たしてくれるからありがたい。
 
 16兆の損を2年で被っても、
基本的に件の法人の中の人は
責任など取りはしないし、
そのうえに立つ厚生労働省も、
まったく関係の無い官僚機構の
よく出来た仕組みの中で胡坐を
かいて行くのだろう。

 そしてやがて退官だよと。

 心情的には、少なくとも
「あんまりだ」と思う人が多いだろう
ことは容易に想像がつくけれど、
件の法人の中の人がテレビで
謝罪会見と銘を打って出てくることも無い。

 基本に立ち返ると
話は簡単で、責任を取らない人、
責任を持たない人、または
組織には、国家の大切な
お金を扱う(運用する)ような
業務を委託してはいけないと言う
ことだ。

 このような組織が、国家の
三年分ほどの予算にあたる
金額を一手に扱っているのだから、
随分と気楽な省庁でその下の
特殊法人もこの体たらくだ。

 「お前なにやってんだー!!」とか、
中で言う人はいないんだろうね。

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2009年8月19日 (水)

帰れない二人

思ったよりも 夜露は冷たく
二人の声もふるえていました
「僕は君を」と言いかけた時
街の灯が消えました
もう星は帰ろうとしてる
帰れない二人を残して

街は静かに眠り続けて
口ぐせの様な夢を見ている
結んだ手と手のぬくもりだけが
とてもたしかに見えたのに
もう夢は急がされている
帰れない二人を残して

もう星は帰ろうとしてる
帰れない二人を残して

井上陽水/忌野清志郎


 8月に入ってもしばらくは
雨が続き、仕事にも影響するし、
嫌な雰囲気が鈴鹿を覆っていた。

 少しのあいだの休みには、
帰郷の途上である大地が崩落し、
道を失っていた。

 帰ることはあきらめて、
実弟と袋井で落ち合い、
寸又峡までバイクを走らす。

 夏休みで途中の道は
混雑していたから高速では
最高速チャレンジを止め、
せいぜいが180km/hの少し
回ったところ、リミッターが
カットされているのを確認したまで。

 前日にクシタニ名古屋で、
レザーメッシュのライディングジャケットを
購入した。
 数々の栄光に彩られたクシタニの
ウェアは、やはり素晴らしい。
 むかし若いときは、高くて
手の届かなかったものを
恩讐の大人買いでやり過ごす。

 寸又峡は行き止まりの場所にある。

 夏休み中でも人波まばらで、
温泉にもゆっくり浸かる事が出来た。

 でも夏の往復400kmツーリングは
かなり堪えた。

 その後、テクニカルスポーツで
フルチタンのエキゾーストを購入。

 出張現地に工具を持ち込んでいたから、
自分で足りない工具をまた少し買い足して、
自分で脱着、組んで装着。

 バイクは自分で触るに限る。

 もう体のあちらこちらが痛い。

 懲りるほど物分りがよければ
バイクになんか乗らないって!
 
 そんな好きなフレーズがある。

 確かにクルマがあれば
事足りることが多い。

 10代はクルマがないからこそ
一生懸命だったけど、
今は違う。
 だから、わざわざ乗り出すって
感じに成らざるを得ない。

 バイクに乗ると、
それが可能かどうかは別にして、
「絶対に負けない、負けるわけがない」って
気になってしまう。

 あと、「今しかない、ここしかない」とか。

 純粋自己表現文学。
 そう純文学に近い。

 バイクはバックギアがない
 だから好き

 むかし富樫ヨーコさんが
そんな当たり前のことを言っていた。

 今このフレーズの意味が
だいぶ分かるようになった。

 歳なのかなとも思うし、
まだまだ全然と思う。

 剥き出しの意思と現実、
その葛藤こそが生きていくと
言うことなんだと思う。

 人それぞれに。

 この夏休みは、バイクに関わる
様々なものを大人買いしてしまった。

 お金があればなんでも出来ると言う
人がいるけれど、
それが人の金だとすると、当てにする
となると全く話が違ってくる。

 自分で稼げるようになって、
いろいろ出来るようになれば、
それは社会の豊かさや自身の
成長にほぼ比例しているものであって
喜びと言う感情が生まれるのだと思う。

 けど、人の金を当てにして
上手く引き出すことに成功し、
よしんば何ものかを成し遂げても、
そこに快感はあるか知らないが、
果たして人の金で成し遂げた
ものに喜びはあるのだろうか。

 ましてそれが、自分の夢に
関わることなら、そんなものは
到底受け入れようが無く
陰惨たる感情にやがては
支配されてしまうのだと考える。

 夢と実業は、
すべからく一対なんだなと、
最近はぼんやりと思うようになった。

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2009年7月22日 (水)

Dead on money.藤原和博と大久保浩の金は全能か

 筆者のブログに大久保浩容疑者での
検索で来る人が多いので色々調べてました。

 すると、筆者の知り合いの数名も
卒業した、杉並区立和田中前校長の
藤原和博氏との関係を表記する
ブログエントリーを発見。

 以下、和田中の夜スペ(夜間塾)裁判での
原告側意見陳述より【2009年7月9日】
 引用開始-

 和田中では夜スペ以外に漢字能力検定コースを行っているが、漢字能力検定協会は文部科学省(生涯学習政策局生涯学習推進課)所管の公益法人でありながら、巨額の利益を得、大久保前理事長や長男の浩前副理事長、親族らに多額の役員報酬などが支払われていた。

 和田中前校長藤原和博氏は漢字能力検定協会が企画した学習ソフトであるニンテンドーDS漢検公式ソフト『200万人の漢検』、改定版『250万人の漢検』の監修者であり、藤原氏が授業でDSの使用を勧めているのは自分の利益のためであるということがわかる。
 さらに藤原氏は「小学生には一人一台の学習用DSを持たせる」と提唱しているので、ニンテンドーからのリベートは大きいであろう

 -以上 引用終わり

 筆者が端的に感じたのは、
類は友を呼ぶ、と言うことと
どちらも既にお辞めになった
立場で提訴や起訴を受けているな、
と言うこと。

 任天堂とは京都にあるそれに
違いなく、またしても京都コネクションの
奥ゆかしさを感じた次第です。

 お二人ともリクルート出身で、
繫げるものは元々あったにしても、
その商魂や金への執着心、
結果的に罷免されたり
裁判沙汰になったりし
共通項が多い。

 藤原氏を提訴している側は、
「新しい歴史教科書をつくる会」に
批判的な杉並に巣食う人々の
側なので、多少斜めに見なくて
いけないが、
やはり公教育をビジネスと
捉えるやり方は、
公教育の現場で長年を
過ごした側からの信任を
得られることが出来なかったようだ。

 この藤原氏は、和田中校長の
職を辞した後、
大阪府知事に請われて
特別顧問に就任している。

 同じ時期同顧問に就任した
蔭山氏も、前述の抜粋に
あるよう、ニンテンドーDSソフトの
監修者である。

唐突だが、
世の中には色々な
考えの人がいて、
教科書をつくるにも色々な
考えがあって正常と考える。
 だから、杉並憎しの陣営と
同じように、藤原某を闇雲に
批判するのは差し控えたい。

 ただ、金欠の大阪府で思うように
ビジネスが出来るかどうか
大いに疑問が残るけれど、
よくもまぁ似たような面々が
集まったものだなぁとの
印象は拭い去れない。

 今の時代は、公教育の
荒廃が叫ばれているらしく
(子どもがいないんで実態を判断できない)
国や地域からも割合と
予算がつき易いような
状況にある。
 荒廃を認識・容認している側は
自らの立場を危ぶみ、
ふつう、いや以前なら考えられない
公教育の場への私塾の参入が
安易に受け容れられた。

 漢検も藤原某も、
言って見れば目のつけどころが
シャープだね。と。

 ただ、このような面々は
人よりも欲の皮の突っ張った
貪りに長けていて、
三毒に犯されているから、
ちょうど良い頃合と言う
ものを兆しとして感ずることが出来ない。

 だから、平気で人々の気持ちを
ないがしろにして豪奢な
遊びに走るし、すこし
景気が上向いて、豪奢さが
平均的に希薄される時まで
己の欲を抑制し待つことも出来ない。

 金儲けのセンスがあって、
その金自体、使い道さえ
間違っていなければ
その金(money)は
全く正しいものなのかも知れないな

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2009年7月21日 (火)

友としての名を呼べ

 052


 

  


 先週末の金曜日、
社で職業訓練の機会があり、
それに併せて海の日絡みの
三連休って事で、一ヶ月ぶりに
横浜へ帰郷しました。

 金曜日に研修が終わったあと、
東京の南に位置する蒲田で、
ふた月ぶりに友人と飲み交わす。

 蒲田は筆者が19歳から
24歳まで暮らした街です。
 
 住んでいる時は、
その猥雑とした雰囲気が
地元の石神井と言う良環境の
住宅街とはかけ離れていて
好きになれませんでした。

 少し経って、離れてみてから
その街の良さは伝わるものです。

 世話になった人の居る、
恩ある街って事ですね。

 ただ、横浜市の住民になって以降、
どうしても途中下車と言う感覚で
不便さを感じずにはいられず、
縁遠いと言えばその通りの
街になっていました。
 実際、夜の京浜東北線は
蒲田止まりの電車をやり過ごしたり、
沿線沿いの猥雑さそのままの
人々が車内の雰囲気を
悪くしたりと、特別な用事でも
なければ乗りたくない電車の一つです。

 山の手線も、ある地域、ある時間帯を
境に乗りたくない電車になりますね。

 今は友の勤め先が蒲田の
環八側にあって、横浜と蒲田の
持ち回りで、今回は蒲田の番でした。

 くいだおれ横丁にある
鳥屋さんで飲み始めました。

 ほんとうはその友、
人工透析をしている
正真正銘の一級身障。

 かれこれ10年ほど前に、
それまで行っていた
東洋医学・食餌療法を諦め、
透析を始めたのでした。

 それ以前は、有楽町・渋谷付近の
飲み屋と言う飲み屋を二人で荒らしまくり、
出入り禁止・自主規制の店を
たくさんこしらえていた。

 彼が一級~になった時、
言って見れば一つの時代が
終わったような、そんな気がした。

 彼は、呑めない体になりつつも
平気の平左で俺よりも速いペースで
飲み、そして
「あと10年持つか持たないか」なんて
ことをうそぶいたりする。

 「ふざけたこと言ってんじゃねーよ」
 「その間に医学も進歩していくし法改正もあるだろうよ」
なんてことを、俺は彼に返したりする。

 数十年後の、年老いた自分の姿が
克明に脳裏に浮かんでは消え、
自分がこの世からいなくなる瞬間、
人がこの世に生を受け、死に、
自分がこの世にはもう無いと言う
その意味を考える。
 10年前には全く考えなかった、
現実的な自分の死を、
今では老いた両親とともに
居ると、時々考える。

 俺は彼に、
友としての名を呼び、
そして人生は余りにも短いが、
まだまだ長い旅路は続いていく、
飲み代は嵩むが、
全然酔いの足りない不憫な
二人に乾杯していた。
 

 

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2009年7月15日 (水)

総選挙2009(1)

 先回の総選挙は2005年で、
その頃は新潟県上越市へ
転勤中の身であり、住所を移していたから
県立高田高校での投票になった。

 上越は前島密の地元で
近代郵政の父が地元の上越では
どうなのかと思っていたが、
郵政民営化を正義?の旗印にした
自民の圧勝だった。


 郵政民営化になって、
郵便物の転送届出が
ネット上で行うことが
可能になったりして、
官のままならままならなかった
様々なことが、民間なりの
スピードでイノベーションされてきている。

 西川さんの問題は
なにも今に始まった
ことじゃなく、メガバンクの
頭取で在らせられた頃から
公的資金投入で我々の
血税を毟り取った側にいた
訳で、最初から適任だった
はずが無い。

 西川さんを評して、
「他の誰も引き受け手がないから
貧乏くじを引いた」とかうんぬんかんぬん。
 西川さんほどの人が、
貧乏くじなど引くものか。
 血税でマイナスを帳消しに
してもらうのになんの躊躇も無い
人が、進んで貧乏くじなど引くものか。

 ゆうちょ銀行の潤沢な資産で、
 米国資本と丁々発止やりたいように
やりたい欲望にかられているから、
西川さんにとってみれば
かんぽの宿問題など取るに
足らない話で、こんなもので
幕引きなど考えられる訳が無かった。
 
 間違っても西川氏は、
郵政民営化の功労者でも
なければ日本有数の
経営者でもない。
 行員時代のやり残しを、
国民の財産でやろうと
しているだけのペテン師。

 いま、地方分権と言って騒がしい。

 筆者は地方暮らしの経験から、
以前より地方の「施しを受ける心」を
指弾してきた。
 要は中央から無手勝流に
施しを受けることのみに心血を
注ぎ、ありがたみもなにもかもなく、
福祉を軽んじ、身の丈に合わない
道路や箱物ばかりを
作ってきたのが地方ではないのか。
 大阪は箱物行政が最も惨い都市で
あった訳で、3セクにその実態を
放り投げても破綻がひきもきらない。
 国や地域には過去と言う歴史が
あるのだから、大阪の現知事は、
過去を総懺悔し、総括をし、
それから地方分権に話を移すべきだ。
 そうでなければ首都圏生活者からの
賛同や理解を得ることは難しい。

 郵政民営化になって、
地方での郵便事業にサービスの
低下が見られたのは、
身の丈に応じたサービス提供で
あるに他ならない。

 押し並べて公平や平均化なんてものは、
官僚機構が残してきた負の遺産に
過ぎない。
 人が生活していくうえで
魅力に乏しい地域のものに、
見た目上の格差や行政サービスの
格差を「郵政民営化」と言う
分かりやすいやり方で
突然露見させた価値は大きい。
 郵政民営化の肝は、
ここにあったのかと思える。

 地方分権とは言うけれど、
それを実行するロジックを持ち合わせた
人間を首長として選んでいるのかどうか
はなはだ疑問に感じてしまう。
 東国原などというのは愚の骨頂で、
地方分権は無理だろうから
中央から施すと言う旧来型の
思考に変換しちゃった。

 また、首長の下の地方公務員に、
そんなものを考えたり行う能力が
あるかどうか、またトレーニングされて
いるかどうかも疑問だ。

 地方は、なぜ首都圏と
呼ばれるエリアに人が集まるのかを
よく考えなくていけない。

 前回のエントリーで、
伊賀上野を書いたけれど、
べつに全ての地方を否定的に
感じているわけじゃない。

 この道路は俺たちが作った。
 このトンネルもだ。

 そう胸を張れるなら、
道路だって箱物だってアリだ。

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2009年7月13日 (月)

ボーイ、伊賀上野へ行く

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 週末ははっきりしない天気で、
仕事を早上がりして伊賀へ向かいました。

 163号線で、伊賀上野へ。

 伊賀上野はそのむかし
約20年前に仲村トオルさん主演の
NHKドラマ「夢紀行」で叙情あふれた
地方都市として描かれていたのが
印象的で、いちどゆっくり
訪れてみたいと思っていました。

 我が愛機CB1300ボルドールは
快調に山道を走り、バイクの
醍醐味であるヒラリングを堪能した。

 向かった先は上野公園と言う、
上野の城址で、ここには
昭和10年に復興された
伊賀上野産業城と言ういかめしい
名前の模擬天主がそびえている。

 写真の五枚目にある
天守台の下には、飛礫(つぶて)と
呼ばれる石ころがおびただしいほど
転がっていて、西方から豊家(豊臣方)の
軍勢が攻めてきたら、
高石垣から投げ込む算段であったという。

 築城普請の名手であった
藤堂高虎による石垣は、
日ノ本一と呼ばれるものらしい。
 ただ、30mほどの高さの高石垣には、
柵もなく、行く手を阻むフェンスも無いから、
へりぎわまで行って下を覗くと
かなり怖い思いをする。
 自治が行き届いているのか、
飛び込む人は居ないのか、
すこし良からぬ事が脳裏を走った。

 伊賀上野は、彦根と並び
西片からの防備に関する要衝で、
城山からは案の定、西側の様子が
よく分かる。

 地方都市には違いないが、
誇るべきものがある街は
筆者のようなMetsから見ても
やはり魅力的に写る。

 地方で住むなら、
どちらかと言えば
門前町より城下町のほうが良い。
 ただなんとなくそう感じてしまう。


 上野城址を出て、
次に向かったのは
偶然看板を見つけた
鍵屋の辻である。

 荒木又右エ門が加勢した
仇討ち事件の有った場所である。

 村上弘明さんなんかの
主演でドラマ化されたりしている。

 太秦の映画村のような
風情は残されては居ないけど、
鍵屋の辻の、辻の感じは
どんよりとした曇り空の下で
なおいっそう不気味な雰囲気を
漂わせていた。

 ここで恩讐にかられた
いにしえ人が、斬り合いをして
どちらかが果てた。

 間違いなくこの場所で、
何人かの男が死んでいるのだな、
そんなことを何とはなしに
考えていました。


 帰りは夕闇が迫っていたので、
峠超えは避けて名阪国道で
帰途につきました。

 覆面パトに気づいて
2○0km/hへのチャレンジは
止めておきました。

 名阪国道は、覆面が多いですね。

 伊賀の忍者さながら、
とつぜん豹変しますから
皆様も追い越しをかけるときは
くれぐれもお気をつけください。

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2009年7月 8日 (水)

東男に京女


あの日のときめきを今はもう忘れたね

悲しがらないで 僕がついてるから

やさしい退屈に ウンザリする前に

買い物に行こう 花に水やる For your smile

 とまぁいきなし林田健司の
花に水やるラブソングから出だし快調なんですが・・・

 神農幸(じんの さち)さんが、
6月5日以降ぱたりとご自身へのブログエントリーが
途絶えましたので、そのエントリーへ
「タレントブログにしては放置しすぎだねthink」と
何のヒネリもないコメントをしたところでした。
 筆者自身といたしましても、
他のファンの方がエントリーを心待ちに
していますぜお嬢さん、と言う意味での
ファン心理の代弁だったわけですよ。
 にわかに、試球式後に
野球選手から交際を申し込まれたとかね、
そんな「あってはならない」事が信憑性を
帯びてきたとか、気がきじゃないってもんです。

 するとあろうことか、即刻
図ったように新規エントリーが
発せられたではありませんか。

 うむむむむ・・・

 まぁあれです(何があれ?)

 神農幸さんの実物は見た事が
ないんですがね。

前段の所作一つをとっても、 
いとしい人じゃないですか。

 昨日は、おけいはんのイベント
そのもの京阪エリアに出没されていたようですが、
しがない技術者の小職が、
そこを抜け出てイベントへ
遊びに行くことも望み叶わず。

 一年毎七夕の約束事があるとは言え、
それ以前に筆者が幸さんの
エントリーを初めて書いたのは
かれこれ二年前の2007年9月であり、
未だ対面出来ずじまい。

 まるで、離れ離れで
生涯を過ごしていたらしい
「おつう」と「宮本武蔵」のようです。
 おつうは現れなかった・・・みたく

 ものすごい我執かな。coldsweats01

 

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2009年7月 4日 (土)

その名はCB

  Cb1300sb
   

 

 

 筆者が現住の鈴鹿市周辺は、
空梅雨のごとく少雨で、
業務執行とその間隙を縫って
教習所へ通い、
めでたく卒検も無事通り
晴れて大型自動二輪の免許を
取得しました。

 CB1300Super-BOL D’ORを、
近所のバイクショップ
HONDAドリーム鈴鹿で購入。

 最後までKawasakiのZZR1400と
悩みましたが、やはり世界のHONDA、
地元鈴鹿と言うことで、
CBにしました。

 画像の通りの、青色っぽい
感じのCBです。

 いろいろありますが、
長いこと大事にしてあげたいな
と思っています。

 世間では毎日のように
嫌な事件、ふざけたオヤジども、
様々な問題や事象が
垣間見れ、その度に
憤怒の河を渡るのも
どうかと思い、バイクや
レーザー(ディンギー)で
楽しい生活を送りたいと画策しています。 

 あとは神奈川の試験場
二俣川へ免許の申請に行き、
納車をして頂くということで。

 鈴鹿は当たり前と言えば
当たり前の感じがしますけど、
バイク屋さんが多いですね。

 生きていく中で、
縁は異なもの味なもの、と
改めて思う今日この頃ですわ。

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2009年6月16日 (火)

雨のイマトラ

月イチ恒例の如く
週末横浜へ帰り、
明けて数日したら出張地へ移動。

東名では毎度毎度ラップの繰り返し。
尼崎在の時から、いつものこの道を、
何度繰り返し走って来たのだろう。

最近鈴鹿生活でしていること。
時間を見つけて、バイクの大型を取りに
教習所へ通っています。
それで今、何に乗ろうか思案中です。

我が名はキリン 、バイク乗り。

バイクには色々な思いがある。
高校出てからレースへチャレンジしていた自分。
今考えると、経験もなく、よくもまぁあんな無謀で危険なことを
していたものだ。

レーサーなら誰もが目指す鈴鹿で
いま自分は自分の仕事をしている。

輝きを放棄したら駄目だよね。
あくまでこだわるべきものを捨てる生など、
許容するには短すぎる。
むかし失っていたと思っていたものに、
ちょっとしたきっかけで再会する。
またそこから始めていけば、知らない自分とまた対峙できるさ。

突き抜けて行きたい。

その先が、予想通りではない闇夜でも。

血潮で明るく染めてやれ。

魂を焦がし、一直線に走り抜け。

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2009年5月21日 (木)

レース界と三毒の焔 漢字検定大久保浩逮捕

 先週末に横浜へ帰り、
東京本社で月、火と過ごしているうち、
件の漢字検定協会の前理事と前副理事が
官憲に挙げられました。

 「利休にたずねよ」の文中に
三毒についての記述があり、
人の世の無常を感じていました。

 仏教の世界では、
「むさぼり」「いかり」「おろか」と言うのを
三毒と呼んでいて、
秀吉はむさぼり、三成はいかり、と
看破しているのが面白い。

 大久保容疑者は、「むさぼり」。
 ただこの愚鈍な二世を、
前述の戦国武将と並び称すのは
いかにも気が引ける。

 戦国武将が幾多の武功や
知略で世にはばかったとすれば、
大久保のそれは「無手勝流」
そのものではないか。

 逮捕となる前の兆しは、
色々あったのだろう。

 レンタルだと言い張っているらしい
クルーザーは、昨年中に係留場所を
変えて追求を免れようとしてみたり、
レース界への関与も見た目上は
縮小するかのように経理操作を
していたみたいだ。
 いちばん癪にさわるのは、
業突く張りの親父が、
新たにパスポートの更新発行を
していたとの報道。
 いわゆるテレビドラマに
あるような高飛びって奴ですな。
 まぁ下劣なオツムのようだから、
こんな幼稚な逃亡劇を企てようとも
考えたし、筆者も大嫌いな
お上を少し甘く見ていたのだろう。

 大久保浩容疑者は、
お金の使い方を見れば
その人の人となりが分かると言うものだが、
下品で野卑な男に相違ない。
 
 しかし、後から後から
操作や取材の効果もあって、
出て来る出て来る狼藉の数々。

 筆者が一番情け無いのは、
日本のレース界を支えてきた
雄である「童夢」が、たとえ間接的にであれ
名前が挙がってくると言うことだ。

 童夢の林社長と言えば、
「俺様の宝石さ」で有名な
まさに情熱の塊、
故浮谷東次郎氏(トージ)の
「カラス」をバックヤードで作って
日本のレース界に車両の
モディファイやエアロダイナミクスと言う
概念を初めて持ち込んだ伝説的な
人物である。

 オールドファンにとっては、
FLキング「走れオトキト」の堀さんか
「カラス」「マクランサ」の林さんかと言う
くらいの信奉者も多く居た訳で、
犯罪の匂いがぷんぷんするような
公益法人の放蕩息子に構って
いくばくかの資金調達をしていたかのような
類推を容易に想起させる今回の
事象は全く情けないとしか
言いようが無い。

 筆者はトージの著述の
熱心な読者だったから、
林社長のことも色々興味津々だった。

 ところが、大久保浩容疑者の
ことを軸に色々思い出すと、
件のクルーザー係留の場所を
一緒に探してあげたり、
亀より遅い速度で一向に
話が前に進まない
新型車両「F20」のシェイクダウンに
呼んでみたり、
はたまた先斗町や祇園で
大久保浩容疑者が取締役を
する「JIM GAINER」のルマン参戦に
いったい幾ら必要かなどと、
本来なら寄付行為に使うべき
現ナマの話をしてみたりと、
言ってみれば「トンデモ」な
朋友関係だったとは恐れ入谷の鬼子母神。

 トウちゃん情けなくて
涙が出てくらぁ・・・

 そりゃぁね、トージの走って居た頃と
今じゃモータリゼイションの背景も
黎明期のモータースポーツじゃ
比較になりませんがね。

 でもだからと言って、
純粋に自動車レースが好きな
連中の思いを踏みにじって
どっちらけにしても
良いはずが無い。

 希少なレースファンの
期待権を裏切って良い
はずなど童夢には一つも無い。

 とにかく情けない。

 金をどこから引っ張ってくるのか?
と言うのは、多くの無産者階級が
巣食うレース界にとって重要なテーマで
あることは充分承知しているが、
「グレーを白に変える」には
より多くの清廉さが必要なんである。

 童夢は、作業着を白に変えて
一から出直しを図っていくべきだろう。

 三毒の塊のようなレース界で、
真の「夢売り」はこれから出てくるのだろうか。

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2009年5月11日 (月)

利休にたずねよ

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 遅ればせながら、山本兼一氏の
著書「利休にたずねよ」を読んでいる。

 この本は、筆者が時々購入していた
「歴史街道」と言う雑誌の中で連載されていたもので、
書店で平積みにされていたのを
見たときは既に直木賞をとっていた。

 出版元のPHP研究所とは、
幸之助翁が創設した。
 縁とは不思議なものだと思う。

 この著書は、利休と言う
茶人が、美と言うものを
司って、時の権力者である
太閤関白秀吉といかに
戦ったかを記していて
まことに興味深い。

 金や権力、すべてを
手にしながらも、
利休と言う美の施政者には
ついぞ敵わないと判断した
秀吉は、利休に理不尽な
咎を含めて腹を切らせます。

 秀吉の忠臣、石田三成も
利休には怒りを覚えていて、
その心の動きが詳細に
記されています。

 家康は、美を意のままに
操り、歴戦の勇者を茶で
打ち負かす利休に
「余の軍師にならぬか」と
誘う。

 この本の言わんとしている
本当の意味は愚鈍な筆者には
理解することは難しい。

 ただ、日本人の美意識には
金を出しても買えないもの、
だがそれでは手に入れられないから、
他のものに譲るくらいなら
金子は幾らでも積むと言った
具合の矛盾が描かれています。

 そして宣教師などを登場させ、
やはり「理解不能な東国の不思議」
として茶道や茶の道具などについて
語らせている。
 
 人間とは、自分に備えのないものを
ついつい欲してしまう。

 秀吉は、関白となり天下統一をし、
世の全てを欲しいままにして
いろいろのもの手に入れ蹂躙した。

 ただ、美のみぞ手に入れられなかった。
 少なくとも利休を茶頭にした時点で、
秀吉は利休を隷属させることに
成功したと思われた。

 ただ服属しただけならば、
利休もあまたの茶坊主と
同じように語られて終いだったか
も分からない。

 利休の行いは、いわば
「上のものを上手く使え」と言う
会社員的なハウツー本にも
よく載るようなものとも言える。

 しかし、命を賭けているか、
また命と引き換えになるほど
あるものを追求しているか、
この辺りが現代の我々の
思考とは大きく異なる。

 利休が生きた時代は
合戦もそこかしこで行われ、
七哲と呼ばれた高弟の多くは
勇猛な武将であったから、
死は割合身近に実感できたのか
も知れない。

 この本の中にある、
道理を知っているから
無理無駄な動きがなく、
流れるように美しい
作法が生まれる・・・

 そんなようなことが
真似できたら良いと
思う人間に、
利休は「独創であれ」と説く。

 この本は物凄く深い。

  

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2009年5月 7日 (木)

なかなか暖かくならないですね 

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 連休は南紀の帰りに
奈良の東大寺などに寄りつつ
静かに鈴鹿へ戻りました。

 帰りは阪和自動車道から
西名阪、名阪国道経由で、
松原あたりのクチャクチャした
ところから少しだけ渋滞しました。

 奈良はなんだかよく
分かりませんが、駐車場が
空いていなくて困りました。
 基本的に奈良公園付近に
観光客が集中するようで、
駐車場へ入れるのに2時間
ほどかかり、親に車の運転を
任せてその間にチャチャっと
大仏殿や二月堂などを見てきました。

 鎌倉にも大仏はありますが、
奈良のはデカイです。
 役人の側が作るものは
いつの時代もデカイんですね。
 鎌倉の大仏は、
言ってみれば武士団と言う
民間に実質的な政権が
降りて来てからのものなので、
比較になりません。

 そんなこんなで
連休を過ごしましたが、
鈴鹿に戻ってからは
天気が優れずに、
雨ばかりの日が続きました。

 よってどこにも出かけず、
ほとんど目立った動きはせずに
過ごしました。

 琵琶湖もまだ
水温が低く、ちょっと
元気を出さないと
ディンギーは厳しいです。

 色々と良くなるように、
そういう風な思い込みも
重要なファクターだなと。

 熊野那智大社や
奈良での祈りから
感じました。

 

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2009年5月 5日 (火)

美しいお馬鹿さん

 The Great Gatsby の中で、
ギャツビー氏が死ぬまで恋焦がれた
デイジーの台詞です。

 デイジーは自分の娘を、
「美しいお馬鹿さんに育てるわ」
「女はそのほうが幸せなんだもの」と
自嘲気味にギャツビーへ語ります。

 なんでも知らない振りして
生きて行けるのが幸せなのか
どうなのか。

 最近、違法行為だとか、
脱法行為だとか。
 法すれすれでも、
いちおう問題なければOK
と言うような風潮が目に付きます。

 知らないと言うことは、
善意無過失に相当するか
どうかとか。

 筆者が思うに、
後々のコメントで
「法は犯していない」と言う
コメントが出てきた時点で、
当人は事前に知り得べき
なにものかを確信していたのでは
ないのかなと思ってしまう。
 つまり誤魔化しなんじゃないかと。

 自分や他人を一緒くたに
誤魔化してしまうのは、
やっぱり最低最悪。

 最低最悪なものに
常に介在するものが、
お金や権力への欲望と言うこと。
 そう言った、
「法ギリギリのところ」へ
近寄ったり、片棒を担いだり
するものも、行為者としての
差異は無いに等しい。

 今の時代と言うのは、
目には目を、とか
無礼打ちとか、
一揆や果し合い、
なんてものは存在しない
世の中なので、
「法には触れていない」と言う
正義がある限り、
どこまでもすれすれまで
突き進んでしまう。

 日本で法定されたものとは、
人間が守るべき
ほぼ最低限のレベルにあるもので、
「法は犯していない」とコメントする
局面で胸を張って言うべきものではないはず。

 


 

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2009年5月 4日 (月)

どこにでもある社会正義について

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 長期出張や転勤生活で、
もう長い間、地方での生活が
続いている。

 以前、東京生まれ東京育ちの
人から、
「東京以外はどこも地方だ」と
少し乱暴な言葉を聞いた。
(筆者も東京生まれ育ちだが・・・)
 地方と言う言葉の中には、
侮蔑の意味合いが滲み出ていたから、
乱暴な言葉のように感じたのだ。

 地方が侮蔑の対象かどうかは別にして、
社会正義は随分と疲弊している
ように感じてしまうことがよくある。

 ほんとうによく見かけるのが、
交差点脇にある店舗やコンビニを
活用してのショートカット。
 公道でもなんでもない
ところを、しかも渋滞らしい
渋滞もない地方道であるにも
関わらず、私有地を横切って
右左折を繰り返す車。

 また、無余地駐車でない
ことを良いことに、自分の家の前の
公道へ青空駐車する人々。

 休日に知人宅へ遊びに
来たからと、
全く関係のない未契約な
駐車場へ身勝手にクルマを
止める人々。

 散歩はリードつきで、の
掲示看板を無視して
犬を放して公園で遊ぶ人たち。
 うんちも放置。
 
 無人野菜売り場からの
かっぱらい(窃盗)。

 大麻の自家栽培及び吸引。

 ごみの違法廃棄。

 うんぬんかんぬん・・・
基本的に他愛ないことが
ものすごく気になる。

 筆者が育った東京北西部や
現住の横浜市ではあまり
見かけない光景が、
彼の地では繰り返される。

 人に見られていると言う
感覚が希薄だから、
地方では成立してしまう。

 よく「地方の人は素朴だから」と
聞くけれど、本当にそうか?
ただそれだけかと疑問に感じる。

 もちろん、社会背景が
都会のそれと同じような
ところに居る人々は、
モラルに関しても
同じようなものだと思う。

 東京のような都会だと、
上記のような暮らしぶりが
大勢を占めると
社会生活が機能しなくなる。
 また多くの人間の視線が
あるから、基本的には
成し得にくい。
 東京は、そう言う事から
すると息苦しいし、
みな少し短気だし、
地方から来たニューカマーは
暮らすのをしんどく思うかも知れない。

 視線が多いせいで、
男性女性ともに洗練されていく。
 これは良い事だ。

 郷に入れば郷に従え
と言う言葉があるけれど、
あまりよろしくない慣習に
従うことはない。

 それは地方だろうが
東京だろうが同じこと。

 地方の若者に
上のような話をする。
 ネットや高度情報化社会で
自分たちが置かれている立場を
彼らは認識しているから、
上の年代がしていることを
恥ずかしく思っているような
場合が多いのだ。

 地方で目に見えての違法行為は、
官憲の絶対数が少ないから、
見逃されている場合が多い。
 官憲も、そう言う事実を
よいことに、諦めているか
黙認してしまっていることもある。

 だから最近意外に大きな
事件や事故は地方に
多発している傾向がある。

 業務執行などで
地方に暮らしていて、
顕在化してからでは遅いと
思うことが色々ある。
 
 耳障りなことの羅列。

 でも、書かずにいられない。

 

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2009年5月 1日 (金)

南紀田辺リゾート

 5月連休と言うことで、
またまた両親を伴って
和歌山は田辺へ来ました。

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 もちろんララも一緒ですが。

 基点は出張地の鈴鹿で、
紀勢道を走り、大阪側からではなく
三重を抜けて和歌山へ入りました。

 道中、父親と替わり番こで
クルマを走らせ、ほとんど
クルマの中に居ましたが、
時々は降りて名所旧跡めぐり。

 着いたところはなかなか
ゆっくりできそうなところでした。

 明日また一泊し、
3日にはいったん鈴鹿へ
帰りますが。

 5月連休は1,000円の
ありがたみで道が込みそうなので、
横浜への帰郷はやめようと
思っています。
 琵琶湖へ行って
レーザーを出すか、
鈴鹿で洗濯をしているか、
すこしのんびりしていようと
考えています。

 1,000円のありがたみは、
この不況で萎みがちな感じです。

 マスコミが煽るかもしれませんが、
それは局に広告料が入らないと
まずいので、無理矢理にでも
世論操作していると言って
差し支えないでしょう。

 実際、人では少なめです。
 29日に鈴鹿へやってきた
両親も、東京から主だった
渋滞は無かったと言っていました。

 一部マスコミと芸能界、
もう少しギャラの面を下げて
一から出直したほうが
世の中全体の為になりそうです。

 自分たちの生活を
護るために、ウソの情報を
垂れ流すのは良くないと思います。

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2009年4月21日 (火)

1,000円は、ありがたい

 会社の健康診断で帰郷。

 先週は土曜日の夜に鈴鹿から横浜へ
帰りました。

 土曜日の夜は物流の
貨物車もまばらで、
1,000円の恩恵を被りつつ
帰宅しました。

 なかなか暖かくならない
昨今、こんな時は
地球温暖化と騒ぐ
環境ビジネスを食い物にする
輩もマスコミには登場してこないものだ。

 それにしても土曜の夜は
冷え冷えとしていた。

 月曜の夜に鈴鹿へ戻るのに、
また東名を使ったけれど、
新しい年度が始まって、
すこし貨物車の交通量が
減ったように感じた。

 たまたまそう言うタイミング
だったのだろうけど。
 90km/hで右車線をノロノロ
走るトラックを強引にパッシング
することが数回程度。

 昨年度末は数十回じゃきかない
レベルだったから、だいぶん
ストレスが目減したのだった。

 でも後ろを確認しないで
右車線に切れ込んでくる
トラックは相変わらず。

 白ナンバーだろうが、
緑だろうが、大手の物流会社だろうが
そんなものは基本的に
無法な所作を身に着けた
雲助まがいのトラック運転手には
関係が無い。


 乗用車だけ恩恵を
享受できる、土日の夜が
長距離移動には良い。

 前にも書いたけど、
トラックにもその恩恵を
与えたら、陸上輸送がますます
増えて、道路が必要だよって
議論になりかねない。

 それだけは避けたい。


 
 前段で書いた、
漢字能力検定協会の大久保浩氏。

 この方は、レース界では
「JIM GAINER」の人そのもので
通るのだという話。
(ホントはJIM CENTERの人だけど)
 件の童夢HP、F20シェイクダウンに
「JIM GAINERの大久保」との記述が
あり、なるほどなと。

 90年代の後半頃から
手始めにフェラーリのカップレースに
(金だけ馬鹿みたいにかかる金持ちの草レース)
出て、その後レーサーとしては遅くて
仕方がないので、
(レース用語で言うウンコ)
レースチームの運営と、時々の
スポーツ走行くらいで止めておいて
いたようだ。

 レースや自動車が好きなのは
分かるのだけれど、
好きなものに食い物にされ、最後は
大恥かいたって感じの風評が
レース界にはありあり。

 

 同義的にも、ああやって
テレビで謝罪に及んだのも、
それが公益法人であるからに
他ならないわけで。

 個人経営から初めて、
いま儲けに儲けて
好きなレースにその金を
投入しても誰も何も
嫉妬はすれど文句なんか
言える様な筋合いじゃないわけでして。

 あと、やっぱり
オヤジの後にのほほん
とくっついて、
美味しいところを持って行く
手法が男として情けが無いと、
個人的には思う。

 京都老舗呉服屋の若旦はんみたい。
 

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2009年4月16日 (木)

漢字能力検定協会とレース界

 税金や年金を平気の平左で納めない、
そんな輩が筆者の住む世間を闊歩して
辟易としていたところでした。

 そこへ来て、今度は件の事案が明るみに
なり、問題化していました。

 結局4/15夕刻、公益法人であるはずの財団が、
やくざまがいのその有り様を指摘され、
大久保父子は逃げ場を失ったか理事の職を辞しました。

 

 童夢の林社長が、
「僕たちの近くにあるGrayishな世界」
の中で、副理事職だった大久保浩氏のことを
ずいぶんと庇っていたのが印象的でした。

 京都人特有の身びいきとも取れるし、
レース界にわんさと(童夢にだけと言う意味でなく)
お金を落してくれるパトロンが消えたのが
誠に残念で仕方がないとも取れる。

 ただ、大久保某については、
無限創始者の本田博俊氏と
同列で括るほどの人物とは思えないが、
「二代目やジュニア」と言う意味では
異論を唱えようがない。


 JIM GAINER(事務から金をぶん取る)と言うチームがあって、
ここは筆者の出張先の鈴鹿にガレージなんかも
ある。(オフは荒れ放題だけど)
 まず最近10年の話、スーパーGTと言うカテゴリーの
レースがあり、ここのフェラーリを製作したのが
コンストラクターの童夢社でした。
 JIMの田中慶治氏と言うのは、
童夢林社長が豪奢な遊びに執心な
今と比較すると、まさに行き倒れしそうだった
頃に製作した「マクランサ」で出走していた
らしいから、かれこれ半世紀を迎える
実懇の仲。

 日本のレース界と言うのは狭小で
裾野も同じようなものだから、
「昔からやってるのがエライ」。
 結果、レース界の全世界感的な意義や
モータースポーツへの寄与の度合いからすると
殆ど無意味な活動振りでも
「大物になれちゃう」。
マイナーな盛上がりの世界では、ありがちな話。
 この酷くマイナーで趣味の世界では、
殆どの人が
「モータースポーツへの寄与」なんて
ものを、発展なんてものも望んじゃいない。

 要はどれだけ効率よく
「世の中からお金をぶん取る(Gain)」のか
と言うのと、
時々ある局面で「自己の正当性」が
論じられば良いのである。
 正しいかどうか別にして、
明日の生き死にを考えなくても
よく、京都で言うなら先斗町で
飲み食いできさえすれば
それで満足なのだ。

 かくかくしかじか、
ややこしいが、
「(事務センター)JIM CENTER」と言う
ステッカーをこさえて
「JIM GAINER」チームの
サポートに執心だったのが
前段からの大久保浩氏であったのだ。

 その金が、戦前からの財閥で
金の使い道に困った
大倉喜七郎氏のごとくの振る舞いで
レースに打って出るならまだしもなのだが。
 公益法人と言う、目的を達成すれば
その役目を終えて解散する前提で
非課税なのを良いことに、
その立場を最大限に悪用して
レースへ金を垂れ流すとは。

 昔からレースカーの
スポンサーといえば、
パチンコ屋、サラ金が最大手で
そのどちらもが世間ではよろしくない
とされる陣営ばかり。
 レース界なんて元暴走族の
集まりだよ、そんな風説のまま。
 結局今回も、公益法人の
皮をかぶったカルト教団みたいな
輩から恵んでもらっていただけの話。

 もっとまともなスポンサーは
つかないのかね。
 中の人が謙虚で慎ましやか
じゃないと無理なんでしょうが。
 
 林社長は、件の公益法人が
問題視されるのは、要約すると
天下りを受け入れなくて、お上が
頭に来たからとコメントしている。
 
筆者のようにレース界では門外漢で
金持ちのスノッブにも興味ない人間からすると、
天下りを受け入れられない理由は、
行き過ぎた私物化が存在したから
と言うことだろう。

 
 レースと言うのは、
自分の金でやれば良いのだと思う。
 走ったり、作ったり色々だけど。

 遅すぎたアプローチだけれど、
童夢社は、実業であげた利益を
趣味のレースへ転換すると言う、
新たな手法で林氏個人の夢を実現してきた。
 
 その林氏が老いぼれたのか、
情けないが、公益法人の本来の
あり方を民法典などで学び
それからコメントすべきだった。

 「天下りを受け入れなくて、お上が
頭に来たから」なんてものは
単なる感情論に過ぎず、
法治国家、全世界を否定しているとしか
思えない。
 
 強いて言えば、
「出る杭は打たれる」のであって、
戦前生まれらしい翁に
若造がどうこう言うものでも
ないだろうに。
 つまりは調子に乗って
「やり過ぎた」と言う、
堀江や村上と同列に
語られるべき事象なのである。

 林氏は、
「日本自動車レース工業会」の
会長と言う立場で居られるらしいが、
或る意味では公人ともされる方が
件のようなコメントをしているようでは、
「まとも」な陣営からのサポートなど
これから先に増大することなど望めないし、
ましてや「モータスポーツの発展」なども
有り得べからず話だと言えよう。
 子供や孫には何も残さない、
よく居る爺と同じと言うことだ。
 
 ところで、「JIM GAINER」は
この週末に開催されるクラシックな
イベント「鈴鹿2&4」にもエントリーしている。

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税金 年金を納める 社会契約

 我々、会社員と言う人種の大概は、
黙ってても国や地方へ税金も年金も
自動的に納める仕組みの中に組み込まれている。
 
 給与賞与と言う、お金の源泉から
徴収するから、源泉徴収と呼ばれている。
 本当に良く出来た仕組みだと思う。

 せっかく汗水たらして働いて、
筆者の場合、控除の項目が少ないから
賞与なんかだと本当にドバーって引かれる。
 年間だと、軽の新車が変えそうなくらいの勢い。

 いい加減にしろと言いたくもなるけど、
これが人間としての社会契約なんだと思う。

 税金も年金も、収入なりに納める。
 それが可能なのに、恣意的に納めない連中。

 誰だって、一度手にしたお金を
大嫌いなお上に献上したくなんか無い。
 でもそれによってのみ、社会生活へ
参加することが認められているのが
多くの法治国家の有り様だから、
税金・年金未納、特に悪意と過失を持って
未納の人々は、ほぼ人間じゃないと言えよう。
 若しくは不適格な人間と言うことで、
このような輩は人を批判したり、
一人前に幸せを享受することに資さない。

 最近はお上のほうも一生懸命だから、
差し押さえや強制執行を割合容易に行うようで
それは良い事だと思う。

 一番ひどいのは、自営業者が
従業員から源泉徴収分差し引いておきながら、
脱税するパターン。これ最悪。

 まさしく、人でなし以外の何者でもないだろう。

 税金、年金を納めない輩は、人間じゃない。
 納められない特段の事情が無い限り。

 また多くの会社員は、
被源泉徴収人である自分たちが
社会の多くを形成していることに
誇りをもって生きていこう。

 いま、国民年金の納付率が
65%を切ったのだと言う。

 納付者が、その場の感情論で
未納に踏み切った人でなしを
養っていく矛盾。

 感情論で社会全体を
混乱に陥れるマスコミ。

 もらえるか分からないから
払わないと、易々口にする愚かさ。

 酷い人が増え続けて、
嫌な世の中になったものだと思う。

 

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2009年4月13日 (月)

TEQUILA SUNRISE

 Saxophones_wall_02l


 鈴鹿の出張部屋で暮らし始めて
二週間になりますが、最近
気づいたことがあります。

 周囲に本田技研やその関係会社が
多いからだろうけど、
ブラジリアンの人を結構ふつうに
見かけます。
 日系の人なのか、
様々な工場の名札に漢字の
苗字?のようなものを
つけて、近所のイオンなんかで
よくたむろっています。

 むかしは都会に多かった
外国人労働者も、
最近は暮らし易さと
その労働需要の種類により、
自動車産業の盛んな町に
やたら多く住んでいるのが
現状のようです。

 あと、自分が住んでいる部屋の
周囲が、最近になって
井戸汲みポンプで
ボコボコやっていて、
畑だと思っていたところが
なんと、稲作の田んぼでした。
 蛙の鳴き声がすげーんだろう
なと思っていたら、
最近の暖かさで蛙殿の
鳴き声がすごいのなんのって・・・

 静かな夕暮れ時には
西コースのクルマの音が
聞こえますが、最近は
蛙の方がすげーや。

 それと、20年越しの
アレでアルトサックスを始めました。

 テキーラサンライズと言う、
B級映画があって、
まぁ20年位前にサントラが
結構流行りました。
 その中で、
デイビット・サンボーンが
「ジョアンのうた」と言う
のをやってまして、
これが格好良いんだね。

 まぁそんなこんなで、
20年越しってのと、
今年はなにを始めようか と
思っていたので、
アルトを始めるギリギリかなと。

 毎年新しいものを
最低ひとつ始めるのが
人生の羅針盤になっていますからね。

 練習は近所の公園で、
ロングトーンなどから始めています。

 夜、散歩の人なんかが
前を通ると、練習をやめて
通り過ぎるのを待っていますが・・・
 
 部屋はやっぱり気がひけます。

 横浜の家に帰ったら
近所にカラオケの
シダックスがあるので、
そこでしようかと。

 サクソフォンはリコーダーと
同じような運指なので
とてもつっつきやすいです。
 いやとっつきやすいです。
 あと吹奏楽とかクラシックに
縁が無い筆者でも、
反逆のアルトなら
親しめるような気がしました。

 それで、楽器も
ヤマハ初のジャズ用ってことで。
 バイク時代から、この
三連音叉は外せないアイテムです。

 まぁ暇を見つけて
音符の読み方も
も一度勉強してですね、
やってみるべしってとこです。

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2009年4月 6日 (月)

春に生まれ

 春眠暁をおぼえず、の故事に
あるように、春はついつい寝過ごしがち。

 この世に生を受けた
この日々は、出張地の
鈴鹿で過ごしています。

 振り返れば、あのとき
こうしていたら、
こうなっていたら今の自分は
ないなと、考えてしまう。

 前よりも、今の自分のほうが
幸せだから、その大概が
「あの時そうなってなくて良かった」
ということが殆ど。

 例えば、悪気は無いけど・・・
「あの時あの女とくっついてなくて良かった」
とか。
 その女性と懇ろになっていたら、
いまの地点に自分はいなかったんだろうなと、
そう考えるとホッとする自分が居る。

 男女ともに一緒になって
成長していけるのが、やっぱり
理想かなと。
 お互いがブレーキになったり、
枷になったりするのは
瞬間に自己陶酔はできるかも
知れないけれど、長い目で
見るとお互いか片方が
結果的に不幸になるパターンが多い。

 男女の関係だけではなくて、
これは人間同士の付き合いの
基本なのかも知れないなと。

 当たりのよい甘言や
印象を残す人から、
人は離れづらい。

 居心地が良い場所は、
人に何も残さない。
 
 誰だって、アカの他人の
おまはんには粗を指摘する
ことなんてしたくはないだろう。

 でも、本来自分が視線を逸らしがちな
ところに本質は見え隠れしている。

 人に苦言を呈されて、逃げずに
 苦手なところを克服したりするのが
人生の副題と言うか醍醐味なんじゃないかと。

 しかしまぁ、今年度は
まさしく荒波の中でのスタートだね。

 鈍感か、そう言ったものに
今まで無影響な人々にも、
この低調さはやがて行き渡る。

 今自分が住むこの世界の
背景を感じ表現し生きて行くことが
できるかどうか。
 
 その成否でこの先の
有る無しが決まるんじゃないかとか。
 

 
 
 

 
 

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2009年3月30日 (月)

2008年度の終わりに

 先日、と言っても数週間前のこと、
三菱総研のチーフエコノミスト後藤康雄さんの
セミナーへ行ってきました。

 筆者の勤務しているところが、
海外事業協力協会の会員で、
そこが主催していて会員なら無料のセミナーだった。

 2009年度は悪いぞ悪いぞと
散々っぱら言われている中で、
敢えて言えばダメを押して頂くために
行った様な、そんなものだった。

 冒頭から後藤さんは、
最近外れてばかりで、でかいことは
言えないが・・・のような前置きを
しながらも、数値に基づいたマクロ経済の
分析をしっかりと二時間程度
説いてくださりました。

 内容としては経済成長率が
2020年頃までマイナスから1%台の
低調さで推移していくこと。

 アメリカ発の経済危機からの脱却は
その真因であった不動産価格の安定が
不可欠であり、そして不動産バブルが
成熟するまで要した年数と同じだけの
期間を必要となるであろうこと。
 
 それが4年だから、2007年度に
バブル崩壊で問題になったところを
起算点にすると2011年までには
アメリカの不動産価格は
安定する見込みらしい。

 兎にも角にも2009年度は
経済成長率がマイナス4%以上の見込み。

 日本は戦後、ほぼ2%台の成長率で、
それでもなお800兆を越す借金が
あるのだから相当きつい。
 政府はどこが政権取っても、きつい。

 国債の日銀引き受けとか、
30兆あまりの色々な施策を打っていくにせよ、
まだまだ2011年への道のりは長い。

 アメリカを抜きにして日本の事が
考えられるのかと言うと、
アメリカならまだマシで、
アメリカが衰退していくなら
日本にとって都合のよくない
国が今後台頭するであろうから、
今後も一蓮托生でやっていくしか
方法が無い。
 これは筆者が数点質問したところで、
後藤さんが愚問に答えてくれた。

 今思うと、二年前の年度に転職を
考えたのは、筆者が以前属していた陣営が
先が見えないながらも行け行けドンドン
やっていたからに他ならない。

 数年前から賢い人は、そう遠くない将来、
ものづくりの曲がり角が来ることを
予想していながらも、
今のうちに実績を作るしか
仕方が無いという刹那に
憤懣やるかたなしの有様であったのだ。

 πが大きければ大きいほど
その反動は緩やかに巨大な
円弧を描いていくわけで、
ただ誰もが予測できなかった
国内での危機がこの2日先には
白日の元に4年もの間
晒され続けて行く。

 後藤さんの話を聞きながら
思ったのは、我々ものづくりを
志す側も、もう少し経済へ目を
向けていくべきだと言うこと。

 感情論で言った者勝ちみたいな
ところが、今の日本には多過ぎる。

 数値を大切にすべきところは
して行かなければならないし、
理屈じゃない部分でのものづくり
スピリットも時には蛮勇で
必要とされるときがあるという事だ。

 少し前まで、
「勝ち組、負け組み」騒いでいたけれど、
今はみんな同じような場所に立っていて、
そのチェーンは切っても切れないような
ところで皆が皆、蠢いている。

 本当は、そう言ったシンクタンクの人が、
「数年先までダメなのが目に見えているから
地力をつけることや技術開発に励まれてみては」と
言ったようなことをものづくり側に提言しても
良いんじゃないかと思う。

 でもやっぱり1年1年が勝負の実業界に
甘言は通用しない訳で、もしかして大物の
経営者が上のようなことを思っていても
恐らく立場上言い出すことなど出来はしない。

 水を扱っているところなら、
あとは海外で勝負するしかないかも知れない。
 市場は巨大で隙間狙いでも
日本の市場の数十倍の規模があるにはある。
 考え方によってはそちらのほうが
シンプルで良いのかも知れない。

 そんなことを考えていますたい。
(なぜ博多弁)

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レース界 チンピラ

 3月も後半までは東京の本社で過ごし、
二十日過ぎに出張部屋へ入りました。
 鈴鹿市にあるサーキットに程近く、
毎日ここのパーキングゲートの脇を走って
職場へ通っています。

 おそらくフォーミュラ1が来るようになってから
町の様子もだいぶ変わったのだろうから、
すでに15年を経過し、その頃新しかった
ものもすでに古くなってる。

 石垣池公園のそばに住んでいるけれど、
肝心の公園は犬の散歩が禁止。
 近畿では多い光景だけれど、
きっと飼い主のモラルが酷くて
こういう結果になったのだろう。
 と言うことが容易に想像つく。

 4月18日のオープンに向けて、
鈴鹿サーキットも工事だけは
進んでいる。


 日本のモータースポーツも、
文化となる前に既に終わりに
近づいてしまっているようだ。

 一言で言えば、庶民が
手を出すには効率が悪すぎる。
 
 そして日本には欧州のような
貴族もいなければ、
欧米のような安定感ある成金もいない。

 日本では、人の金をむしりとったり、
掠め取ったりしない限り、
犯罪に近いようなことも含めて
易々と出来るようなタフさが無いと
長年モータースポーツに
関わることなど出来はしない。
 
 あとは効率が良さそうなときに
メーカーが熱心になるだけであって、
それも長続きしない。

 夢や可能性から最も
と言っていいくらい離れてしまい、
最低最悪なスポーツに
なりつつある。
 だからマニアックな若者を
除き、若者からも敬遠されがち。

 あとやっぱり問題なのは、
実際にやっている側の人の
趣味性が高いから、
ビジネスとして真面目に
踏み込もうとすると、
誰もが躊躇してしまう。
 
 つまりそれは趣味の延長なんだと。

 ガキんちょのヒロイズムとか
やっている側の自己実現に
数億の金を出すほど、
日本のビジネスマンは甘くない。

 それで最後には、
勝手にやってろってなる。

 日本のまともな側からは
全く相手にされなくなってしまったのが
モータースポーツやレース界の人々
なんだと思うと悲しい。

 でも日本のレース界の人たちは、
ほとほと皮算用が好きなんだなぁと
感心してしまう。

 やっぱり趣味の延長じゃないと
やりきれない世界だ。
 

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2009年3月 2日 (月)

リアル 自動車絶望工場の夢と希望

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 筆者のブログで相変わらず
検索ワードランキング1位の、
鎌田慧さんの著述「自動車絶望工場」。

 労働実態と言うより、
いま「働かせないぞ」と言う
意味で絶望工場になっちゃった。

 先週は鈴鹿某所へ打ち合わせに
行っていたのですが、
本田技研鈴鹿製作所の前では
労働者切りを反対する、組合関係者の
デモが行われていました。

 南コースの音らしい、
レースカーのエキゾーストノートが
サーキットの周辺に響く中。

 いま鈴鹿サーキットは、スタンドや
ピット改修の真っ最中。
 計画が決まったのは二、三年は
前の話だろうから、ホンダがフォーミュラ1を
止めて二度と出ないらしいことも、
HRCで一時代を築いた後に社長に
なったレース屋の福井さん辞任も、
基本的には無関係に工事は
進んで行く。

 でも、「主のいなくなった館」の
ようで、鈴鹿サーキットも泪で曇りがち。

 

 アメリカの自動車メーカーが、
どんな経営危機に陥っても
労働者のクビを切らない。
 
 これは自動車の夢と希望かな と。
 理屈抜きに。

 
 自動車産業によって立国された
アメリカの最初で最後の希望、自動車。
 アメリカの自動車メーカーの
労働者がバタバタクビ切りに
合うようじゃ、まさに世界の終わりかも
知れない。
 そう言う意味では、経営効率とか
度外視して雇用継続するアメリカの
自動車メーカーは、通常では量りきれない
ロマンに彩られていると言える。
 アメリカらしくない。アメリカらしい。

 土建国家日本では、差し詰め
土建屋(ゼネコン)さんがその位置に
あったのか知らないが、
雇用の環境や条件が違うから、
アメリカの自動車とは同義にならない。
 違う会社(下請けさん)が現場で
儲かろうが、潰れようが徹底放置
徹底無視な姿勢がゼネコン。
 夢も無いし、尊敬も無い。
 階層区分の歴然としたゼネコンと
下請けの関係に雇用継続性なんて
誰が考えると言うのだろう。
 むしろ、
絶望的なのは、この業界では。

 
 日本の自動車メーカー
云々と言うより、やっぱり社会全体に
夢とか希望と言う陳腐化されたものが
生きていく土壌が無くなりつつある。

 いつもの訳知り顔のジャーナリストが、
上記のようなアメリカの
自動車メーカーの姿勢を
批判したりするけれど、
そんなん放っておいたらいいのにね
と思ってしまう。
 向こうにだって考えがあるんだから と。

 何も考えないで、クビ切りを
する人のほうが、自動車と言う
機械に負けてるんじゃないかとか。


 

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欲望系と、ブランク

 とうとう二月は一回のエントリーも無く
終わってしまいました。
 終わらせたのですが。

 二月は、姫路に行ったり滋賀に行ったり
三重に行ったりし、でも大部分は
本社のある東京と横浜を行ったり来たり。

 未曾有の大危機と騒いでは見ても、
朝夕に、かったるいと思ったときに
利用するグリーン車は、朝はもう満席ですし、
電車も朝のラッシュは相変わらず。
 危機感が加速するのか、
停滞するのか鈍重な自分には
分からないが、実態的な危機を
味わうのは年度が替わった4月からに
なるのだと思う。

 筆者も危機感が抜けず、今年の冬は
楽しみを遠ざけた。
 スキーには、年末の蔵王以来
行っていない。ラディウス27の新型
スキーの感じも全然分かっていないし、
せっかく京都の店(カンダハー)で買った
のもはっきりいって無駄になってしまった。
 楽しみを遠ざけるのは、ストレスも
並大抵ではないし、辛い。
 ストイックなどとは思わないが、
どうも社会全体の感覚が暗くて
仕方が無いので、暢気にスキーへ
行って楽しむと言う感じでもないわ。

 筆者はこのブログでもずっと
綴ってきたけれど、
結局不必要なモノは売れない。
 飽和状態になりつつあるところへ、
似たような大した付加価値の無いものを
毎年投入しても、売れない。
 クルマもデジタル家電も。

 来年度のモノつくりは、
今までネガティブと言うより
地味にやってきたエネルギー系が
脚光を浴びることだろう。

 キーワードは「貯める」。

 
 話し変わって、信販系が惨い。
 カードの初期、無条件に繰越して、
金利や手数料で儲ける仕組みが
悪性の感冒のように流行している。

 横浜に帰ってきて、
皆も持っているし、よく
見かけるのでTSUTAYAの
Wカードなるものを作ったけど、
それがまさしくビンゴだった。
 初期条件が3,000円以上の
支払いは繰越で金利がつく仕組み。
 ファミマクレジット万歳。
 
 TSUTAYAって媒体を考えると、
お金をあまり持っていない
学生も、利用いや使用者に含まれる。
 もっと言えば、引退後の余生を
送るお年寄りも利用が結構
見込める。

 例えば10,000円の月利用額が
あって、翌月3,000円支払っても
残債は7,000円あるってことになる。
(TSUTAYAカードはあちらこちらでポイント付くし)
  それで、翌月も利用するだろうから、
毎月の支払額が3,000円以上
繰越のままだと、条件を変えない限り
一生手数料と金利を支払うってことになる。

 リボルビング払いを、いま色んな
呼び名で美化しようとして、
信販会社も必死だ。
 要はプー太郎をニートと呼んだり、
出戻りをバツイチ、いったい中身に
変化が起こるのだろうか。

 そう言った、悪意満々のカードを
バイトのニイチャンやネエチャンに
店頭で勧誘させる。
 「年会費無料ですよ」と。
 それで初期設定の条件なんて
説明しないし、大概の人は
カードの契約条項なんて読まないから、
最初の数ヶ月の金利で
年会費なんて挽回できてしまう。

 こう言う日常に潜む欺瞞に、
最近はやりきれない思いで
一杯の日々を送っている。
 
 そう言ういて欲しくない側に、
自分の大切だと思う人だったり
知り合いがいたりすると
余計やりきれなくなる。

 もう少し、善良な市民が
迷い道に入らないような、
期待権に沿ったような信販会社で
あって欲しいと思います。

 需要と供給とか色んな
筋が有るのかも知れないけれど、
事あるごとに税金で補填されているような
親玉がバックにいるクセに、
しらばっくれてんじゃねーぞと。

 

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2009年1月29日 (木)

甲賀

 今日、いや正確には昨日
滋賀県は甲賀に行っていました。

 仕事の関係で、最近ちょこちょこと
出かけています。
 「こうか」って読むのが正しいみたいです。

 帰り、1号線を亀山まで
上って(道は下り)行ったのですが、
土本宿、関宿と宿場町が
在って、オレはいったいこれから
どこへ進んでいくんだろう、とか
ぼんやり考えてしまいましたよ。

 滋賀の辺りを走っていると、
やっぱり京に向かっているのが
上りって感覚がぴったりする。

 むかし江戸の庶民は
東海道を上って
運良く一生に一度
お伊勢参りが出来たかどうか。
 京の都にも、一度行けるか
どうかと言う一生。

 現代は、ものすごいスピードで
何もかもが過ぎて行って、
価値観も心模様も移ろいやすい
けれど、それが果たして
人の一生で幸運と呼べる
ものなのかどうかとか。

 古くから人の往来が
あった地域を往くと、
そんなことばかりを考えてしまう。

 ゆっくりと、歩ききれない。

 

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2009年1月26日 (月)

レースの町、鈴鹿。

 実は出張が明け、
年明けの本社に戻って勤務を数日
すごした後、次のJOBが
直ぐに決まった。

 今度もと言うか、
また三重県で、四日市の
隣町、鈴鹿市が今度の舞台。

 いまの世相から言って、
こうして直ぐに社会から
必要とされるのは
本当にありがたい話だ。と思う。

 少しの間、横浜にいそしむ
心積もりだったけれど、
上記のように次の舞台が
早々に決まった。

 なんだか少し落ち着かないなぁ
と言う精神状態などから、
この週末にかけてエントリー
していたスキーの大会は
キャンセルしました。
 全然練習も出来ていないし。
 今シーズンは、まだ蔵王での
はちゃめちゃな初滑りだけです。

 先週、鈴鹿に行ったけれど、
サーキットの近辺は何もかもが
変わっていた。
 初めて訪れたのが、高2の頃だから
かれこれ20数年前になる。

 あの頃は、サーキットの周辺には
殆ど何も無く、平田町の駅周辺に
ほんの少しお店があったくらい。
 駐車場も、サーキットのグランドスタンド
前のところにでも、
サーキットランド入り口ゲートの直ぐ脇にでも
クルマは置けた。ノスタルジー。

 今年はフォーミュラ1が
戻ってくるので、先週前を
通ったときも盛んに改修を
行っていた。

 筆者のお客さんのところは、
サーキットのすぐ北側にある。

 フォーミュラ1の時は、
もう仕事も済んでいるんだろうけど、
8H耐久の時は凄い混雑で
仕事にならないかも、そんな
ことを考えながら仕事ついでに
出張部屋を探していた。

 ある程度は予測できたが、
有期雇用の契約打ち切りなどで、
部屋はどんどん空きが出てきている
様子。中部地方の落込みは激しい。
(賃料はまだ下がっていないけど・・・)

 こうして旅打ちの博徒の様に
出張に次ぐ出張の暮らしは、
あと10歳も若ければなんの
気にもならない。
 人は「大変でしょう」と言う
けれど、たぶん「大変だ」とか
「苦しい」「そんなものは出来ない」と言う
マインドは、どんどん自分の行く先を
狭めてしまう。
 有期雇用の人達の一部も、
余りにも仕事を選んでい過ぎる
現状が指摘され、
「やっぱりな」と言う心象を
社会に与えてしまった。
 
 「オレはこれしか出来ない」
と言う、言える事は、実は
楽なんだと思う。

 企業がグローバル化を
進めていく中では、
昨日迄は技術系、今日からは人事
なんて言う配置や起用は
ごく当たり前にある。

 実はレースや競技と言う
ものを好んでするマインドには
理由がある。

 レースと言うのは、
もちろん競争相手がいることで
成立するものが殆どなのだけれど、
レースの本質は自分との
競争に他ならない。
 自分との競争に
勝つと言うことは、
Excuseを虱潰しに
していくことだ。
 
 自分の気持ちに素直で
自分に嘘をつかない。
 言葉にすると陳腐で
どうしようもない作業に
思えるようだが、
これは案外いちばんしんどい。

 最初の目標や志が
低くてもいい。
ただ一度それを
やり遂げると、
借り物で無い価値観や
自分だけの言葉を
発することが出来る。
 安易に迎合しなくなるし、
座標軸もぶれずに進める
ことが出来るだろう。

 長い長い2009年も、
ひと月目を過ぎようとしている。

 ララには申し訳ない
けれど、旅に付いて来て
もらうやに。(三重弁)

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2009年1月21日 (水)

ダウンタウンボーイ プアリルボーイ

 今日は実弟に誘われて、
町屋にある正泰苑 本店と言う
店で焼肉を食べてきました。

 率直に言って、美味い。
 そしてこれは東京の良い
ところだが、値段は価値が高い。

 松坂でも神戸でも、
高くて美味い肉は幾らでも
あるが、そんなのはなんだか
当たり前で有り難味が薄い。

 この店は、評判が非常に
高いのだけれど、
「ああせえ こうせえ」と、
その食べ方までも強要するかのような
有名店とは違い、
「放っておいて」くれる、
少々くたびれ気味の都会人には
そんな無関心さが
なんとも言えず心地よい。

 店に入るには、
必ず事前の予約が必要で、
あれもこれもこれも美味しいから、
財布はちゃんと準備して
行った方が良い。

 荒川区町屋。
 都電が走る町。

 東京は深い。

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2009年1月11日 (日)

横浜たそがれへ戻ってきました社会派

 2


 三重県での業務がひとまず終了したので、
横浜の自宅へ戻ってきました。

 1年間と言う期間を長期出張と言う形で過ごし、
三重の部屋にはそれなりの荷物があって、
最初マイカーで済んだ部屋入りも、
結局荷物出しは業者さん頼みになりました。

 横浜は、三重に比べて暖かいなぁと。
 三重は昨年の12月26日に雪が降って、
鈴鹿山脈や滋賀県境の山々の頂は
白くなっています。

 これから少しずつ、横浜での暮らしを
充実させて行こうと思っていますが、
もうあまりモノを増やすのはよして行こうと
考えているわけでして。

 業務執行については、
新年明けて、来年度に向かっていく訳ですが、
来年度の下期まで、まず回復の見通しは
社会全体として立たないであろうと。
(今の政府のスピード感では・・・)
 
 個人的に思うのは、
これだけ人を切り捨てていく中で、
この先景気が回復し、投資が活発化しよう
と言う段になっても、先に雇用を
なんとかしないとね、と言う感情論が
地域でも優先してしまうような気がします。

 派遣・有期雇用は元来から高リスク

 派遣と言うか、全体的な有期雇用の形態で
雇われている側は、この金融危機に乗じて
契約解除が大々的に行われているのだと言う認識は
改めたほうが良いと考える。

 12月で雇用期間満了だから契約解除に
なった訳であり、「便乗」それのみと言うことで
有期雇用の本来の意味合いを、
他の因子と摩り替えるのはどうか、と言う
気がしている。

 あと、会社の寮を契約満了に伴って
退寮後、住む所が無いって言うのは
「貯蓄」が全くないってことなのでしょうか。
 給与がたいそう安いからと言うのは、
余り理由にならない。
 給料が安かったら安いなりの生活をし、
月2、3万の貯金をすることが不可能とは
考えにくい。要は飲んで食って遊んでしまった。

 派遣と言う有期雇用の労働形態は、
正規雇用者に比べれは生活のリスクは
高い訳であって、むしろその働き方の
あり様は個人商店主に近いなと自分などは
考えている。
 ゆえ、そのリスクと引き換えに
正規雇用者とは違ったメンタリティーも
保証されているかどうか分からないが、
そうした働き方を新しいものだとして
少し前のマスコミも随分と肯定的に
報道もし、ドラマの主人公に据えたりも
していた。

 あの「年越し派遣村」に
集ったうちの何人かは徴集が
かかったプロの左派陣営の
茶番であったにせよ、
リアルな人達は少し情けない、
「大人」とはちょっと呼べない
呼びにくい。

 社会に背を向けて、
敢えて派遣の道、有期雇用の
道を選んだのならば、
最後に人の情けや彼らの
大嫌いなお上の施しを受ける様は
男一匹見るに忍びない。

 あと親は居ないのか
と言う話。
 親兄弟その他、世話になる、
厄介になるというのは無理なんだろうか。

 東京なら山谷、大阪なら釜ヶ崎、
そのどちらもが報道するには不向きで
馴染まないけど、結局つまるところは
日比谷公園だってそんなに変わらない。

 自己責任原則とかじゃなく、
そこに居るのはその人の自由なんだと言うこと。

 反面として、ああいう風には
なりたくないと言う作用が
通常の人には働く。

 だからマスコミの乱稚気な報道も
全く社会の害悪と言う訳では無いかも知れない。 

 でも「経済難民」とか
言葉を飾るのはやめたほうがいい。 

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2009年1月 3日 (土)

上品と言う価値のあるもの

 3日の今日は昼近くまで
寝てました。すみません。

 起きて直ぐ、
具合が良さそうだったので、
東京特別区の北西部の
実家そばにある洋食屋へ
ランチに行きました。

 チキンソテーの
マスタードソース和えと言う
のを食べました。

 ここの洋食屋の旦那と
話すのが、ここ数年実家へ帰って
来た時の決まっての流儀になっており、
この日も接客の合間を縫って
旦那が色々と話してくれました。

 この昨今の不景気ネタについては、

 食べ物も、安けりゃ客が残る
って訳じゃなくて、高くても
その値段よりも価値のあるものを
間違いなく出す店は絶対に
客は途絶えないんですよ・・・

 ってな具合で、
職業人がなすべき事の
真理を突いていた。

 やっぱり最近の日本の
悪いのは、マスコミがやたらと
若くてお金を少し稼ぐと
それが最良の善だ みたいな
風潮でもてはやすから。
 皆訳もわからず憧れたりしてね。
 
 で、金の亡者みたいな
訳の分からない脱法や犯罪を
繰り返して、最後は途方も無い
額の保釈金や裁判費用を使って
争う、これが最近の主流。

 いちばん不味いのは、
これらは即席ラーメンのような
ものだから、理念が希薄なんだよね。
 最初は皆も即席の理念に従って
手伝いも悪事の片棒も担ぐんだけど、
そのうちついていけなくなるわけ。
 何でかと言うと、企業理念と言うのは
言ってみれば起業したときの
「青春の夢」であり、ひじょうに
高潔で清冽なものの筈だから。
 これが大した裏付けも無い
ものだと、物差しが「青春の夢」から
金のほうへ移行してしまうわけ。
 
 で、最悪の内部告発若しくは
外部告発で発覚するパターン化。

 筆者などは、10年と言う短い期間
では有ったけれど、
やっぱり幸之助翁の教義を真面目に
考えてきたから、
職業人ないしは経済活動者としては
幸運で有ったように思う。
 迷ったときは、も一度
企業の経営理念に立ち返って
みると言うことが出来ると言うこと。
 これが出来るのか出来ないのかは、
社会の中に常にある企業にとって
結果大きな違いとなる。

 やっぱり人間は弱いものだから、
足場がぐらついてしまうと、
その場その場での対応に終始してしまう。
 当事者である相手へ安易に迎合したり、
「金」とか「楽」「利潤の追求」に
走ってしまう。
 企業だろうが個人商店だろうが、
「儲け」がないと成り立たなくなるのは
当然として、儲けを追求するから
理念を曲げてブレまくっても
良いのか、と言う訳ではない。
 理念と儲けを両立できないのなら、
早晩その事業自体が成り立たなくなる。
 
 両立して初めて上品と言う。

 やっぱり物差しが「お金」だけってのは、
一時は様々なものを凌駕して
短期では勝ちを収めることが出来る
かも知れないけどね。でもね、
 日本人の美学ってのは複雑だから、
そう言うのは「下品」だろってなる訳ですよ。
 
 せっかくお金を掴んだんだから、
そのお金は、
上品に様々な価値あるものへ
再分配して、
下品さから脱却しないと
ダメですよと思うのですが。

 

 

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2009年1月 2日 (金)

入間の今

 007

008


 

 


 2日の今日は、
ここのところ毎年お参り
している青梅の塩船観音寺へ
初詣に出かけました。

 父親のクルマの後部座席に
乗って、まぁ正月くらいは
自分で運転しない日が
あっても良いかなと。
 あと、やはり具合が
本調子ではないし。

 塩船観音は、なんてことは無い
観音寺なんですが、
毎年こうして無事でいられるだけ、
ありがたいってもの。

 その後は入間市に
あるらしい、アウトレットへ
またまた出かけて
AVIREXの革ジャンなんぞを
購入しました。

 やっぱり入間といえば
むかしからブルーインパルスの
模範飛行なんかをする
ところですし、これは
フライトジャケットは
はずせないだろうなとか
なんとか、そんな思惑から
AVIREXの店も入間に
ある訳で、ついつい・・・

 しかし羊革でとても
軽く、縫製もしっかりしており
着ていく程に馴染んで
行くような、具合の良い
ものです。

 それにしても入間も
だいぶ変わったなと。
 むかしは小3で芋掘り遠足へ
来るような田舎だったけれど、
いまや完全に東京、首都圏の
サテライト。凄い、人とクルマ。

 夜はこいつを着込んで、
この6月に結婚した友人を
囲んで、地元の仲間と
飲みました。
 やはり調子が悪いので
あまり大げさには飲めませんでしたが。

 この友人は一生懸命
働く真面目な男で、
社会人になってからは
金のかかる健全な遊びを
随分と一緒にしました。

 筆者が未だに蔵王に
こだわって出かけるのも、
この友人と二人ででかけた蔵王が
何となく思い出されるからかも
知れないし とか。
 ウインドサーフィンを始めた頃は
結構真面目に西湖へ通って
対岸へ流されたりし、過ごしていた。

 その後は彼が先に大阪や
名古屋へ流され、その後
自分が新潟へ流され、
彼も富山へ来たりし、
二人して日本海同盟を結成して
高田や富山で時々は飲んで
遊んでいた。

 そんなことを思い出しながら、
最後はウーロン茶を啜っていた
筆者なのである。 

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2009年1月 1日 (木)

日に新た

 001


005

 


あけましておめでとうございます。

 昨年12月のエントリーは、
なんとたったの一つだった訳ですが、
年の瀬の大須に行って買い物したりと、
仕事を六日間し、週末はそれなりの
感じで過ごしていました。

 仕事関係が例によって
バタバタしていて落ち着き無く
年末を迎え、横浜に帰省後そのままの
勢いで30日、31日泊で予約していた
山形蔵王のリゾートへ出かけました。

 両親とララを連れて出かけ、
自分はスキーをちゃんと真面目に
滑らないと、大会への出場も
危ぶまれるコンディションだったのですが、
なんと胃腸炎感冒に罹ってしまってました。

 31日スキー場へ送ってもらい、
そろりとではなく、いつも通り
ガンガン滑り始めたのですが、
吐き気がしてきてペースダウン。
 時々ゲレンデの脇で吐きながら、
堪えながら滑っていたけど、
とうとうやばくなってサンライズ観光の
リフトハウスで休ませてもらいました。

 感冒すなわち風邪なのですが、
31日は2時間弱であがり、
その後は美味しいと評判の
年末年始特別ディナーも食べれずに
横になっていました。

 年末に風邪で寝込むなんて、
土光敏光さんみたいだな、
とかなんとか悦に入って(ウソ)
 
 だいぶくたびれていたんだろうなと。

 明けて正月は父親に
自分のクルマの運転を任せ、
佐野のアウトレットに寄って
何も買わずにラーメンだけ
途中で食べて東京の
実家に帰ってきました。
 
 具合が悪いと、
購買意欲、消費欲も
希薄になっていくのだなと。

 正月に具合が悪くなったのは、
ちょっと記憶に無いので、
とてもシュールな正月になりました。

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2008年12月 1日 (月)

ラスト クリスマスナイト

 あと数日で1988年が終わろうとしている。

 少年は、品川から芝浦へ向かう車の中にいた。

 すでに陽は暮れて、辺りは猥雑なネオンサインに
包まれ。

 少年は、15分経っても信号一つ通過できない、
都心から少し離れた場所での渋滞に
苛立ちを隠せないでいた。

 この少し先に、猥雑で混沌を極めた
クラブがあった。

 多分、今夜はその場所で、
催しが有るんだろうなと、
少年は渋滞の理由に見当をつけた。

 「田舎モンばっかりだろう」

 少年は東京の北西部に
生まれ育った。

 そんな田舎モンが、都会で
渋滞にハマる自分を尻目に、
我が物顔で街を蹂躙している。

 彼ら、彼女らは通り過ぎ行くだけの存在。

 どうか俺の邪魔だけはしないでくれ。

 少年は心からそう思っていた。
 
 ダットサンのステレオに、
新しいカセットを入れた。

 ロイ・オービソンの
「オンリー・ザ・ロンリー」だ。

 「お前はただ孤独なだけ、ただそれだけ」
ロイは、楽しそうに狂おしいほどに、
よく通る、高音を車中に響かせていた。

 JDサウザーがロイにリスペクトされて、
この後「ユア・オンリー・ロンリー」を
出したんだ。
 

 少年はロイの唄を聴きながら、
JDのことを思い出していた。


 もう我慢が出来なくなっていた。

 本当なら東京の北西部へ右折する
レーンを、少年は乱暴に
左へハンドルを切った。

 橋を渡った。

 船員宿泊所の脇を通り抜けて、
少年のダットサンは通行止の
ゲートをパスした。

 ガントリークレーンの操作員が、
少年のダットサンを指差していた。

 出きるだけ埠頭の先へ。

 
 カセットを変えた。

 フリートウッド・マックの
「アズ・ロング・アズ・ユー・フォロー」

 スティーヴィー・ニックスの
物憂い声が、いたたまれない。

 少年はダットサンを降りて
埠頭に立った。

 東京にも海がある。

 東京は、海に抱かれた街なんだ。

 遠くかすむ房総半島の灯りを
望みながら、

 少年は改めて東京を思った。

 少年は、自分の人生を考え始めていた。

 

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2008年11月 3日 (月)

クルーザーレースは、ちょっとハイソ

2008_002
2008_003
2008_014
2008_0077

 昨日は、予定通り計画通り5:00には起きて
琵琶湖へ行って来ました。

 

 レースは琵琶湖セーリングクルーザー協会、
(略してBSCAビスカ)が主催する、
オータムレガッタと言う草レースです。

 30ftオーバーのクルーザーが
沢山出ており、三連休と言うことも
あってクルーも大勢集まったようでした。
(自分が乗った艇は4名)

 メルゲス24は純粋なレース艇
なので、キャビンやなにかもなく、
はっきり言ってそれなりの風が
吹けばクルーザーに負ける訳がないな、
と考えていた。

 結果は、下りでジェネカーの
威力を発揮して他艇をごぼう抜き。
 一時トップに立つものの、
レースは水物。
 ゴール地点の変更(コース短縮)があり、
気づいた時には賢い他の艇が
新たなゴールマークへ
向かっている時でした・・・

負けレースと分かり
最後、フィニッシュの時は
スキッパーを交代させて
下さりました。

 全体的に微風域の
レースで、神経が磨り減る
じりじりしたレースとなりましたが、
まぁ仕事の間隙を縫って
こんな遊びが出来るんだから
万歳三唱ですわ。
 


 しかしまぁ考えてみれば、
琵琶湖は近畿圏でも指折りの
プレイスポットと言うこともあり、
金持ちと思しき方がうようよ。

 ああいう場所って、
 外車がほとんどなんだよね。

 自分にはレーザーの
ほうが、合っているような感じです。

 ただ、冬は滅多なことで
沈(Capsize)しないクルーザーは
水の中に入らなくて済むので、
体には優しいな、と思いました。

 冬はスキー選手になるので、
どこかで頭を切り替えなくては
いけませんが・・・
 


 

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2008年11月 1日 (土)

初レガッタ

 明日は琵琶湖のワニ浜と言うところで
セーリングクルーザーのレースがあります。

 乗艇するのはメルゲス24と言う船で、
同じレーザー彦根Fのメンバーの方から
お誘いを受けました。
 クルーとしてレースデビューです。

 自艇のレーザー193841ではなく、
メルゲス24だったと言うのは、
考えてみればラッキー。

 あまりプレッシャーが
かからないレースと言うことなので、
明日早起きして出かけます。

 メルゲス24は、
レーシングキールボートであり、
ジェネカーですっ飛んでいく
速い船です。

 今日こちら北勢エリアでも
木枯らしと思しき風が吹いていました。
 明日はそんなに吹かないで欲しいぞ と。

 この連休は、仕事の都合で
明日だけのお休みです。

 暦どおり休めませんが、
絶対に趣味は捨てねーぞっと。

 趣味を楽しめないこと。
 それを仕事の所為には
したくない。
 「趣味が仕事」「仕事が趣味」なんて奴、
アマチュアだと思いますし。

 明日に備えて、早寝しますわ。
 lullabyいらずって事で。

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2008年10月21日 (火)

休みの日

 このあいだの19日の
休みは、約一月ぶりに
レーザーに乗ってきました。
 なにやかや、彦根通いを
空けてしまいましたが、
この日は松原海岸で他の
方々と練習。
 
 場所はちょうど、
鳥人間コンテストの
スタート台の出来るとこです。

 そして帰りには京都に寄って、
スキーを予約してきました。

 京都市中京区河原町
二条上ル清水町と言う
ところにあるのですが、
ナビでも分かりづらい。

 なになに上ル
 なになに下ル

 多分御所を見て
 そう言うんでしょうが・・・

 ちょっと一方通行が多い
京都の街中で迷いました。

 今年からラディウス27mと言う
規格になったので、多分
板も大きく変わると思い、
久々のマテリアルチェンジです。
 エランの板にしました。


 先週は12,13日と
横浜の自宅でのんびり
過ごしていましたよ。
 母親が遊びに来て、
ちょうど誕生日でしたので、
赤い靴じゃないけど
リーガルのアウトレットで
靴を買ってあげました。
 いや、女性モノの靴は、
ああいう系統の店だと
安いですね。
 もうちょっと店を
選んであげれば良かったのですが、
普段履きということでしたので・・・

 いろいろ忙しい奴だな、
と言うご貴兄もいるには
いますが、
「大統領のように働き 王様のように遊ぶ」が
モットー(ぜんぜん最近は違いますが・・・)
 
 早く高速が無料になって、
ガソリンが昨年並みに戻れば
良いのですが。

 それだけでなく、上の
二つが実現されれば、
新幹線も旅客機も安くなるような、
そんな気がします。

 それにしても、
東名高速の90kmしか
出せない貨物輸送トラックの
右側追い越し車線で
安住するあの運転、
なんとかならないのでしょうか。

 90km/hしか出ない車両が
えんえん10kmも
80km/hの車両を追い越すのに
右側車線を占拠します。
 マナー悪すぎですし、
道交法違反でもあります。
 そもそも彼らは追い越し車線を
走ってはいけないはず。

 ララと一身同体でクルマで帰るしか
帰着の方法はないのですが、
毎回毎回東名高速を走るたびに、
この一部の最悪マナー
貨物輸送トラック群には
イライライライラします。
 ある意味彼らは愉快犯です。

 あと、上記に書いたように、
貨物列車による輸送手段が
廃れて来た理由が、運賃の
高騰なんでしょうが、
高速が無料になって、
列車の運行費用が安価に
ならない場合、さらなる
高速道路でのマナー低下が
加速するような気がして危惧しています。

 まぁこんなうすのろ間抜けは
考えないようにして、

 レーザーとかスキーのことを
休みの日は考えていたいですね。
 
 

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悲しみの兵士Les Hommes シルヴィ・バルタン

 Lullaby_003


 ララララララーー
 ラーララララー
 ララララララーー
 ラーララララー

 部屋の壁に貼ったビラをご覧なさい
 失うものなどもう何もない
 そんな男たちの中の一人の姿を

 パンの種を蒔いたつもりなのに
 石ころしか生えて来なかった
 
 彼らの祈りは虚しく
 その拳を握りしめたのだった
 
 そして夜明け共に
 馬に股がり銃を手にとり
 旅立ったのだった
 
 失うものなどもう何もない男たち
 街へ下りてきて、すべてを破壊し
 焼き払うだろう
 
 魂を怒りで満たした男たちは
 戦いの歌、自由の歌を知る

 男は故郷の石の下に眠っている
 しかし彼の名前や顔は
 すべての人々の記憶に刻まれているのだ

 土埃のなか両手をくみ横たわる
 志半ばで倒れた者たち
 
 最期の朝を迎える者たち
 
 その死は決して虚しいものではない
 彼らの名前は銃よりも力強く
 国境を越え生き語り継がれてゆく
 
 失うものなどもう何もない男たち
 街へ下りてきてすべてを破壊し
 焼き払うだろう
 心を怒りで満たした男たちは
 戦いの歌、自由の歌のために

 今日も昨日と、明日も今日と同じ事なのだ

 失うものなど もう何もない男たち
 街へ下りてきてすべてを破壊し
 焼き払うだろう
 怒りが彼らを奮い立たせ
 戦の歌を、自由の歌に変える
 今日も昨日のように 
 明日も今日と同じように

 ララララララーー
 ラーララララー
 ララララララーー
 ラーララララー

 1970年8月フランス


 最初のララララララーの
出だしがなんとも言えない、
フレンチポップス。
 筆者の犬の名前もララです。

 当時人気絶頂で、
ウルトラマンの怪獣の名前にも
パクられたバルタンさんが
この手の歌を演るのが
なんともフランスらしいといえば
らしい。

 フランスも、
インドシナやアルジェでは
結果的に散々な目に
あった訳でして。

 でもこういう歌が、
国民的歌手が歌うって現実。
 まぁフランス革命が
背景にあるんでしょうが。

 日本もアメちゃんの
手先になることは
しっかりと「真相はかうだ」の
番組総括くらいから始めて
それからでも遅くはなかったか
知らん。

 思想がない。
 

 日本人は、民間の
企業からして公務員の
模倣に走るから、
思想=悪 と決め付ける。

 それで思想無しの
独走を許してきたから、
いまこんな有様なんですが。

 公務員の側も、
皆が模倣する我々が正義、
政権与党も、
それを制御してきて俺様が正義。
 政治家の側は、主にそんな
正義と呼ばれるものを、
大衆真理を利用して世襲しようとする。
 公務員の側は、世襲は
あからさまには出来ないけれど、
あってはならない既得権益を
守り抜こうとする。

 いま、それは正義じゃないことが
ようやく明らかにされてきた。

 日本人は惨い。

 おカミ意識とか、
治安維持法の呪縛などからも
いまだに逃れられきれていない。

 ちょっとフレンチポップスを
聞きながら、そんなことを
考えてしまいました。

 写真は三重に長期出張中の
筆者が撮影した伊勢神宮。
 ここのご朱印は、しょぼい。

 

 


 

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2008年10月17日 (金)

絶えず過去へと流されながらも、逆巻く波に向かい滑走する

― SO WE BEAT ON BOATS
  AGAINST THE CURRENT,
   BORNE BACK CEASELESSLY
   INTO THE PAST ―

 ロングアイランド海峡のイーストエッグ
にある いとこの家へ、ニックは招かれた。
 その時、小さなボートでブキャナン邸へ
上陸するのだが、金持ちが乗る
セーリングクルーザーのブームに
自分の頭をぶつけて
中折れ帽子を海へと落してしまう。

 上の英文はフィッツジェラルドとゼルダの
墓碑銘にある「グレート・ギャツビー」の
1文だが、映画の冒頭シーンが
印象的でヨットの滑走としました。
 村上春樹は「舟」としたけど・・・

 『株屋は簿給で大変だろ 
なんか仕事を世話するよ』

 ニックはいとこのデイジーの夫、
トム・ブキャナンからそんなことを
言われる。

 時はローリングトゥエンティの
終わりからロストジェネレーション只中。
 映画の中でギャツビーが、
親の財産が無くなったのは
「大恐慌で何もかも失くしたよ」と、
嘘をついていたシーンを思い出すと、
原作とは少し時代背景が違うような具合。

 浅尾大輔がふざけた雑誌名
「ロスジェネ」を創刊したら、
2008年は本モノの時代みたいな背景に
なっちゃった。

 浅尾の思惑とは正反対だとは
思うけど。

 そんな具合で、
筆者は中学生の頃、
「株屋は簿給」なんだと
勝手に思っていた。

 ハタチくらいの時、
バブル華やかりしき頃、
文系のそれは、
割合多くがこぞって
証券だの銀行だの投資だのの
金融関係の企業へ
競って入社していたものだ。

 そもそも、その
実体のない証券なんてものを
信じてしまうのは、アホが
することだと勝手に考えていた。
 人が幾らそれで儲けようが、
そんなものは天の配剤で
いったら悪の部類に入る訳で、
そのようなことで肥え太るものは
死んだら地獄へ行くものと
切望して止まなかった。

 映画「さらば友よ」の中でも
フランスの保険会社の証券を
バランやプロップは薪代わりに
して金庫の中で燃やし続けている。
 「株券は足が付くから持ち運びできねー」
とかなんとかうそぶきながら。
 つまり信用できるのは
「現ナマ」だけだと。
 人も組織も基本的には
信用しねーぞ と。

 だいたいにしろ、
数年先の儲けを見越して
株購入を勧めるような
株屋は皆無だと思うし。
 そんな先見の明があるなら
恐らくそんな人は株屋なんか
しなくても生活できるはず。

 株屋も金融商品をさばく
輩も、正直言って
経済活動の上では信用できない。
 いや信用したことがない。
 
 それは、言ってみれば、変わらない
持論なのである。

 株屋もバンカーも、
自己資金のうちで
自己完結できる有望株への
投資とかね、それぐらいなら
今みたいな問題は起きていない。

 問題は、
人と世間からかき集めた金が
その他の回収見込みのない
人へ大量に流れて行って
しまってること。
 逆マルチ商法みたいなものだ。

 あとやっぱり
一番惨いのは、
そんな先のことも
覚束ないチンピラどもが、
自分たちで会社や個人の
価値を決めて金をばら撒き、
それに則って集めた人の金を
あちらこちらで流用していたこと。
 こいつらは実体の無いものでの
金儲けは得意で好きなようだが、
人を見る目は全くないようだ。
 

 実体がないものを、
金儲けに目がくらんで
簡単に妄信してしまう。

 サブプライム問題なんてものを
仕組みづくりから始めたような奴は
とんでもない悪人だろう。

 有望株へ投資して、投資先が
見る目の通り発展していく。
 それが正常で、バンカーの栄誉に他ならない。
 でも件の彼奴らは、人を見る目がないから
そんなまっとうな商売なんか出来はしない。

 目的が方法優先に摩り替わった
商売は、いつの世も最後には
大義名分を失って崩壊していく。

 それで自己完結できればいいのだが、
巨悪は善人を巻き添えにする。

 分を知る、足るを知る。

 起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半

 日本古来の美学を、
この巨悪どもに叩きつけてやれ。
 

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2008年10月 4日 (土)

しばらく帰っていない時は

 9/12に横浜へ帰ってから、しばらく
横浜の自宅へも行っていない。

 10/6と12,13日は業務の関係と用事があるので
帰りますが。
 新潟へ転勤してた四年は、
人に貸していた。
 家賃収入もあって、
人が住んでいたほうが
家が傷まなくて良いとか、
そんなことを言われたけど。

 あれは全くのでたらめだ。

 やっぱり、人は自分のものと
思えばこそ、ものを大切にする。
 
 家に帰って、
ひとしきり隠れたところも
見たけど、想像以上に
傷みがあって落胆した。

 

 3週間くらいたって、
自宅に帰ると、
玄関を開ける。

 あって良かったと思う。
 ものなんだけど、
居てくれて良かったなと
考えてしまう。

 人というのは、
自分の望まない
境遇に身を置くのが
常なのかも知れない。

 そういう風に思うのも、
自分にまだ、ちんけな自負心が
あったり、なにものかを
実現できると信じているからだろう。

 充足しきるのは
ほんの一瞬で、
そこからまた新しい何かを
始めていく。

 キリがないのだけれど、
充足して、時が経つのが
平気になってしまうのは
それが老いなのかも
知れないなと、最近よく思う。

 明日は天気がどうあれ
琵琶湖に行ってみます。

 国道306が通行止め。
 なんか解除になったみたいです。
 鞍掛トンネルのとこで、
土砂崩れがあったんだと思うけど。

 冬にはまた通行止め。
 滋賀との県境は
雪に閉ざされる。

 休みの日の306号は、
鞍掛峠の道に入ると
ほとんど車が走っていない。
 筆者のように、ディンギーに
乗るためなどと特別な
事情がない限り、
使う人もいないのかも。

 道路って不思議だ。
 
 1日の経済効果が、
2,3万なら、やっぱり
トンネルなんて作るものじゃない。
 
 

 

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2008年9月30日 (火)

会社員的に、上期(第二四半期)が終わろうとしています

 明日から10月1日です。
 
 思えば昨年のその日は、
転職して初出社の日でした。

 その後1年間の試用期間的な
ものを経て、明日から
「名前のある馬」的な日々が
始まります。
 いや、なんか真っ当で適切な
比喩表現ではないですね。
 アメリカの「名前のない馬」が
好きなんで。つい。

 1年間の試用期間的な
雇用は長いなと正直
思いましたが、
でも途中で辞めて行く
同じようにキャリア採用で
入った同年代の人が多いこと・・・

 生え抜きのプロパーに
出来ないことを期待されている訳ですから、
やっぱりここは異端で行くしかないなと。
 まぁでも極力摩擦は避けていくと。

 本論に入る前に消耗しないようにと。
 まぁ色々考えている訳で。

 エコロジカリークリーンを
コンセプトに、社会貢献していきます。
 マズローが唱えたものの先にある、
自己超越を目指していきます。
 
 かけがえのない地球のために。

 

 しかし麻生さんの施政方針演説・・・
 泣けてくるね。
 みすみす下野を前提に、
小沢さんに話しかけているかのよう。
 
 中山さんも、すでに死に体の
日教組を祭り上げてしまうかのような
醜態。寝た子を起こすなんとやら。

 むかし愛国党の赤尾敏さんなんかが
盛んに「撲滅日教組!」なんてやっていたから、
自分たちのように特定のセクトに
属していない輩でも、日教組が
いったいぜんたいなんなのか、
大体は分かっていた。
 
 今の中学生に「日教組」なんて
聞いてみても何も知らないと思う。

 学生運動崩れの先生方が、
よく分からないカタカナ言葉の
羅列でアジっていたけど、
その実、酒飲み会と大して
変わらない内容で、
自分などは仲間と結託して
カシオのインクリボン式
ワープロを買って、
ビラを刷り、全校に
日教組教諭の悪行を
ばら撒いて糾弾していたものだ。

 別にそれが功を奏した
訳じゃないが、特に都市部での
「日教組」なんて完全に
死に体で弱体化していた。

 ゆとり教育なんてものを
推進している時点で終わっている。
「日教組」は理想を捨て
私欲に走ったのである。

 自分たちが教育出来得ない
未履修分を、生徒もちの費用で
塾へ外注化したということだ。

 それで、本来なら
こんな役立たずの組合は
支持母体を早々に失って
壊滅寸前の打撃を被るべき
ところを、そうならなかった。

 何故って親方日の丸ですから。
 すごい矛盾。
 税金でサボタージュ。
 最悪でしょう。

 基本的には組合活動の範囲で
いくら狼藉を働いたところで
クビになんかならない。
 公務員の暴走に他ならない。

 つまり、革新野党は
日教組からの支持は厚いが、
しかしその実その暴走を
許してきたのは、政権与党である
自公だったということ。

 根幹となる責任の所在を
論旨ずらしで野党へ振るなど、
とんでもない所業ではないか。 

 「日教組」は確かに惨い。
 聖職なんてものとは
かけ離れた組織でもある。

 しかしそんなことは
とうのむかしに分かっていたこと。

 長年、公務員制度改革に取り組まなかったのは
政権与党の緩手ではないのか。
 

 そんな「ゾンビみたいな日教組」の
名前を公共電波で復活させた
中山某。それだけで失職に値するでしょう。

 てな具合でまた脱線しました。

 選挙に行きましょう。

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2008年9月23日 (火)

夜鷹の夢(Night hawk)

夜の闇にまぎれ
僕等 低空で飛び続けた
月は何も知らず
低く エンジンが響いてた

そこにどんな人が
暮らし 笑い合っているのしょう
そこでどんな夢が
生まれ 育まれていたのでしょう
地図に示された 名も読めない町
今夜も 正義を御旗に

生きとしいけるもの全て
焼き尽くす紅蓮の炎(ひ)が
真下に流れる
予定どうりに機首上げて
弾薬庫の蓋閉じて
勝利の旋回
何も 見ない 何も 聞かず
何も 何も 何も 何も

まるで祝うように
花火 ささやかに打ち上げてる
怒り 嘆き 悔やみ
そして 憎しみを受け止める
朝日より早く まぶしい光が
突然 ガラスを砕いて

生きとしいけるもの全て
同じ色 真紅の血が
胸から流れる
力なく握る操縦桿
振り向き叫んでみても
誰も答えない
月が 遠く 霞み 消える
母も 父も 友も 君も

生まれた国が違うなら
こんな砂漠の朝焼け
見ずに生きてゆく
暁の空に夜鷹が
はぐれてもう戻れない
流れ星になる
生きとしいけるもの全て
同じ色 真紅の血で
命を 育てる
どんな正義をかざしても
流れ出る真紅の血を
止められはしない
夢を 見てた 長い 夢を
長い 夢を 長い夢を

夜鷹の夢
作詞:Saiko Kawamura
作曲:D·A·I
编曲:Do As Infinity
And Seiji Kameda

 この楽曲は、湾岸戦争で
人殺ししていた米兵をモチーフにした唄らしいです。
 夜鷹って言うのは、江戸時代の
街娼のことじゃなくて、
ナイトホークって言う爆撃機のこと。

 反戦歌と言う向きも
ありますが、真面目に
聴かないと最初
「勝利の旋回~」しか
耳に残りません。

 あとアニメのOPで
使われたらしいですが、
そっちのほうはじぇんじぇん
知りません。

 この唄の残念なところは、
題名と、最後に「夢を見てた~」と
しているところ。これ最悪。
 伴ちゃんもダメダメだね。

 まぁこれは悪夢なんでしょうが。
 殺してる側が悪夢なら、
許されるものではない、免罪符に
なる訳じゃない。
 殺された側はなにも語れない、
ってことを忘れちゃならんですたい。
怒り心頭。

 UNFORGIVEN 許されざるもの
 
 人間は許されざれるものだよ って、
最初からそういう入り方したら
唄で贖罪を求めるなんてことは
出来ないはずですばい。
 しかも戦争に行って人殺した側が、
なにを言っているんですか あなたは。
怒り心頭。

 この間NHKでもやっていましたが、
兵士たちはどうやって戦わされていたか、
そんな番組。
 もうなんていうか 戦わされていたか って
くだりがNHKの意図を物語っている。

 ああいうのは、
人間の意思能力を
否定しているようでおかしい。
 人間は、やってはならない
ことを理性では自覚できるはずなんだよ。
 それがつまらん経済的な援助、
奨学金欲しさに魂売り渡すアメリカ人ども。
 もうこれ最悪。

 WW2とかVietnamの頃と
大きく違うのは、兵の数。
 今だったら、
兵役終わって、ほぼ無条件に
大学に通わせてもらえる とか。
 そういうなにか大きな見返りが
あるから戦争に行くわけで。
 別にアメリカ人に実態的な
生命の危機が及んでいる
訳じゃない。

 それで人殺してきて、
帰還して、
悪夢にうなされて、
アル中になって殺人だの
暴力に走るなんてのは、
最低最悪。
 で、NHKもそう言うの肯定して
反戦を煽るって手法。
 ちょっとおかしい。

 罪を憎んで人を憎まず
なんてのもちゃんちゃらおかしい。

 罪を犯すのは人に他ならない訳で。

 人を殺したら、それを一生背負っていくと
いうことを忘れてはいけない。

 アメリカのああいうやり方は
納得できない。
 忌避だって出来るわけだから、
何かと引き換えに戦争に行く
兵士の側だっておかしい。
 
 考え方としては、フランスの
外人部隊のほうが分かりやすい。
 戦争が職業だよ と。
 それを肯定するものでもないが。

 アメリカ人だって、つまらん援助を
断って、皆で逃げ切れば
兵の数が足りなくて大規模な
戦闘なんてできないんだよ。

 反戦歌とか反戦映画を、
侵略戦争に行った側の主観から
やるのはおかしい。

 Cイーストウッドも、
許されざるものやミリオンダラーベイビーまでは
良かったけど。
 硫黄島の映画はダメだった。
 
 両方とも、え なにが?  
そんな感想しかない。

 ちょっとそういう視点での
なにかが多くておかしいと思っていた。

 犯罪者の側から立って、
報道するようなのもおかしい。
 
 
 

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ファストカー(トレイシー・チャップマン)

あなたは速い車に乗ってる。

どこでもいいから
連れてってくれない?

どこだっていいわ

新しいなにかを始めて
失うものなんか なにもないんだから

でも なんとかなるわ
はっきりとは言えないけど

あなたは速い車に乗ってる

この町から出て行きたい

ずっとコンビニで働いていたから
お金なら少し持ってるわ

そんなに遠くじゃなくてもいい

国境を超えて、町に入って
二人でなにか仕事を見つけて

そこで生きる意味を見つけるの


あなた見たよね
あの年老いた父親には問題があったの

父親はお酒ばかり飲んでた
働くには年を取りすぎているとか言ってさ

ずっと 若いって言ってたけど全然

ママはそんな父を捨てて出ていったわ

父親は何も与えてくれない人

誰かが父を世話しなければならなくて
結局私は学校を辞めた


あなたは速い車に乗ってる
飛ぶような勢いで走るのよね

ねえ
今夜ここを出るか
それともこのままここで死んでいくのか
はっきりしょう

走ったよね
ものすごい速いスピードで
町の光が目の前に広がって

あなたの腕 肩越しに優しかった
私はあなたと一緒に居れば
生まれ変われる気がしてた


あなたは速い車に乗っている
楽しまないと


あなたはまだ無職のまま

私がマーケットのレジ打ちするわ

いつかうまくいったら
こんな暗いところから抜け出して
郊外に大きな家を買って住もう


あなたは速い車に乗ってる
私が借金払い終わったら
遅くまで飲むのはもう止めてよ

それよりも友達と会ったほうが良いわ
今より良くなって欲しいと思っている
二人ならきっと上手くいく

まだどこに行けばいいのか分からないけど
とりあえず走り続けよう

あなたは速い車に乗ってる
この場所を飛び立てるくらい速いのかな

今夜ここを出るか
それともこのままここで死んでいくのか
はっきりしよう


 

 いやめちゃめちゃ暗い唄です。
 高校生の時に初めて聴いて

 飲んだくれの父親と
母親は結婚して
私を産んだ
 
 で、私の男もだらしない
 速い車は持っているけど
私の金をあてにしてプ~太郎
 おまけに飲んだくれ

 あの頃はバブル華やかりしきころ
だったから、そんなでも無かったけど
今だったらもっと流行すると思うな。

 でも、この唄の中の
人たちを評してどうこう言うのは
どんなんよって感じ

 業務執行の関係で
地方ロードを繰り返してるけど、
結構似たようなのが
そこいらじゅうにあるよ って。

 暦どおり休んでいる人が、
格差社会とか言うな。
 それは幸せなことと思え。

 そんな矛盾をはらんでいるにも
関わらず、
自分を恵まれない陣営に
紛れ込ませて 嘆くのはよせ。


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2008年9月 1日 (月)

レーザー8/31 彦根

 20080831_002


 北勢から近江にかけて、
8/31には雨もやんで
具合のよさそうなコンディション。

 筆者の住む、三重県菰野の田舎から
国道306号で、滋賀県は彦根に向かう。
 シタ道、国道の峠越で約1時間ちょい。

 なかなかな峠道で、夜になると
攻めにくる若者やおじさんも沢山いる
ことを物語る、路面のブレーキ、ドリフト痕。

 筆者はおとなしく山を上がり下がり。
 冬には通行止めになるので、
その時は関が原経由になります。

 誰も出ていない浜ですが、
微風域なので一人で出ていきました。

 ここは、滋賀大経済や彦根工業の
艇庫もあります。
 練習休みだったり、遠征に行っていたりと、
本当に誰もいない浜。

 個人競技のマインドとしては、
誰もいないほうが、こう言うコソ練では
落ち着いたり落ち着かなかったり。

 一人で艤装していくんですが、
まだまだ慣れないや・・・

 セイル、マスト、ブーム、ブームバング
アウトホール、カニンガム、
ラダー、ティラー、ティラーEx、
センターボード等など。

 レーザーはシンプルですが、
ただのプレジャーボート乗りには
当然理解できない。
 やっぱり最初は、誰かに教わる。
 

 筆者はウインドをしていたのが、
だいぶ役に立った。

 アビームの練習。正面から風を受けて
艇を横に走らせる。ひたすら繰り返す。
 時々あっちゃこっちゃに振れる。
 真っ直ぐ走らせる練習を、ひたすら繰り返す。

 微風なんで、だいぶ落ち着いて
練習できた。
 ティラーの扱いも、感覚がつかめた。
 でも強風で波が高いと、
ヘルムがあって、また大変なんだと思う。

 レーザーセーリングは、何気に
全身運動。辛いけど気持ちがいい。

 デッキ上で動きがあるので、
膝まで隠れたパンツが具合よさそう。
 やっぱりハイキングパンツは
有ったほうがよさそう。

 色々なことを考えながら、着艇。

 一人でもなんとか船台のうえに。
 微風域ならでは。

 でも二人いたら、それに越したことは無い。

 シングルハンダーとは言うものの、
行動の基本は最低二人かなと。
 
 人として。

 上がってきて、フーフーしていたら、
フリートのキャプテンが登場してくれました。

 またここからヨット、セーリングの話。
 うちのキャプテンは理性的で、
少し気の短い筆者とはバランスが丁度良い。

 片づけして終了。

 来週からは、すこしハーバーも
活気付きそう。


 

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2008年8月25日 (月)

終わらない夏

Lullaby_034
Lullaby_033

003_2


 どーも。

 急に涼しくなりましたが、
またぶりかえしとかあるんでしょうかね。

 夏休み中に、パフォーマンスセイルクラフトジャパンへ
レーザーの新艇を受け取りに行きました。

 うちの母親へ、このブログを読んでいるらしい
弟君がそのことを話したらしく、
ごちゃごちゃ言われました。
 心外です。

 安住の地に滞在できない
身の上なので、新しいことを
始めでもしないと犯罪に走る恐れがあります。

 まぁそれは冗談だとして、
別に自分の金で、趣味に走って
ごちゃごちゃ言われるのは心外ですよ。
 本当に。

 そんな金が有るなら、
どこかもっと広い家に移れ とか
母親は親心で勝手なことを
言っていたけど、今だって
一人で住んでいる家だから
十二分に広いし、だいいち
生涯の伴侶も見つからないのに
何をかいわんや って感じです。

 それ以前に業務執行の都合で
横浜に住めないなんだから、
横浜に今よりも広い家を建てたって、
そりゃ無駄ってものです。

 こんな話は、
生活と言う うすのろ って
感じがして、嫌ですね。


 まぁつまらない話はおいてですね、

 パフォーマンスでは、逗葉Fの粟野選手に
セッティングを教わりました。
 ここで、はたと気付いたのは、
やっぱり新艇で良かったなと。

 どこか訳の分からない店で中古を買って、
そのブツの新品の状態や、いわゆる
スタンダードな状態などを知らずに
新しくスポーツを始めるのは不幸だ。
 これは持論ですが。

 新品で、しかも名選手の手による
セッティングは、なんにせよ、
古くなったり、上手く走れないなどの
状態に陥ったときの指標になる訳だ。
 元に戻って考える と言うか。
  
 これが中古で、セッティングも具合良くない
ブツなんかだと、どれを指標にしていいか
まったくもって混乱に陥るし、
だいいち、遅くて、速く走れないのの
言い訳になってしまう。
 個人競技だと、 
どんな場合であれ これが 最悪だ。

 言い訳って言うか、あきらめと言うか。

 やっぱり、個人競技の重要な
マインドとしては、あきらめたり
言い訳になりそうなネガを消していく。
 つまり他人との競争ではなくて、
自分とのレースに勝たなくてならない。

 用具、マテリアルの重要性は
スキーを続けているから承知している
けれど、板や艇と言った、
結果的に命を預けてるものには
信頼性の高いものを使用して
行きたいなと思う。

 船だと、自分だけのセールナンバーって
結構、重要だと思いますしね。

 昨日は、彦根Fの方々に
歓迎会を開いて頂きつつ、
進水式を行ってきました。

 涼しくなったことが原因か、
低気圧が停滞していて、
琵琶湖は地元の高校生が
「この季節ではごく稀」と言う
うねりと、6~8mの風。

 ビギナーな筆者は、
フリートのキャプテンに同乗して
もらって、琵琶湖 彦根エリアの
帆走を教えてもらいました。

 うねりと波がきつかったので、
ラダー操作が難しい。
 ティラーと言うハンドルのような
もので操作するのですが、とってもクイック。

 水は怖くなく、体力もなんとか
なりそうなので、少しずつ慣らしていきます。

 琵琶湖 彦根って海よりもすごい
感じの波が入ってきて、
平らな海面って感じではない。

 でもロケーションがなにより最高。

 風が強くて出れそうになくても、
画像にあるような草原のハーバーなので、
ものすごくリラックスできてしまいそうです。

 そんな感じで、
夏は終わらない。

 感傷的には、なりたくはないし、
そんなものはガラじゃない。

 新しいものに毎年ひとつ
チャレンジしていく。


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2008年8月12日 (火)

彦根にしました

 001
 
 10日に琵琶湖の付近をまわって、
艇を探しました。

 地元のレーザーフリートのキャプテンに
お世話になり、色々お話を伺いましたが、
なかなか現役レーサーの人が乗っている
具合のよさそうな艇の話は出てきませんでした。

 もう腹を決めて新艇に行くしか
ないかなと。

 翌日レーザーのビルダーへ
連絡してオーダー。

 全くの初心者なのに、
いきなりの新艇。
 うひゃ 俺らしい。
 真剣に、愛情注いで
取り組むっきゃない。

 フリート、保管庫なども
琵琶湖畔の彦根某所に決めて
三重まで峠超え1.5Hで帰りました。

 ほんとうに直ぐ近くに
井伊大老の居城であった
城が見えて、雰囲気最高。

 近江の人も言葉も
なんだか少しはんなりで良い。

 しかもキャプテンは自分が
かつてお世話になった
企業の側の人でした。
 考えてみれば、三重は中部で、
滋賀は関西。
(ひとくくりにするのもあれですが)
バックトゥザ関西って感じ。
 
 キャプテンは、実績ある方なのですが、
全く偉ぶらないところがなんとも素敵。


 あと彦ってつくのが良いです。

 自分の名前も○彦なんで、
縁を感じます。

 明日から日曜まで休みの
予定なんですが、
ちゃんと休めるか・・・不安視

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2008年8月 4日 (月)

ヨットマン(仮)の憂鬱

 三重県は河芸、鳥羽、そして琵琶湖にも
行ってレーザーを探してきましたが、
取り扱ってなかったり、譲れるような
艇が無かったり・・・

 あっても、そこの管理置き場に
保管するのが条件で、そう言うとこは
艇はタダかタダ同然、保管料が少し高め。

 筆者が真鶴の岩港に、
ヤンマーFX24というボートを
置いていた時は、陸置きで
2万円/1フィートだった。
(年々値上がってて、最後は3万くらい)
 だから毎年最低でも60万弱はかかる訳で、
ディンギーのシングルハンド艇を
ロケットと呼ばれるラックに
葉山や逗子で12,3万払って置くのよりかは
だいぶ維持費がかかる。
 さらにボートは上げ下ろしにも、
幾らかの費用がかかる。

 港は基本的に漁師のもの。
 日本の海を取り巻く権利関係は、
入会(いりあい)権のあった江戸時代に
さかのぼって、殆ど進歩していない。
 漁師はお上に鑑札代を払っている。
 だからお上から許可を受けた、
海は漁師のもの らしい。

 

 ディンギーは、艤装からして
乗る人が出来てしまう範囲なので、
はっきり言って、売った後の
ショップに旨みは少ない。

 マリンショップやハーバーが、
30フィート楽々オーバーの
ボートやセーリングクルーザーを
扱いたがるのは、そりゃそっちのほうが
儲かるから。
 保管料と内燃機、ペラ等のメンテナンス。
 係留艇なら喫水部の防錆・防貝塗装。
 年に何回か乗る程度の人が殆ど。
 でも横浜ベイサイドマリーナなら、維持費で
中古の程度良いメルセデスSが買えてしまう。

 日本の海岸線は、走ってみれば
よく分かるけど、単調でつまらない。
 
 景勝地では岩がボコボコしていて、
気持ちよく走ることなんて出来はしない。

 それで最後は結局釣りに流れていく。
 釣りぐらいしかすることがない。

 のんびり派以外は、ウェイクボードなどに
挑戦している。でもこれだってそんなに
楽しい感じがするものでもない。

 やるなら、潮っ気のない湖でやったほうが
気持ちがいい。

 

 ディンギーはまだ少し可能性がある。

 三重に居るうちは津において、
横浜に帰ったら自宅に保管、
カートップで持ち込む。
 
 年に保管料だけで12,3万円も払うのは
気が引ける。

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2008年8月 2日 (土)

蜘蛛の糸を、身にまとい

 道や公園を、ララと
一緒に歩いていると、
必ずと言ってよいほど
蜘蛛の糸の洗礼を受ける。

 新潟は上越にいたときも
そのようなことは度々有った。

 湿気がすごいから、
道の真ん中を歩いていても、
そこには蜘蛛の歩道橋が
かかっていたりする。

 ここ三重県は菰野エリアも、
例外なく蜘蛛の巣がそこかしこに
発達している。
 
 頭とか顔に、蜘蛛の糸が
からまって気持ちの良い人って
いないよね。
 いつもいつも「うわ゛わーーー」って感じ。

 この蜘蛛の糸にからかわれ始めると、
田舎に来たな~と思うし、
都会への郷愁に襲われる。

 そんなに蚊がいないのが、
せめてもの救いだ。

 ただ、コガネムシやら毛虫、
カミキリムシ、セミ、蛾、かとんぼ、
ありんこ、筆者が住む、マンションの
廊下にある外灯めがけて、
夜には集まってくる。

 最近は近所からの苦情で、
この外灯は外してしまったみたい。

 都会のそれのように、
ブラックライトの外灯に
変えればいいのに。
 そう単純に思うけれど、 
田舎の人は、
そう言うのがあることを知らない。

 あと、基本的に涼しくなれば
虫たちも居なくなるだろうから、
外灯の問題は、
いずれ時間が解決してくれる。

 地方都市に住むと、
こういう「時間が解決」みたいのが
非常に多い。

 これは基本的理念が
変化を望んでおらず、
ゆえ、50年以上も長きに渡って
保守政党の一党体制を支持してきた。

 民衆のマインドがあるからこそだ。

 でも、既に役人が散在して、
使って無くなってしまったお金や、
どうしようもない少子化問題、
暮らしやすくなろうと、或いはしようとする
積極性に欠けることは問題だ。

 それなりの施政で満足することに
慣れきり、どうしようもない状態でも
変化を望もうとする強い心は生まれてこない。

 なぜかなと。
 たぶんそれを成すには、
すごい摩擦が生じて疲れるから。

 ものすごい数の言い訳と、
虫たちの累々たる死骸。

 印象的。
 

 

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2008年7月21日 (月)

日光を見ずして、けっこーと言わず

 この連休は日光方面に行ってました。
 
 毎度おなじみ、両親とララと一緒に。

 ちょうど三重や東京・神奈川が
暑くなって仕方がない時期だったので、
丁度良い避暑になりました。

 最近は寺社仏閣に行っては
朱印記帳してもらっています。

 東照宮手前の寺院で厄払い。

 1時間近く。長くてとっても
ありがたい感じがしました。

 あとで写真を載せますんで。

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2008年7月13日 (日)

怨念のヨットマン

 現在レーザー級と言う、
一人乗りのヨット(ディンギー)を
探している。 

  
 水泳でレーザーレーサーと言う、
日本なら富山のゴールドウインが
製造しているらしい水着の話ではない。

 三重県内や、ヤフオク、
神奈川でも探してはいるが、
「フリートの仲間」や「置き場」の
関係性が壁のように感じられて、
なかなか近づけない。

 パフォーマンスセイルクラフトジャパン(PSJ)と言う
ところがハル(船体)を作っていて、
ここで新艇を買えばなんてことないけど・・・
 少しだけ高い・・・ほんの少しだけ。
 でも、新艇買って、津の堤防に
置いてしまったほうが、なんだか
すっきり行きそうな気がしている。

 レーザー級のビルダーは、国内に1社だけと言う
決まりがあって、日本だと上記のPSJが該当。
 筆者の地元に程近い神奈川は綾瀬にある工場が
そのアジテーションポイントのようです。(略してアジト)
 PSJの社長が、現在日本でも最強かつ北京にも
選手を送り出すレーザー逗葉フリート(船団やチームの意)
の創設者との情報を頂きました。
 飯島洋一選手のことはよく知りませんが、
日本の税金を使ってチンタオに乗り込んでいるんだから、
日本のために恥じない成績を期待。
 国際ランキングなど考えずに、
緑藻で満杯のコースにて優勝を狙って欲しい。
 
 はっきり言って「自分のために」とか、
「自分が納得できれば」なんて温くて
甘ちょろいメンタリティーの選手は、
どの競技でも五輪なんか出なくていい。
 五輪は多くのアマチュアヨットマンの
延長線上にあるものではない と。
 それぐらいの気概で臨んで欲しい。
 

 ところで、この一人乗りのヨットは、
シングルハンダーやキャットリグと
言って、一人乗りだから、もう一人二人と、
クルーを探す必要は無いから、
ある意味ではそこのところが気楽といえば気楽。

 社会人になって、同好の士、
しかも同じ艇に乗る人間を探すのは
とても大変なことらしい。
 たとえば新艇で数百万する、五輪で
再三再四にわかに注目されてる470級だって、
それがジャパンや企業から提供される
船だからこそ成立するクルーとスキッパーの
ヒエラルキーであって、
これをアマチュアが全て自前で
しかも全てを折半でなんてやっていたら
二人組みのチームを組むことは難しい。
 そんなことが容易に理解できる。
 
 船関係。
 置き場代がとにかくかかる。
 筆者が30代前半に、真鶴の岩港へ
24フィートのディーゼル船を陸置係留していた時
だって、数年後結局手放した理由は
係留費用の何年間かでもう1隻の新艇が
手に入ってしまう莫大な支出と、
そこから手に入る何ものかを
考えてみてのことだった。


 ゆえに何百人もの関係者を必要とする
「アメリカスカップ」とその挑戦艇決定戦は、
「海のF1」とか、男の史上最強の贅沢とまで
言われているのである。
 いや、最近は男だけの贅沢ではないみたい。
 
 レーザー級と言うのは、一人乗りで
構造もシンプルな分、その体力や
タクティクスなどがもろに出てしまうクラス。
 ゆえ、日本人のように道具を器用に
使いこなすと言われる人種には
有利なクラスではない。

 国内限定ならば、ヤマハのシーホッパー
を含むクラスが国体シングルハンダー級として
認知されている。

 とまぁかくかくしかじか・・・

 レーザー級にしろ、
なんにしろ、競技ヨットの世界は
学生の頃に始めた人が、レース
成績上位者の大多数を占める。
 ディンギーなんて貧乏人が
乗るもの、なんて言っては見ても、
筆者のように学生時代に触れる機会すら
無かったような門外漢には、
その場所に行けることが
贅沢だったんじゃないか、と
問いかけたい心境あり。

 ヨット含むセーリング競技はマイナー。

 で、やっぱりマイナーなのには
それなりの理由がある。
(それでも始めようと思うけど)
 やっぱり乗っている人が、
割合変人が多い。
 人格者の人が少ない分、
普通の人も凄い目立つ。
 それぐらい、変人の人が
多い感じがする。
 
 一人乗りのヨットなんて、
競技スキーと同じように、
その人が自分で考えて
色々戦略を練ったりトレーニング
すれば余程楽しいはずなのに、
みんなでいじりあっている。
 置き場の関係とか、それで
利益を得ようとか、そんな絡みも
有るんだろうけど。

 個人競技なんて、
「他からとやかく言われるのは嫌」で
「出来るだけ放置の方針で」って
奴の集まりのはず。
 無理して「ごっこ」を
しかけるから、それに馴染めない
「個人競技者」は離れていく。

 だいたい自分も選手なのに、
他の初心の人なんか面倒見るのは
御免こうむりたいのが、選手の心情。

 小松一憲さんと言う、長年
日本選手の面倒を見てきた
1流のヨットマンが単独で
トレーニングをしていた背景が
純粋で「らしい」スピリッツを
感じさせる。

 なんでも、江ノ島と館山の
往復を単独で繰り返していたとか。
(フィン級ヨットで)
 海上で操艇を教えてもらったのは、
たったの1回だったとか。
 
 そこに置き場やフリートの
しがらみは概念として存在しない。

 ただ純粋に楽しめばいい。
 
 そういう風に考えている。
 先輩面して、いろいろ
言ってくるおっさんどもは
完全無視、徹底放置。

 

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2008年7月 6日 (日)

三重エリア雑考

 しばらくぶりのエントリーに
なりますが、元気ですたい!

 タイトルの通りの雑考数点を、
気になったところから。

 ・駐車は頭から

 これはどこの地方都市に行っても
大概当てはまるのですが、
特に三重県北勢エリアでは顕著。

 駐車するときに、必ず頭からがデフォルト。
 それも雑に、斜めに、白線の真ん中とか
そんなことはお構いなし。
 
 それでバックで車出しするもんだから、
混んでいたり、狭い駐車スペースでは
訳の分からない駐車場渋滞必至。
 観光地に行って、県外ナンバー車が
理路整然に駐車していても、
それをあざ笑うかのように、
頭から突っ込み、しかも斜め、隣の車との
車間などアウトオブ眼中(古い!)
 とどめにはドアを隣近所にぶつけまくって
車から出入り。三重ナンバー史上最強!!!

 勘弁してくれー

 ・とんかつはミソ 汁は赤だし

 名古屋が近い北勢エリア。
 朝から晩まで赤だし。
 インスタントも赤だし多し。
 とんかつはミソのソース先がけがデフォルト。
 ふつうのとんかつソース、ウスターが
好きな人は、「ソース抜き」で注文しないとダメ。

 ・トンテキって知ってる?

 豚肉バラとかモモのぶつきり。
 にんにくとしょーゆのタレが決め手。

 ・女の子の背が低い

 よく分からない。混血渡来の人が少なくて、
縄文時代からの古くからの大和人が多く住む
土地柄からか。
 ふつうに140cm台の女性多し。

 ・菰野高校 甲子園出場

 筆者の現在の仮住まい、
三重県で朝明高校と1,2を争うと言われる
らしい低学力レベルの高校。
 ちなみに筆者と交流がある元先生は、
三重県下一と言われる四日市高校の
元校長先生。

 自分が仮に住んでいる町の高校が
甲子園に出るなんて、考えてみれば
滅多に無い確率。
 ただ、文武両道じゃないらしいので、
そこは残念。

 つづく

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2008年6月14日 (土)

蟹工船やロスジェネと、浅尾大輔

 このあいだテレビを見ていたら、
全労連オルグ・国公一般書記次長で(元?)
雑誌ロスジェネ編集長の浅尾大輔が
出演していた。
 この人は文士なのだと言う。

 最近は左翼も新左翼も、右傾化の
波に押されて全くと言ってよいほど
目立たなくダサい存在で、
浅尾某のことも、筆者は知らなかった。

 浅尾某は、世間の評価によると、
「現況の非正規雇用のありかた」について
舌鋒鋭く批判しているのだと言う。
 国公一般の労組専従らしかったので、
多くの恵まれない、公務員の中で
働く非正規雇用者を見てきたのだと
自負している。

 笑っちまいます。そして、

 ちょっと待てと言いたい。

 浅尾某が支援している対象者は、
ホワイトカラーや大企業で働くことに
固執したり、自己実現だかなんだか
知らないが、自分の好きな仕事に限定して、
職探しをしていまいかと。

 自分の能力や、来歴を顧みずに、 
無理、無茶な望みを持ってはいまいかと。

 職種さえ選ばなければ、
正規雇用の道は幾らでもある。
 
 その会社は大きなビルではない
かも知れない。
(そりゃ大きなビルに出社して、
夕暮れ時に大きなビルから出てきたほうが
格好がいい)
 いわゆる3K職場かも知れない。
 汚い作業着での業務執行を
強いられるかもしれない。
 搾取の色合いが濃い、
職場なのかもしれない。

 給料、福利厚生はそこそこだとか・・・

 だが、そこからしかスタートがきれない
身の上なのならば、
その場所から自己変革を試みて
日々挑戦の日々をおくれば良いのだ。

 朝日新聞含めこの新左翼のばか者どもは、
呪いのすべを若者に吹き込んでいるだけだ。
 まったく生産性がない。
 そもそも生産性の低さから、
アカの理論と国は崩壊した。
 その矛盾に気づけないのは、
もう愚の骨頂としか言いようがない。
 汗まみれ、泥まみれになって働き、
早朝と深夜に研鑽を積むものを尻目に、
集会だの交渉だのに執心ならば、
一生涯呪い節の無限ループから
抜け出ることなど出来はしまい。

 
 小林多喜二や日本共産党に対して
頭にくることは、自分らは綺麗な
服装で人前に出てきて、
労働者の親玉みたいに
振舞うことだ。
 人民服とまでは言わないが、
作業着でおおっぴらに
振舞えば良いではないか。

 小林多喜二の、想像の世界でしかない
蟹工船が売れていると言う。

 今のアカの手先どもは、
自分を危険の及ばない場所に
おいて交渉だのしているだけ。
 労働者の側にいても、
その実は労働者ではないから、
まったくこの手の人種を
信用することは出来ないな。

 交渉なんて甘っちょろいもの。
 すべて実現されなけば
意味がないとされる、
実業の世界で、交渉なんて
甘美なものは賞賛に値しない。

 小林は拷問死で自己完結した分、
まだ救われている。
 転向しなかったわけだ。

 
 蟹工船が流行っているとか、
新左翼陣営のアジに過ぎない。
 もうそれくらいしか、戦うすべが
無いと言うことでもある。
 これだけモノがあふれ、
豊かになった国に住むのだから、
現在ある労働の不幸を持って来ても
少数派でリアリティーがない。
 大衆に訴えかけるネタが
現在どこにも見当たらないから、
「蟹工船」なんて遺構を引っ張り出して
不幸な身の上ごっこを仕掛けているのだ。
 

 非正規雇用者たちよ、
今の職場に不満がありあり
と充ちてきたら、
 
 服は汚れ、体を濡らし、
穴を掘れ。山を削れ。
 水を貯め、流せ。
 火を燃やせ。
 魂を打ち込めて働け。
 口汚いジジイどもに
罵られ、殴られ、脅されても
けっして諦めないで行け。
 
 お前たちが不満なのは、
せいぜいが、その立場だけだ。
 だから周辺が騒がしいだけで、
真剣で真摯な活動自体と、
その広まりが見えてこない。
 
 本当に不満があって、
怒り心頭しているとは思えない。

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2008年6月11日 (水)

考えさせられる、絶望工場

 前々からこの記事には検索履歴が多かった。

 ここへ来てまた増えているので、
なんでかな?と考えるまでも無く、
関東自動車工業へ派遣されていた
ワーカーが起こした秋葉原での殺傷事件が
思い起こされた。

 自動車絶望工場・・・

 なんて凄い、
キャッチーな題名なんだろう。
 鎌田さんは、この部分は天才的だ。

 言うまでも無く、関東自動車工業は
トヨタの車両を製造している企業だ。
 カイゼンだの、かんばんだのが、
工場内をそこいらじゅう闊歩しているに
違いない。

 季節工ではなく、派遣形態。

 でも、事件を起こした男が言う
ところの「6月でクビ」のくだりを
考えると、本当に派遣なのかと言う
疑問も沸いてくる。

 もともと一人勝ちの構図を
作り出している時点で、
富む側と貧する側との格差が
どんどん開いて行く様な
ストーリー仕立てのトヨタ関係の話。

 企業の購買と納品メーカーとの
戦いを、正当にクローズアップしたような
記事が少しでもこの世に出たことが
有っただろうか。
 広告代の問題もあって、
マスコミ各社も二の足を
踏んでいる状態が、ここ
30年余続いている。

 正当だったら良いのに、と
何度思ったことだろう。
 実際は正当でないから、
記事になりにくい。
 全く世の中の仕組みとは
逆行する仕組みづくり。
 世の中のクリーン調達などの
流れとも相反する仕組み。

 工場のワーカーがどんな
仕打ちを工場の側から受けようが、
起こしてはならない事件であることを
前提に考える。

 言ってはなんだが、
工場での仕事は、きっと
非人道的なワークが日々年々
継続されて来たに違いない。

 だって今も絶望工場のままだから。

 有産者と無産者の縮図が
今の自動車工場や自動車産業と
言って差し支えない。

 モノ一つの値段が高いから、
このような構図は利権の塊のようで、
容易に格差が浮き彫りになってくる。

 底辺の側から見たことがない。
 筆者も。

 だから底辺と呼ばれる側からの視点や
ものの考え方は出来やしないが、
上流の側が何を考え、何をしているのかは
だいたい想像がつく。

 我慢できない何かを、
これら自動車工場のワーカーは
潜在的に持っている。
 そうやって安い賃金の労働力に
特化してこだわるリスクは、
本来なら自動車産業にはないはずなのだが、
絶望工場の時代と相変わらず、
続けてきている。

 労務管理の側も、
ほとんど人道的なケアなんて
出来ているはずがない。

 極めて断定的で、
推測じみたエントリーだけど、
自動車業界は、クルマを作らないで
殺人者を製造してしまった。

 クルマを作る前に人を作れと言いたい。

 これらの経営陣に松下幸之助翁の
ようになれとは言わないが、
少しばかり人材育成や人道的なケアを
精力的に行うべきと考える。

 あまり金儲けに執心だと、
人心の荒廃が著しくなる。
 
 単価の高い、今の自動車業界は、
ひどい。そう括ってもいい。
 

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2008年6月 4日 (水)

それ、それ、駅前のモアーズで買っただろ?

 横浜に帰り、そして四日市に出張です。
 土曜の仕事を終えて、PM11:00頃に
東名阪四日市IC→伊勢湾岸道
→東名豊田→横浜町田→保土ヶ谷バイパス
うんぬんかんぬんうんぬんかんぬん・・・
 AM2:00過ぎには自宅前に着きました。
 ご近所迷惑ですが、マニュアル車
なりのブリッピングをかましつつ入庫。
 
 ふえーー疲れた。
 途中道を譲ったのは、たぶん玄人の
34Z、1台のみ。こちらはCF4アコード。
 ほとんどこの方と150くらいで抜けてきた。
 たぶん最速ペースだったと思う。
 一度尼崎から4時間半で横浜と言うのは
あったけど、VOXYでそんなことするのは
まったく筋道が合っていると思えない。

 日曜日はルミオンの納車だった。
 なんやかや350くらいの高い
クルマに仕上がっていたけど、
VOXYの下取りがあるので、そんな
感じでも無かった。
 当たり前だけど、ルミオンは遅い。
 刺激なんかも全く無く、
それなりに走っていさえすれば良い、
そんなクルマ。
 
 その前に、横浜駅付近で、
筆者親友氏と約半年振りに会う。
 京料理なんかをランチコースで
頂く。やっぱり幸さんの地元である
京の都の風情は、オフ時には
欠かせない。
 そんなことを知る由も無い
親友氏と、酒抜きでしゃべりまくる。

 でもなにを話したか、あんまし
覚えていない。
 言説に責任持たないでもいい、
気の置けない親友氏が相手だったか、
好きに話していると、何も考えないで
結果なにも覚えていない。
 ただ、あいつの顔だけが
思い浮かんでくる。

 夕方、ルミオンを取りに行って、
少し乗り回す。
 うへ って感じ。
 仕方ない。


 夜は、遊びに来てた両親と、
焼肉を食べに行きました。
 自分が親友氏と会っている間は、
お小遣いをあげて、家の片付けなんかを
お願いしちゃっていた
トンデモな坊っちゃんです。

 こうして書くだけでも
地元に戻ればそれなりに
予定があったり、行くとこ
あったりするのですが、
出張地だと外出=飲み会。
 なんて言うか最悪でしょう。
 健康に悪いこと請け合い。

 いやいや、最近思っているのは
ホタルでも観にいこう。
 そう考えている。

 もうあまり何も考えないで、
とりあえずHAPPYな生活を
追求しよう。

 愛するものと、
そうではない他の人は違う。

 そうではない、他の人の
なにかを考えたり、
巻き込まれたりすることはやめよう。

 自分はつくづく人に甘い。
 愛し愛される人以外に、
甘くするのはよして行こうと、
最近つくづく考えるようになった。
 
 情けは人の為ならず 
巡り巡って己が(自分の)為
 って言葉があるけど、
自分の解釈は少し違う。

 情けをかけて、それで
酔いしれてんじゃねーぞ
馬鹿野郎  と。
 情けをかけるほど、
お前はそんなに上等な
もんか。
 
 はい、
まず自分の幸せを考えて
行きます。

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2008年5月30日 (金)

本牧ベイカーズストリート

 今週末は、4週間ぶりに横浜へ帰ります。
 こうして出張地や、転勤地で長々と
過ごすことも慣れました。
 慣れたのと、だからそれが良いのか
とでは意味が異なるけど。

 やっぱり仕事以外の知り合いが
いないのはきついなと感じる。
 仕事がきっかけでもいいから、
気の許せそうな損得・利益等抜きの
関係を築けそうな人も、今はいない。

 それでこの間、こちら三重の
エリアではじめて床屋に行きました。
 「ひろたこういちのカットハウス」とか
そんな名前の店だったのですが、
ここは広田民郎さんと言う
モータージャーナリストの実家だった
ようでした。
 あと、店長さんが、自分が車高調を
組んでもらった店の同級生だったりして、
クルマの話を床屋談義でしてました。
 だからどうしたってことも無いけど、
こちらで初めて地元の人と長いこと
話した気になりました。
 ここへは通いたいと思いましたね。

 会社からは、「もっと会社に来なさい」
(出張なんだから、どんどん帰着していいよ)って
内容の話を頂いているのですが、
いかんせん、ララを乗せて東名を
行ったり来たりするのも疲れるので、
一ヶ月に一回くらいかなー。
 あと、東名は事故多いしね。

 往復約800kmですが、
週末の短い間にやるのは
骨の折れることですバイ。

 バイクなんかも置きっぱだし、

本当は沢木竜一みたいに
本牧ふ頭をかっ飛んで、
マリンタワーの見える
どこかにバイクを置いて
タバコでもふかしてやりたい。
 やっぱり、横浜はバイクで
疾走したい街だよな。
 何の気なしに、プラっと
出かけて、そこいらにバイク置いて
気になったところ、店に
分け入って行く。
 
 バッテリー上がりで走れないけど。

 

 ルミオンを注文したものの、
いまいち心躍るようなクルマではないし、
仕方がないんだけど、ちょっと後悔
している。
 予定通り計画通り、ゴルフGTI程度に
しておけば・・・
 

 外車って、日本全国どこの
ディーラーに持って行っても
相手してくれる訳じゃないし、
前にメルセデスベンツの300TE
4MATICに乗っていたときは、
新潟で高い金払って、某店で
メンテしてもらってた。

 横浜にいた時は、
世田谷のはずれにある
溝畑さんというベンツの修理やさんで
面倒見てもらってた。
 ここは、もう安くなった同等品の
部品でメンテしてくれるので、
プアリルボーイな筆者には
頼もしい存在だったのです。

 当たり前なんだけど、
ベンツは重たく出来ていて、
それで乗用車のベースで
言ったらそりゃ国産なんか
全く比較にならないほど
剛性感がある。
 音も、乗ってると
とても静かだし。

 シトローエンは・・・
さんざん乗ったけど、
味わい深い車種は、
完全に趣味の世界に
入っていて実用向きじゃない。
 カローラが一台あって、
それでシトローエンの
CX-turboとかDSあたりの
を乗っているなら良いかな。
 とにかく一台足クルマがないと
正直しんどい。
 あと、クルマがないと
やっていけない車社会の
街なんかには、それに乗って
出張だの転勤だのは出来やしない。

 まぁ今は仕方がないけど、
次は絶対に趣味のクルマを
一台買おうと思っている。
 今乗ってる、CF4アコードを
いじり倒す手もあるけど。
 
 そんな具合で、クルマしか
楽しみがない、田舎の青年みたいな
生活を送っている日々です。↓

 まぁあと、最近ホントに
事件が多いですよね。
 常軌を逸脱してバラバラに
してしまうやつ。
 よくそんなことが出来るよな と。
 

 

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2008年5月26日 (月)

ブラインドコーナー

 幸さんハイの幸さんですが、
最近はめっきりエントリーの
数も減り、いろいろと心配されて
いる方もいるのだと思います。
 まぁそうは言っても、
ああして逆転ゴールを
かます、涼しげな浴衣姿で
溜飲を下げた方が大多数かと
筆者は推察するのですが、
いかがでしょうか。

 しかし、せっかくなので、
流行のサンダルではなく、
下駄か草履にしてほしかったぞ。と。
 清坂亭でサンダルは、
ちょっとさびしい。
 赤い鼻緒でいって
欲しかったね。と。
 他が隙なしだっただけに。

 


 話し変わって、
 5/23、先週の金曜、
およそ9ヶ月ぶりに、筆者に
多くの影響を与えた方と、
久方ぶりに再会した。

 わざわざ筆者が出張地の
四日市まで来てくださり、
感謝の念が絶えない
夜となりました。

 仕事の話もいろいろ
したにはしたのですが、
いわく「早く嫁さんもらえ」と、
「四日市の女とこっちで暮らせ」
などと言うアドバイスを
いつもながらに頂戴しました。
 
 新潟にいた時は、
「新潟の女と~」で、
尼崎にいた時は、
「兵庫(関西)の女と~」と、
筆者の転勤地や出張地の
主語が違うだけで、
まぁとにかく早く、
結婚せえやと言うことでした。

 お互いが電車の時間を
ある程度気にしながらの
飲食だったので、この方と
飲るペースにしては、
非常に穏やかな感じの
会合でした。

 いろいろあるにはせよ、
早いとこ奥さんになる人を
みつけて仲良くならなければ
いけないのは毎度毎度の
課題なんですが、
どうにも旅の街では
上手い具合に口説けないのも
事実。

 流れ者気取って見たところで、
そりゃ岡林信康の唄みたいに
「現場終わったその日のうちに
俺もいないさこの町に」と、
うそぶくのは格好良いけど、
それじゃあ、あんまりだし。

 とにかく、この方をはじめ、
親以外に心配とご面倒を
方々にかけているのは
事実な様なので、
今後は一日でも早く
社会性を帯びて、
年齢不詳のあぶない
ことをする人と言う
定評も返上したいと
思うのであります。

 会社での、メンタルヘルスの
テスト結果が返ってきました。

 内容的には、
これまさに「オレの事」で、
どう言う傾向でこういう
結果になったのか、
それはテストを考えた人のみぞ
知る由と言いたいところなのだが、
テスト内容から推察するに、
同じような設問に同じように
答えていくと、そうなるんだろうなぁ
と言う感じがしたのでした。

 つまり、同じような設問に
同じように律儀に答えると言う
ことは、それだけ外せない
何かがあり、偏執でもあり、
律儀に答えると言うことは、
それだけマメで完璧主義者
なのだと、このテストでは
決め付けたいらしい。

 完璧主義者の傾向あり、
と結果が出てみても
別に驚きはしなかったけど。

 ただ、
「仕事も家事も必要最小限にとどめる」
ことをお奨めされたって、
そりゃ困りますよ。
 オレだってそうしたいしさ。
 むしろ、会社が催す
メンヘルのテストにしちゃ
至極公明正大なような
気もしないでもないけど。

 必要最小限にとどめて、
それが高効率で素晴らしい
成果を挙げるのなら、
べつに問題はないんだろうけど。

 無駄な動きもして
みたいじゃないですか。

 むしろ、無駄な動きを
忙しいさなかに
出来るのが、生活に潤いを
もたらすものだとも思うし。

 まぁ限度問題なんだろうけど。

 社会性帯びたいね。
 是非とも。

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2008年5月19日 (月)

ルシファーの話②

 なぜ今ルシファーなのかと言うと、
楠みちはるさんが連載している、
劇画「湾岸ミッドナイト」の中で、
これら一連のルシファー話が、
言及されているから。
 つい触発されてしまいました。

 悪魔のZと言うクルマが、
このルシファーをモチーフに
描かれていて、その考え方の
向きが興味深い。

 神に逆らって天国を
追放された堕天使ルシファーは、
東の空にたったひとり輝く
と言う、くだりがいい。

 楠木みちはるさんは、
かつて「あいつとララバイ」と言う
ラブコメ風のバイク漫画を
連載していて、この時期に
多感な高校時代を過ごした
筆者は、無駄に熱中していた。

 筆者が出身地の東京を
離れ、横浜に居を構えた理由も、
「あいつとララバイ」の舞台が
横浜の西部であったからに
他ならないし、
「lullaby」と言うHNも相当期間
使っていて、犬の名前も
「ララ」だったりする訳です。

 目に見えないもの、
いいえ見たままそれが全て
って言うのは、なんとも
即物的でやりきれない。

 見たものから、咄嗟に
想起できるようなイマジネーションを
いつまでも保持していたいものだ。

 


 

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2008年5月15日 (木)

ルシファーの話①

 神話の解釈から

 ルシファーは神から人間に従属するように
言われたのに反発して戦いを挑 み、
破れて地獄に堕とされ、
悪魔たちの王になったと言われます。


 彼は実 は太陽の天使・ミカエルと
双子の兄弟である、
というのも信じる人の多い 話です。

 このルシファーは金星の象徴で
あることも知られています。
それ は夜が明けて朝になる時、
最後までそれに抵抗して
光を放っている星、
-明けの明星-であるからです。
その姿が神と戦う
ルシファーというイメージに似合っています。

しかし、このルシファーについては、
神に負けたからではなく自ら何かの
使命を持って地獄に行き、
その王になったのだという説もあります。
ここ に「金星の神が地獄へ行く」という
モチーフがあります。<


 筆者も、会議などのときに、
或る一方へ急激な流れを
みるときに「悪魔の声」を
挙げるほうなので、
ルシファーのことが
好きなのです。

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優れた商品

S7black_big

 以前勤めていた関係で、
なんとなく避けていましたが、
良い物を探していたら、
それが、写真のものでした。
 SDR-S7-K SDビデオカメラ
 
 とにかく軽い。
 携帯電話より軽い。
 デジカメなんかよりも
もちろん軽い。

 ちなみにクラブパナソニックの
Web限定販売前のモニター購入で、
40100円でした。
価格も安いのです。

 あとはNAND型フラッシュメモリー工場の
建設に携わるものとして、相反するものですが・・・
SDカードが安くなるのを願うばかり。

 搭載容量が40GBくらいで、
価格が12,000円くらいになってくれたら
良いのにな と。
 ちなみに、現状は国産のSDHC16GBですと、
カメラ本体と遜色ない価格です。

 これが始めてのデジタルビデオカメラ
なので、とりあえずどこにでも
持って行っています。

 

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2008年5月14日 (水)

技術という人生

 昔から機械いじりが好きで、
気がつけば工学を学びに
学校へ通い、そのまま業界に
なだれ込んでいった・・・

 と言うわけでは全く無くて、
気がつけば「技術」と言われる
世界にいる。

 「技術者か」と問われれば
「技術者では無い」と
答えるようにしているが、
まさしく技術を用いて糧を得ている
だけだから、忍者とか医者と
同じようなレベルで「技術者」などと
簡単に括られては堪ったものではない。

 技術が有るか無いか と、
技術者か、技術者ではないのと
では観念からしても意味が違う。

 脱皮のようなものを
繰り返し行える耐性がないと、
今は、技術を研鑽していくことは
難しい。
 ましてそれを営業品目に
挙げている会社のようなもの
ならば、何をかいわんやでは
ないでしょうか。

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2008年5月13日 (火)

「インディアン嘘つかない」

6日の晩に、地元横浜から
出張地の四日市へ戻りました。

 横浜にいる間は、
はっきり言えばどこにも
出かけないで、家の周囲を
散策するに留まりました。

 新しい車は、ルミオンを
試乗してみたら新型の
プラットフォームを使用している
せいもあって剛性感が
フィールダーより優れていたから、
無理を言ってルミオンに
注文し直してもらいました。

 ルミオンは評判が芳しく
無いようだけど、およそ20台以上の
クルマを乗り継いだ筆者の
経験からしても、なかなか良く出来た
面白味は少ないながらも
良いクルマなんじゃないかと思う。

 


 


 最近、色々な人に、「頑張り過ぎないように」
と、釘を刺されたので、
意識してペースを落とすように
することにしました。

 頑張っているとか、あまり
自分では意識してはいないのですが、
周りの人が息苦しくなるほど
気配を発散していて、
まるで「座頭市」みたいだ、
とも、ある先生から言われました。

 自分は盲目かもしれないけど、
周りの気配や兆しを感じることは
出来る。
 だから、余計に始末に終えないのだ。

 自分を抱えている、会社のことを
考えてみれば、ひょっとしたら
爆弾だったり、よく切れる刃物を
内包しているかのようで
恐れられているのか とも。

 こう考えると、忍ぶという
ことの意味がよく分かってきた。

 いや、今このエントリーを
書いている最中に。

 なるほど、心に刃かと。
 心に刃が乗っかっている。

 まったく相反するようだが、
忍ぶとはそういう意味だったのかと、
ひとしきり感心、そして
自分の向きが分かってきた。

 ただ、自分で下した判断は
後々に決して覆るようなことは
無いから、だからぎりぎりまで
忍ぶことが必要なのかも知れない。

 最近はいろいろ考えている。
 
 和親一致の精神とは、
和を持って貴し と言う言葉の
意味とは少し違うな とか。

 和親一致とは、10年間毎日のように
唱えてきた言葉。

 MS日本の竹内さんの
著書を、また少し読み始めた。

 人が数年掛けていろいろと
感じることがあって、
それを昇華させることに
制限は無いなと感じている。

 むかし、大田区の蒲田エリア
蓮沼にあるインディアンカレーの
旦那さんともいろいろ話した。

 出張地だと、こう言う指針だとかを
考えるきっかけになる話し相手が
いないのがきつい。

 仕事だけの結びつきってのは
案外脆いものでもある。
 
 人が抱えている機微は、
非常に微妙なものだから、
憎しみなどの激しい
感情の先に、尊敬や畏怖が
生まれてくるものだ。

 ほんとうはその場で冷静に
過ごして、すべてを見渡せる
能力があれば問題ないのだろうけど、
どこをどう転んでもそのような域に
達することが出来ない。

 相手方がすっかり忘れてしまった
ようなことでも、あとで振り返って
省みる。

 頑張るのを少し控えて、
そんなふうに考える時間が有っても
悪くはない。


 インディアンカレーを4年も食べていない。
 カレー好きに、わるい人間はいない。 

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2008年5月 5日 (月)

蛤御門の変

 Photo

 先日の京都見物では、
御所のそばに宿をとっていたので、
ララの散歩は京都御所内と無条件に
決まっていた。

 東京千代田区の皇居ほどではないが、
やはり広大な敷地がほどよい手入れの元に
保存されている。
 
 実際は活用の度合いが
非常に低いのだろうから、
遊休施設然としていて
活気は感じられない。

 京都も、軽井沢や原宿などと
同じように皇室にゆかりの深い
場所なんだった。

 至極あたり前っちゃー
当たり前なんだけど、老若男女、
日本人は皇室にゆかりのある
場所へこぞって出かけるものだ。

 
 2日目は、三千院、寂光院、知恩院、東福寺、
南禅寺その他などなどを廻った。

 知恩院は三門の上が開帳されていて、
狩野派の絵師が描いたとされる
龍の絵柄が見事であった。

 南禅寺は琵琶湖疎水が架かっていて、
よくテレビなどで見かけてはいたけど
実物は初見だった。
 今回は人出も多くて、時間も
無かったけど、なんてことない
平日の夕方近くにもう一度
来たいなと思いました。

 そんな具合で夕方の最後に
二条城を覗きに行ったのですが、
メーデーの会場になるらしく、
一般の人間は早々に蹴散らされて
しまいましたよ。

 東京のメーデーは代々木公園、
京都は二条城・・・

 微妙だ

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2008年5月 4日 (日)

京都守護職

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 週始めに京都を廻ってきました。

 両親に見物の前日四日市まで来てもらい、
狭い出張部屋へ雑魚寝してもらい、
翌朝親父殿の


新型Fit-RSへララを
載せ、3人+1匹で出発。

 新しいFitはエンジンが素晴らしく
スムーズで、時代変化を感じずには
いられない。

 開通間もない新名神で京都東ICまで
およそ一時間弱。あっという間に到着。

 新名神は新しい規格の道路だから、
東名や名神、東名阪なんかとは
比較にならないので、当然に走りやすい。

 初日は東山方面で、一番混んでいる
清水寺へ。偽者の観光用舞妓ルックに
身を包んだ素人がちらほら。

 有り難がって写真を一緒に
撮っている人も中にはいたけど、
昼日中こんな場所に舞妓はんが
いる訳がないから、あの人達は
偽者を承知で写真を撮ってもらったのだろうか・・・

 偽者舞妓も和装の貸し出しも、
良く見れば帯も無茶苦茶な着付け、
おまけに生地がウールと言う
なんとも言えない貧乏くささ。
 ちょうど夏日の京都で、
ウールの着物を着ている観光客は
暑くて仕方が無かっただろう。

 くるまで廻ったので、大体の
寺社仏閣は観て廻れました。

 三門を特別開帳している寺院が
あって、そこは有難い感じがした。

 でも23年ぶりに廻った京都の
街は、どこもかしこも有料な場所
ばかりで、その商魂にいささか
辟易してしまった。

 たかだか観光客平均30分たらずの
閲覧、観覧では、笑いが止まらないほど
なんだろう。

 一番情けなかったのが、
慈照寺銀閣。

 ここは銀閣自体の屋根葺きを
改装していて、足場で周囲を
丸囲みしていたもんだから、
筆者も怒り心頭。
 一応入り口には工事中なりと言う
仮設看板があったけど、
全く観れないならそうとはっきり
書いて欲しかった。
 あんな足場で囲まれて
埃まみれの工事現場然とした
銀閣など、誰が金出してまで
観たいものか。

 慈照寺は銀閣くらいしか
まともに見れるようなものが
他に無いんだから、
改装中は入場料500円を
100円に減じるなどの配慮が
必要なんじゃないかと思う。
(タダでも良いくらい)
 
 多くの外国人の方も来られており、
この光景は同じ日本人として
情けないやら恥ずかしいやら。
 これらの外国人の方々は、
この手の日本人をどう思うんだろうか。

 この事をもぎりのおじさんや、
京都観光案内所に話したら、
向こうは向こうの事情とやらで、
逆キレ+開き直りの抗弁を受けました。
 挙句、金を返して欲しいなら・・・云々の
看過出来ない失礼な意見も頂戴して
しまいました。

 ある一部分の京都と言う場所は、こういう
歴史プライドのマインドが発達していて、
それ自体は問題ないことなんだろうけど、
それがゆえ、同和の問題も非常に
悲惨な状態が続いている。

 建物の歴史を守ったり、
同和の歴史を守り抜くために
お金はそりゃ必要なんだろうけど、
ひとりの一般の観光客としては、
頭のネジを2000年巻きなおせ
と言ってやりたいよ。

 とかぶつぶつ

 夜は三人で、き○くと言う居酒屋さんに
行ったのだけど、ここもはんなりさんで、
いやはっきり言えば料理人の人数が
休み中ゆえか不足していて、
なかなか注文したものが揃わない。
 いい加減にしろと言って、勘定に
席を立ったら、その場で料理が
出来たと言われ、頭に来た
筆者はお土産に包めと命じて
ホテルに持って帰りました。

 そんな具合で一日目の
京都は、悪い印象のみが
残ってしまったのでした。


 

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雨の中の帰郷

 昨夜、2日の晩、10時頃に横浜へ向かって
クルマを発進させる。
 
 事前の渋滞予測は全く問題ない
範囲で、大したことのないような
予測しかされていなかった。

 走り出してみると、伊勢湾岸道の
終点豊田から、浜松の先まで渋滞していた。

 静岡を過ぎた頃から本降りになって、
御殿場の山道はけっこうビビリながら
それでもアクセルを抜かずに、
全てのクルマを追い越して帰ってきた。
 いつもならとってもうざい、
大型のトラック達も、昨夜の雨では
機先をそがれ、おとなしく左側を走っていた。

 筆者の最近のアシ車は、CF4アコードの
SIR-Tと言う、MT5速のクルマで、
それにタナベの車高調を組んでいる。
 なんて言うか、このクルマのパフォーマンスを
出し切って走れるのならば、このクルマ
以上の性能はどの場面でも必要ないんじゃないか、
と思えるほど、低速も高速の伸びも、そしてコーナーでの
粘りもなかなか素晴らしい。
 
 そして、やっぱり、タイヤは少し高くても、
いいやつを選んで履いたほうがいい。
 雨の日に飛ばすと、実感する。

 16年型のVOXYは、最近になって
新車のフィールダーに乗り換えるため、
ディーラーに預けてしまった。
 スキークルマがフィールダーで、
高速の足がアコードと言う、
二台体勢でしばらくは行こうと、
そう考えている。

 まだ911なんかには、
乗れそうにないな、と
色々感じ入っている。

 最後の最後、保土ヶ谷バイパスでは
ハイドロプレーニングが続発していて、
クラウンのアスリートで飛ばしていたらしい
オジさんが中央のコンクリートウォールへ
激突し、停車状態だった。
 当然右車線を走っており、その
先頭だった筆者は真っ先にその
黒い停止物体を察知して、
左の車線へ除けたが、
筆者のアコードを必死で追いかける
アリストは、回避虚しく、その
クラウンと接触してしまっていた。
 クラウンが事故って、おそらく直ぐの
出来事で、クラウンの運転手もまだ
車内にいる様子だった。

 保土ヶ谷バイパスは、一般国道並みの
整備状況だから、その轍はなかなか酷く、
雨の日には、120km/h以上での走行は
大変危険だ。

 クルマでもなんでもそうだが、
自分の腕と相談しながら、
段々と限界を高めていく。

 これが基本。

 10時過ぎに四日市を出て、着いたのは
3時近かった。
 
 今朝起きたら昼の12時で、
しばらくぶりのマイベッドに安心して、
バカみたいに熟睡してしまったようです。

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2008年4月24日 (木)

本当にこれで良いのか、と言うマインド

 なんのことはない、最近の
自分も、お金のためだから
ある程度は仕方がないなと、
あきらめとも開き直りとも
取られるような心境になって
しまうことがある。

 つくづく歳は取りたくねー、
社会性帯びるのは嫌だねーと、
へろへろなキモチになってしまう。

 童夢の林社長が、自身の
webで数々のコメントを残して
いるが、それはもう愛してやまない
世界への苦言を延々と述べられており、
それと同じようなスタンスで
自分が言説を繰り出したとしても
今は実力が不足していて、どうしようもない
壁を実感してしまう。

 林社長の存在を知ったのは、自分が
熱烈なTojiファンであったに他ならない。

 Tojiは、
マドンナの宝石にあらず 
俺様の宝石さ、と
叫んで、ビッグアップルで
ある時期を過ごした。

 俺様の宝石とはなんなのかと
考えてしまうけれど、
でもほんとうはそれが
なんなのか自分では分かっている。

 
 積極的に、何も考えずに、
リラックスと言うより脱力して、
人に対しても、
誰にでも優しく、
誰にでも平等に優しくない
と言うような生き方。
 如才ない人と、
呼称される生き方。

 

 それで自分は充足できるのか
ということ。


 愛していればこそ、感情を
ぶつけられると言うモノ。


 日本の経済は、あらためて
最近よく考えるけど、
おかしいよなーと。
 自分なんかは上流側の
人間じゃないんで、
まぁデリカシーなく書きますが、

 メリット=お金
 失敗=極悪
  
 今はこれしかない。

 だから休みと言う概念は
殊更に忌み嫌われて、
休みの概念がないものだから、
メリット=お金の
無限ループに延々と
引き込まれる。

 自分はだいたい、人間の
能力の限界を心得ている側だから、
そのような状態で優れた
ものが産み出される訳がないと
考えてしまう、

非効率主義の仇敵でもある。


 日本の経営陣が、そうした
疲弊した現場の実情をどこまで
理解しているかと言うと、
明日の戦略ももたず、
勝負はいつでも一年限りの
スタンスだから、現場のものは
そこそこ与えられて、そして
消費されていく。

 既得権益側の人間は、
そりゃもう目線を変えることが
出来ないから、
(餌を横取りされちゃうから)
少ない餌を、いや段々少なくなってくる
(構造的に、やがて飽和状態になる)
その少量の餌を奪い合って、
先を争って激しく闘う。

 自分は目先を変えたと言うより、
下放したけど。

 それで誰もが皆、
誰かが失敗するのを固唾を
飲んで見守っている。

 誰かが失敗すると、
極悪人に仕立て上げて、
上や下への大騒ぎ。
 生贄か貢物ってくらいに。

 今ではもう、失敗した人を
誰が一番先に探すのかとか、
恐ろしいほど末梢的な話にまで
乗れなければ社会人失格と
言い出す人もいる。

 日本自体、一時改革路線に転じて、
だいぶん活性を遂げたように
実感も出来たけど、
最近はまた保守への回帰が始まっている
ように思えてならないな。

 俺様の宝石確立には、
リテラシーを高めていく
マインドが必要なんではないかな

 ブレない心とともに。
 難しいけれど。

 

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2008年4月22日 (火)

一代の流儀

 Photo


 創造性が欠落しかけて
いるのか、書くことが
あまり無い。

 週末は横浜へ帰っていました。
 ちょっとトラブルがあって、
なんのために仕事をしているのか
よく分からなくなったり。

 気持ち的には、もう
どこにも行きたくはないけど、
それが自分の流儀だから、
またどこかへ出かけていく。

 その場限りの戦術。

 先を考えての戦略。

 先を考えると、
忍ぶ心が必要になってくる。
 忍ぶのは、やってみると
分かるけど、結構しんどい。

 即興的な天才JAZZプレーヤーに
憧れてしまう。

 でもそれはネタが尽きたときの 
恐怖感を知らないからだ。

 もっと怖いのは、即興的な
仕事をしていて、それが延々と
続いていくものだと思っている人々。
 
 10年先はこうありたい、
こうあるべきと考えているのと
なにも考えずに毎日の餌を
貪るのとではだいぶ違うんだよなぁ
と、体験している分よくわかる。
 
 女性が、
「結婚したらそう言うの関係なくなるから」とか
言って、即興ネタを繰り出さなかったり、
10年先のことを考えないで生きる必要が
ないかのように刹那な感情のみに
支配されている所作は

 全然、男女同権でもないし、
平等でもないよなと思っている。

 そういう逃げ口上をアリバイに
用意しているような女性は、
やはり全く理性的にも魅力的にも
映らない。

 今の女性に、自分の母親くらいの
世代の女性が求められてきた、
貞淑やなにかを求めても
しかたがないとは思うけれど、
なら、うえに書いてあるような
あるべきの話を捨てずに、
信念をもって欲しいものだと
感じずにはいられない。

 やっぱり甘やかされて、
いい男もいい女も育たない。

 ちやほやされる分、
女性のほうが問題が深刻だけれど、
楽しいとかお金とか、刹那に流されてしまう。

 最近は仕事のことばっかり
考えていたけど、
 ふと女性のことを見渡すと
そんなのばっかりが増えた。
 
 男が甘やかすからいけないのだけど。

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2008年4月14日 (月)

鈴鹿おろし と言う

伊吹おろしの次は、
鈴鹿おろしの風。
西の方角から
烈しく吹き荒れます。
こう毎日、風に曝されると
旅暮らしなんだねとしみじみ。
クルマで職場に通ってるせいもあるけど、
行き帰り目にするものにも
代わり映えなくて、
なかなか鮮度を保つのが
難しい。
 何回目かの地方暮らしだけど、
改めて、オフ時の過ごし方が
大切だと言うことを実感しています。
 自分的には紛らわしで、いや親しい友人が皆無だから
結果的にそうなんだけど、
酒なんかを一人で飲み歩いて、
店側と自分、
どちらもが感情移入しづらい場所に居るのも
気が引けてしまう。
 昨日の日曜日はたまたま休みで、
鈴鹿サーキットにでも行こうかと考えて
いました。
 自分の好きな場所が、
近いんだけど行けない。
 行けば色々感じることがあって、
行きたいのだけど、行けない。
 旅暮らしで、ここにいること自体が、
移動する行動力を無意識
のうちに制限してしまうのかな。
 名古屋の街とか、どうなんだろうと考えている。
 でもやっぱり人なんだろうなと。

 胸躍るのは、気に入ってくれた人、
気に入った人のいる場所。

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2008年4月12日 (土)

怖くて、やっていられない

2008/04/11-21:58 タイヤ直撃、
観光バスの8人死傷=トラック脱輪
-ボルトにさび・静岡県警
 
 11日午前11時10分ごろ、
静岡県牧之原市坂部の東名高速吉田インター付近で、
下り線を走行中の大型トラック(11トン)のタイヤが外れ、
中央分離帯を越えて上り線の観光バスに衝突した。
名阪近鉄バス(名古屋市中村区)の運転手関谷定男さん(57)
=岐阜県大垣市浅草=が死亡、
乗客男女7人も負傷した。
県警高速隊が状況を調べるとともに、
トラック運転手浜松市中区鴨江1、植木丈喜運転手(37)
=浜松市中区=らから事情を聴いている。
 負傷したのは愛知県稲沢市の50代から80代の男性1人、女性6人。
 -時事通信-

 タイヤの直撃からわずか20mの距離で、
安全運行を鑑みバスを停止させたと言う、
プロドライバー関谷さんの冥福をお祈りいたします。

 またか、と言う感じです。
 こうやって大事故になることは
確率から言うと少数で、弱小から
大手までこぞって脱輪を繰り返す
トラック・物流関係者。

 筆者も上信越道軽井沢付近の、
トンネルが連続する区間の
トンネル内右車線で、あやうく
トラックの脱輪タイヤに乗り上げそうに
なったことがある。
 東名のように混雑の激しい
道路なら、どこにも逃げ場が無くて
コンクリートウォールへ激突死
していたかも知れない。

 少し行った緊急停車帯で、
日通のトラックが往生していた。

 この間の、ガソリンが値上がって
しようがない騒動のときも、
こぞって物流会社の社長が
出てきてうそぶく。
「我々に死ねって言うのですか?」

 燃料代が高かろうが、
安い時であろうが、安全に関わる
全てのものをおろそかにしてはいけない。
 だから、燃料代が高いから、
安全を疎かにした、と言うのは
まったく合理的な理由とはいえない。
 
 特に物流のドライバーも、
会社自体も、載せているものが
人間ではない分、モラルの低下が
著しいなと感じる。
 追い越し車線への咄嗟の切り込みや、
断続的で意識的なノロノロ運転。
 
 「ここ何年も運賃が据え置きで、かなわない」

 過当競争なんだから当たり前!。
 安易に開業できるから仕方がない!。
 自分で自分の首を絞めるそのような背景から、
 貨物輸送の価値を自ら上げて
行くしかないのに、地方自治体の
知事みたいなコメントばかり繰り返す、
無能な貨物輸送経営陣。
 挙句、整備不良と言う、
プロの中にあっては許されない、
農村の軽トラと同じようなレベルで
車両を扱うレベルの低さ。

  どんどん叩き、自浄を
促さない限り、物流はいずれ
自滅してしまうだろう。

 もうとにかく、東名のトラックは
大概が最低のモラル。

 今回の事故についても、
猛烈に怒りを感じている。

 これからも問題のありそうな
物流会社や、トラック運転手へは
抗議を行っていきます。
 会社や当局への通報。
 SAでの問い質しなどなど。

 そうしなければ良くなっていかない。

 

 

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2008年4月11日 (金)

「アンフェアなロジック」と言う記事

 タイトルは、宋 文洲さんのメルマガから、
引用しています。

 記事の内容を要約すると、
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
変わり者の友人が多いと言う
宋さんが言うには、

変わり者であれば、
なんでもいいと思いませんが、
皆と違うだけの理由で相手
を非難したり、仲間から排除したりする
思考パターンは、自分にとっても他人
にとってもよくないと思います。


たまたまの事情や
タイミングによって、
その時に行うことが他と違うことが、
どこの誰にもよくあります。
判断基準も示さず、
「他にそういう人がいないから」という
ロジックはアンフェアだと思います。

・・・するのは○○だけだ」という
批判方法は明らかに基準を示さない、
幼い群集心理を利用した乱暴な方法です。
このロジックで議論に勝てるならば、
その議論は本質について行われてない証拠です。
このロジックに納得するなら
ば、人生も社会も羅針盤を失うでしょう。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
 そして最後に、

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
世界に一人しかいない個人、
一つしか存在しない国。
多くの共通項を持ちなが
らも我々は皆、偶然の産物であり、
特殊な存在であります。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 これはもう、中国人宋さんの
日本社会への警鐘に他ならない
のだけど、
「他と違うことは悪だ」
「異質なものは排除」とする
伝統的な日本思想に対する
アンチテーゼ。

 上のことを同じように考える日本人は、
筆者を含め大勢いるが、
全体主義や一党独裁国家と
称される中国人の側の宋さんに
正論をのべられてしまうのが
日本の現実なのかも知れない。

 まぁ至珠の言説に、国は関係ないけど。

 良いものは良い
 正しいものは正しい と

その場の雰囲気に流されずに
していくことの難しさを「KY」って
言葉が表している。

 KYって言葉は、実は現代言葉で
一番惨いのかも知れない。

 本当は、そこでしか言えないような
内容の話を敢えてしてみて袋叩きに
あっても、KYなんて言う軽い言葉で
流されてしまうと勇気だって
しぼんでしまう。

 しかもアンフェアな側に
従属しなくてはならない
屈辱に耐えなくてはならない。

 いまKYから続き、連綿と新しい言葉が
出てき始めている。

 よくよく分析すると、
KYと発する側には、
言われたくない言葉、
聞きたくない言葉の
羅列に対する
都合の悪さがあって、それで
出てくる場合が多いんじゃないかと
感じている。

 流すんじゃないよと言いたい。

 言う方だって、命を削っているんだぜ と。

 とまぁそんな局面が多い現代、
筆者はKYな人を応援してやまない。

 筆者は、アンフェアなロジックには
フェアで正面突破を図ろうと もがくし、
空気なんか読まないよ、
お前ら相手になんか と、
思う人間です。

 

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2008年4月 9日 (水)

形見

  06284


少し前に、親父さんが
「形見だ」といって、くれたのが
デュポンのモンパルナス。

 タバコは体に良くないから、とか、
スキーの仲間の人たちからは、
「やめたら5秒速くなると言われたら、やめる?」
とか、色々言われているけど。

 誕生日の日に、石の換え方を
教えてもらいました。

 逆発想なんだけど、
喫煙OKの定食屋さんとか、
法人タクシーがこれからは
流行るんじゃないかと思う。

 環境&エコのところも
そうだけど、ビジネスが
裾野を広げれば広げるほど
拡大解釈がまかり通ってしまう。

 地球温暖化だって
今に始まったことじゃないし。
 統計を取り始め、データーが
蓄積されてきてはじめて
そう言う事が言われるように
なってきた。
 
 言いっ放しってのが
いちばん惨い。
 訳知り顔でマスコミに
出てくるおっちゃん達。

 タバコはよくないからと、
やめるのは個人の観念だけど、
環境問題の根本的な解決は
「燃焼」と言う概念を世の中から
無くすこと以外にない。

 それが出来るのかと言うこと。

 すごい。
 いや何がすごいって、
ライターの話から
ここまで飛躍する
考え方。

 誰もついてこれない。(爆) 

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2008年4月 8日 (火)

雨のホッケンハイムリンク

 昨日は22:00頃に横浜を出たのですが、
果たして夜の東名は、行けども行けども
雨あられ、時々雷光。
 もういい加減にせーやーーーって感じ。
 こんな雨の中、平均140で巡航することは
難しかったけど、とりあえず
キープライトで誰にも追いすがられることなく
逃げ切ってきた(誰から?)
 やはりヘリカルLSDの威力は
素晴らしい。
 定期便のトラックドライバーも、筆者の
クルマには呆れていることだろう。

 思うに、こんな雨の中を
走ったのは、17,8年前に
ハートランド岩手で開かれた、
モトクロス全日本選手権の帰り以来。
 観戦しに行っただけなんだけど、
この日はガッツ秀明の引退レースだった。

 タイトルは、むかし高校生の頃、
バイクで雨の中を爆走することを、
「雨のホッケンハイム、クリスチャン・サロンばりの走り」
とかなんとか言って仲間と悦に入っていたことを
思い出して。

 天気いいなーと思ってると、
悪天が続いたり、春はやはり不安定な
天候が続きますね。

 マイペでいきましょう。
 遅かったり速かったり、
変幻自在に。
 

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2008年4月 7日 (月)

桜 葉桜 初鰹

 とかなんとか、小林旭ソングを
口ずさみながら横浜へ
帰ってきました。happy02

 トラックの人達は、
相変わらず140の車線に
100km/hくらいで切込んでくる。
 あまり記憶は定かではないが、
むかしはこんなにマナー悪かったかなとか
考えながら、四日市から約三時間無停車の旅。

 筆者の誕生日と言うことで、実家から
親父様が遊びに来て居られました。
 一緒にご飯を食べて、・・・
それだけなんですが。

 筆者が仮住まいの、御在所岳麓の桜は、
ようやく満開を迎えるところ。
 寒いからか、花見見物の人も
酒宴の一行も見かけない。
 それが何故なのかは、
本当のところは知る由もないけど。

 上越の高田公園に咲く
夜桜は、それはもう見事で、
待ちわびた春を祝うかのように
皆集い酔いしれる。
 都会の花見とは、実感の
こもり方が違う。
 雪に埋もれていた木々から
奇跡のように花が開いていくのだ。
 官憲も大目に見て、公共のエリアでの
飲食もOKと言うことになっている。
 

 途中、浜名湖沿いの道では、
葉桜から花びらが舞い散っていました。
 桜は散り際が美しい。

 横浜の桜は、すっかり葉桜で、
後はもう散り逝くのみ。
 何年かぶりに横浜の桜が
見れたのだから、まぁ良いかと。

 この4年間、転勤が続いていた。
 それも一般的な地方都市とは
かけ離れた規模の小都市への
転勤もあり、「旅の人」と揶揄されながら。

 今は、長期出張。
 色々あるにはあるが、片道切符じゃ
ないぶん全然気持ちが違う。
 文字通り「旅の人」でオーケー。
 地域社会に貢献しようとか、
大それたことも考えずに、
ただ出会った方々の気持ちを、
大切にして過ごそうね と。
 
 
 ここ5年ほどで、社会構造は
大きく変わっていった。
 速度が全く違っている。
 付加価値アリのものは、
全部が鮮度命の生ものばかり。

 でも、いろいろ先回りして、
策を打とうと、小癪(笑)な手を
使おうとする人がいるけど、
そんなん無理だよと。
 そんなに先のことが予測つく
ようなお人なら、あんさん
こんなところにおりゃしまへんやろ
と。

 混沌とし、速度を増していく世の中で、
いかに対応できるか、それも、
新しい価値を創出していくような
やり方で。
 常に準備しておけよ、と。

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2008年3月31日 (月)

伊吹おろし と言う

29日の土曜の続き    今夜も嵐のような風が吹き荒れています。御在所の麓の町では桜もほんの蕾で、まだまだ寒さの厳しい朝夕が日課ですたい。(なぜ九州弁)このあいだ、ウインドストッパーをこちらのアウトレットで来冬用に買ったけど、いやーすげー活躍しとりますけん、ばってんそげなこつ。とっとっとーって意味不明。寒いづら、さみーぞなもし、しばれるべ、すんばれるない、思わず方言がバリバリ出てくるぜよ。なめとったらいかんぜよ。ふざけてはるわ、こん人。

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真珠は困りもの

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 いきなりレイモンド・チャンドラーの短編ですが。

 こちらに来て、行こう行こうと
思っていた場所にようやく昨日、
行って参りました。

 

 出張先の四日市から
クルマで1時間半ほどの
「ミキモト真珠島」です。

 ここは、高2のときに修学旅行で
訪れた場所で、およそ20年ぶりの
再訪となりました。

 何もかもが変わってたぜ・・・
とは言いませんが、パールショップは
すこし変わっていました。

 なにか、ようやく一つのものに
訣別できたような気がします。

 訣別しなくてはいけないものが
他に色々ありすぎて、
ひとつそうなったからと言って
解決した訳ではないけどね。

 あと、昨日クルマで走って
ほほぅと思っていましたが、
新名神使えば京都まで行くのと
伊勢・鳥羽方面行くのとで
四日市からだと変わりがないってこと。

 今年はGWに京都御所そばの
宿が取れたのでまたまた両親を
連れて出かける予定が既に立っています。

 思えば、20年前も伊勢・志摩・鳥羽のあとに
奈良へ行って、そのあと
京の都に血の雨を降らせたのだっけ・・・
いや降らせてない降らせてない。

 しかしアコヤ貝の真珠は美しい。
 8.25玉のペンダントトップを買いました。
 ピンク系の玉ひとつだけの、
とてもシンプルなTOPです。
 
 普段使いで黒蝶貝のペンダントを買いました。

 帰りには、夕暮れ時の夫婦岩へ。

 ひとり遊びだとは言え、
いつでも出足が遅いのです。

 昨日は雨だったので、
今度は晴れた日に
合歓の郷と言う
 御木本幸吉翁が心血注いで
開いたと言う真珠養殖の祖を
観に行きたいと思います。

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2008年3月14日 (金)

誕生ゆえの苦しみ よろこび

 もうすぐ生まれ月の四月になる。
 
 ここ日本では、学校も会社生活も区切りの
スタートとなるから、その少し前のこの時期には
自ずと自分の生まれ月と重ね合わせ、
なにか年度の総括じみたことをするような癖が
ついてしまった。

 総括とか言うとなにやら仰々しいが、
やっていることの多くはひたすら反省。

 あとは新しい何かが生まれるように、
どういう風に仕掛けたら良いか、
いろいろ施策を練ったりしている。

 毎年いろいろあるな と思っている。
 時間も歳を重ねるごとに、
一年が段々と長く感じるようになってきている。

 いろいろあるように仕向けているように
しか思えないのだが、
自分では至極平穏な暮らししか望んでいない。
 
 望んではいないのだけど、折り合いが悪く、
あきらめも悪いので、だいたい平穏さが
にじみ出る頃に「オレのハートがノーと言う」とか
なんとか若気のいったりきたりで、
遠回りになろうがどうだろうがお構いなしに
自分の道と信念を貫いてきたのだ。

 「信念」なんて、なんだか陳腐で、出来るだけ
使うのを避けてきたけど、自分を評して
そう言う方々が増えてきているので、
あえて使う。
 言ってみれば、それがどうしようもない
自分への評価なのだということだ。

 必ず勝つ。
 絶対に負けない。負けるわけがない。
 
 変えられない。変えられないさ。
 変える必要がない。

 いつもそうやって生きているので、
自分を変節に導いた人への恩は
一生忘れないでいる。

 次の一年は、いったいなにが
待っているのだろうか。
 
 第一印象が悪いので、そこは改善したい
と思っている。
 第一印象最悪だと、あとは良いようにしか
見えないから、得だよねって言う人もいる。

 

 新しい価値を創出していくのは、難しい。

 静かな川面に石を投げ、
さざなみを起こすものに
拒否反応を示す人は多い。

 人はなぜこの世に生まれた

 生まれたときは誰もが新しい

 生まれたときの苦しみと

 はかないよろこびを

 忘れない限り

 新しいものへ向かうことができる。

 

 その行き先を暗示するかのように、

 わたしも泣きながら生まれた。

 いまは泣くことは出来ないから

 無明を破って進んでいくのだ。

 

 


 

 

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2008年2月23日 (土)

自分の向きが分かる話

 四日市は毎日のように雪が舞っています。

 まるで雪国のようですが、
本当の雪国はクリスマスの頃に
降って以降、遅い春まで
根雪となって、生活に
影響を与えます。

 最近は自分の分を考えています。

 私は私です。
 仕事や世間を完全に
離れた、まったくの
プライベートの中での私。

 仕事では、私ではなく
自分。

 自分と言う意味の中では、
役者やのう、
と言われるべく
演じ切れれば良いのですが、
なかなか自我も捨てきれず
ついつい私が顔を出して
しまいます。

 自分の分、本分とは
いったい何なんだろうと。
 自分の役割を考えます。

 だから最近は、
役者を特別な職業と
思わなくなりました。
 

 誰もが皆、役者に
ならざるを得ないのが、
効率重視の世間の
慣わしです。

 4,5年前から
転勤や出張を繰り返していて、
「私」のほうは低調です。

 転勤や長期出張は、
その行為自体が分を
求められる事ですから、
私は軽んじられ、論じられることも
あまり無い。

 少し前は、うえに
あるようなことは
まったく意識したことなど
有りませんでした。

 なぜ今、考えるのだろうか と。
 
 とか何とか書いていますが、
基本的に鈍感なので、
誰がなにをしようと語ろうと、
何も感じない動じない
自分で行きたいと
心から思っています。

 私になったとき
ふと思いをめぐらすことは
あるかも知れませんが。

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君の魂 大事な魂―Sail on

Sail on little boy
Sail on little girl
天使達の声が聞こえてくる

秘密の呪文に願いかけて
夜明けが来る前にゆくぜ

君の魂大事な魂

ならずものたちに気づかれちゃいけない
本当のことがわかる日まで
泣かないで
目を閉じて 踊ろう


口ずさむメロディーは愛
抱きしめる花はデイジー
時よ 静かに流れてゆけ


そこに陽はまた昇り
月がまた巡り
この世界は何も
変わらない
変わらない

Sail on little boy
Sail on little girl
天使達の声が聞こえてくる
風の行く手に願いかけて


夜明けが来る前にゆくぜ


明日のことは
誰にもわからない
夜を越えてゆけ


夜明けが来る前にゆくぜ

口ずさむメロディーは愛
抱きしめる花はデイジー
時よ 静かに流れてゆけ


そこに陽はまた昇り
月がまた巡り
この世界はいつも新しい
新しい

Sail on little boy
Sail on little girl
天使達の声が聞こえてくる

いつかこの世界が変わるその日まで
繰り返す言葉は'I love you'


繰り返す言葉は'I love you


 佐野元春

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佐野元春

 夢を見た昨夜の事

 ブルーな夢 But it's all right

 電話して欲しい見知らぬ夜
 誰かの声が聞きたい

 冷たいニュース今朝の事
 テーブルの上にはチーズ&ワイン

 平和もない静けさもない
 笑いとばせるほど無邪気じゃない

 いつも本当に欲しいものが手に入れられない
 あいかわらず今夜も 口ずさむのさ
 99Blues

 誰もいない 地下鉄のプラットホーム
 かかえこまれそうな エモーシヨン
 彼女のBody 彼女のvoice
 去年の夏がなつかしい

 愛してる愛してる愛してる
 誰もがたやすく口にする
 すてきなビジネスのセクシャリティー
 街の子供達は眠れない
 
 いつも本当に欲しいものが
 手に入れられない
 あいかわらず今夜も 口ずさむのさ
 99Blues

 
 全てはMoney この街はFunny
 いつもなやませる
 大切なキャッシュカード クレジットカード
 永遠に夢は買えない

 得意気な顔した この街のリーダー
 シナリオのチェックに忙しい
 ユーモアもない 真実もない
 フェイクしたスマイルはとても淋しい
 フェイクしたスタイルはとても淋しい

 いつも本当に欲しいものが
 手に入れられない
 あいかわらず今夜も 口ずさむのさ
 99Blues
 

 
 この街のルール この国のルール
 家庭のルール 教室のルール
 一つの形じゃ踊れない
 このままじゃ なみだしてしまいそうさ


 夢を見た 昨夜の事
 ブルーな夢 But it's all right

 電話して欲しい見知らぬ夜 
 誰かの声が聞きたい

 いつも本当に欲しいものが手に入れられない
 あいかわらず今夜も 口ずさむのさ
 99Blues

 いつも本当に欲しいものが手に入れられない
 あいかわらず今夜も 口ずさむのさ
 99Blues


 佐野元春 99ブルース

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ノーバディ

 そうさ あれは遠い1967
 
 街を出た プアリトルボーイ
 古ぼけたトランクに
 夢だけを詰め込んで

 そうさ1マイルごとに
 胸にあふれた 君への思いも

 若過ぎた魂 止められなかったのさ

 uhn 西へ向かう
 長距離バスに一人揺られ

 心細さと
 見えない明日を

 抱きしめてた

 sha la la la
 まぶたを閉じれば

 sha la la la

 遥かなレストレスハート

 

 そうさ迷いながら歩き続けた

 いつもライクアローリングストーン

 そして心誘う 旅はまだ終わらない

 uhn 時は流れ 夢はいつか
 変わるけれど

 揺れる心 このせつなさ

 今も同じ

 sha la la la

 心迷わせる

 sha la la la

 お前はレストレスハート

 sha la la la

 さまよい続ける

 sha la la la

 今夜もレストレスハート


 ノーバディー: レストレスハート

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2008年2月 1日 (金)

バレンタイン-フィヨルドの少女

 少し前のことですが、1/26.27と
行ってまいりました、上越国際。
 南関マスターズ・・・

 00012

 参戦を始めたのは4年前に新潟へ
転勤になってからなので、
この間の3年間は、2連戦のさなか
わざわざ2時間かけて上越から
通っていました。
 今回はそうは行かず、ララを
実家の両親にまかせて
クラブの常宿へ世話になりました。

 まったく雪が2日間とも降りやがって、
筆者の嫌いなバーンコンディション。
 ちょっとラインを外れると、
新雪があっておっかないったら
ありゃしない。

 まぁでも、やはりスタート前の
緊張感はやめられないの一言。
 結果はどうあれ、主役は自分自身。
 人は誰のために生きることも、
誰かのために生きることも難しい。
 
 疲れた体を引きずって、
四日市に戻る。
 
 実は四日市に来てからほどなく、
身の上が恵まれない女の子に
お金を貸してしまったりしている。
 いや複数人、複数回じゃないんですが。

 なんか怪しい事件に巻き込まれるのは
こりごりなので、色恋とかではないけど。

 こんな行為に及んでしまうのは、
深い悔恨の思い出が
関係しているのかな と、
後になって気づいた。

 バレンタインにチョコレートをくれた女の子。
 友達と一緒で、なんだか必死だった。

 それでオレは、その子はとても
可愛くてふつーにモテるようなタイプの
女の子だったから、他に好きな女が
いるにも関わらずチョコを受け取って、
その場で付き合う約束までしてしまった。

 その後が最悪だった。
 いやオレが。オレの行為自体が、
人間として最悪レベル。

 詳しくは書かないが、結果的に
振ってしまい、とても傷つけてしまった。

 女はピリオドが打てる生き物だから と、
そう簡単に割り切ることは出来ない。

 その子はもう忘れているよ、そんなことは・・・
 人からも言われ、本にも色々書いてはいるが、
やっぱりそう言うのは人間として最低なんだと。
 手も握ってはいない。でも心を深く傷つけて
しまった。

 その子も恵まれない身の上だった。
 詳しくは書かないが。
 思い上がりでもなんでもないが、
親が貧乏だったりして選択肢が狭まる
生き様は恵まれない身の上としか
表現できないし、その子弟のせいでも
なんでもない。ただ せつない。
 能力が発揮できるか、
能力を発掘してくれる人が
身の回りにいるかいないか。
 チャンスは紙一重だ。
 身の上が災いして、
引っ込み思案気味の女の子に、
チャンスをモノにできない不幸を
誰が責められると言うのだろうか。

 そんなトラウマを抱えての
今回の行為だったが、たぶん
お金は返ってこない。
 べつにそれでいいと思っている。

 そのお金は、彼女が言う
出来すぎた人情モノののような
美談に使われなくても、
彼女がそれで服でも買って、
チャンスが広がるように
なればいいのさ と。

 
 四日市で、ふとしたきっかけで退官した
先生と知り合って、この話をしたら、
筆者の人となりを即座に見抜く
この慧眼の先生は泣いてしまっていた。
 仕事の相談にもちょこちょこ乗って
頂いたりしていた。
 それで少し流れが変わったり、
いいほうへ変えようと考えるように
なるきっかけを与えてくれたりした。

 ストレスが生まれそうな相談を持ちかける、
この先生はそんな馬鹿な男が好きみたいだ。

 この人はオレを前にして泣けるんだな。

 この歳で、もう新しい何かと出会うなんて
思いもよらなかったよ。
 あんたが居たとはな・・・

 先生はそう言った。

 

 この台詞を言われるのは、
生きてきて二回目だ。
 前に言われたのは、19歳の頃だった。
 
 オレは誰かのために生きようなんて
思わないが、誰かの心を動かせる、
馬鹿な男のままでいたい。

 

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2008年1月24日 (木)

弁当忘れても 傘忘れるな

 ええ そのままなんですが。
 そのまま幸さんへ伝えておいて
くださいまし。
 
 新潟にいた時は、ぴたりと
あてはまる言葉だった。
 いきなり降ってくる雨や雪。
 傘だけじゃなく、できれば長靴も。
 
 たまに降ればうれしいというか
風流なようにも感じられますが、
実際雪害の地方から帰還した
筆者にとって、あの辛さは忘れられない。
 大雪だとか、暴風雪って天気予報で
流れれば、わざわざ東京からスキーに行こうとか
思わないし。
 でもそこに住んでいると、暴風雪からも
大雪からも逃げようがない。
 ただ黙って春を待ち望むのみ。
 だってイエティと呼ばれた筆者でさえ、
プチ引きこもりになり、おいおい今更かよ
ってな具合でPS2を買って生まれて初めて
テレビゲームの類をしていたくらい。
 今はテレビゲームなんてやろうと
まったく思わないから、よほどひつまぶし、
いやもとい、暇つぶしの手段に困って
いたし天気が悪くて外に出る気も
どこにも行く気が起きなかったということ。

 

 横浜へ二週間ぶりに帰ってきた筆者。
 懐かしい方々お世話になった方からの年賀状。
 やっと読めました。

 都会のそれで、ヘンなものを貰ってしまい
現在のどが痛い状態です。
 風邪かなと。

 皮肉にも昨日の夜、撮りダメしていた
映画「アビエーター」を見ていました。
 強迫性障害の主人公ハワード・ヒューズが
細菌汚染を極端に嫌う描写がなんとも迫真。
 これくらい気をつけていれば、風邪なんかを
貰う羽目にはならなかったぞと。


 それにしても横浜関内のランチは最高。
 
 四日市では周囲に食べ物やさんが
あるにはあるけど貧相で、
仕方なくコンビニのあまり美味しくない、
いやはっきり言えば紙を食べているような
虚しさにかられるものを食べていた。

 そこへ洋食屋さんの宝庫、
関内でランチを食べているのだから、
雲泥の差、若しくは天国と地獄。

 グラタンなんかが、今の時期最高に
美味しい。時間があったらじっくり焼いた
焦げ目の少し多いのを毎日でも
食べていたいくらい。
 
 洋食屋のランチ。
 メインの料理と、オレンジ色した
ケチャップ味のスパゲッティー。
 マカロニサラダか、ポテトサラダの
乗ったレタス&キャベツの野菜類。
 ライス、皿盛り。
 これをナイフとフォークでいただく。
 汁物は味噌汁でもスープでも
なんでもいいが、今の時期なら
豆がいっぱいのミネストローネなんかが
最高にうれしい。

 外食系和食は・・・
 はっきりいって、高級ぶっていながら
偽装なんかに手を染める輩がいるし、
気取るんじゃねーと言いたい。
 うんちく垂れの寿司屋とか、
食い方に注文つける
ラーメン屋も大嫌いです。

 食い物でガタガタ言うのは
男じゃねーと。
 結論は洋食屋さんのランチって
ことになりました。

 

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2008年1月21日 (月)

今しかない ここしかない オレしかない

 今週は、横浜で技術系の講習が
今日から三日間あり、あと本社での
所用などを含め横浜の自宅に戻っています。

 昨日は寄り道して岐阜のめいほうと言う
スキー場で滑って、そのまま140km/hの
マイペースで帰ってきました。
 幸さんは雪を待ち望んでいるようですが、
東京では降らず、が御殿場辺りは結構な
降りでした。

 あと、毎シーズン出てる大会が、
新潟は上越国際で今週末の二連戦。
 なんか疲れているのでダメな感じですが。
 いちおうと言うか選手のたしなみで
準備はちゃんとしておこうと。

 昨日の帰りしな、携帯電話が壊れました。
 バックライトの故障みたいです。
 これはディスプレイが表示されないので、
携帯がまったく使い物にならない状態に
なりました。

 今日代替機に変えてもらいましたが、
データーのコピーが出来ないので、
いったいぜんたい誰に連絡しようと
思ってもアドレスが分かりません。

 ダメですね・・・
 買ってから半年とか、
そんな短期間で壊れるほうも
壊れるほうだが、いちばん頭にきたのは
そう言った端末に頼ってしまう思想を
帯びていた自分自身。

 昔だったら、逐一アドレスなんかを
その名もアドレス帖に書いていたものだけど。

 パソコンの検索サイトもそう。
 なんだか便利さにかまけて、
本格的に書籍を買い込んでのめり込むとか、
そう言うことをしないで疑似体験とか。

 現地・現場主義でいかなくちゃならないな。
 
 ありとあらゆる端末は、基本的には
足しになっていない。
 必要不可欠かというと、効率重視の
仕事をこなす向きには便利だけど。
 
 でも効率重視だとか、普遍的なところに
落ち着いてしまっている時点で
付加価値がない。

 もう一度、アタマの中を明瞭にすべき。
 
 目指すところは千載一遇。

 
 関内で受講していますが、
やっぱり横浜はいいですね。

 昼休みにフラっとすると、
お好みの洋食屋にぶち当たったり。
 今日はメンチカツランチでした。
 
 
 

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2008年1月12日 (土)

HAPPY&BLUE

 幸さんはケイト・モスばりのヘアチェンジを目論んで、
髪をお切りになったそうです。
 本人いわく「微妙」ヘアチェンジらしいのですが、
そのお姿を是非見たかったなと、悔恨。
(悔恨って、そんな大げさな・・・)

 手帳はどんなでしょうか。
 筆者の出張地三重県では、
よく「手帳は高橋」のCFが流れています。
 今年は薄いBlueの表装になっている
のを買い求めました。 Image091
 もちろん「高橋」のです。うひゃ
 一緒にペン先の細いぺんてるハイブリッドの青も
買います。いつもの通り、進歩なし。

 幸さんは、HAPPYなオーラをまとい、
HAPPYを引き寄せる
と、書かれておりますが、
まぁなんと愛くるしい言葉なんでしょうか。

 考えるに、筆者の場合は男なので、
HAPPYなことがあっても人前では
下を向いてニヤニヤしていることのほうが
多いですね。
 あとまぁ男女問わず、HAPPY人でない人から
思わぬ攻撃を受けることもあるので、
HAPPYな時ほど慎ましやかに
気をつけて行動するようにします。
 それで、都会の雑踏に紛れ込んだときや、
夜眠る前にHAPPYなことを思い浮かべて
ニヤニヤしながら眠りにつく。
 これは最強最高なんじゃないでしょうか。
 こうゆうときは、お酒なんかで希釈せずに、
目一杯幸福に浸るのがお洒落ってものです。
 お酒なんかに紛らわされたら、
もったいないじゃないですか。
 
 基本、他人は人の不幸が好きですからね。
 まったく少しばかり嫌な世の中です。

 
 筆者の前に所属していたところが、
90年の長きに渡って貫いてきたポリシーを
捨てるそうです。
 ドメスティックに言及すると、分社やなにかの
組織名が長くなりそうなので少し気の毒に
思いました。
 人は進んで不幸を望んでいるわけではないのに、
不幸な身の上の人もいる。
 ならばHAPPYな人が、余力のあるうちに
そのHAPPYを伝道してまわれば良いのです。
 思うのではなく、行為をしてまわる
ことが大切です。
 そういう事が出来る人は、
自然と特別な存在になれるし、
身にまとっているものも、
単なるHAPPYではなく、
一歩進んだ「充足」になれるのでは
ないでしょうか。
 人様の価値観・尺度とは関係なく、
充ち足りるを知る。
 
 幸さんのにプラスして、
笑いながらHAPPYなことばを口にする。
 
 辛い時ほど笑っておけ と。
 座右の銘だったりします。
 
 
 
 

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2008年1月 4日 (金)

無茶してたイエティ

 Image092

 競技クラブの合宿が、今日を含め
四日間ありながら、軟弱な筆者は
横浜の我が家でスキーなんかの
チューンナップなぞをしながら
久々の我が家生活を満喫してる。
 合宿は5日に行くことと。

 考えてみれば、筆者がスキーを
始めたのは人より遅く、それが
今までスキーにこだわる理由にも
なっているように思える。

 初めてスキーをしたのは、
25歳だったか。
 小川町のコージツで
K2の板とアルピナの
ブーツを買った。
 この頃はとにかく
用品が高かった。
 今から考えるとアホらしく
なるくらい商社が暴利を貪って
いたという事になる。初スキーは、
当時同行した兄弟の趣味で、
裏磐梯猫魔スキー場だった。
 その後も何度も訪れたが、
ここはとても寒く、雪も多め。
 最初のスキーは、リフトも
満足に降りられないほど散々な
結果だった。
 平らなバーンが、物凄い
急斜に感じられた。
 猫魔はゲレ食も貧弱で、
何時間も待たないと満足に
席にも着けない有様。
 なんだかスキーの楽しさを
知らずに挫折しそうだったのを
よく記憶してる。

 その後、苗場や猪苗代なんかにも
友人と行ったが、まったく上手く
滑れなかった。

 それからは一人ぼっちで
クルマを走らせて、よく滑りに行った。
 いわゆるコソ練って奴。
 とにかくありとあらゆるスキー場を
廻ったが、その当時にハマったのが
野麦峠スキー場と言う、固めの
バーンコンディションで有名な
ローカルスキー場だった。
 ただここは、縦に長いゲレンデで、
TOPとベースの標高差は1000m近くあった。
 ここでカッ飛びスキーを覚えた。
 テクニックもそれなりに
身についた。
 今でも緩斜面での小回りは苦手。
 それは野麦峠の急斜中回りの
クセが染み込んでいるから。
 ここには奈川倶楽部という
ペンションがあり、何回か
お世話になりました。
 ご飯がとても美味しいところです。

 またまたその後は、バックカントリーに
身を投じた。
 この頃のバックカントリーは、
山家(登山家)の独壇場だった。
 筆者のようにゲレンデから移行した
好きモノにはこの頃逢えなかった。
 好きもののボーダー君が山に
分け入って来たのは、そのずっと後。
 上越の巻機山、尾瀬の燧ガ岳(御池から)、
月山など日帰り可能な山々。
 訳も分からずソロで、今考えれば無謀にも
単独行での山行を好んだ。
 山用の用具も高かった。
 板はアルチブルムなどの軽い奴。
 金具はフリッチの山用。
(歩行時はかかとが上がる細工)
 ブーツはビブラムが打ち込んである
スカルパのプラスチック兼用ブーツ。
 山スキーの必須アスピリン、シール。
 その他、バカ高いゴアテックスのウエア。
 ザック、歩行用のアイゼン、
オプティマス8Rなど等・・・
3947726

 山家よりも山に慣れていない分、
いかめしい格好で山に入っていった。

 3月から4月、残雪期の山の中は、
さても静だった。
 自分の息遣いくらいしか、
音のない空間だった。
 この静寂は今でもよく
おぼえている。
 おぼえている と、
忘れない とでは意味が違うんだ。
 いつも腹が空いていて、
でも何も考えずに、ただ一本を
滑るためにピークを目指していた。
 
 二度目の巻機山のニセピーク付近で、
筆者は滑落しそうなほどの転倒をした。
 もう少し先に行っていたら、
雪庇を突き抜けてお陀仏だった。
 鼻を鋭く切った。寒さで麻痺していて、
あまり痛さは感じなかったけど。
 
 もうその頃はソロで、しかも殆どの
山スキーを移動も含め日帰りと言う、
今から考えればとんでもない強行を
していたことからして肉体に限界を感じていた。
 
 転倒したその日も、仕事終わりの前の晩に
石打で高速を降りて、清水の集落まで
当時の愛車シトローエンBX19を
走らせ、そのまま朝まで仮眠と言う
いつものスケジュール。
 
 転倒後は気も動転していたのか、
下りは何度もルートを誤った。
 とても疲れていた。
 もう途中で板を捨ててしまおうかと
何度も思った。
 暗くなるにつれて、遭難の二文字が
頭に浮かぶ。残雪期とは言え、
上越のこの辺りの雪はまだまだ
吹雪いたりしながらとんでもない
勢いで降り出した。
 山の4月上旬は、まだ真冬だった。

 なんとか下り、道路の頼りない街路灯が
見えてきた。
 道路の上、5m以上高い雪積もりの
中を街路灯を頼りに清水集落まで
戻った。随分と離れた場所に
下山したみたいだ。

 クルマのところまで戻ったら、
集落の人が心配して
待っていてくれた。
 朝出て行ったきり、戻らない
筆者を。
 時計は10:00近かった。

 そのとき筆者の顔を見て、
その集落の方がびっくりしていた。
 びっくりするほどの顔ですよ、
どうせ俺様は。

 腹が減って仕方が無かったので、
石打インターそばの洋食屋に
寄った。
 店に入ると、ウエイターも直ぐそばの
彼女の連れの男もその彼女も、
筆者の顔を見てブルっていた。

 さきほどの集落の人といい、
いったいぜんたいなんなんだ?

 疑問はレストルームに顔を洗いに
行ったとき分かりました。

 激しく切った鼻の頭に、
凝固した血がこびりついて
真っ黒になっていたのです。

 おまけに、顔は目の周りを
除き、雪焼けで皮が破れて
いました。

 集落の人にも、
この店の人々にも、
とんでもない恐怖心を
抱かせてしまいました。
 すいません。

 

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2008年1月 1日 (火)

訳ありのあうん

 2008年が明けました。

 朝生見ながら、少し
シュールな面持ちで
おめでとうございます。

 今年の目標は、
はっきりと最後まで
言わずとも、
語られなくとも、
色々なことが理解
出来る人になることです。

 一対の阿吽です。

 KYとか流行語で
言われるように
なったのは、

 本来日本人が持っていた
鋭敏さが薄れてしまった
からかとも思います。

 ああ なるほど
そう言うことだったのか、
とあとで気づいても
面白くないので、
すぐ分かる人間に
なりたいものです。

 今年もよろしく。

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2007年12月30日 (日)

2007年回想

 2007年の新年は、まだ横浜の家を
人に貸していた関係で、ひっそりと
東京の実家で過ごし、勤務地新潟は上越に
新年4日には帰ったのだった。

 それからほどなくして、
兵庫県は尼崎への転勤が決まった。
 何も隠すつもりはないが、
プラズマディスプレイを製造する、
工場建設の仕事だった。
 旨く行っていると思っている人が
少数ならば、しょっぱい思いをしている
人が残りを占めている。
 そんなことが日常的に感じられる場所だった。

 人から、耐えろ と言われたが、
もう3年の月日を、社内的には不毛の地、
上越で過ごしてきた。
 能力が無いとか、そう言う事なら
上越で少々お茶を濁して、それで
東京に帰る算段も有ったはず。 
 だから尼崎へ赴いた筆者に 耐えろ 
と言う言葉は、
「地獄へ堕ちろ」とか「死ね」と同義だった。
 少なくともその時はそう感じていた。

 それから、どんなに遠くに仕事で
赴くことがあっても、基点は東京本社で、
いつかは基点の場所へ帰ることが出来る
企業へ移ることを模索したのだった。
 自分の帰属する場所がどこなのか、
もう一度考える必要があったから。

 それで、8月退職し、1ヶ月のアイドリングの
後、新天地へ。
 新天地といっても、古参の方々も大勢いるわけで
いろいろ有りますです。
 でも前よりは幸せで、前のめりです。
 
 普通だったら移籍できないような
環境に移籍できて、筆者は発掘されたんだと
思う。発掘した人はエライ。

 今年は、空間移動がとても多い年でした。
 重たい荷物を文字通り背負いながら。

 いま、軽井沢に両親と来ていて、
万平なんかに泊まっています。

 遅い初滑りでしたが、軽井沢プリンスと言う
通い慣れない場所で済ましました。

 なぜか全然体が動かないなぁ、
と思いながら飛ばすのですが、
軽井沢の雪は、降雪機の雪と
新雪のミックスで結構難しい
コンディションになりました。

  明日帰ります。
 フランスベーカリーのパンは
美味しいですね。

 新年5日までは横浜や、
群馬県と日光の境あたりを
うろちょろし、また四日市へ
赴きます。

 今年は途中から、
神農幸さんを
応援していたと言うか、
闇雲にトラバを打っていました。
 考えてみれば、尼崎転勤で
おけいはんを知らなかったら、
一生知る由もないとは大げさかも
ですが、興味を持つことも
無かったのかな と。
 あったことも無いし、
話をしたことも無いのですが、
なにかを託すってHAPPYだなと。

 なにを託していたのでしょうか。

 答えは来年には出るかも知れないし、
墓場まで持っていく羽目になるのかも
知れない。

 ひとつだけはっきりしていることは、
おけいはんこと神農幸さんに、
救われたことがあると言うこと。
 

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2007年12月25日 (火)

サンタクロースも早起きは辛い

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 メリークリスマス

 早くからみんな盛り上がり過ぎだって。
 
 イブの夜が明けて、朝の挨拶が
メリークリスマス。(だったよね)

 昨夜は、今朝3時起きだってことで、
9時には寝てしまいました。
 プレゼント配達のローテーションが
あるとか、べつにそういうのではなく、
朝早くから筆者の到着を待ちわびている人が、
産業界には居るってこと。
 まさに映画を地でいく世界だねっと
きたもんだ。
 

 日本の産業界の悪いところなんでしょうが、
この年末の差し迫った時期になると、
それまでの平穏を破るような
忙しさを求める人がいて困ります。
 「年内」「年度末」って言うと、
必ずイレギュラーな仕事をしようと
思考する計画立ての苦手な人が
いるんです。
 

 計画通り予定通り日々を過ごしていれば、
イブの晩に明日のことを考えつつ
早寝しなくても済んだものを・・・

 幸さんは、紀伊国屋スーパーかどうか
分かりませんが、
日本のクリスマス世相を
ウオッチしていたようです。
 幸さんと言えば、
サンタの次に赤の似合う人として
有名なんですが、
 サンタは男の役目なので、
これから先の人生も、筆者はプレゼントを
運び続けなくてはなりません。
 いえ、特定少数が対象となります。

 クリスマスと家族を同時に
考えると、筆者のところは
男三人兄弟なので、
どちらか言えば殺伐系だったかなと。
 えー、ツリーの飾り付けでケンカ、
ケーキの大きさでケンカ、
プレゼントの類でケンカ、
まぁ仕方がないって言えば
仕方がないのですが。

 クリスマスは、恋人と過ごすよりも、
プレ大掃除などをしながら
家族と過ごしたほうがよいのでは、と
筆者は考えます。
 
 クリスマスにしていることの大概は、
とくにクリスマスの時期にクリスマス料金で
しなければならない意義が薄いので、
それならば毎週がクリスマスってことで
準備万端でいつもいて、
恋人の不平不満を抑制したほうが
効果的なのではないでしょうか。

 話し変わって幸さんが言うように、
足を