「或る光栄」を始めるにあたって
ノンカテゴリーの、主義主張も希薄なブログを始めます
人は制約がなければ無意義になる下賎な生き物なのか?
或いは生かされることと生き抜くことの違いを表現していきたいと思います
まずは谷川雁さんの、或る光栄
おれは村を知り 道を知り
灰色の時を知った
明るくもなく 暗くもない
ふりつむ雪の宵のような光のなかで
おのれを断罪し 処刑することを知った
焔のなかに炎を構成する
もえない一本の糸があるように
おれはさまざまな心をあつめて
自ら終わろうとする本能のまわりで焚いた
世のありとある色彩と
みおぼえのある瞳がみんな
苦悩の色に燃え上がったとき
おれは長い腕を垂れた
無明の時のしるしを
額に流しながら おれはあるきだす
歩いてゆくおれに
なにか奇妙な光栄が
つきまといでもするというのか ....
最後の、詩の三行がなんともいえない。生を欲するものの苦悩が感じられます。それでもなお人は贖うことに執着せざるを得ないのか とか
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